まっすぐに通る一本道
まっすぐに通る一本道。視界をさえぎるものは何もなく、乾いた荒野だけが続いている。
この旅を楽しむ気持ちはつゆほどもない。もともと望んだものではないのだ。
しかし、わたしにはやらなければならないことがある。もつれる足を、半ば作業的に動かしながら進んでいく。
***
道の上に象が立っていた。
からだは白く、牙は太い。やさしい目で顔にほほえみをたたえ、わたしを迎えた。
「水が欲しいです」
象は言った。わたしはかれに、水筒の水を分け与えた。
「あなたの水はおいしい水です。量は足りませんがね」
ははは、と象は薄い笑い声をたてた。
「お礼にこれを差し上げましょう。わたしの母の牙で作りました」
象はステッキを取り出した。その言葉の通り、象牙製のようだ。受け取ったステッキは軽く、地面を叩くとこん、と軽い音がした。
○
道の上に羊が立っていた。
本来ふさふさであるはずの毛はつるりと剃られ、黒い地肌があらわになっている。
「寒い寒い。ここはとても寒いところですね」
羊は身震いしながら言った。
「あなたが背負っている寝袋をください」
わたしは黙ってそれを手渡した。目的地には必要のないものだ。
「ありがとう。代わりに、このタキシードを差し上げましょう」
純白のタキシード。しみ一つなく、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。わたしは着ていた旅装からそれに着替えた。
「とてもお似合いですよ! なにせ、わたしの自慢の毛で作りましたからね」
羊は真面目な顔で言った。
○
夜になった。辺りは月明かりに照らされ、地面には複雑な陰影がついた。
道ばたの低木に白ふくろうが止まっていた。全部で十羽、それぞれ少しずつ模様が違う。
「そこの旅人さん」
「わしらはもう何日も」
「食べておらんのじゃ」
「何か食べ物を持っていたら」
「分けてもらえまいか」
わたしは食料のかばんをかれらに放った。ふくろうたちは器用に袋を開け、中身を一心につつく。
「ありがとう」
「ありがとう」
「これは気持ちばかりだが」
「受け取ってくだされ」
渡されたのは純白のぼうし。分厚い生地で、月の光を青白く反射している。
「わしらの羽で」
「作りました」
「気に入って頂けたでしょうか」
ふくろうたちは輪を作り、空へと飛び立った。
***
わたしは荒野を歩いている。本来は地平線が見えるはずだが、現在は夜のため足元もよく分からない状態だ。わたしは薄汚れた旅装に、かばん、寝袋、水筒を持っている。水や食料は何週間も前に尽き、荷物は軽い。
都会の幻想。それは美しくもはかないものだった。数ヶ月前まで真っ白なタキシード、しゃれた流行りのぼうし、象牙のステッキに身を包んでいたわたしはもういない。
くだらない政争にまきこまれ、少し意地を張ったらこれだな。そうニヒルに笑ってみても、何のなぐさめにもならない。
次の町まであとどれくらいだろうか。わたしは、次の町で手にいれる。失ってしまった華やかさを。だが、そんな思いとは対称的に、心臓の鼓動はしだいに弱まっていく。エネルギーをもはや取り入れられないからだが動くことを拒否しているのだ。
紺色の夜空を仰ぐと、ついにわたしは倒れこんだ。それでも前へ進もうと試みて、しかしそれは叶わなかった。
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