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騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
62/91

   第60話 ガーディアンズ・プライド

 もうすぐ夜が明ける。


 明朝を前にして、王都デルオダートの騎士達は、出発の準備を整えていた。別に戦争に赴くわけではない。彼らが負う任務は、用水路の拡張工事だ。一見地味な土木作業と言えど、滞れば王都が壊滅する可能性すらある。一同に漂う空気には重たいものがあった。

 駆り出されるのは王都に勤務する王立騎士団や宮廷騎士団、警邏騎士隊にはとどまらない。王立騎士学校に通う徒騎士スクワイア達もまた、土木工事の作業員として選抜されていた。


「こんな朝早くにたたき起こされてよ、たまったもんじゃないぜ」


 ふああ、と大きなあくびをしながら、徒騎士のひとりがぼやく。


「良いじゃないか。いよいよ、国のために力を役立てるときが来たんだ」

「はいはい。相変わらずマジメなことで……」


 もちろん、王立騎士学校の生徒すべてが向かうわけではない。現役の騎士達に同行するのは、選りすぐりの優等生たちだ。もちろん、成績や適性などをすべてかんがみた結果での〝優等生〟であり、熱意には若干のムラがある。

 その中で一人、愛馬の毛並みを撫でつけ、期待に目を輝かせる少年の姿は、いささか異彩を放っていた。


「そんなこと言ったってよ。土木作業だぜ。ぱっとしねぇよな」

「もちろん、戦場で立てる武勲に比べれば、派手なんかじゃない気はするけど……」


 一人前の騎士ではない彼らには、実剣を帯びることは許されない。腰に吊るしたのは模擬式騎士剣と、土木作業用のスコップ。さらに背中にはポールウェポンを背負うのが、彼ら徒騎士の正装だ。


「俺たちも1か月後には、叙任を受けて騎士になるんだぞ。こんなことで文句なんて言っていられない」

「まぁ、試験に受かったらの話な?」

「お前は受かるさ。成績が良いじゃないか」

「いやまぁ、成績はな?」


 やや熱意に欠ける方の少年は、言葉を濁しながらも、黒鹿毛の馬にまたがる。

 ちょうどその時、彼らの引率役を務める鬼教官殿が、やはり馬にまたがりながら怒鳴り散らしてきた。


「なに無駄口を叩いておるか! さっさと準備をしろ!」

「へいへーい、すぐにやりまーす」


 少年は肩をすくめて、教官が通りすぎるのを見送る。


「まぁ、な? でも俺はお前の方が受かるべきだと思うよ。お前、立派だもん」

「そんなことないさ」


 生真面目な方の少年が、やや自嘲的な笑みを浮かべた。

 彼らは、騎士学校の最終試験を目前に控えている。これにパスすれば、貼れて騎士として叙任を受け、王都や各地方の騎士団へと配属される。ただそれだけに、多くの徒騎士は、この任務への参加を点数稼ぎの一環としか考えていないようであった。

 違うのは、この生真面目な少年くらいなものなのだろう。


「あ、見ろよ。あれ、アンセム騎士将軍閣下だぜ」


 ふと視線をあげた先に、他の騎馬よりも二回りほど大きな、象のような黒馬があった。全身に鎧をまとった馬の上に、やはり甲冑を着込んだ一人の騎士がまたがっている。先ほどの鬼教官と幾度か言葉を交わすその姿は、他でもないサー・ジェネラル・アンセム・サザンガルドその本人だ。

 さすがに、点数稼ぎのつもりで参加している徒騎士達も、騎士学校に入る以上は憧れ、尊敬する存在である。そこかしこから、アンセムに向けての視線が注がれていた。


「俺も、いつか将軍みたいになりたいなぁ」


 少年がぽつりと言ったのを見て、彼の友人は、しかし冷静にこう応じた。


「いや、無理だろ」




Episode 60 『ガーディアンズ・プライド』

FATAL PRINCESS of the KNIGHT KINGDOM



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 先ほど男を叩き潰したデモンストレーションは、相当効いたらしい。すぐに半数近くの騎士がこちらに寝返る旨を告げた。連中の掲げる騎士の誇りなど、所詮はその程度のものなのだ。実にくだらない。

 同時にゲイロンは、妙案を思いついた。あのいけ好かない騎士提督を屈服させるための、新しい策だ。

 こちらに寝返った騎士達に、直接あの女を責めさせよう。信頼していた部下に裏切られる気持ちを味わえば、コンチェルトの態度だってもう少し可愛げのあるものに変わるかもしれない。ゲイロンは、ほくそ笑みながら、騎士達を隠し牢に向かわせることにした。もちろん、妙な気を起こさせないための監視役として、オウガもつける。


 当然、あの女が泣き叫ぶところを直に見なければ面白くない。ゲイロン自身もついて行こうとした、その時だ。


 扉の向こう側の気配に気づいた。

 仲間ではないな、ということは、すぐにわかる。鉄の扉の向こうでわざわざ息をひそめているのだから、後ろめたいことがあるに違いない。やはり既に、王都の連中が侵入でもしていたのだろうか。

 オウガを2体手配していたのは正解だった。ゲイロンは、自分の後ろについてきたもう一体に目配せをする。大柄の獣魔は大きく頷き、扉に向けて歩き出したゲイロンのあとをついてきた。


 ゲイロンが再度、目で合図を送る。オウガは、ゆったりとした足取りで前に出ると、拳を握り、鉄の扉に思い切りたたきつけた。

 轟音が響き、扉がひしゃげる。薄暗い廊下に向けて、分厚い鉄板が転がった。侵入者が扉に張り付いていたのであれば、このまま潰れて肉塊になっているはずである、が、


 直後、弾き飛ばされた鉄の扉に一本の線が入り、そのままずらりと真っ二つに割れた。


「ほう」


 思わず、感嘆の声をあげた。あれで死ななかったか。

 割れた鉄扉の向こうから、一本の剣を構えた騎士が姿を見せる。片刃の剣を両手で握ったその構えは、月鋼式戦術騎士道タクティカルナイトアームズ。超絶無敵大要塞バンギランドの騎士のみが扱うという豪剣だ。ゲイロンも、資料でのみ読んだことがある。


 王都は、バンギランドの化け物どもをこちらに送り込んできたのか。


「招かれざる客のようだな。何をしにきた?」

「囚われの騎士達を解き放ちに来た」


 オウガの巨躯を前にしても、まったく物怖じしない口調で、騎士は告げる。


「ほほう、それはそれは」


 ゲイロンはにやりと笑みを浮かべた。


「だが、ここには騎士など一人もいない。いるのは負け犬だけだ」


 そう言って、周囲を見渡す。

 檻の中に入れられた者たちは、もう騎士ではない。目の前の惨劇に心を折られた、哀れな負け犬どもでしかないのだ。おおかた、騎士たちを解放し、要塞を再制圧でもする予定だったのかもしれないが、どうせこの連中はもう、何の役にも立たないだろう。


 泣きボクロの騎士は、やはり同じように、牢に閉じ込められた者たちを見て、ふん、と鼻を鳴らした。


「そうみたいだね」


 その声には、意外なことに落胆や失望の色はなく、かといって怒りに打ち震えることもなく。ただただ底冷えするような冷たさがある。そこにいるのが負け犬であるという事実を、ただ冷静に受け止め、嚥下したような、そんな声だった。

 ちゃき、と、騎士は剣を構えなおす。


「だが、騎士はいるだろう。心の折れていないものが一人。キミのような下衆では到底折ることも敵わないような、正真正銘の〝騎士〟がだ」


 ゲイロンは眉をひそめた。目の前の騎士が誰のことを言っているのか、それは明白だ。にっくきディム・キャプテン・コンチェルト・ノグドラ。あの女の所在を探っているのだ。はぐらかしてやろうか、とも思ったが、こちらが言葉を発する前に、目の前の騎士はにやりと笑った。


「いるんだな」


 こちらの感情を察されたか。こうなると、しらばっくれても無駄だ。ゲイロンは舌打ちをする代わりに、意地の悪い笑みを作ってやった。


「ああ、だがそれも時間の問題だ」

「なに……?」

「あの女は部下思いなところがあるからな。それを逆手に取るのさ。負け犬たちを使って、あの女を直に責めたててやる。これだけ長い間閉じ込めてるんだ。そろそろ心も弱ってくるだろうさ」


 目の前の騎士は意外と潔癖なのか、責めたてるの下りで露骨に顔をしかめた。じり、と足元に動く気配を見せるが、それと同時に、オウガも臨戦態勢に入る。


「どのみち、お前はここから進むことも退くこともできない。あの女も負け犬たちも、助けてやることはできない。如何にバンギランドの化け物と言えど、一人でオウガを相手にするのは、さすがにできまい?」

「そうみたいだね」


 しかし、騎士は悔しがるでもなく、おびえるでもなく、ただ淡々とそう言った。口元には笑みさえ浮かぶその態度が、ゲイロンには気に入らない。これではまるで、あの女そのものではないか。

 叩き潰してやる。オウガの剛腕に叩き伏せられればただでは済むまい。コンチェルトとは違い、別に殺したって構わないのだ。あのすまし顔ごと、ミンチにしてやる。ゲイロンが、オウガへの指示を下すより、さらに早く、


「聞こえたな、少年!」


 騎士が声を張り上げ、直後、ゲイロンの背後にひとりの少年が出現した。

 小柄で細腕、甲冑や剣などは身に着けておらず、騎士にはとうてい見えない。だが、一切の気配を悟らせず、まるで虚空から浮かび上がるようにして、少年はそこに出現した。たんっ、という軽い音と共が石畳を叩くと、少年は勢いよく走りだす。


「ちっ、やれっ!」


 ゲイロンの叫びに呼応するかのように、オウガは振り返り、大股で少年に迫る。この少年に何かできるとは到底思えない。が、不安の種は潰しておくに越したことはないだろう。

 オウガの巨躯は、あっさりと少年に追いすがる。身体能力からして違うのだ。まるで剛鎚のごとき腕が振りあげられ、無残にも少年の頭蓋を叩き割るべく振り下ろされた。


 が、


 腕はむなしく空を薙いだ。少年の姿は掻き消えるようにして消滅したのだ。


「なに……!?」


 少年がその場に存在していたという痕跡が、まるでなくなってしまう。あるいは、自分は今まで幻を見せられていたのだろうか、という気持ちにさえなった。

 いや、少年は間違いなくいた。どういったカラクリを用いたのかは知らないが、おそらくそのまま隠し牢に向かったに違いない。いま、隠し牢にはオウガ一体と負け犬騎士どもを向かわせてはいるが、同じようなカラクリを使って、先にあの女のところへたどり着かれてはことだ。


「奴を追え!」


 ゲイロンの言葉にオウガは頷き、隠し牢へと向かう扉にどすどすと走り出した。


斬壊剣ざんかいけん!!」


 しかし、騎士の放つ裂帛の怒号が、地下牢の空気を背後から引き裂いていく。


月穿つきうがち!!」


 縦に薙がれる巨大な剣圧が、ゲイロンの横をすり抜けて、そのままオウガのもとへと到達した。圧力はそのまま石畳を吹き飛ばし、獣魔の巨躯を両断せんと叩きつけられる。さすがにこの程度で命を散らすオウガではなかったが、怪物は叩き伏せられるようにして片膝をついた。


 見れば、泣きボクロの騎士は涼やかな笑みを浮かべたまま、剣をちゃきりと構えなおしている。


「少年を追わせるわけにはいかない」

「てめぇ、正気か?」


 興奮気味になった証左として、下品な言葉遣いがゲイロンの口をつく。


「てめぇ一人で、オウガに勝てると、本気で思ってるのか?」

「一体、何をどうすればボクの勝ちなのか……、」


 騎士はあくまでも冷涼に笑い、剣の切っ先をオウガに向けた。


「言ったはずだ。ボクは囚われの騎士たちを解放するためにここに来たと。ここにいるのは確かに心の折れた負け犬だが、彼らの魂の根幹を支えるものを、守護者の誇りを、ボクは信じている」


 滔々と語る騎士の目つきは、ぞっとするほどに冷たく、すがすがしい。その双眸に宿る哲学は、このアメパ堰堤要塞に籍を置く騎士達とは、到底無縁のものであるかのように思えた。

 南方超絶無敵要塞バンギランド。火山竜の眠る山脈を擁す、過酷な環境であると聞く。そこで生まれ育った騎士たちは、生物としてはまるで欠陥とも言うべき、特異な死生観の中に身を置くのだと、ゲイロンは聞いていた。


「さぁ、かかってきたまえ。ボクは自らの命をもって、彼らを再び〝騎士〟にする」


 化け物め。


 ゲイロンは、心の中で唾棄したくなるような感覚を持て余した。





 イチかバチかの転移術テレポートは、果たして成功した。ショウタは自らの身体を壁にめり込ませることもなく、扉の向こう、すなわち隠し牢にへと続く階段に着地する。意識を集中させ、思考領域を拡張し、感覚をより一層鋭敏にする。

 ショウタの使命は、隠し牢へと突入し、騎士提督コンチェルト・ノグドラを助け出すことだ。そのために今、ルカがオウガのバックアタックを食い止めてくれている。


 敵にオウガがいると知り、ルカの語った作戦がこれだった。


 オウガの戦闘能力は、獣魔の中でも群を抜く。ルカとショウタ、二人で挑みかかっても倒せるものではない。そこにアイカ、キャロル、トリルを加えたところで、ようやく五分といったところであるらしい。ならば、ルカ達の為すべきことはふたつ。

 ひとつは、当然本来の目的を達成すること。コンチェルト・ノグドラの所在が確認できた以上、彼女を救出できればなお良い。

 そしてもうひとつは、アイカ達にオウガが存在する旨をきちんと伝えることだ。二人が死んでしまえば、意味がない。どちらか片方だけでも、生き残れば良い。


 言外に匂わせる意味を察せないほど、ショウタは愚鈍ではなかった。


 今は振り返っている余裕はない。足を止める余裕は、なおさらない。鋭敏になった感覚が、扉の向こうで始まった激戦の仔細を、ショウタの脳に届けようとしていた。ルカの戦いぶりは、凄絶である。

 急がなければならなかった。ルカを死なせたくないのであれば、ショウタが急ぐしかない。隠し牢に囚われているという戦略級騎士をひとり、連れてくるしかないのだ。あの男の口ぶりからするに、コンチェルト・ノグドラはまだ生きている。


 だが、


 果たして生きていたとして、囚われたまま何もできずにいる彼女が、果たして戦力になり得るだろうか?


 かぶりを振って疑念を払う。気にしているだけの余裕は、もうない。

 思考領域から捻り出した不可視の力で、自らの身体を宙へと浮かべる。ショウタは目的地へ向けて、まっすぐ飛翔を開始した。

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