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騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
83/91

   第81話 姫騎士殿下、気付く

「殿下ー、起きてくださーい。朝ですよ。殿下ー? アリアさーん?」


 朝というか、もう昼前だ。ショウタは、フライパンをガンガンとおたまで打ち鳴らしながら叫んだ。

 寝室のふすまを開けると、パジャマ姿のアリアスフィリーゼ姫騎士殿下が、パンダのぬいぐるみを抱きしめながらまだ寝ていた。昨日、上野動物園で買ったものだ。パンダだけならまだいいのだが、ゴリラやカバ、ハシビロコウのぬいぐるみまで買ってきたので、ショウタの寝室もまた、動物園のような様相を呈し始めている。

 人間の手で飼育、管理された〝動物園〟という娯楽施設が果たして姫騎士殿下にウケるのかという懸念はあったが、杞憂に終わった。時間があれば東京科学博物館も案内したかったのだが、動物園を出る頃には夕方だった。とりあえず等身大シロナガスクジラ模型を見せてビビらせるだけで満足した。


「う、うぅん……」


 アリアスフィリーゼは、パンダを抱きしめたままわずかに身じろぎする。


「……色っぽい声出してもダメです」


 自らに言い聞かせるように、ショウタはそう呟き、布団の上をゴロゴロする姫騎士殿下を見据えた。ふぅっ、と溜め息をついて、フライパンとおたまを置くと、寝室に踏み込み、彼女の枕元に膝を降ろした。


 安らかな寝顔を浮かべる殿下の左頬を手で押さえ、右手で無慈悲なデコピンをお見舞いする。


「あいたぁっ!?」


 どうやら、目を覚まされたらしい。


「しょ、ショウタ!? な、何を……」

「おはようのデコピンです。目、覚めました?」

「うう、せっかく良い夢を見てたのに……」


 額をこすりながら、アリアスフィリーゼは目に涙を浮かべている。


「それがどんな夢かは、尋ねないでおきますけど、アリアさん。いえ殿下。殿下がこちらにいる間、お寝坊癖をつけられたとあっては、騎士王陛下やウッスアさんに僕が怒られてしまいますからね」

「むー。いっちょまえに従者っぽいことを言うようになりましたね?」

「僕は従者じゃなくて宮廷魔法士ですけど。とりあえず朝ご飯ですよ。アリアさんのお箸の練習用の煮豆を用意しました」

「にまめ……」


 パンダのぬいぐるみを置き、難しい顔をする殿下。ひとまず顔と歯を洗ってくるよう彼女に告げると、アリアスフィリーゼは小さくあくびをして洗面所へ向かった。ショウタは待ってる間にテレビをつける。お昼のワイドショーをやっていた。

 骸骨に皮を貼り付けただけのようなスーツ姿の男が、柔和な笑みを浮かべながら何かを解説している。網走医大付属脳神経科学研究センター所長というテロップがあった。師匠がコンタクトを取っている脳科学の研究所というのが、そんな名前だった気がする。ショウタや師匠の扱うサイキック能力は脳の特定分野を拡張することで顕現する力なのだが、だいたいこのあたりの研究を大真面目に手伝ってくれる科学者というのがいないのだ。


 テレビをぼーっと見ている間に、研究センター所長の出番は終わってしまう。当然だが、超能力関係の話をしているわけではなかった。コーナーが切り替わり、綺麗な女性レポーターと、先日行ったばかりの渋谷の光景を映し出す。


「ふぅ、さっぱりしました。ショウタ」


 すっかり目を覚ました様子の殿下が、洗面所から戻ってきた。さすがに、もうテレビを見ても驚かなくなっている。


「ああ、私たちがこのあいだ行ったお店のことを話していますね」

「ん、ああ、そうですねー。あそこそんなに有名なお店だったんですね」


 二人は『いただきます』と手を合わせてから、食事に移る。アリアスフィリーゼは煮豆の入った小鉢を睨み、そっと箸を伸ばした。箸の構え方はサマになっている。二本の先端部が、ゆっくりと小鉢の中に入り、煮豆のひとつをつまみ込んだ。


 つるり。


 豆が逃げる。


「………!」


 殿下の箸が、改めて豆をはさむ。


 つるり。


 豆が逃げる。


「………」


 ショウタはのほほんとした顔で味噌汁をすすった。

 アリアスフィリーゼ姫騎士殿下と、一粒の豆の格闘は10分にも及ぶ。顔中から汗がにじみ出してくると、ショウタはタオルを手にそれを拭いてやった。しばらくの苦戦の後、殿下はようやく小鉢の中から一粒の豆をつまみ上げることに成功する。


「アリアさん、意外と不器用ですか?」

「使い慣れないだけです! ど、どうですかショウタ! つまめましたよ! ほ、ほらっ! あ、あっ!?」


 つるり。豆が飛んだ。

 放物線を描いた煮豆は、そのまま口を空けたショウタにダイブする。やや甘めの味付けが、ショウタの口の中に広がった。


「曲芸ですね……」

「う、うううう……うう~……」


 殿下がうつむき涙を浮かべる。ショウタは自分の箸で豆をつまんで、彼女の口元に持って行ってやった。


「はいはい、アリアさん。あーん」

「あ、あーん……」


 ぱくり、とショウタの箸をくわえこんで、アリアスフィリーゼはようやく煮豆を口にすることができた。未知の味に、姫騎士殿下の表情が目まぐるしく変わっていくのがわかる。ああ、可愛いなあ、などと、ショウタは割とストレートな感想を抱いた。

 食事はその後もつつがなく続き、二人が腹を満たす頃には、ワイドショーは終わってニュース番組を映していた。


『今朝未明、東京湾岸エリアの倉庫街で、男性3人の遺体が発見された事件で、警察はその身元を暴力団〝石動会〟のメンバーであると発表しました』

「ショウタ、ぼうりょくだんってなんですか?」

「なんて説明すればいいんでしょう。まあ、ならず者集団です」


 洗い物をしているショウタの後ろで、アリアスフィリーゼが尋ねてきた。

 ショウタは、中学時代の交友関係の中に割とヤクザと親しい人間がいたりして、江戸・明治時代から現代に連なる彼らの歴史についてある程度知っているし、それを単なる〝ならず者集団〟と説明することに間違いがあることも知っているが、まあ異世界人にとっての暴力団の認識はそのくらいでちょうどいい。


 どうも聞いているニュースによると、倉庫街に保管されていた〝石動会〟所有の銃器が、ごっそり盗まれてしまっているらしい。当然、銃刀法違反であるので石動会にはガサが入ったわけだが、盗まれた銃器の行方ははっきりしていない。物騒な話ではあった。キャスターのコメントでニュースは締めくくられ、次のニュースへと移る。


「ショウタ、今日はどこかへ行きますか?」

「どうしましょう。僕、せっかくこちらに戻ってきたので特訓しておきたいんですよね」


 ショウタはエプロンで手を拭きながら答えた。


「特訓ですか?」

「サイキック能力の特訓です。師匠に手伝ってもらわないとどうしようもない部分はあるので……」

「なるほど。重要です」


 アメパ堰堤要塞での戦いでも、ショウタにもっと力があれば防げた事態は多い。結果としてこちらの世界に戻り、特訓の機会を得たから悪いことばかりでもないし、自分の中にあったある種の閉塞感を撃ち破れたのは確かだが、同時にここでチャンスを得た以上、不意にしたくないという気持ちもある。

 師匠はお寝坊さんなので、だいたい特訓ができるとしても昼過ぎくらいになるのだが。


 アリアスフィリーゼは、にこりと笑った。


「では、私は外の散歩でもして参ります」

「なんか、すいません」

「謝ることではないでしょう?」


 とは言ってもな。


 ショウタとしては、本当は彼女を連れて行きたいところは、もっとたくさんあるのだ。それに、こちらの世界で勉強すれば、きっと為になるだろうということも多い。


「アリアさん、図書館の場所を教えておきます」

「図書館……ですか? でも私、こちらの文字は……」

「僕もそちらの世界に行った時、いつの間にか読めるようになってましたし……。それに、図書館では本を借りられます」


 そう言って、ショウタは財布から一枚の図書カードを取り出す。


「気になるけど読めない本があったら、借りてきちゃってください。僕が読みあげますから」


 カードを受け取ったアリアスフィリーゼが頷く。


「わかりました。お心遣いに感謝します」

「もっとストレートに言ってください」

「ありがとうございます。ショウタ、大好きですよ」

「あっ、はい……」





 アリアスフィリーゼは、一人でアラカワの河川敷を歩いていた。大きな川だ。トドグラード用水路に比べれば、少しばかり小さいか。だが高水敷は広く取られていて、芝生は子供たちの遊び場にもなっている。


 こちらの世界に来てから、もう4日目。8番目の月、8の日だ。それはアリアスフィリーゼの故郷において、12日ほどが経過しつつあることを示している。

 アメパ堰堤要塞の事後処理の一件。行方不明になった自分とショウタの件。そして咬蛇王による侵攻の件。気がかりなことは多い。今、騎士王国は一度に人材を失いすぎている。ひとつに団結しなければならない時ではあるが、伝統騎士トラディション貴族騎士ノブレスのいがみ合いを見るに、それは難しいだろう。クーデターを未然に防げなかった騎士提督コンチェルトに、非難が集中する可能性もあった。


 父である騎士王セプテトールは聡明だ。いま、王国がコンチェルトに厳しい処分を下せばどのようなことになるか、判断できないわけではない。だが、コンチェルトを据え置き、貴族騎士の不満を押さえ込むことは難しい。


 アリアスフィリーゼは、河川敷にゆっくりと腰をおろし、アラカワのせせらぎを眺める。


 この問題は、自分が元の世界に帰ったところで、解決できるようなものではない。


 だが、一体事態がどのように動いているかもわからず、ただここでじっと待たねばならないというのは、アリアスフィリーゼにとってはとんでもなく苦痛であった。


「………」


 いや、よそう。アリアスフィリーゼはかぶりを振る。今は、自分のできることをするべきだ。ショウタの教えてくれた図書館に行こう。聞けば、この世界では、本や紙というのは比較的安価で手に入るものらしい。羨ましい話だ。


 ショウタはアリアスフィリーゼに、いくらかの小銭も渡してくれた。この世界では、コインのほかに紙の通貨も存在する。紙の通貨の方がより高価らしい。どちらも素晴らしい技術が用いられた精巧な作りをしているが、それでもニセガネ作りは横行するというのだから、悪人の種は尽きない。

 アリアスフィリーゼは適当な自動販売機を見つけ、小銭を投入する。どれを飲もうかと思案する。やはり、この世界の文字はまだ読めない。パッケージの色から味を想像するしかないが、果実のイラストが描かれているものはともかくとして、真っ赤なものだったり、真っ青なものだったり、まるでイメージの沸かないものも多い。


「……ふむう」


 ついつい難しい顔をして考え込んでしまった。せっかく飲むのだから冒険してみたいという気持ちはあるが、しかし、できることなら美味しいものが飲みたい。


「おねーちゃん、買わないなら先に買って良い?」


 後ろからそんな声が聞こえたので振り返ると、まだ10歳ばかりの子供が小銭を持って立っている。おつりレバーを押して、笑顔で順番を譲ってやる。


「ああ、申し訳ありません。どうぞ」


 この際だ。この少年が飲むジュースも確認しよう。おいしそうならそれにする。


「大丈夫ですか? 届きます?」

「……届かない」

「なら持ち上げてあげましょう」


 アリアスフィリーゼは少年の脇に手を入れ、その身体を上へ持ち上げてやった。少年は迷うことなくボタンを押し、ジュースを購入する。が、その場で飲むわけでもなく、そしてアリアスフィリーゼに礼を言うわけでもなく、どこかへ走って行ってしまった。

 ちょっとがっかりだが、それはさておき。少年の手だ。ジュースの容器をやたらと上下に振っている。これは確かショウタもやっていた。美味しくいただくための作法か何かなのだろうか。


 ならば、この赤いジュースで、それを試してみるとしよう。


 アリアスフィリーゼは期待感を胸に改めて小銭を入れ、自動販売機のボタンを押す。


 その後出てきたコカ・コーラの缶を、アリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオは王族騎士ロイヤルの人間離れした腕力でもって、めちゃくちゃに振り回したのであった。






 ショウタの特訓は、夕方近くまで続いた。絵的な光景としては、机を挟んでショウタと師匠が腰かけているという地味極まりないものであったが、これだってショウタにとっては地獄の特訓である。ショウタの持つ思考領域サイキック・サーバーに、師匠の思念波が直接介入してくるのだ。ショウタとしては、脳みそのに焼きゴテを突っ込まれ、滅茶苦茶に引っ掻き回されるような激痛が伴った。


 師匠曰く、これは荒療治のようなものだという。思考領域をより拡張し、アクセス経路を増やすための外科的な処置だ。拡張した思考領域を活用し、より強い力を行使できるようになるには、地道な慣らしと実践あるのみだと言われた。

 とは言え、本来であれば少しずつ自分で広げていくしかない思考領域を、外側から強引に拡張してもらったのだ。ありがたい話である。師匠は『ショウ年ほどの潜在能力がなければ死にかねないんスけど』などとゾッとしない話をされたが、まぁショウタは生きているのだから問題ない。


「でも滅茶苦茶疲れました……。頭痛いです……」

「でしょうね」


 額を押さえて机に突っ伏すショウタに、師匠はあっさりと言う。


「ただ、引き出せる力は段違いに変化したはずなんで。瞬間的な出力をあげるにはまだまだ慣れが必要でしょうが、意識を集中させれば、今までよりもかなり強いテレキネシスなんかを使えるはずッス」

「意識を集中……ですか……」


 ショウタは異世界での戦いの中で、高速集中思考コンセントレイト・ドライブを会得している。いやこの名前は勝手に自分でつけたので、師匠にはあまり思考を読んでほしくないのだが。ああ、ニヤニヤ笑っている。遅かったか。

 とにかく高速集中思考を会得している。脳に過剰な負荷がかかるだけでなく、身体を動かすだけで神経系に激痛が走るし、筋繊維が断裂していく非常に厄介なアレだが、アレを用いれば、今までよりはるかに強い力を引き出すことが、可能になるというわけだ。


「あまり無茶はしないことッスね」


 師匠はあっさりと言った。


「さっきも言ったように、今の荒療治はショウ年の潜在的スペックが高いからできたことッスから。ハードウェアを増設するだけの空きが、まだあったというだけのことッス。それを活かすソフトウェアはあくまでもショウ年の意識であって、これはそれこそ一朝一夕でなんとかなるもんじゃありません」


 そう言って、テレキネシスで冷蔵庫の扉を開け、2リットルのペットボトルを手元に吸い寄せる。


「ま、そのソフトウェアが、1ヶ月前より格段に成長していることは認めましょう。あとは修羅場を積んで強くなるしかないッス。いきなり無茶をすれば全部台無しなんで。無理に容量を全部活かそうとすれば、下手すりゃ廃人ッス」

「……はい」


 ショウタはぐっと拳を握った。


 無理はしない。無茶はしない。師匠の言葉はもっともだ。

 だが難しいだろうなとも思う。今までの戦いでも、まみえてきた敵は、ショウタやアリアスフィリーゼの戦闘能力を凌駕するものばかりだった。特に、冥獣化個体と呼ばれる、特殊な獣魔。いや、人間もか。

 冥獣オークである袈裟懸けスラントラインや、冥獣人間であるレイシアルは、強敵だった。あのような敵が、咬蛇王の侵攻により増えることは間違いないのである。対抗できるだけの力は、身につけなければならない。


「もうすっかりあっちに戻る気なんスねぇ」


 師匠は呆れたような声を出した。


「……すいません」

「いや、良いんスよ。わたしのスマホも持って帰って欲しいッスしね」

「はい」


 ちょうどそのあたりで、玄関の扉ががちゃりと開く。アリアスフィリーゼ姫騎士殿下の元気な声が、リビングまで届いた。


「ただいま戻りました!」

「ああ、お帰りなさ……って、うわあ!」


 殿下はびしょ濡れだった。


「ど、どうしたんですか殿下。っていうかアリアさん」

「そうですね、話せば、長くなるのですが……」


 そう語るアリアスフィリーゼであるが、彼女は右手にしっかり図書館の袋を持っていたりする。


「コーラを振って空けてビショビショになって、そのまま図書館に行ったは良いものの、ショウ年に買ってもらった服にシミがつくと申し訳ないので荒川に飛び込んでなんとか落とそうとしたみたいッスね」

「はい、つまりそうです」


 師匠が殿下の思考を読み取って正確に報告してくれた。ショウタはため息をつく。


「ひとまずです。アリアさん、お風呂入っちゃいなさい」

「わかりました。服のシミは、落ちるでしょうか……」

「まあこのくらいなら大丈夫です」


 アリアスフィリーゼは、相当ハデにコーラをかぶったらしい。花柄スキニーパンツが茶色に染まっていた。

 当然、川にダイブしたのだから、服はべったりと素肌に貼り付いている。下着の形からボディラインまでくっきりと浮かび上がるのだが、ショウタは積極的に視線を逸らしてみないふりをした。


「安産型ッスよねぇ。プリンセスって」


 殿下が洗面所に入った直後、師匠がぼそりとそう言った。ショウタがじろりと睨みつける。


「なんスかその顔。良いことじゃないスか。どーせコマして孕ませるんでしょ?」

「まだそこまで考えてません。手を繋いでるだけで幸せなんですから」

「なんスか。中学生スか」

「僕をここまで純情少年にしたのは師匠の英才教育の賜物ですよーだ。ご飯作っちゃいますね」


 後ろで師匠が『手伝いくらいシてやるべきでしたかねぇ』などと呟いているが、気にしない。


 今日の献立は夏野菜カレーだ。あの世界では香辛料が希少であるから、煮込み料理でもカレーのようなものはさぞ珍しいに違いない。かぼちゃやナスが安かったというのもある。ご飯を炊飯器にセットし、材料をカットしはじめる。


「ショウ年、わたし、甘口で」

「砂糖とハチミツ出しとくんで自分で味調節してくださいよー」

「外に女を作ってずいぶん冷たくなったもんスね」


 師匠はそう言って、リモコンに手も触れずテレビの電源を入れる。


 夕方のニュースでは、昼ごろに見た倉庫街の殺人事件について報道していた。暴力団が所持していた大量の銃器が盗まれたという、アレだ。新たに監視カメラの映像が公開されたが、どうやら犯人グループはみな着ぐるみを纏っているようで、手掛かりにはいたらないということだった。


 ……いや。


「……ショウ年?」


 カボチャを切ろうとするショウタの手が止まり、師匠は珍しく訝しげな声を出した。


 師匠はすぐにこちらの思考を読んだことだろう。すぐに表情が引き締まり、ポケットからスマホを取り出す。しんと静まり返ったリビングに、ニュースキャスターの原稿を読む声が淡々と響いた。

 風呂から上がったアリアスフィリーゼが、パジャマ姿でリビングに戻ってくる。


「あれ、二人ともどうしました?」

「アリアさん、テレビ見てください」

「てれび?」


 促されるまま、アリアスフィリーゼは視線をテレビの画面へと向ける。


 再び監視カメラの映像が映し出された。倉庫の屋内に設置されたものだろう。着ぐるみを着た複数の集団が、ぞろぞろと中に入り、銃器を物色している光景が映し出される。そのうちの何人かは監視カメラの存在に気付き、手にした拳銃をカメラの方へと向けた。直後、画面は砂嵐状態になる。


「……コボルト」


 ショウタが思い浮かべたものと同じ単語を、アリアスフィリーゼは口にした。


 獣魔族コボルト。あちらの世界に生息する怪物だ。直立した犬のような外見をした、人間くらいの大きさの生き物で、道具を極めて効率的に使う優れた知能を持つ。当然、獣魔の例に漏れず性質は凶暴で攻撃的。血の匂いに惹かれて集まる習性を持つ。


 ショウタは、先のアメパ堰堤要塞での戦いを思い出していた。


 ゲイロン男爵が率いていた無数のコボルト。アリアスフィリーゼは、それらとダムの上で戦っていた。いずれも彼女の剣捌きになすすべもなく敗れ、滝壺へと落下していったはずだ。だが、ショウタもアリアスフィリーゼも、一度死んだ獣魔族を、強化して蘇らせる手段を知っている。


 冥獣化。


 既にその種が、コボルト達に仕込まれていたとしたら。


 そして、滝壺に落下したコボルト達が、ショウタやアリアスフィリーゼ同様、こちらの世界に転移していたとしたら。


「ああ、もしもし。メガネッスか」


 硬直した二人とは対照的に、師匠はハキハキとした口調で電話口に語りかけている。


「例の倉庫街で起きた事件についてッス。ええ、どうやらプリンセス絡みの案件らしいので、情報規制を敷いてもらっても良いッスかね?」

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