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第7話 ショウタくんの事情

「まったく、何をお考えであるのか!」


 デルオダート王宮の執務室にて、今日も鬼宰相ウッスア・タマゲッタラの叱責が飛ぶ。


「仮にも王族騎士ロイヤルという自覚がおありなのであれば、もう少し御身を大事に扱っていただきたい! 恐れながら姫騎士殿下のお身体は国家の未来そのものであり、そうした意味で申し上げれば殿下お一人のお身体ではないのですぞ! このウッスアの言葉の意味が、お分かりになっておりますでしょうか! 姫騎士殿下!」

「はい……」


 宰相ウッスアの前で正座させられている影が、ふたつある。

 ひとつは、グランデルドオ騎士王国にて現在唯一の王位継承権をお持ちであらせられる、アリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオ姫騎士殿下。


「魔法士殿もです! 立場上、お心苦しい部分があるのも理解いたしますが、姫騎士殿下のやんちゃぶりは今に始まったことではありません! 殿下が暴走なさる時は、毅然とした態度でお引き止めするのも、王宮に勤める者の義務ですぞ! 今までも再三、魔法士殿には申し上げておりますな!?」

「はい……」


 そしてもうひとつが、グランデルドオ騎士王国にて現在唯一の宮廷魔法士として召抱えられている、ショウタ・ホウリンであった。


 ウッスア宰相がふたりを叱りつけているのは、ほかでもない。先日、王国南東部メイルオ地方において、二人がメイルオ領主フラクターゼ伯爵の屋敷に乗り込み、その伯爵を見事成敗してのけた一件についてである。

 伯爵は盗賊団を裏で操り、自分の意に沿わない一部の村落を攻撃するなどといった悪行を繰り返していた。もともと盗賊団の噂だけを聞き、義憤にかられていた殿下である。ショウタと共にこっそりと王宮を抜け出して、賊に襲われている村を救った後、とうとう伯爵の陰謀にも気づいてしまった殿下は、そのまま伯爵の邸宅に殴りこみをかけた。


 表向きは、姫騎士殿下は最初から陰謀、悪行を看破しており、裏で王立騎士団を手配しつつも、伯爵の邸宅に囚われた村娘を救うために単身潜入し露払いを行ったことになっている。アリアスフィリーゼが伯爵を叩き伏せ、王立騎士団によって盗賊団の大半が捕らえられたが、これらはすべて一連の作戦行動だ。少なくとも、世間はそのように認知していた。


 だが、表向きは表向きだ。現実はあくまでも殿下の独断先行であり、それ自体は様々な問題が付随する行動であると言えた。だからこそ、宰相ウッスア・タマゲッタラによる直々のお説教である。アリアスフィリーゼとショウタは、足がじんじんと痛むのを我慢しながらも、じっと頭を垂れていた。


「そもそも、殿下にはお立場というものがございます。貴族騎士ノブレス伝統騎士トラディションの因縁を、ご存知ないはずはありますまい。増して殿下は、その武勇や、騎士剣聖マイスター直々に剣の手解きを受けられた経緯から、伝統騎士トラディションの支持を多く得ていらっしゃる。その中にあり、独断で貴族騎士ノブレスを成敗するような真似をなされては、ますます貴族連中の立つ瀬がなくなり、軍部の増長を招きますぞ」

「はい……」


 力ない声で、しおらしく頷くアリアスフィリーゼである。そこには、悪党に対し啖呵を切って大立ち回りを演じた、勇ましき姫騎士の姿は存在しない。まるで飼い主に叱られた犬のように、尻尾を畳み、ただただうなだれるばかりであった。

 しょんぼり殿下である。


「無論、殿下が正しき義を愛され、悪を憎む心のままに行動されたことは、このウッスアもよく存じ上げております。アリアスフィリーゼ殿下が、そのような騎士の模範となるべき御心をもって成長なされたこと、それ自体は大変喜ばしいものです。ですが政治というものは、善と悪の二枚のみで成り立つものでないということは、どうかご理解いただきたい。フラクターゼの行為は許しがたいものですが、殿下が騎士王陛下の認可を得ず、単独で貴族の悪行を暴き成敗したとなると、それは問題になるのです。わかりますな?」

「はい、はい……」

「はいは一回でよろしい!」

「はいッ!」


 姫騎士殿下はキッと顔をあげ、ウッスア宰相の目を正面から見つめた。翠玉色の吸い込まれそうな瞳は、まさしく彼女の純粋さを映し出す鏡である。プリンセス・アリアスフィリーゼは、宰相渾身のお説教を受けて、間違いなく反省していた。彼の言葉を正しく解釈し、より王族騎士ロイヤルとして正しくあらねばと、決意を新たにしている様子であった。


「ただし、殿下、」


 大きなため息をつき、ウッスアは言う。


「殿下の働きで、ひとつの村が潰されずに済んだのは事実です。私が王立騎士団を動かすのみでは、彼らを見捨てざるを得なかったでしょう。その一点に関してのみは、ご立派でございました」

「ウッスア……」

「ただし、今後二度とこのようなことはなさらぬこと! 重ねて申し上げますが、御身の価値を、殿下はもう少し見直されたほうがよろしい! 私からの忠言は、以上でございます」


 ウッスアは頭を下げた。


「よく理解いたしました、ウッスア」


 姫騎士殿下は大真面目な顔で頷く。そこを態度で偽れるほど、器用な殿下ではないだろう。よく理解したと言ったからには、彼女はよく理解したのだ。

 懸念があるとすれば、ウッスアの言葉を理解し、決意を新たにしたところで、殿下はまた激しい思い込みから新たな問題を起こす可能性がいくらでも湧いて出てくることであった。が、その先々まで読んで諌めるのは、不可能に近い。姫騎士殿下の奇行に対応するのは、もぐら叩きのようなものであって、根本的な予防策は存在しないのである。


 姫騎士殿下は、ドレスの裾をつかみながらゆっくりと立ち上がる。うっ血した脚部に血が大量に流れ込んでしばし足がしびれた様子を見せたが、裾をまくりあげてふくらはぎを叩くなどというようなはしたない真似は、しなかった。

 外に出れば鎧を纏う姫騎士殿下も、王宮内であれば、当然ドレスをお召しになるのだ。ところどころにあしらわれた金属製の意匠は、騎士としての覚悟を示した、要するに鎧の代替であり、ついでに言えばこれらも凄まじい重量を持つ特注品であった。


「ではショウタ、出ましょう」

「あ、はい」


 殿下の言葉に従い、ショウタも立ち上がろうとする。が、ウッスア宰相はそれを片手で押しとどめた。


「いえ、魔法士殿にはもう少しお話がございます」

「えっ」


 思わず聞き返す姫騎士殿下である。


「では、私もしばらくこちらにおります」

「まことに恐れ入りますが殿下、これは男と男の大切な話し合いでございますれば、どうか殿下にはご退室願いたいと存じ上げます」

「そうですか……」


 あからさまに気を落とした表情で、アリアスフィリーゼは言った。

 がっかり殿下である。


 姫騎士殿下が名残惜しそうに執務室から退室する。豪奢な王宮の一室にて、宰相ウッスアと宮廷魔法士ショウタの二人だけが、残された。


「あの、大事なお話ってなんでしょう」


 当然、心当たりのないショウタはその疑問を口にする。


「その件ですが、まずは場所を移しましょう。お話がおありなのは、私ではなくてですな」


 そう言って、ウッスア・タマゲッタラは彼を執務室の奥へ案内する。そこにある扉を開くと、赤い絨毯の敷かれた廊下が広がっている。これが王宮にあるという隠し通路か、と思ったが、途中でメイドとすれ違ったのでそうでもないらしい。

 単純に別の出入り口から出ただけか。表側の出入り口には殿下が聞き耳を立てているかもしれないとウッスアが言うと、それは実にもっともな話だと思った。立ち聞き殿下である。


「あの、本当にすいませんでした」


 歩きながら、ショウタはぺこりと頭を下げる。先を歩く禿頭の宰相は振り返りながら首を傾げた。


「ふむ?」

「えっと、殿下の暴走を、止められなくて……」

「おお、その件ですか」


 鬼宰相ウッスアは、先ほどとは打って変わって好々爺めいた笑みを浮かべる。


「先ほどはああ申し上げましたが、魔法士殿はよくやっていただいております。あの叱責は、どちらかと言うと殿下への牽制というか……いや、御気分を害すようなことを申しましたな。失敬」


 廊下を渡ったその先に、ひときわ豪奢な扉が姿を現した。このあたりは、ショウタもまだあまり足を踏み入れたことがない。近衛騎士の目がやたら厳しいからだ。

 ショウタは、この扉の先にいる、『お話がおあり』であるという人物の正体に、ほんのりと察しがつきつつも、恐る恐る、ウッスアに尋ねてみた。


「えーっと、このお部屋って……」

「セプテトール騎士王陛下の寝室になります。魔法士殿のことですから大丈夫とは思いますが、くれぐれも粗相のないように」

「ま、まじぇすてぃ!」


 ショウタは思わず驚きの奇声をあげてしまい、直後にはっと口を押さえた。


 騎士王陛下マジェスティ・オブ・ナイトキングダム、すなわちこのグランデルドオ騎士王国の君主たる、セプテトール・ラゾ・グランデルドオ陛下のことだ。王宮に来て一ヶ月近くになるショウタであるが、謁見が叶ったのは一度しかない。

 というのも、騎士王陛下は一年前より重い病を患い、床に臥せっていらっしゃるからだ。病状は決して思わしいものではないらしく、主な政務は、そのほぼすべてを、宰相ウッスアに一任した状態にある。


 ショウタが宮廷魔法士として正式に着任した際、お目通しを許された騎士王陛下は、精悍な顔立ちをした中年男性、姫騎士殿下にしっかりと遺伝した金髪の美しい、ナイスミドルであったことを記憶している。病のためか若干おやつれになっていたが、騎士としての気位も王としての威厳も持ち合わせた、印象的な方であった。

 アリアスフィリーゼ殿下は実に女性的でお美しいご尊顔をなされているが、あれで父親似なのだな、と思ったものだ。后殿下は若くしてお亡くなりになり、肖像画も残されていないのでショウタは拝見したことがないが、とにかく殿下と陛下はよく似ておられる。


 ひとまず、そのセプテトール騎士王陛下が、この扉の向こうにいらっしゃるのだという。ショウタが深呼吸しているのを、ウッスアは苦笑いしながら眺めていた。扉の左右に立つ近衛騎士は、直立不動のまま微動だにしていない。

 ウッスアが扉をたたくと、しばらくして、中から『入れ』という声が聞こえた。


「失礼いたします。騎士王陛下、魔法士殿をお連れしました」


 重く、豪奢な扉を開くと、そこは騎士王の寝室にふさわしい、やはり豪奢な内装の部屋であった。

 中央には天蓋付きの大きなベッドがあり、その脇に立つ侍女がぺこりと頭を下げてウッスアとショウタを出迎える。騎士王陛下はその時点でベッドから降りており、公務用と思われる衣装をお召になられていた。


「陛下、寝ていらっしゃらないとお身体に障りますぞ!」

「まぁそう言うな。魔法士殿を呼びつけて、ベッドの上では格好がつかん。俺も男だ。ポーズくらいつけさせろ」


 そう言って鏡を睨み、自らの髪を撫で付ける陛下の仕草には、意外にも『伊達男』という言葉が似合う。騎士王陛下の召し物は、いずれも王侯貴族のスタンダードをベースにしながらも、王族騎士ロイヤル特有のアレンジが施されたものだ。

 まずお洒落なプールポワンには、姫騎士殿下のドレス同様、胸当てキュイラスなどの具足を思わせる意匠が施されている。ショースも脛当てグリーヴと一体化した独特のものであり、陛下は更に肩からマントを羽織っていた。


 陛下は髪型にようやく満足がいったか、くるりと振り返り、にこやかに笑って片手をあげた。


「待たせたな、魔法士殿。まあ座るといい。遠慮はいらんぞ」

「はぁ、どうも……」


 思っていたよりもフランクな陛下の態度は、初めて謁見した時とは微妙に与える印象が違っていて、ショウタは面食らってしまう。


「これから男と男の大事な話がある。おまえは、席を外せ」


 陛下は侍女に顔を向けてそう言った。ショウタとそう歳も変わらぬであろう若きメイドは、恭しく頭を下げた後、無言のまま部屋を退出する。


「思ったよりもお元気そうで何よりです、騎士王陛下」


 ショウタはひとまずそう言った。


「うむ。ここ数日はすこぶる調子もいい。久々に剣を握ってみるかと思ったのだが、ウッスアに止められてな」

「当然です」


 むっつりとした顔で、ウッスアが言った。彼は再び、鬼宰相の表情に戻っている。この人も苦労が絶えないのだろうな、と、ショウタは他人事のように思った。どうも騎士王陛下も、あまり落ち着き払ったタイプの性格ではないらしい。父娘2代にわたって、この禿頭の宰相に心労をかけまくっているというわけだ。

 ショウタは意識を切り替えて、改めて陛下と視線を合わせる。陛下は、ショウタが腰掛けた席の対面に、ゆっくりと座り込んだ。


「それで陛下、あの、お話というのは?」

「うむ……」


 騎士王陛下は、やはりこれまた姫騎士殿下とよく似た、形のよい顎を撫でながら、厳かにこう切り出した。


「魔法士殿、」

「はい」

「うちの娘をどう思う?」

「はい?」


 いきなり予想外の方向から言葉をぶつけられて、ショウタはにわかに困惑した。どう思う? とは、どういう意味であろうか。ショウタは〝うちの娘〟こと、アリアスフィリーゼ姫騎士殿下の顔を思い浮かべてみた。

 どう思う? と聞かれれば、

 美人であるとか、胸が大きいであるとか、腕っ節が頼りになるであるとか、聡明な頭脳をお持ちであるとか、その割にはたいそう残念な性格をなされているが、ショウタに対しては妙に優しいであるとか、総じて、好ましい印象を持っている、と答えられるわけだが、


 ウッスア宰相が口を挟む。


「陛下、それでは魔法士殿を困らせるばかりですぞ」

「うむ、わざとだ」


 からからと笑う陛下を見て、こいつ、とショウタは思った。不敬であろうが相手が病人であろうが、思ったものは思った。


「まぁ、順を追って話そう」


 こほん、と騎士王陛下は咳払いをなされる。


「まずは先日の一件、実にご苦労であった。アリアのワガママ、臣下フラクターゼの悪行、余も騎士王として恥じ入るばかりである」

「あ、いえいえ、そんな……」


 事実、ショウタは褒められるようなことは何もしていない。どちらかといえば、足を引っ張ったのは彼の方なのだ。なので、騎士王直々に謝礼を言われてしまうと、かえって居心地が悪いものでもある。

 だが、口にせずとも、言わんとしていることは伝わってしまったらしい。騎士王陛下はにやりと笑った。


「なに、アレは身近に守るものがいるほど本気を出すタイプだ。魔法士殿が適度に足を引っ張ってくれたのも、かえって助けになったであろうよ」

「恐れながら! その物言いは、それはそれで傷つくんですが、陛下!」

「うむ、わざとだ」


 ショウタはようやく、ウッスア宰相の気持ちを理解するに至った。姫騎士殿下はぽんこつだが、騎士王陛下は性格が悪い。


「そしてだ魔法士殿、今回の一件は氷山の一角でしかないということを、まずは留意してもらおう。失礼だが、魔法士殿は、我が国の内情に関してそう詳しくはないな?」

「え、あ、はい」


 陛下の声のトーンが明確に変わったのを感じて、ショウタは佇まいを直した。


「では多少なりとも知ってもらう。我が国には、伝統騎士トラディション貴族騎士ノブレスという二種類の騎士がある。これについては?」

「折り合いが悪くて、両者の仲があまりよろしくない、ということだけは」

「うむ……」


 騎士王陛下は、背もたれに身体を預け、天井を見上げる。


「どう話したものかな。この話こそが、多くの問題の根本にあるものであり、それゆえに根深いのだ」


 陛下の話では、200年ほど前、当時帝国領であったグランデルドオは独立を認められ、騎士王国として成立した。帝国の最西端に位置し、地平の彼方より現れし〝死の軍勢〟を度々退けてきたこの土地においては、当時より屈強な騎士、あるいは傭兵が集い、戦いの最前線を支え続けた。

 いわゆる伝統騎士トラディションと呼ばれるのは、そうした戦士たちの末裔だ。地理的、政治的な事情から魔法技術の伝達がなく、それでも彼らは祖国ていこくのために軍勢と戦い続けた。超人的な戦闘技術を今尚現代に伝える、屈強なる戦闘民族。それが伝統騎士トラディションである。


 同時に、領地の財政などを管理する官僚貴族の存在も、最前線を支える上では必要不可欠だった。彼らの多くは、当時大公であったグランデルドオ家の家臣団であり、また帝国本土から左遷される形でやってきた貴族達も、それなりにいた。彼らは、グランデルドオ騎士王国が独立する際、君主たる初代騎士王デルオダートによって叙任を受け、騎士となった。

 貴族騎士ノブレスの起こりがこれだ。当時は、長きに渡る戦いを裏で支え続けた貴族に対する褒美としての叙任であったが、時代を経るにつれ、単なる面目を保つための手段に変化してきた。曲りなりにも騎士王国である。王が騎士である以上、貴族たる彼らも、騎士で有り続けなければならなかったのだ。


 貴族騎士ノブレスたちは伝統騎士トラディションを、力でしか物事を解決できない野蛮人と謗り、伝統騎士トラディションたちは貴族騎士ノブレスを、頭でっかちの腰抜けと評した。


 実際問題、王国の政治方針を騎士王に陳情するための機関〝貴族議会〟においては、伝統騎士の名門の席も用意されているものの、彼らの多くは政治・経済に関する知識が乏しく、発言権は皆無に等しい。

 しかし逆に、軍事という側面において、貴族騎士というものはまったくと言っていいほど役に立たない。騎士学校を卒業した一般市民、いわゆる一般騎士コモナーと呼ばれる連中の方が戦士としてははるかに優秀であり、プライドばかり先行して実力が追いつかない貴族騎士は、戦場ではお荷物だった。


「アリアの剣の師匠であるゼンガーは、あれは伝統騎士トラディションだ。あいつの性格や考え方も、どちらかといえば連中のそれに近い。だからアリアは伝統騎士トラディションの支持を多く得ている反面、一部の貴族騎士ノブレスには煙たがられている」


 騎士王陛下は、いったん前置きを終わらせて、そのように話した。


「そのへんは、今回の一件を通してなんとなーく聞きました。伝統騎士トラディション人気の高い殿下が、個人として貴族騎士ノブレスを成敗することに問題がある、んですよね?」

「うむ」


 騎士王陛下が深く頷く。だが、次の陛下の言葉には、ショウタも目を丸くした。


「そこで重要になってくるのが、貴公というわけだ。魔法士殿」

「ぼ、僕ですか?」

貴族騎士ノブレスの中には、魔法推進派と呼ばれる連中が存在する」


 その言葉が、単なる話題の飛躍ではないことを察し、ショウタは次なる言葉を待つ。


貴族騎士ノブレスの中でも中核となるグループだ。軍事関係における発言権を高めるために、帝国から魔法技術を導入して、伝統騎士トラディションの戦力価値を相対的に低めよう、という考え方が根底にある。無論、魔法技術の導入は騎士王国にとって悲願のひとつでもあり、無碍にはできない」

「あー……」


 ショウタは、ようやく合点が言ったように、声を漏らした。


「だから、僕を召抱えたわけですね……。宮廷魔法士として」

「うむ。荒野で手も足も使わず大岩を持ち上げたという貴公を、魔法士として王宮に招き入れたのは、魔法推進派の主張が大きい。つまりだ魔法士殿、貴公は貴族騎士ノブレスから強い支持を得た存在ということになる。その貴公と、アリアが共に行動し、伯爵を成敗したことに重要な意味が生じるわけだ」


 すなわち大多数の貴族から支持を得たショウタの存在が、貴族たちの不満を抑えるガス抜きに使われたわけである。そのくせ、貴族の中でそれなりに権力を有し、話を聞く限り魔法推進派の特徴と合致するはずのフラクターゼ伯爵が、ショウタのことをまったく知らなかったことに違和感はあったのだが。まぁきっと、彼は私腹を肥やすのに懸命なタイプであったのだろう。


「そこで翻って最初の質問だ。魔法士殿、余の娘であるところのプリンセス・アリアスフィリーゼを、どう思う? と」


 ここまで来れば、ショウタも騎士王陛下、並びに宰相ウッスアの真意に気づくことができる。

 彼らは、ショウタと姫騎士殿下を、今後とも極力くっつけて行動させようと言うのだ。伝統騎士トラディションから人気の高い姫騎士殿下と、貴族騎士ノブレスから人気の高いショウタが行動を共にすることで、あるいは、時として姫騎士殿下の暴走をショウタが押さえ込むことで、双方の不満のバランスを取ろうというのである。


 ショウタは、内心複雑な心境になった。なにせショウタは、魔法が使えないのだ。生まれつき自分に備わっていた不思議な力を、魔法と称して使っているにすぎない。ここが、魔法技術の発達していない騎士王国だからこそできた芸当であって、それにしたって、魔法推進派が動いている以上、いつまでも騙し通せるものではない、と思っている。


「もし、僕が……」


 と、ショウタは言葉を切り出した。


「陛下や宰相さんの御意志には沿えない、と言った場合、何かデメリットはありますか?」

「いやぁ、貴公は断れんよ」


 騎士王陛下は、存外にのんびりとした口調で言う。ショウタは、いささかばかりムッとして、聞き返した。


「なんでそんなことが言えるんです?」

「まずひとつ、貴公はアリアを憎からず思っていること。まぁなかなか器量良しだからな。当然だろう」


 冗談のように言う陛下の言葉が、事実であるのが腹立たしい。実際、アリアスフィリーゼ姫騎士殿下と極力行動を共にせよと言われたところで、喜んでと答えてしまいそうなのがショウタの本心だ。


「そしてもうひとつ、」


 騎士王陛下は言葉を切り、にやりと笑った。


「貴公が故郷に帰るために、今の立場は非常に魅力的かつ有益であるということかな」


 ショウタの動きが、はたと止まる。視線は騎士王陛下に釘付けになった。姫騎士殿下とは違う、蒼玉色の双眸が、じっとショウタを見つめ返している。背後に立つウッスア宰相は、微動だにしていない。ショウタにできることといえば、かすれた声で、かろうじて聞き返すことだけであった。


「……気づいてらしたんですか?」

「どこまでのことを言っているのかは知らんが、まぁ、貴公は少しばかりモノを知らなさすぎたな。アリアにいろいろ教えてもらったのか、だいぶ違和感はなくなっているが。常識に欠ける割に良識は備えているし、よくわからん男だとは思っていたよ。おおかた、魔法を使えるというのも嘘であろう。貴族連中を黙らせられるなら、どちらでも良いがね」


 セプテトール騎士王陛下の言葉を、ショウタは黙って聞くしかなかった。

 バレていたのか。当然といえば、当然だろう。ここに来た当初は、本当に右も左もわからなかったのである。アリアスフィリーゼ殿下にだけは事情を説明し、いろいろと協力してもらったのだが、それでもやはり、隠し通せるものではなかった。


 だが、悔しいが騎士王陛下の言うとおりである。事情がバレているのであれば、ショウタは陛下の言葉に逆らえない。魔法が使えないショウタが、魔法士として自由に振舞うことができるのは、騎士王陛下の温情以外の、なにものでもないからだ。


「まぁ、そう気に病むものではないぞ」


 陛下は上機嫌で続ける。


「あいつと四六時中くっついで行動できる大義名分を得たのだ。頑張っている自分へのご褒美だと思って気楽にやれ。多少の火遊びくらいなら、まあ、許そう。あいつは今年で19だが、おそらくまだ男を知らん」

「陛下」


 少しばかり下品に過ぎる陛下の言動を、ウッスア宰相が咳払いと共にたしなめる。騎士王陛下は佇まいを正した。


「魔法士殿には、しばらく我が国の内情安定を図るために尽力してもらう形になるが、なに、情勢が落ち着けば貴公の目的に協力もしよう。そう悪い話ではないと思うが、どうだ? これでも、こちらの意思には沿えんと、そう申すかな?」

「いえ……」


 ショウタはかぶりを振った。断る理由も、断れる理由も、彼にはないのだ。当然である。生殺与奪権は完全に、相手側にあった。

 そう悪くない話というのも事実だ。ショウタは、目的を達成するための明確なツテを、ここで得たことになる。当初の予定より少しばかり先延ばしになったが、確実性のあるツテだ。騎士王国が直接力になってくれるというのであれば、これほど心強いことはない。


 問題があるとすれば、ショウタは魔法を使えない身でありながら、魔法を使えると、偽り続けなければならないことだが。それも、多くは魔法推進派と呼ばれる方々の前で、である。


「では魔法士殿、正式にお願いするぞ」


 騎士王陛下はにんまりと笑って、ショウタの顔を覗き込む。


「俺の娘を、よろしく頼んだ」

「言い方ってものがあるでしょう! 騎士王陛下!」

「はっはっは」


 陛下は、豪奢な机をバンバンと叩きながら大笑いした。直後、いきなり咽せ、咳き込み始めたので、宰相ともども心配してしまうショウタである。陛下は息を切らせながら、『大丈夫だ』と言って、なおも極上の笑顔で続けた。


「まぁアリアは今後も貴公に迷惑をかけるだろうが、そこはあれだ。俺も昔は、〝暴れん坊陛下〟などと言われてな。ウッスアやアンセムを困らせたものだぞ。なあ?」

「懐かしゅうございますな……」

「ああ、アレ、血筋なんですね……」


 ショウタは、何やら生ぬるい感情で納得する。


 ひとまず、話はそこで終わった。ショウタは席を立ち、騎士王陛下に一礼する。言いたいことはあったし、複雑な感情を持て余してしまったのは事実だが、今後共ショウタを王宮で生活させてくれ、なおかつ、アフターケアもばっちりしてくれると言うのならば、あらゆる不満も飲み込もう。ショウタの現状を鑑みれば、これ以上ないほどの好条件でもある。


「あー、魔法士殿」


 退出しようとしたショウタに、陛下が背中から声をかけた。


「はい、なんでしょう」

「あまり難しく考えんようにな。ウッスアなど、幼い頃から俺に付き合わされて、魔法士殿くらいの歳頃には、もう前髪がハゲ上がっていたぞ」

「ど、努力します……」


 鬼のような形相になった鬼宰相をちらりとみやり、ショウタは懸命に笑顔を保った。





 さて、騎士王陛下の部屋から解放されたショウタだが、とりたてて行くアテがあるかと言えば、そんなことはない。部屋の前で待機していた侍女に一礼して、王宮内をふらつく。


 故郷から遠く離れた生活も、もう一ヶ月近くになる。ひょんな経緯から王宮に召し抱えられたのは幸運以外のなにものでもなかった。おかげで騎士王国という特異なロケーションを、比較的呑気な視点で満喫できている。

 王宮内にて彼のために割り当てられた私室は広々とし、『魔法研究のため』という名目で、大抵のものはなんでも取り寄せることができたが、部屋の中に一人こもって何かするというのは、そんなに気分の晴れる話ではなかった。どちらかといえば、厨房に押しかけて故郷の料理を再現できないか苦心することのほうが、よほど楽しい。おかげで王宮付きのコック達とは顔見知りになってしまった。


 しかし時刻は昼過ぎを更にもうふたまわりした頃であり、厨房の彼らも今は小休止をとっているところだろう。休憩の邪魔をするのも忍びない。


 ショウタは中庭に出た。

 さすがに、王宮ともなればその庭園も豪華だ。もともとガーデンに興味があったわけでないショウタも、この一ヶ月ふらふらと庭を眺めに出ている内、その多様なアート性にちょびっとだけ関心を抱くようになっていた。ま、ミーハーな観光スピリットであることは否めない。フラクターゼ伯爵の邸宅は、その庭園をゆっくりと散策できなかったことだけが残念である。

 王宮の中庭は、フラクターゼ邸と同じ幾何学式庭園だ。植え込みが多く視界不良、やたら広々としているせいで、ヘタをすると時たま迷う。迷路のような庭園である。


「来るのではないかと思っていました、ショウタ」


 がさがさと、植木の向こうから声がする。ショウタはぴたりと足を止めた。


「姫騎士殿下」


 当然、姫騎士殿下である。アリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオ姫騎士殿下である。姿を見せた殿下は、その片手に鞘付きの騎士剣を握っていた。日課の素振りでもしていたのかもしれない。殿下は庭木の根元に腰を下ろし、隣に座るようショウタを促した。


「ウッスアのお話とはなんでしたか?」

「え、えっ……?」


 当然の質問に対して、ショウタは狼狽する。

 宰相ウッスア・タマゲッタラの話、正確を期せば、騎士王セプテトール・ラゾ・グランデルドオの話。


 要約すれば『殿下のことをよろしく頼まれました』となるのだが、それをそのまま姫騎士殿下に伝えるのは、なんというか、非常に、まずい気がした。ついでに言うと、騎士王陛下の言葉が脳内にリフレインする。『多少の火遊びくらいなら、まあ、許そう』。火遊びってなんだ。多少ってなんだ。


 思春期の混乱を催すショウタの心中など、神ならぬ殿下に計りようもない。彼女は首をかしげた後、神妙な声でこう言った。


「いえ、男と男の話し合いでしたね……。こういう時、何故私は女なのか、と思います」

「で、殿下は、えっと、男性になりたいんですか?」

「今のところ私は、女に生まれて得をしたことがないのです」

「そういうの、僕の故郷では『となりの芝生は青い』って言うんですよ」


 ショウタがなんとはなしに漏らした言葉を、殿下は聞き、きょとんとした顔を作ってから庭園の青々と茂る芝生を見渡した。ひとしきり考え込んでから、彼女はぽつりと、『なるほど……』と感心したように呟く。


「ご納得していただけました?」

「はい。ショウタの国では、面白い例え話をするものですね」


 姫騎士殿下は、庭木の幹に背中を預けて、ゆったりとした仕草で空を見上げた。


「ショウタ、」

「なんでしょう」

「ショウタの国の話をしてください」

「またですか?」


 思わず尋ね返してしまうと、アリアスフィリーゼはショウタの目を真っ直ぐに見て『またです』と言う。


「ショウタの国では、みな、あの不思議な手鏡を持っているのでしょう?」

「ああ、これですか? まあ、そうですね……」


 ショウタは、ズボンのポケットから、手のひらサイズの薄い板を取り出した。このつるつるとした手触りは、どうもこちらの国ではなかなか珍しいものらしく、殿下は興味深げに眺めている。この〝不思議な手鏡〟は、ショウタが自らを『宮廷魔法士である』と偽るのに、一役買っていた。なにしろ、色々なものを映し出せるのだ。


「遠くの人と連絡を取り合ったり、遥か離れた土地の情報を、一瞬で知ったりすることができるのでしょう?」

「んっと、はい。まあ。ここでは無理ですが」


 ついでに言えば、無制限にそうした機能を使えるわけではない。エネルギーの補充が必要だ。ショウタの故郷では、エネルギー供給用の装置が至る場所に存在したが、やはりこちらではそうもいかない。どうしても機能を使用したい時は、件の不思議パワーを使い、動力を手補給しなければならなかった。

 最初は依存性のようにペタペタと触りまくっていたショウタだが、通信機能が使えないとなると飽きも早く、最近ではこの手鏡もほとんど使わない。先日、この中に納めた姫騎士殿下の御姿を盗賊達に見せるのに起動したくらいだ。


 ショウタとアリアスフィリーゼは横に並んで、改めて空を見上げる。蒼穹を、ショウタのよく知らない小鳥がぱたぱたと飛んでいくのが見えた。


「僕の国は土地が狭いですが人口が多く、生活空間を縦に拡張します。主要な都市では、山ほどもある建物が林のようにぽこじゃか生えていて、そういったところでは、空が狭くてなかなか見えません。道は歩きやすいよう石で舗装して、馬よりも早く走る鉄の箱に乗って移動します」


 ショウタはぽつぽつと、自らの生まれた国の話を始める。このくだりは、今まで何度も何度も話した記憶があったが、アリアスフィリーゼ姫騎士殿下は、まるで初めて聞く物語であるかのように真剣な面持ちを作り何度も頷いていた。ふぁさふぁさと、金髪が揺れる。翠玉色の美しい瞳は、おとぎ話を聞く子供のように純粋である。


「国自体は非常に平和で豊かです。政治に文句を言う人はいますし、問題も多いですけど、落ち着いています。子供たちはみんな学校に通います」

「みんなですか」


 初めて出す話題に、姫騎士殿下は食いついた。


「ショウタも?」

「はい。僕も学生でした」


 姫騎士殿下は目を丸くする。


 グランデルドオ騎士王国は、田舎である。領土的にも政治的にも経済的にもだ。教育機関の発展や識字率などは、決して高いものではない。先日訪れた、メイルオの塊村もそうだった。例えばシェリーは頭の良さそうな娘であったものの、ざっと話した限りでは、字が読めない。

 王宮のある王都デルオダートは、市民の生活や経済事情が比較的豊かなのもあり、子供を学校や塾などに通わせる家庭もそれなりに多い、と、ショウタは聞いていた。


 そうした教育事情を鑑みれば、ショウタの言葉は、姫騎士殿下にとってはまさしくファンタジーであったかもしれない。


「と、言うことは、ショウタは普段、学校でお勉強をしていたのですね?」

「えっと、はい」

「学校は楽しかったですか?」

「はい、そこそこ」

「今も、学校に行ってみたいと思いますか」

「そりゃあ、もちろん」


 殿下の怒涛のような質問を受け、ショウタはよく考えもせずに答える。なのでこの時彼は、アリアスフィリーゼの目がきらきらと輝き、次なる奇行が鎌首をもたげ始めているのに気付かなかった。ふと殿下を見やり、気づいてぎょっとした時には、もう遅い。

 姫騎士殿下はばっと立ち上がる、拳をぐっと握ってみせた。


「殿下? あの……」

「わかりました。ショウタの望み、このプリンセス・アリアスフィリーゼが叶えましょう!」

「殿下!?」


 何を言い出すというのか。何を勘違いしたというのか。このぽんこつ殿下は。


「宰相さんより変な真似はするなって言われてるでしょ!」

「無論です。私も3歩あるけば忘れるようなニワトリではありません。勝手に王都から離れたりしませんし、悪党を成敗したりはしません。大丈夫です!」

「大丈夫かどうかは殿下の判断なさることではなくてですね?」

「ショウタ!」


 姫騎士殿下は、ショウタの両手をぐっと握って引っ張り上げた。怪力乱神。勢い、宙に浮かび上がったショウタの身体は、数拍遅れて地上へと帰還するが、彼の神経はそんなアトラクションを堪能している余裕などなかった。篭手ガントレット越しではない、アリアスフィリーゼ姫騎士殿下の素手の感触。しっとりとした柔らかさに、想像より少しだけひんやりとした体温が、ショウタの脳髄を破壊し思春期回路をオンにする。


 『多少の火遊びくらいなら、まあ、許そう』。多少ってなんだ。火遊びってなんだ。


 くらくらとするショウタの顔を正面から見据えて、殿下は言う。


「ショウタ、学校へ行きましょう!」

「あっ、ハイ」


 ショウタはあっさりと頷いた。思春期の少年はチョロいのだ。

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