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騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
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   第68話 凍れる山の冬将軍(後編)

「おまえ達の相手は、私がしてやる」


 キャロル・サザンガルドは得物を構え、二人の前に立ちはだかった。


 動きやすさを重視した紅い甲冑には黒竜剣紋。バックラーと同田貫アーマーレイピアを携えた、栗色の髪の女騎士。それがキャロルだ。

 王国最強の呼び名を競う騎士将軍アンセムの嫡女。黒竜の血は彼女の中にも逆巻くように流れている。レイシアル伯爵へと突撃したアイカの背中を護るべく、キャロルはその細身を盾となそうとしていた。彼女の前に立つのは、二人の貴族騎士ノブレス、ゾルテ・シャイアタンとトリッシュ・シャイアタン。彼らを先へ通せば、アイカ・ノクターンは三人の魔法使いを同時に相手取ることになる。キャロルは、身体を持ってそれを阻む。


 コボルトはトリルが、レイシアルはアイカが片づける。だからこそ、先のセリフだ。自分の相手は、この二人。


 自身を剣友を護るための盾となせることが、騎士として何よりも誇らしい。キャロルは伝統騎士トラディションとして極めて正しい、精神の持ち主だ。いかなる強敵を前にしたところで、恐怖も躊躇いもありはしない。


「ずいぶん、舐めた口をきいてくれるわね……!」


 トリッシュが、怒りも露わにそう言う。ゾルテの方は黙り込んだままだが、怒気をはらんだ目つきは鋭い。

 饒舌なトリッシュと、寡黙なゾルテ。姓はどちらも同じだが、歳の頃は近い。父の名が同じであったことを考えると、夫婦ではなく兄弟なのだろう。森師の家に生まれ、レイシアル伯爵に師事した騎士の兄弟。どのような思いで彼に付き従い、行動しているのか。想像を巡らせることはできるが、キャロルは考えを振り払う。


 今は、相手を倒すことに集中する。


「あなた一人で、私たち姉弟の相手が務まるとでも……!?」

「ふん、」


 キャロルは鼻を鳴らしつつ、二人の姿を冷静に観察した。


「能書きは良い。自分の命の心配をしろ」


 挑発的な言葉の後半部を言い終える頃には、キャロルは既に素早い踏込から、矢を放つような鋭いつき込みを、トリッシュに向けて放っていた。刺突撃に特化した同田貫の切っ先は、彼女の頬をかすめるようにして伸びる。まだ少女と思しきトリッシュの、美しい銀髪を数本、皮膚の表面と共にかっさらっていく。

 トリッシュはその瞬間、目を見開く、自身の身に何が起きたのかを理解するまで数拍、後に小さな悲鳴を漏らす。


「ひぃっ……!」


 練度が低い。キャロルは思った。ひょっとして、騎士に上がりたてなのか?

 同田貫による刺突撃で、彼女の頭部を吹き飛ばすことは容易く思える。が、そのようにするべきかどうか、キャロルは迷った。おそらくこのトリッシュは、レイシアルの側近である。生け捕りにできれば、重要な情報を吐いてくれるに違いない、が……。


 直後、背後のゾルテが発した鋭い殺気に、キャロルは気づく。


「………!」


 ゾルテは、宙に紡ぎ出した紋章から、一本の氷の刃を生み出した。キャロルに向けてまっすぐ射出されたそれを、しかし身体をわずかに逸らすことで回避する。壁に着弾した刃は、そのまま壁の一部分を冷たい氷の中に閉じ込める。


 なるほど、あれをもらうわけにはいかないな。

 キャロルは冷静にそう分析する。バックラーで受け流すわけにもいかなそうだ。一撃でもガードすれば、動きが極端に鈍る。結構。回避に重点を置いた高機動戦闘もまた、マーリヴァーナ騎士の得意とするところだ。


 トリッシュもなんとか立ち上がり、新たな紋章陣を紡ぎだす。ゾルテが作ったものと同じだ。氷の刃が、キャロルに向けて投射される。


「ふぅッ……!」


 勢い、バックラーのついた片腕を床につけ、大きく前転しながら氷の刃をかわす。トリッシュの方から一発、ゾルテの方から一発、そしてまた、トリッシュの方から一発、計三発! 着弾した氷の刃は、それぞれ床に結晶の花を咲かせていく。


「あなた達はなんなの!?」


 攻撃をすべて華麗に回避するキャロルに対し、トリッシュは敵意をむき出しにする。


「サー・カウントの理想も苦しみもわからない癖に、何故邪魔をしようとするのよ!!」

「うん……?」


 唐突にそのようなことを言われても、戸惑う。こいつ、先ほどまでの言動からうすうすそんな気はしていたが、レイシアルのシンパというよりも、狂信者なのか?

 歳の頃はキャロルやアイカとほとんど変わらない。いや、もう少し低いか。どちらかと言えば、ショウタ寄りの年齢であるように見える。分別だってついてくる歳だろうに、クーデターなどという凶行を見逃すだけでなく、それを盲信している節すら見受けられるのは、


 キャロルはゾルテの方に目を向ける。こちらはどうなのか。戦い方は、トリッシュに比べて熟達しているように見える。冷静かつ臨機応変な対応は、短く言葉を交わしたばかりのレイシアルにも、通じるものがあったが。


「サー・カウントに仇なすものは、すべて私たち姉弟が叩き潰すわ!」


 どうやら彼女が姉であるらしい。


「ゾルテ!」


 トリッシュの叫びに応じるかのように、ゾルテは再度術式を紡ぐ。紋章から飛び出てきたのは、今度は氷の刃ではなかった。素早く射出された光の鎖が、キャロルの腕をからめ捕る。


「むッ……!」

「トドメよ!!」


 トリッシュが生み出した紋章に、またも氷の刃が生み出された。トリッシュの込める魔力の呼応するかのように、徐々に刃が大きくなっていく。キャロルは、肥大化するその刃の成長が止まるより早く、自らの腕を縛る鎖を、思い切り引いた。


「………!」


 ゾルテがバランスを崩す。やはりか。この鎖は、先ほどアイカの身体を拘束した術式とは別物だ。単なる物理的な拘束力を有するだけ。頑丈なだけの、魔力の鎖でしかない。

 キャロルは鎖をさらに引っ張り、ゾルテの身体を床にたたきつけた。


「ゾルっ……!」


 意表を突かれたかのようにトリッシュは目を見開き、術式の制御を手放す。その瞬間、紋章が砕け散り爆散した。中に溜めこまれていた魔力が暴発したのである。氷の刃は、無数の礫となって、トリッシュめがけて降り注いだ。


「きゃあっ……!」


 致命的な隙を晒したトリッシュに、キャロルは走り寄る。鎖の長さはぎりぎりで足りた。

 片腕だけで器用に同田貫を持ち変える。柄を勢いよく、その鳩尾に叩きつけた。


「うっ……」


 最後に小さなうめき声をもらして、トリッシュは沈黙する。命まで奪ったわけではない。しばらく眠ってもらうだけだが、その直後、通路をつんざくゾルテの叫びが響いた。


「トリィッシュ!!」


 それは、ゾルテが自らの名乗り以外にあげた唯一の言葉である。彼は剣を構え、怒りの滾る双眸でキャロルめがけて突っ込んできた。ただ姉を気絶させたことが、これまで冷静だったこの男の逆鱗に触れるとは思わなかったので、いささか面喰う。が、それだけだ。怒りに任せた突撃は隙だらけである。

 キャロルは冷静に、迎撃態勢に移るのだ、が、


「ふゥン!!」


 横合いから飛び込んできたトリルの剛剣が、ゾルテの後頭部を思い切り殴りつけた。刃の向きは逆さ、すなわち峰打ちである。

 この男の膂力で思い切り殴られて、無事で済むはずもない。ゾルテは脳震盪を起こして、そのまま床に倒れ込んだ。同時に、キャロルの腕を縛り付けていた魔法の鎖が砕け散る。


「片付いたのか」

「うむ」


 キャロルが尋ねると、トリルは頷く。見れば、それまで群れていたはずの十数体のコボルトは、すべて屍へと姿を変えていた。


「おまえは相変わらず大した男だな。地味だが」

「放っておけ」


 キャロルは素直な賞賛の気持ちを込めたつもりだが、トリルは少しだけ傷ついたように視線を逸らした。

 地味だができる男、トリル・ドランドランは、そのまま視線を床に倒れ伏した二人の騎士に向ける。トリッシュ・シャイアタンとゾルテ・シャイアタンの姉弟だ。生け捕りにできたのは幸運だが、この二人は魔法を使える。どのように拘束するのが正解なのか、キャロルには見当もつかない。


「(とりあえず、口と手を封じておけばいいのだろうか……)」


 そのように思考を巡らせていると、背後で轟音が鳴り響いた。





 籠手ガントレットに張り付いた氷ごと、レイシアルの顔面を殴りつける。氷は堅くびくともしなかったが、レイシアルの鼻っ柱を砕くような確かな手ごたえ。騎士としてはやや華奢なレイシアル伯爵の身体が吹き飛ぶ。

 それでもレイシアルが空中で姿勢を整え、なんとか着地したのには目を見張った。顔をあげた彼の顔からは慢心が消える。だが、アイカの行動も早かった。氷漬けになった籠手を外し、脛当てグリーヴ前垂れスカートアーマー胸当てキュイラスまでを、躊躇なく脱ぎ捨てる。


 素足で通路につもり雪を踏みしめ、肌着姿のアイカ・ノクターンは、正面からレイシアルを見据えた。


「戦いを侮辱するなぁ……っ!!」


 冷徹な仮面をはがされたかのように、ヘルマティオ・レイシアルが絶叫する。

 無論、アイカに戦いを侮辱する意図など一切ない。むしろ、戦闘行為は尊敬や侮蔑の対象になり得るものではない。ただ命のやり取りをし、勝ちを得負けを与える、ただそれだけのものに過ぎない。


 レイシアルの魔剣が、紋章を紡ぐ。紋章の中には、四本の氷の刃が生まれた。


「たぁッ!!」


 アイカが踏み出した一歩は大股であり、同時に瞬息であった。息もつかせぬ間ににじり寄り、その一瞬でレイシアルを拳の射程内に納める。

 彼が氷の刃を発射するよりも早く、再びその顔面を殴りつけた。


「ぶゥッ……!」


 レイシアルの身体は吹き飛び、またも要塞の壁に叩きつけられる。轟音が響き渡った。


「くっ、何故だ。何故剣を抜かん……!」

「私の刃は、騎士王の許可なしに人を傷つけることを、許されていないからです」

「なっ……」


 伯爵の目が強く見開かれた。


「貴様、まさか……」

「せェいッ!」


 アイカの次の拳を、レイシアルは辛うじて回避した。すべての遠慮を排した全力の一撃は、見事に石造りの壁を粉砕して、瓦礫を飛ばす。ショウタが見ていれば、『鬼ですか殿下』と言われかねないほど戦いぶりではあった。

 回避したレイシアルは、すばやく紋章を紡ぐ。氷の刃を生み出している余裕はないと判断したのか、先ほどまでとは違う術式だった。紋章はレイシアルの魔剣に宿り、涼やかな光がその剣身を包み込んでいく。


「貴様、王室の……」


 アイカは壁にめり込んだ拳を引き抜きながら、レイシアルへ向き直った。


「今の私は貧乏子爵ノクターン家の三女、アイカです」

「ふざけたことをッ!」


 レイシアルは、アイカに向けて片方の剣を振り下ろす。

 アイカはもはや、その剣を避けることも、受けることもしなかった。上半身をやや後ろにそらしたかと思うと、額をレイシアルの魔剣へと叩きつける。魔力により強化されたはずの刃は、乙女の柔肌ひとつ傷つけること叶わず、その乙女渾身の頭突きによってむなしく砕け散った。

 呆気にとられるレイシアルの横っ面を、さらに殴り飛ばす。せめてもの反撃か、レイシアルはアイカの顔面めがけて握り拳を叩きつけてきたが、その一撃を受けてなお微動だにせず、お返しにもう一発殴る。


 ショウタが見ていれば、『鬼ですか殿下』と言われかねないほどの戦いぶりでは、あった。


 積もった雪の中に立つ肌着姿の女騎士は、まさしく鬼である。どれだけ魔法を鍛え上げようと、それを上から叩き潰すだけのフィジカルが、アイカ・ノクターンにはあった。


「貴様らの、貴様らのおかげで、私たちはッ……!」


 レイシアルの双眸が怒りで濁る。その〝貴様ら〟が誰を指すのか。この場にいるアイカ達のことではないのだろうと、察することはできた。貴様らとはすなわち、王族騎士きさまらだ。アリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオとその父親、セプテトール・ラゾ・グランデルドオに、彼の怒りの矛先は向けられている。


 彼がクーデターを企てた原因とは、あるいは騎士王による一族への冷遇であったのかもしれない。

 アイカがそのように考えを巡らせた、その瞬間、レイシアルは紡いだ紋章から氷の刃を生み出した。たった一本、極めて至近距離から、アイカに向けて射出される。


「くぅっ……!」


 生身で喰らうわけにはいかない。アイカは握りこぶしを壁に叩きつけ、砕けた瓦礫を氷の刃へと投げつけた。果たして氷の刃は瓦礫へと着弾し、それを氷の棺に閉じ込める。だが、アイカの意識がレイシアルから完全に逸れた。直後、それまで確かに止んでいたはずの強風が、雪を伴って通路にふき始めた。


「なっ……、サー・カウント・レイシアル!?」


 唐突な吹雪に視界を遮られ、アイカは声をあげる。だが、その声すらも風に遮られ、返答はなかった。

 わずか数秒後、吹雪が止んだ通路には、ヘルマティオ・レイシアルの姿が足跡もなく消えていた。まさか、ここまで来て逃がすとは。アイカの胸中に忸怩たる思いが芽生える。彼をここで逃がしては、どのような自棄を起こすかわからない。


「アイカ!」

「ディム・アイカ!」


 キャロルとトリルが、ちょうどこちらへ駆け寄ってくる。アイカは二人に向き直り、素直に頭を下げた。


「申し訳ありません。レイシアル伯を取り逃がしました」

「ああ、見ていた。すぐに目的の区画に移動するぞ……。ん、トリル、どうした?」

「いえ……」


 巨漢の重装騎士、トリル・ドランドランは、何やら気まずそうにアイカから目を逸らしていた。

 何か自分の恰好に問題があるだろうか、などと思いながらも、ひとまずアイカはキャロルに尋ねる。床に転がっている二人の騎士、すなわち、先ほどまで彼女が交戦していたであろう、ゾルテ・シャイアタンとトリッシュ・シャイアタンの処遇についてだ。


「そちらの二人はどうします?」

「少し面倒だが、連れて行く。トリル、背負っていけるな?」

「ん、うむ……。まぁ、問題はないが……」


 彼にしては珍しく歯切れが悪い。彼は数秒ほど頭を掻いてから、おずおずとこう切り出した。


「ディム・アイカ、僭越ながら、何か着た方が良いのでは」

「え? あ、ああ……」


 アイカも改めて自らの身体を見下ろす。傷ひとつない白い柔肌を薄めの肌着で覆っている。そういえば、今日に限って鎧下ギャンベゾンは着て来なかったのだ。侍女たちが寝静まった後、動きにくい寝巻を脱ぎ捨てて鎧まで着替えなければならなかったから、時間の余裕がなかったのである。ショウタの夜這いを期待して、はしたない恰好でいたわけでは断じてない。


 そこでキャロルも、難しい顔を作って、おおいに頷いた。


「そうだなアイカ、そのままでは風邪をひくし、足も霜焼けになる」

「いや、そういうことではなくてだな……」


 トリルは何かを言いかけてからかぶりを振り、そのあと小さな声で『ひょっとして某がおかしいのか……?』などと自問していた。

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