第78話 姫騎士殿下、お出かけする
朝だ。ショウタとアリアスフィリーゼは、同時に起床した。
「おはようございます。でん……ふわあ……」
思わず、あくびが出てしまう。こちらの世界に戻っているためか、非常に気が緩んでいた。
「はい、おはようございます。ショウタ」
殿下もにこりと笑う。一晩中繋いでいた手は、そこでようやく、名残惜しそうに放された。
アリアスフィリーゼは、こちらの世界の作法を知らない。パジャマ姿の彼女を連れて、ショウタは部屋を出た。朝6時。夏の日差しはもう高くなっているが、師匠はまだ起きて来ないだろう。まず殿下を洗面所に連れて行き、一緒に顔を洗う。更に彼女のために、新品の歯ブラシをひとつ開けてあげた。
「これは?」
「歯を磨く道具ですよ。睡眠中は、口の中に雑菌が繁殖するんで、綺麗にしましょうってことです」
「なるほど……」
殿下は興味深そうに、歯ブラシの毛先を指ではじいている。
王宮で暮らしていたころ、アリアスフィリーゼがどのような暮らしをしていたのか、どのような朝を過ごしていたのか、ショウタは断片的な情報でしか知らない。だが、彼女の流れるような金髪がちょっとくしゃくしゃになっているのを見れば、やることはおのずから決まってくる。
慣れない仕草で歯を磨く殿下の後ろに回り、ショウタは霧吹きとヘアブラシで髪を梳き始めた。
アリアスフィリーゼが、くすりと笑う。
「そんな、ショウタ。侍女みたいなことしなくても良いんですよ?」
「でも殿下、身だしなみのことは、ご自分ではあまりなさらないでしょう」
「あ、はい。昨日のお風呂も大変でした」
殿下の視線は、洗面所と繋がれた風呂場に向いている。脱衣かごには、肌着と鎧下が突っ込まれていた。
「王宮でも、お風呂はちゃんと1日1回ありましたね」
「はい。ですが、垢すりから何からすべて侍女がやっていてくれたことですし」
騎士王国は、内地でありながら生活用水を潤沢に使うことのできる国であり、衛生面は現代日本と比べてさほど遜色があるわけではなかった。石鹸もあり、王宮では湯も沸くので快適に過ごすことができた。
ショウタの扱いは貴族や将校と同じだったので、風呂付きの侍女も控えてはいたのだが、他人に身体を洗わせるのは非常にアレだったので、頑なに断っていた記憶がある。その点、姫騎士殿下は常に侍女が3人体制で身体を洗っていたというのだから徹底している。
が、
「こっちの世界ではだいたいのことは一人でやんなきゃいけないんですよ?」
「もちろんです。ショウタが来るずっと前から、身分を隠しての一人旅はしていましたから、そこまで何もできないお姫様じゃありませんよ」
「陛下やウッスアさんの苦労がしのばれますねぇ……」
殿下の髪を梳かし終わると、ショウタは視線を改めて脱衣かごに向けた。
肌着は、良い。
問題は鎧下だ。
「これ、さすがに洗濯機じゃ無理だよなぁ……」
鎧下は、衝撃を吸収するために綿などを仕込む厚手の服だ。通常であればキルトを縫い合わせたものになるが、さすがに姫騎士殿下の鎧下は素材が上等である。どのようにして洗えば良いのか、皆目見当もつかない。
まぁこのまま脱衣かごに入れておいたところで、ものぐさ師匠が洗濯機を回すことはない。別に放っておいても大丈夫だろう。
殿下が歯を磨き終わると、ショウタは玄関から新聞を取って台所へ向かう。いつまでもパジャマでいてもらうのもアレなので、彼女には改めてセーラー服に着替えてもらった。丈が足りず相変わらず無駄に扇情的というかセクシー女優っぽいというか、まあアレだが、まぁ今日は服を買いに行くので良いだろう。
「8月6日……。確かに、僕が向こうに飛んでから1カ月か……」
新聞の1面を睨みながら、ショウタは一人呟く。単純計算でも、あちらの世界ではもう3日が経過していることになる。
見出しは広島原爆から68年というもの。他に取りたてて大きなニュースはない。せいぜい、人気オンラインゲームが、顧客情報が不正に流出した疑いがあるとかでサービス停止になったというような、割とショウタとしてはどうでも良いニュースが目立つくらいだ。
ショウタは新聞をテーブルに放って、冷蔵庫を開ける。1ヶ月も留守にしていたためか、食材と言えそうなものはほとんどなく、中は師匠の清涼飲料水が席巻していた。師匠が2リットルのペットボトルを10本近く常備するから、2人暮らしだというのに700リットル超の大容量冷蔵庫を置いてあるのだが、今はその中身のほとんどがジュースだ。コンビニ弁当ばかりで済ませていたであろう師匠の食生活は、台所の隅に置かれたゴミ袋からも察せられる。
「はぁ……!」
ため息をつき、卵やウインナーなどを取る。消費期限は過ぎていない。野菜室を確認したが、しなびたニンジンが残っているだけだった。これは食べられない。
茶色い食卓になりそうだな、と思ったが、ショウタは気にせず調理することにした。
「ショウタ、朝ごはんですか?」
着替え終わったアリアスフィリーゼが、にこにこ笑いながら出てくる。ショウタは頷いた。
「はい。材料があまりないので、適当に済ませることになりますけど」
砂糖を使った甘い厚焼き玉子と、あとはウインナーの炒め物くらいだ。
だが主食になりそうなものがない。食パンはカビが生えていたので捨てた。冷凍庫の中には、ショウタが1カ月前に冷凍したご飯の塊がいくつかあって、まぁ、この辺を食べるしかないだろう。
「すいませんねぇ。さもしい朝食になりそうです」
「構いません。昨日はヒカルに面白い物を御馳走になりましたし」
「なんです?」
「かっぷらーめん、です」
「師匠……」
異世界の王族を最初に出迎えた食事が、カップラーメンとは。ある意味、現代日本を象徴する食べ物ではあるので、それで良いのか?
「ああ、これ、フェイルアラニン伯爵夫人のサロンで作っていた、甘いオムレツですね! こちらは腸詰ですか?」
「腸詰、騎士王国にもあるんですか? 食べたことないですけど」
「あまり王国には入ってきませんね。帝国に向かう途中の街では、よく振る舞われるのです」
冷凍ご飯は電子レンジで温める。これで思い出すのは、王都地下水道で戦ったゴブリン特異個体……いや、冥獣ゴブリン達のことだ。あれにトドメを刺したのは、確か電子レンジというか圧力鍋というか、そんな感じの戦法だった。
「さてと、じゃあ食べちゃいますかー」
時計を見る。まだ7時過ぎ。服屋が開くまで、だいぶ時間がある。それまでにリビングの掃除やらなんやら、いろいろ済ませておくとしよう。
殿下は、キッチンに置かれた様々な調理器具、コンロや電子レンジなどが、気になって仕方ない様子だった。特に、インスタントの味噌汁に湯を注ぐポットや、蛇口をひねるだけで水の出る水道などは興味津々だ。
「そのハンドルをひねることで、水門を開き水を出す仕組みなのですね」
「えっ? はっ、ああ……。た、多分そうです」
「王都地下水道の水門と同じ仕組みですか……。なんとか、こういった仕組みを王都にも普及させたいと考えているのですが……」
難しい顔をして考え込むあたり、さすがにあの騎士王国の王位継承者だ。治水・利水関係の技術に敏感なのは、やはりその立場ならではなのだろう。
ひとまず、ご飯、卵焼き、ウインナー、味噌汁あたりをそろえると、食卓もそれなりに恰好がつく。殿下にはフォークとスプーンを出し、ショウタは箸を取って席についた。
「ヒカルは待たなくて良いんですか?」
「良いんです。どうせ起きるのは昼過ぎなんですから。いただきまーす」
「あ、はい。いただきます」
不意に思い立ち、ショウタはテーブルの上のリモコンを使ってテレビのスイッチを入れる。
『……また、対外的なセキュリティプログラムに欠陥はないとしながらも……』
「………!?」
それまでスプーンを使って味噌汁を口に運んでいたアリアスフィリーゼ姫騎士殿下は、次の瞬間目を見開いて後ずさった。
「う、薄い板の中に人がッ!?」
ああ、期待通りの反応だなぁ。
ショウタは小さな満足感を胸に、味噌汁を口に運ぶ。テレビの中で、ニュースキャスターは平然と原稿を読み続けていた。
『……を停止するということです。では、次のニュースです』
ゴミ出し、部屋の片づけ、リビングの掃除、たまった洗濯ものの洗濯。やることはたくさんある。
ショウタは行方不明期間中休学扱いになっていたらしく、それ関係の書類もわんさか出てきた。少しばかり、複雑な気分になる。今は夏休み期間中だが、このまま復学できるかというと微妙なセンだからだ。アリアスフィリーゼの世界に行き、忘れ物を持って戻らなければならないが、それが果たしていつになることやら。下手をすれば、今年中は無理かもしれない。
それに、母親のことも、あるが。
いや、よそう。あの人のことは。もう自分とは関係のない人だ。ショウタはかぶりを振る。
血のつながりがあって、戸籍上の続き柄が自分の母親となっている。それだけの女性だ。学費も、生活費も、すべてショウタが自分で稼いでいる。あと数年もすれば、法的にいちいちお伺いを立てる必要だって、なくなる。
「ショウター、この荷物はどこに置けば良いですか?」
「あー、それね。えっと、とりあえず廊下の隅に置いといちゃってください」
「はーい」
関係書類を整理してから仕舞い、そうしてショウタはため息をつく。
今、自分は畏れ多くもアリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオ姫騎士殿下に、家の掃除を手伝わせている。とても騎士王国の国民には聞かせられない話だ。騎士王陛下あたりは、笑って聞いてくれそうではあるが。
時計を見ると、もう午前10時を回っている。そろそろ出かける支度を整えても良いだろう。ショウタは殿下にその旨を伝え、改めて財布の中身を確認する。騎士王国で使っていた金貨やら、銀貨やら。いや、実際アリアスフィリーゼと行動を共にしていたので、使う機会などほとんどなかったのだが、そういったものは箪笥に大事にしまっておく。
必要なのはキャッシュカードと定期、そのくらいか。貯金残高はまだだいぶ残っていたはずだし、殿下の服を買うには十分すぎる。せっかくだから、ちょっとくらい良い服を買ってあげたいと、スマホ(こちらは自分のものだ)で人気の店を探す。
「渋谷か……。埼京線で20分くらいかな」
電車に乗るのも、ショウタの感覚では3ヶ月ぶりだ。
「ショウタ、準備できましたー」
「あ、わかりましたー。すぐ行きますねー」
スマホと財布をポケットに突っ込み、玄関に向かう。
師匠の昼ごはんはキチンと準備してある。文句を言われることはないだろう。夕食は、ちゃんと作るし。
「こうしてショウタとお出かけするのも、ずいぶんと久しぶりな気がしますね」
「そうですねぇ。ここ最近はずっと王都も雨でしたし」
そんな会話をしながら、ショウタと殿下は家を出た。
師匠の家はマンションの10階にある。いちいち階段かエレベーターで上り下りしなければいけないのが、億劫と言えば億劫だ。殿下は、階段の踊り場から駐車場を見つめ、何やらウズウズしていた。
「ダメですよ、殿下」
「でも飛び降りた方が早くありませんか?」
「ダメです! この世界の人たちは殿下ほど頑丈じゃないんですから! 悪目立ちしますよ!」
下はアスファルトだ。が、どうせ殿下には大した影響はないだろう。飛び降りたところで、駐車場に大きな穴が空くだけだ。迷惑も甚だしい。
しかしそこから駅につくまでが、また大変だったのである。
まずは道路を高速で行き来する自動車。殿下もこれが、この世界のごく一般的な移動手段であることはすぐに察したし、信号機と横断歩道のシステムも、説明するまでもなく理解してくれた。しかし、時速40キロで走行する自動車を見るにつけ、何やら急にウズウズし出し、競争してみたいと言い出したのだ。この殿下を押さえ込むのに、多大な苦労を要した。
次の自動販売機だ。コインを入れ、ボタンを押すだけで飲料が出てくるこのシステムが姫騎士殿下の興味をえらく引いてしまい、腕を引っ張って買ってみたいとせがまれた。幸いにしてショウタも小銭はいくらか持っていたので、いささか微笑ましい気持ちになって殿下にお金を渡した。コインを入れるまでは良かったのだが、アリアスフィリーゼ姫騎士殿下は気合を入れすぎ、その親指でボタンを押しこむと同時に完全に自動販売機の息の根を止めてしまった。当然、ジュースは出てこない。ショウタは殿下の腕を引っ張って、バレる前に逃げ出した。ジュースが飲みたかったと殿下がぐずったので、改めて小銭を渡してジュースを買わせてあげた。
他にも、まあ、いろいろあった。
街頭で配っているティッシュに感動して何度ももらったり、ショウタがお金を降ろすために使ったキャッシュディスペンサーに感動して覗き込んだところを警備員に肩を叩かれたり、そもそも赤羽駅の前に大量の人が行き来していることにも、えらく感動していた。
「赤羽でこれじゃあ、渋谷に行ったら殿下死んじゃいますよ……」
「そのシブヤはもっとたくさん人がいるのですか!?」
「道路がわーって埋まりますからね……。特に今は夏休み期間だし……」
「すごい……!」
目をキラキラさせる殿下だが、その殿下の恰好も大概にスゴいので、衆目をよく集めている。
ようやく駅につき、アリアスフィリーゼの分の切符を買ってやる。ショウタは電子定期があるので……と、思ったが、多分殿下は自分の真似をしても改札を通れないので、ややこしいことになる前に自分の分も渋谷行きのチケットを購入する。
「……ひゃあっ!」
これは、切符が自動改札に吸い込まれた瞬間の、姫騎士殿下の反応である。
「ショウタ、すごいですね! 吸い込まれたチケットが、こちらから!?」
「え、ええ。はい。まあ……」
「どのような原理なのですか!?」
「ベルトが凄い勢いで回っていてですね……。えーっと、ベルトっていうのは、あの、車輪みたいなもので動いてるんですけど……」
透視能力を使って改札機の中を確認しながら、必死で説明するショウタの言葉を、殿下は真剣に聞いている。行きかう人々の注目を必要以上に集めるので、ショウタはさっさと電車に乗りたかった。
当然プラットホームでも、殿下はおのぼりさん丸出しだ。埼京線の、銀と緑の車体がホームに入り込んでくる時も、扉が自動的に開いて、人が何食わぬ顔で上り下りしている時も、ずっとキラキラした表情を変えなかった。
まぁ、そのようなわけなので、二人が渋谷に到着する頃には、ショウタはすっかりへとへとになっていたのである。
ショウタとアリアスフィリーゼが訪れたのは、若い女の子に人気のアパレルブランドショップである。なにせ、世界が違うとはいえ一国の姫様をおめかしさせるのだから、ユニクロやしまむらではよろしくない。ショウタはそれらを愛用しているし、ユニクロの機能性に充ちた夏服を着せて感動させるのも一興とは思ったが、まあ、最終的にはここへ連れてきた。
カネなら、心配ない。大目に引き落としてきた。
とは言え、高校生から大学生くらいの女の子がきゃあきゃあ言いながら入っていくこの店に、殿下と一緒とはいえ自分が踏み込むのにはかなりの勇気を要する。きょとんとした顔の姫騎士殿下を見、ショウタは大きく深呼吸をしてから、扉を開けて踏み込む。殿下もそれに続いた。
「いらっしゃいませ!」
店員たちが声をそろえて出迎えてくれる。アリアスフィリーゼは、この対応にも驚いた様子だった。
「ショウタ、ここで服を買うのですか?」
「え、ええ……。その、つもりなんですけど……」
ショウタは表情を引き締め、脂汗を浮かべる。
しまった。良いものがまったくわからない。
店内はそう広くはないのだ。置かれている服の種類も、そんな多いものではない。だがショウタにはさっぱりだ。加えて、アリアスフィリーゼは背が高く、それにその、胸も大きい。腰は細いのでメリハリの利いた身体をしている。似合う服も、自然と限られるのではないか。
そしてショウタは、そのサイズの詳細をまったく知らないのだ。
アリアスフィリーゼは、マネキンの着た様々なオシャレ衣装をじっと見つめている。
「あ、で、殿下。なんか欲しい服あります?」
「いえ……。どれも綺麗だなとは思うのですが、普段私の着ているものとは、趣が違いすぎて……」
「でしょうね……」
どうしたものか、と考えているショウタのもとに、スーツを着た女性スタッフが話しかけてくれた。
「お客様、どうなさいましたか?」
「あ、ああいえ……」
渡りに船である。ほっと一息をついて、事情を説明する。
「こちらの彼女に似合う服を探しています。見ての通り、さる事情からサイズの合う服がなくなってしまって」
「あらあら。外国の方?」
「ええ、ですが日本語は堪能です。あと……」
相変わらずマネキンを眺めている殿下にちらりと視線をやって、ショウタはスタッフの女性にそっと耳打ちする。
「サイズも多分、わからないと思うので、測っていただいて良いですか? コーディネートはお任せで、ええと、3、4セットくらいあると……」
「かしこまりました。ご予算は?」
「ええと、そうですね。これくらい……」
口で言うのも恥ずかしいので、ショウタはスマホの電卓機能で数字を打ち込む。女性スタッフは、驚いたように目を見開いた。
「お若いのに、ずいぶんご予算お持ちでいらっしゃるのね……」
「ああいえ、これは……」
「これは?」
「……なんでもないです」
男の甲斐性です、と言うのが恥ずかしくなったのだ。だいたい御大層なものを持ち合わせている自覚はない。ただ、こっちの世界にいる間、殿下に恥をかかせられないというか、どうせだから綺麗な服を着ていてほしいとか、その程度の理由しかない。
「まぁ、とにかくそんな感じでひとつお願いします」
ショウタは両手を合わせて女性スタッフに頼み込んだ。
「僕、こういうのさっぱりですから」
「構いませんわ。彼氏さんからのこういう相談は良くありますの」
にこりと笑って、女性スタッフはアリアスフィリーゼの肩を叩く。
彼氏、彼氏か。やはりそう見えるか。いや、見えて困るということもないのだが。姫騎士と魔法士、という関係はあちらの世界のものであって、こちらの世界でのショウタはただの高校生で、アリアスフィリーゼはただの素性の知れない女の子だ。
「いや、ショウタ。調子に乗るのは良くない」
自分を戒めるようにそう呟き、ショウタは小さく咳払いした。元の世界に戻ったからって舞い上がりすぎだ。
スタッフに背中を押されるようにして、アリアスフィリーゼは店の奥まで移動していく。ちらり、と心細そうにこちらを見てくるので、ショウタは笑顔で小さく手を振った。
「大丈夫ですよ。でん……」
いや、人前で殿下はないな。やや気恥ずかしいが、こう言い直す。
「僕、少し外で時間潰してますから。アリアさん」
「えっ、あ、はい……」
思えば、殿下のことをアリアと呼んでいるのは父である騎士王陛下だけだ。
ここは、アリアスフィリーゼさん、と、呼ぶべきだったか?
戸惑うような顔をして奥の試着室に引っ込むアリアスフィリーゼを見て、ショウタは軽い後悔に襲われる。機嫌を損ねているようだったら、後で改めて謝っておこう。
ひとまず、女の子だらけの店内が気まずいので、ショウタは外に出ることにした。




