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騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
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   第84話 姫騎士殿下、突く

 飛び出してきたコボルトが、銃をアリアスフィリーゼに向けるのを見て、ショウタはすぐに短距離テレポートを行った。アリアスフィリーゼは剣を構えて高く跳び、回避の体勢を取れない。加えて、今は鎧を脱いでいた。銃弾の雨にさらされれば、内臓に致命打を受ける可能性がある。


「はぁッ!」


 転移直後、振り返りざまに不可視の力場を生み出して、発射される銃弾を防いだ。


 冥獣コボルトが手にしているのは、サブマシンガン。ショウタは銃器に詳しくないので、それがいったいどういったものかまではわからない。だが、おおよその威力は類推できる。展開する力場の反発力、持続時間、展開角度、そのすべてが最適に近いものを算出できる。

 生まれ育った世界での知識と、異世界で積んだ場数と経験、そして師匠によって強引にこじ開けられた思考領域サイキック・サーバーの容量が、ショウタの総合的な戦闘能力を大きく跳ね上げていた。


「せぇいッ!」


 上空で剣を振りかぶったアリアスフィリーゼが、コボルトに刃を叩きつける。硬質化した頭蓋に弾かれ、その一打は致命傷には至らなかった。アリアスフィリーゼは、そのままコボルトの額を蹴り飛ばすようにして、やや後方へと着地する。

 やはり、冥獣化による骨格の硬質化が厄介だ。だが、逆に言えばそれだけでもある。


 冥獣化は本来、その知能や肉体的ポテンシャル、そして闘争本能を大きく跳ね上げる処置だ。オークやゴブリン、そして人間レイシアル。いずれの場合であっても、その跳ね上げられた肉体と知能に大きく苦戦を強いられた。オークの場合は身体能力そのものが脅威であったし、ゴブリンは集団を統率するという特性が厄介だった。

 その反面、コボルトは冥獣化による恩恵が極めて少ないのだ。発達した知能によって、銃や自動車などを扱えるようになったのかもしれないが、現代の道具を扱うのに、おおよそ卓越した身体能力は必要ない。オークやゴブリンなどの冥獣化と違い、明らかに無駄が多いのだ。アンチシナジーとも言える。


 ショウタやアリアスフィリーゼが善戦できている理由の一つは、それだった。


 とは言え、油断は禁物だ。


「ショウタ!」


 着地したアリアスフィリーゼが、剣を脇構えに握りながらショウタの横に並ぶ。


 ショウタはまず突っ込むべきところを突っ込むことにした。


「パジャマですか、アリアさん……」

「流石に鎧を着てあそこまでは走れませんでした」

「まぁ、良いんですけど」


 いまいち緊張感が足りない。緊張感で戦うわけではないのだが。


 上野恩寵公園、不忍池。ショウタ達がいるのは、今そこだ。メガネが人払いをしてくれたのか、周囲に一般人の気配はない。ショウタの立ち位置からは、ちょうど不忍池弁財天と谷中七福神の建物を拝むことができる。


「――――――――――――――――ッ!!!」


 冥獣魔特有の咆哮を、コボルトは上げた。サブマシンガンのマガジンを切り替えて、こちらに向けて乱射をする。


「ショウタ、援護は任せます!」

「了解です!」


 ショウタはまず左腕で力場を展開し、駆け出したアリアスフィリーゼの前方を守った。そのまま右手を腰に回し、最近すっかりご無沙汰であった蛇頭鞭のトウビョウを構える。


「はぁっ!」


 ぶぉん、と振るうと、鞭がしゅるしゅると伸びてコボルトの腕へと噛み付いた。


「!!!」


 冥獣コボルトの紅い瞳が、ぎょろりとこちらを向く。なぁに、そう怖い物ではない。

 だが、トウビョウの神経毒は、冥獣化個体にまったく効果を及ぼさないようだった。ショウタは、コボルトの放つ斉射が止んだ瞬間、左腕から放つ念力でコボルトの腕を押さえ込んだ。アリアスフィリーゼは、そのまままっすぐに走ってコボルトに狙いを定める。が、


「ショウタ!」


 アリアスフィリーゼが足を止め、ショウタをかばうように突き飛ばした。


 直後、ばらららら、という音がしたかと思うと彼女の背中に紅い花が咲いていく。弁財天の屋根の上、別の影が立っている。もう一体いたのだ。その手には大型のマシンガンを手にしている。いや、あれはアサルトカービンと呼ばれる類のものだ。

 アリアスフィリーゼは苦痛に歯を食いしばりながら、剣を杖代わりにしてなんとか踏みとどまった。


「アリアさん!」


 何発かが背中に命中してしまっている。ショウタは歯を食いしばり、再び不可視の力場を貼る。貼りながら、改めてアリアスフィリーゼの背中を見た。

 銃創は三つ。弾丸はいずれも体内に残留してしまっている。位置はともかく、深さまでわからない。抜いてしまって良い物か、少し迷った。空いた片腕で、そっと彼女の背中に触れた。荒い呼吸に合わせて、肩が大きく上下している。


「アリアさん、呼吸は苦しくありませんか?」

「だ、大丈夫です。肺や心臓までは、到達していません」

「わかりました。では弾を抜きます」


 だが、そのためには一時的にでも安全を確保する必要がある。ショウタはアリアスフィリーゼを引っ張るようにして、廃車となった車の陰へ移動した。弾丸がフレームを叩くおとがする。腰をおろし、改めて彼女の背中に手を当てた。

 息が荒く、顔には汗が貼り付いている。いくら王族騎士ロイヤル伝統騎士トラディションの代謝能力が化け物じみているとは言え、体内に異物を残した状態では治癒できないだろう。目を瞑り、手探りするように、アリアスフィリーゼの背中から弾丸を摘出していく。


「……っ!」


 びくん、と彼女の身体が震えた。痛かったか。だが気遣っている余裕はない。あと2本。急いで抜き取らねば。

 2つ目の弾丸を摘出した時点で、サブマシンガンを構えた冥獣コボルトが、しびれを切らしたようにこちらへ突撃してきた。ショウタは3つ目の摘出を取りやめ、盾としていた廃車を念力で持ち上げる。手を掲げると、思考領域から捻り出された不可視の力が、浮かび上がった廃車をコボルトに向かって勢いよく叩きつけた。


 だがこれではダメだ。冥獣魔の骨格は頑丈である。骨を避け、心臓部や脳をめがけた精密な一撃を叩き込むよりほかはない。そしてショウタ一人では、それは難しい。


「……いや、」


 ショウタは、ちらりとアリアスフィリーゼを見た。体力を消耗している彼女は、まだ立ち上がるには少し時間がかかりそうだ。せめて一人でも、ショウタが自分の手で片づける。


 サブマシンガンを構えたコボルトと、アサルトカービンを構えたコボルト。敵は2体。体力が消耗しているのは前者だ。ショウタは改めて、腰のトウビョウに手を伸ばした。トウビョウはショウタに構ってもらえるのが嬉しいようで、ちろちろと舌を出しながら手の甲に頭を摺り寄せていた。

 今まであまり構ってやれなくて申し訳ないことをした。今度はこいつも上野動物園に連れて行ってやろう。あそこの爬虫類館を見せてやりたい。あとヘビクイワシ。


「だから、ここはいっちょ、張り切ってね……!」


 ショウタがびゅん、と右腕を振るうと、トウビョウは彼の思い描いた軌道を正確に辿り、サブマシンガンに食らいついた。


「!!」


 冥獣コボルトは、サブマシンガンを取られまいと必死にグリップを握る。


 勝負は一瞬。


 ショウタは前頭葉に意識を集中させた。高速集中思考コンセントレイト・ドライブ。そよぐ風が止まり、不忍池の湖面を騒がせる波が止まり、そして視界の隅を駆け抜けて行く京浜東北線の車体が止まる。停止したわけではない。時間は辛うじて流れているが、ショウタの意識は今、限りなく加速している。

 神経が焼き切れそうになる中で、ショウタはまず、視界の隅に停車したオフロードバイクを引き寄せた。ぐん、と力を込めると、鉛のように重たくへばりつく空気を掻きわけて、バイクの車体がゆっくりとこちらへ向かってくる。


 遅々たる速度。だが、現実世界の時間で言えばそれは、知覚することさえも難しい。

 体感時間がどんどん過ぎて行く。脳がオーバーヒートして熱くなる中、しかし、ショウタは汗さえ出ない。発汗神経がショウタの身体に起きている異常を把握するよりも、事態の進行の方が早いのだ。


「(………ッ!)」


 初期地点から1メートルは動かした。これだけ動かせば、あとは慣性で十分だろう。


 高速集中思考を解除する。停滞していた時間が一気に加速する。レールガンのように発射されたオフロードバイクが、コボルトの背面に思い切り激突した。衝撃で、コボルトは握る手を放す。トウビョウがショウタの手元まで、一丁のサブマシンガンを運んできた。

 ショウタは両手で銃を構え、引き金を引く。断続的な負荷が、肩へと勢いよく押し寄せた。


「くっ……!」


 弾丸はそれぞれあらぬ方向へ飛んでいき、ショウタは引き金を放す。


 反動、そしてそこからくる銃口のブレ。こんなものか。ショウタは再度銃口を、冥獣コボルトへと向けた。

 もう一体も、当然黙って見ているわけではない。アサルトカービンの銃口をショウタに向け、こちらへと突撃してくる。


 もう一度、勝負は一瞬!


 2回目の高速集中思考。脳への負荷が一気に出る。だが、ここで使わなければ、次の瞬間ひき肉になるのは自分の方だ。重たくへばりつく空気を掻きわけるように、銃口の位置を補正する。念力で自らの両手を固定し、正確に狙いを定めて行く。

 目の前の冥獣コボルトの、瞳だけを正確に狙う。おそらく、銃弾では頭蓋を貫けない。瞳から脳を撃ちぬく。


 銃を握るのは初めてだ。だが、成功させる。猶予はない。勝負は一瞬……!


 ショウタは、引き金を引いた。

 念力によって固定された両手は一切ブレることなく、サブマシンガンは銃弾を吐き出した。行き場を失った反動がダイレクトにショウタの腕に負荷を駆けて行く。骨が砕けるような激痛と共に、肩が脱臼するのがわかった。

 果たして、わずか1秒か2秒の間に吐き出された銃弾はすべて、冥獣コボルトの右目へと吸い込まれていく。


 引き延ばされた一瞬に起こった出来事をすべて確認し、ショウタは高速集中思考を解除した。


「―――――――――――――――――ッ!!!!!!」


 断末魔を上げ、冥獣コボルトの双眸、そして鼻孔と口から、鮮血が噴き出した。あれだけ硬い頭蓋である。撃ち込まれた銃弾を一切逃がすことなく、跳弾が脳をズタズタに引き裂いたのだろう。ショウタは脱臼した両腕をだらりと下げて、膝をついた。


 アサルトカービンを構えたコボルトが、こちらに突撃をしてくる。銃口がこちらへと向けられた。


 壁を貼って、弾かねば。そう思っていると、


「てやァァァ――――――ッ!!」


 眼前へとまかり出たアリアスフィリーゼが、裂帛の気合と共にコボルトへと立ちはだかった。


「―――――――――――――――――ッ!!」


 冥獣コボルトが引き金を引くと同時、アリアスフィリーゼは両手で剣を振り回す。きんきんきんきん、という金属音と共に、足元にバラバラと弾丸が散らばっていくのがわかった。


「うっそ……」


 十三代目石川五ェ門か。


 懐まで潜り込めば彼女のものだ。まず彼女は、剣を振り下ろしてコボルトの構えていたアサルトカービンを、容赦なく両断する。返す刃でもう一斬。現代科学の粋を集めて作られた個人携行火器の傑作は、剣と怪力という、極めて原始的な力によってあっさりと鉄クズと化した。


「せいッ! やぁっ! はあぁァァァッ!!」


 アリアスフィリーゼの猛攻は、止む気配がない。冥獣コボルトが下がるたび、アリアスフィリーゼが距離を詰める。ショウタはなんとか立ち上がり、コボルトに意識の狙いを定めた。不可視の力場を生み出して、相手の逃げ足を封じ込める。


 冥獣コボルトの筋力は相当なものだ。ショウタの念力で完全に押さえつけることはできない。

 だが、動きの鈍ったコボルトの隙を、アリアスフィリーゼは見逃さなかった。


 剣を地面とは水平に構え、そのまままっすぐに突きこむ。


貫翔爆砕弩かんしょうばくさいどッ!」


 キャロルの貫翔爆砕弩ぺネトレイトバスターだ、とショウタは思った。見よう見まねではあるが、斬撃に特化したアリアスフィリーゼの技よりは、冥獣化個体に対してはるかに有効な一撃である。

 果たして、キャロルほど精密ではないにせよ、肋骨の隙間をめがけたその刺突撃は、冥獣コボルトの心臓を射抜き、背面から剣を生やす。気道を逆流した血液が、ごぱぁ、とコボルトの口から漏れた。アリアスフィリーゼは剣を更に深くえぐり込ませると、一気に引き抜き、そのまま振り向きざま、血を払うようにして剣を振るった。


「……! ………!!」


 心臓部を押さえながら、冥獣コボルトはどろりと溶け、崩れ落ちた骨も粉々に砕け風化していく。


 これで5体、片づけた。新宿で2体、品川で1体、上野で2体、師匠が今交戦中の個体を含めれば6体。いまだ所在がつかめていないのは1体だ。この東京に、まだ1体、コボルトが残っている。

 とは言え、ここのコボルトは片付いたのだ。ショウタは大きく溜め息をついた。


「お疲れ様です、ショウタ」


 アリアスフィリーゼは三日月宗近クレセント・デルタを鞘に納め、にこりと微笑んだ。


 正面から血をかぶっており、服装はボロボロのクマさんパジャマ。壮絶だ。ショウタは言葉も出ない。


「あのう、アリアさん、背中の銃弾は……」

「ああ、最後のひとつは自分で取り出しました」


 とりあえず尋ねると、アリアスフィリーゼはにこりと笑ってこう答えた。


「ど、どうやってです?」

「それはもちろん、傷口に」

「あ、やっぱいいです」


 そうとう痛かったのではないか。ショウタが念力で摘出した時も相当痛そうだったが、少なくとも自分で取り出すよりはマシだったはずだ。と、思うと同時に、弾丸を抜くときに、びくりと震えた彼女の姿が想起され、ショウタは少し気まずくなって目をそらした。そんな猟奇的な趣味や嗜虐的な趣味はないが、あれがちょっと色っぽかったのは確かだ。


「そんなことよりショウタです」


 アリアスフィリーゼはそんなことを言って、ショウタの方へ近づいてくる。


「両肩が脱臼していますね。よくわかりませんが、その銃という武器は、相当反動があるのでしょう?」

「あ、えっと……はい」

「治しますので、じっとしていてください」


 彼女は座り込んだショウタの目の前に、腰を下ろした。ただでさえ薄い布地がボロボロになっており、やけに存在感のあるアリアスフィリーゼの胸部がちょうど目の前に鎮座する形となる。こんな時にドキドキしてしまう自分が、本当に嫌になった。戦闘の激しさのためか、ボタンの幾つかがほつれていて、隙間から白地のレースが見える。思わず、目をそらした。


 そのまま、アリアスフィリーゼはぐいと両腕を押さえつけ、上へと強く押し上げた。


「あだーッ!!」


 悲鳴と涙が飛び出す。アリアスフィリーゼがにこりと笑って、ショウタの頭を叩いた。


「はい、治りました」

「う、うう……。ありがとうございます……」


 肩をぐるぐると回す。動かすのにまったく支障はなかった。


「ショウタ、ここはどのあたりなのでしょう」

「上野ですよ。こないだ動物園に行った……」

「ああ、あの! ええと、白と黒の、かわいらしいクマがいた……!」

「パンダですね。その上野です」

「では、あれは?」


 そう言って、アリアスフィリーゼは、京浜東北線の線路が走るさらに向こう。宵闇の中、槍のようにそびえ立つ一本の塔があった。あちらは墨田区。新宿区や港区などとは違い、高層ビルが非常に少ないため、なおさら塔の高さは際立つ。


「あれは東京スカイツリーです。日本で一番高い建物ですね」

「どれくらいあるのでしょう」

「えぇっと、1メートルが1メーティアだから……確か、634メーティアですね」

「ろっ……」


 思わず叫びそうになって、しかし驚愕すらも言葉とはならなかったようだ。アリアスフィリーゼはライトアップされたスカイツリーを眺め、もう一度、呆然としたように「ろっぴゃくさんじゅうよん……」と呟いていた。


「この件が片付いたら、行ってみます?」

「え、あ……。のぼれるんですか?」

「高いですよ。僕はのぼったことないんですけど」


 さて、そんな話をしていると、ショウタのスマホに着信がある。発信者を確認すると、メガネとあった。


「あ、はい。もしもし、上野で2体、撃破しました」

『そうか。では残り2体だな。1体はおっぱいエスパーが大井埠頭で交戦中だ。他のエージェントも何人か向かっている』

「大井ですか……。少し遠いですね」


 ショウタは、脳内に地図を思い浮かべながらつぶやく。大井埠頭は品川から更に離れた場所にある。湾岸エリアの一区画なので、当初の予測地点から外れてはいないが、それでもだいぶ遠い。アリアスフィリーゼは首をかしげていた。


『ショウ年とプリンセスには、最後の一体を追ってもらう』

「場所、わかったんですか?」

『被害者のスマートフォンがなくなっていることがわかってな。その位置情報から特定ができた。情報はそちらに送るので、確認してほしい』

「わかりました」

『上野からは離れているが、移動手段は任せる。多少荒っぽいことをしても構わん。まあ、なんとかする。その盗んだバイクも含めてな』


 ショウタは苦笑いをして頭を掻いた。まあ、言い訳はすまい。

 ひとまず通話はそこで途切れる。ショウタのスマホには、やがてメガネから被害者のスマホの位置情報が送られてきた。これは千代田区、いや中央区か? 晴海通り。銀座から築地に向けて。ショウタは舌打ちした。またしても人の多いところを。


 のんびりはしていられない。また首都高を使うか、と思ったが、ショウタはすぐにかぶりを振った。


 このまま晴海通りを直進すれば、おそらくは海に出る。築地、豊洲、あるいは有明。ならば、首都高よりももっと都合の良い移動手段はある。メガネには苦労をかけるが、荒っぽいことをしても良いと言ったのはあちらだ。


「ショウタ?」


 アリアスフィリーゼが首をかしげる。ショウタは小さく笑った。


「アリアさん、そういえば、海を見たことないんでしたっけ」

「え、あ、はい」

「では見に行きましょう」


 そう言って、ショウタは地面に倒れ込んだオフロードバイクを起こす。フレームはいくらか歪んでいたが、まだ動く。ショウタはまたがって、ヘルメットをかぶった。


「乗ってください!」

「あ、はい……」


 アリアスフィリーゼならば走る方が速いかもしれないが、それでもさすがに自分だけバイクで、彼女を走らせるなんて真似はできない。アリアスフィリーゼ自身、そうとう疲れている。


 あちらの世界で最初に馬に乗った時は、逆だったな、と、ショウタは思い出した。

 彼女が手綱を握り、自分は腰にひっついているのが精一杯だった。胸はひっつかめないから、もう姿勢を低くして腰に手を回すしかなかったのだ。あの時に比べれば、多少は使えるようになったという自覚はある。


 タンデムシートに乗ったアリアスフィリーゼが、あの時の自分のように、少し迷った末、ぎゅっと背中にひっついて手を回した。


 ぼふ。


 重量感のある感触。先ほど、服の隙間から見えた、白地のレースが脳裏にちらつく。

 そういえば、鎧を着ていない彼女にこうして密着されるのは、実は初めての経験ではないのか? いつもは、胸当てキュイラスの硬い感触ばかり味わっていたので、引っ付かれるというのがどういうことなのか、ちょっと油断していた。


「どうかしました?」

「どうかしましたけど、まあ、大丈夫です!」


 ショウタは顔を上げ、アクセルグリップを回す。そしてはたと気づいて、自分のヘルメットを脱ぎ、アリアスフィリーゼに渡した。


「自分でかぶってアリアさんがかぶらないというのは、恰好がつきません」

「あ、はい」

「行きます!」

「へ? あ、きゃあっ!」


 地面を蹴りたて、バイクが発進する。アリアスフィリーゼが、ぎゅうっ、と身体を押し付けてきた時、ショウタはいっそ無心になった。


 不忍池から谷中七福神の方へと直進する。神様ごめんなさい! と心の中で、叫んで、ショウタはまず、高くそびえる東京スカイツリーの方へ、バイクを走らせた。

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