とある転生少女の話(異聞編)
今回もまた、人物構成とシチュエーションを少しずつ変化させたもの。
ただし今回は、若干異端っぽい、いや奇譚っぽい方向性のものです。
異世界転生。
それは、ある種の勇者譚でしばしば見られる設定。古くは神仏の生まれ変わりとして描かれ、近年の作品では、凡人が死後、異世界で違う人生を歩むための仕掛けとなる。そのすべてが英雄的とはいえないが、よくも悪くも非凡な人生となる仕掛け。それが異世界転生という設定である。
今夜は、そうしたひとつのケースについて語ろうと思う。
ここは、どこ?
とある朝、目覚めた瞬間の私の感情はソレだった。
見た事もない、でも、私の生まれた村。
見た事もない、でも、よく知っている人たち。
そして……見たこともない、でも、間違いなく自分自身。
まるで夢物語のような……だけど確かに、自分の歩いてきた人生。
「サエ、おはよう。どうしたの、今朝は遅いのね。調子悪いの?」
「おはよう母さん、うん、ちょっとうなされたみたい。もう大丈夫」
「そうなの?今日は森にいかずに村にいれば?サボアたちと一緒に女の仕事をすればいいわ」
見知らぬ人……だけど、私を育ててくれた母さんだ。
私は微笑んで、心配気な母さんに首をふる。
「大丈夫よ。森の事を思ったら、気分がすっきりしたわ」
「……そう。でも無理はしないのよ?サエ」
「ありがとう、お母さん」
不自然じゃないだろうか?ちゃんと私は、彼女の娘のフリができているだろうか?
……いえ、それも変。私は確かに彼女の娘なのだから。義理とはいえ。
「顔を洗ってらっしゃい」
「はい」
服を着替えて、顔を洗いに外に出た。
外の風景は……こっちの記憶の通り。ファンタジーな物語に出てくるような、のどかな田舎の村。
その瞬間に実感した。
ああ……ここは日本ではない、本当に異世界なのだと。
サエ。それが、この世界での私の名前。日本人としてでなく、この村の娘としての名だ。
まぁ間違いなく、ここは日本ではない。地球ですらない。
え?根拠は何かって?
まず、月がおかしい。あの見慣れた月の模様がないし、しかも大小2つも月がある。
それに、魔法が存在する。
そして魔物なんてものが、ただの迷信でなく現実の生きた存在として闊歩している。
この私、サエも実は魔法を使える。それもかなり強力なものだ。……隠してるけど。
「ふう」
いつものように村を出て森に入る事にする。
家の裏にまわり、かごを確認し、そして背負った。よしOK。
いつものように行こうとすると、向こうからひとりの老人がやってきた。
村長さんだ。
「サエ」
「おはようございます。どうなさったんですかこんな時間に」
この時間に村長さんが村の中をウロウロしているなんて珍しい事。それに私に声をかけるなんて、さらに珍しい事だ。
「サエ、今日も森に入るのかね?」
「はい」
「そうか、ではひとつ。今日はもしかしたら昼から呼び出しをかけるかもしれない。村の声が聞こえないようなところには行かない事。あと、できればだが午後には村に戻ってほしい。できるかね?」
無茶な要望だった。そこでハッキリと返答した。
「時間が測れるわけではないですから、そのお話に沿うのは難しいです。あと、私の採取している薬草はかなり奥ですから、村の声が聞こえる範囲というのは無理です」
「だが、そうしてほしい。薬草の知識のある者、あるいは治癒魔法の使える者を配置しておきたいのでな」
「はぁ。という事は、どなたかいらっしゃるのですか?」
「うむ、少し前にそういう連絡が入っておる。詳しい事情がわからないのだが、治癒のできる者を一人でも多く待機させていて欲しいと」
「そういう事ですか。では」
では今日は村にいます、と私は返そうとした。おそらくは村長さんもそれを期待していただろう。
だけど、私の口から出たのは全然別の言葉だった。
そう。「今日はすぐ戻れるよう、なるべく近くにいるようにします」と。
村長さんには「なるべく近くにいる」と言ったけれど、それがきちんと守られているかどうかは微妙と言えたかもしれない。まぁ「なるべく近くに」という言葉通りではあるのだけど。
確かにここからは村の状況を知る事ができる。
だけど、それは声が聞こえる、伝わる距離という意味ではない。探査魔法を使ったりすれば把握できるという程度にすぎず、実態はいつもどおりの森の奥だった。
さて。
森の中を散策して予定通りに薬草など採取していた私は、魔物や動物たちが妙にざわついているのに気づいた。
何か起きているのかしら?
『サエ』
頭に声がして振り向くと、お友達のミーシャがいた。
「こんにちはミーシャ。まだお昼なのにどうしたの?」
彼女はサキュバスという種族の女の子。要するに魔物である。
『何度も言ったけど、陽光がダメなわけではないわ。単に嫌いなだけよ』
おっとそうだった。サキュバスやインキュバスは淫魔という性質上夜が好きというだけで、別に陽光がダメとか不死の怪物ってわけでもないらしい。
性質上ですか。むむ、乙女にはよくわかりません。
『前世じゃ経験あるくせに。そういうのを淫欲の乙女って』
「はいストップ、その続きはまたね。で、何かあったの?」
ミーシャは私の魔法の先生だ。
はじめてミーシャに遭った時、私は慣れない森の中で死にかけていた。そんな私を転生体と見抜いた彼女は興味をそそられたらしく、手取り足取り魔法を教えてもらった。まぁ、毎日ではないが。
まあいい、その話はまただ。今はその時ではない。
『大量の人間がサエの村に向かっている。あの速さと装備、この国の騎士団ね』
「……なるほど」
来客だろうとは思ったけど、まさか騎士団とは。
「この季節に、しかも騎士団?」
まさかと思った。だけど。
『そのまさかね。サエが今、思った通りよ』
ミーシャは大きく頷いた。
『サエの価値に気づいて、騎士団が動き出したって事ね』
「そうなの?」
私の言葉にミーシャは「ふむ」と少し考えると、おもむろに口を開いた。
『魔法に適性の高い者は最悪、強制徴用になるのは知ってるわよね?』
「うん」
『だけど、実際にはどうやって調査するのかしら。騎士団だけでは無理よね。どこかに情報提供者がいるというのが妥当と思わない?』
「……!」
ミーシャの言いたい事が、私にもわかった。村に売られたと言いたいのだ。
でも。
「それにしても、いつも通りすぎたわ。それとも、私はそこまで節穴なのかしら?」
母さんだって、よくも悪くも普通だった。村長の態度は確かに妙だったけど、売り払う対象を相手にする態度とも思えなかった。
村長さんたちがその気になれば、もっと強引に村においておく事もできたはずなのに。
彼らがそこまで演技派だった?
いや、さすがにそれはないだろう。
『育てのお母様や村長さんは、関係者じゃないんじゃないかしら。むしろサエに気づかせないようにするため、サエに親しい者、演技の苦手な者は避けたのかもね』
「……確実に引き渡すために?」
『そ』
「悪いけど、いくらなんでも信用できない。根拠は何かある?」
『単なる状況認識の結果だもの。あるかないかというと、ないわ』
でもね、とミーシャはその後を続けた。
『魔法に目覚めた子供をそうやって売ってお金にするのは、どの村でもやっている事よ。珍しい事でもなんでもないし、どちらにしろもう遅いわ』
「遅い?」
ええ、とミーシャはうなずいた。
『たとえ別の理由での来訪だったとしても、間違いなく魔道探知が行われるって事よ。騎士団が個別の村に行く機会は少ないわけだけど、逆にいうと少ないからこそ、せっかく来たんだからと定番のように探査が行われるって事。
彼らの魔導器やシステムは、あたしが言うのもなんだけど結構有能よ?魔力の残滓を衣服や生活用品から嗅ぎつけるくらいにはね?』
「……」
『サエは魔力の制御が得意だけど、永遠にかけ続けられるわけではないわ。それに初期に不用意に放った魔力なんかもあるし、部屋には確実に魔の残滓が残されてるし』
ちょっとまって。
「それ聞いてない。どういう事?」
『そりゃあ言ってないもの』
「なんで……!」
『なんで?』
ミーシャは不思議そうに首をかしげた。
『その必要があるとは思えなかったから、かしら?』
「……え?」
どういう事?
「そんな。だって、村にいられなくなっちゃうんだよ?」
『どのみち、サエは村を出るしかないのに?』
ミーシャは静かに告げた。
『サエ。いくら魔力を隠しても、妊娠するとバレてしまうのよ。今のままのサエじゃ、おそらくお腹の中で赤ちゃんが魔力にあてられて暴走する可能性があるからね』
「……どういうこと?」
『魔力酔いって聞いた事ない?』
ミーシャに指摘されて気づいた。
魔力酔いとは魔力の強い生き物にはついて回る問題で、お母さんは無意識に子供の魔力をおさえこむ。だからお産まで母親の魔力などは制限されるっていうんだけど。
あ、そうか。
「つまり、今のままだと妊娠したら最後、赤ちゃんをおさえつつ魔力を隠すのは無理って事?」
『うん正解』
よくできました、とミーシャはうなずいた。
『今までサエをきちんと鍛えてきたのは、将来妊娠した時、お腹の赤ちゃんの魔力に負けて中毒を起こさないためだよ。そうしないと命が危ないからね。
だけど、魔力を使いつつ魔力を隠すには、まだまだ力が足りないの。
動物や魔物の場合、妊婦は仲間やオスが守ってくれる。ほとんどの魔物も同族の妊婦には手を出さないしね。
でも、そんなんで村にいられるかしら?』
「……そっか」
そんなの無理だ。村に居続ける事はできない。
「それじゃあ……逃げるしかないね」
『ええ、そうなるわね』
村の方向を見た。
そっちの方角が、だんだんと騒がしくなっている。騎士団の到着が近いのだろう。
『行きましょう、もっと奥へ。魔物と精霊の天国にして、ひとの入れない土地へ』
「うん。連れてってミーシャ」
ミーシャはその時、得たりと満面の笑みを浮かべた。
『レイシャ』は二人組の女性魔道士ユニットであったと多くの史書には記されているが、ご存知のように異説も数多い。そうした異説の中でも有名なものの一つがサキュバス説。その組み合わせも色々バリエーションがあるが、そのほぼ全てでサエ側を人間、ミーシャ側をサキュバスとして扱っているのが特徴である。もちろん異説もあるが、それらのほとんどは後年に付け足された設定である事が判明しており、オリジナルのサエ嬢が、少なくとも魔道士として自立するまでは人間であったのは間違いない。
こういう伝説のバリエーションの偏りにはもちろん意味があり、考古学者兼異世界学者として知られるコウヘイ・ハヅキ氏によれば、サエもしくはサエのモデルとなった女性は異世界人であり、それゆえにサエは人間と考えられているのだという。異世界にはいわゆる幻想種の類がおらず、人間に似た知的生命体は人間のみであり、それゆえに異世界人と判明すれば、それはつまり人間なのだと。
ただしこれは、サエ嬢が生涯人間だったという事を意味するものではない。
サエ嬢の末路については諸説あるが、多くはミーシャ側の人物が鍵になっている。つまり、
ミーシャが村の人間ならば、ふたりは強大な人間の魔道士として巣立ち生きる。
ミーシャがサエと同じ異世界人なら、安住の地を求めてふたりは長くさまよう。
ミーシャが魔獣の類ならば、サエの老後は彼女らが迫害されない田舎に住み着き、のんびりと天寿を全うする。
そしてミーシャが人以上の何かなら、サエは次第にミーシャ側にとりこまれ、最終的に人の世を去っていく。
逆に、全ての伝承を通してサエの方は、強大無比な魔道士として描かれている。
ミーシャ側と違ってこちらはほとんど変化がないため、研究者の中には「ミーシャとはサエの力を物語上擬人化した存在であり、ミーシャ的立場にいたオリジナルの存在は、おそらく小さなペットか、あるいは生まれ育った村から連れだした一般人だったのではないかという説を唱える者もいる。サエの魔道の才は突き抜けすぎていたが日常的な能力については一切触れられていないので、おそらくはサエを日常面でサポートしていたのではないかと、その研究者は分析している。
(おわり)




