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騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
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   第57話 スニーキング・ミッション(2)

「完全に凪の表情をしているな」


 目を瞑り、静かに佇むアイカに対しての、キャロルの台詞である。

 白磁の甲冑に身をつけたアイカ・ノクターンは、愛剣三日月宗近クレセント・デルタの柄に両手を重ねて置いたまま、微動だにせずにいる。ルカとショウタが要塞内部への突入を行ってより、ずっとこうだ。わずかな隙間より吹き抜けて行く風が、アイカの綺麗な金髪を波立たせる。まるでひとつの彫刻になったようだった。


 敵地に臨んでいるにしては、アイカの表情は清々しい。唇は緩やかな上弦の弧を描き、見る者には余裕すら感じさせている。


「てっきりショウタのことを心配するかと思ったんだが」


 少し前までのアイカとショウタを知る者であれば、当然の反応と言えた。

 以前、袈裟掛けスラントラインと戦った時、ショウタは腕の骨を折る重傷を負った。アイカからすれば、ショウタは庇護の対象であって、どれだけ便利な能力を持っていようと、単独で行動させることに不安を抱くだろうと、キャロルは思っていたのだ。正直なところ、ここに連れてきたこと自体、驚きではあった。


 のだが、


「彼はもう、一人前の戦士ですので」


 何やら、事情が変わったらしい。アイカはすっかり信頼しきった表情で、そう言ったのだ。


「一人前ということは、小姓ペイジから従騎士エスクワイアに昇格か? それとも、もう叙任を?」

「えっ……? あっ、いえ、そ、そうですね。今考えているところです」


 いきなり凪の表情が掻き消える。開いた目を泳がせつつ、アイカは上ずった声を出した。キャロルは怪訝そうに眉をしかめる。


「大丈夫か? 肝はだいぶ据わっていると思っていたが、まだ剣や馬もろくに扱えないだろう?」

「そ、そうなんです。だから叙任にはまだ早いとは思っているのですが……」


 が、いずれはショウタを騎士にするつもりが、アイカにはあるということだろうか。いつも毅然とした彼女にしては、どうも返事の仕方が曖昧なので、よくわからない。

 どのみち、あのひ弱な少年が騎士甲冑と騎士剣を携え、馬にまたがる姿というのはどうも想像できない。貴族が、その家で召し抱えた小姓・従騎士を叙任し、家専属の貴族騎士ノブレスとする話はよくあるし、そういった貴族騎士の中には、実力的には疑問を抱くような者が多いのも確かだが、それでもショウタほど頼りない見た目の騎士はそうそういない。


「キャロル、ショウタに何か失礼なことを考えてはいませんか?」

「そ、そんなことはないぞ? ただ、ショウタに甲冑を着せたらその重さで動けなくなりそうだなとか、そのくらいだ」

「そうなんですよね……。彼、筋力がないので……」

「あの細腕だと、100カルロを片手で持ちあげるのが精一杯といったところだろう?」

「いえ、そんなに持てません。身体のつくりが違いますので……」


 そのあたりで、静かに時間を図っていたトリル・ドランドランが口を開く。


「あと30分で突入の予定だ」

「30分ですか……」


 アイカが天井を仰ぎ、つぶやいた。


「ショウタ達が、上手くやってくれればいいのですが」

「なんだ、やっぱり心配なんじゃないか」


 キャロルがぽつりと漏らすと、なぜか思い切り睨まれた。





Episode 57 『スニーキング・ミッション(2)』

FATAL PRINCESS of the KNIGHT KINGDOM



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「へぇ、結構似合うじゃないか」


 忍び込んだ先の部屋で、ルカは面白がるように言った。ショウタとしては、何やらバカにされているようで釈然としない。

 ショウタが着ているのは、貴族騎士の鎧下制服だ。アメパ堰堤要塞に所属していることを示す所属騎士章が入っており、さらに濃いブルーを基調としたカラーデザインとなっている。以前訪れたマーリヴァーナ要塞線では、鎧下制服のベースカラーは、貴族騎士・伝統騎士トラディションを問わず黒だった。その上から纏う甲冑は、人それぞれであったが。


「でも、小さいサイズの制服があって助かりました。少し臭うのが気になりますけど」


 そう言ってショウタが目を向けた先、床の上には身ぐるみはがされた貴族騎士の男が、両目に涙をためたまま気を失っている。ショウタとそれほど変わらない背格好だが、貴族というにはいささか全身が毛深く、さらには小汚い。腹も出ていた。

 彼が着ている鎧下制服はまさにこの男が着用していたものだ。ルカなどは、甲冑に描かれた超絶無敵大要塞の所属騎士章の上から、アメパの所属騎士章をかぶせるだけという簡単な偽装であった。


「こんな強盗まがいの真似、騎士がやって良いんですかね」

「構わないさ。お国と義の為だ。悪にかける情けはない。ボクの生まれ育ったバンギランドは、そういうところだったよ」

「どおりで殿下もあんな性格に育つんですね……」


 身分を偽るため、騎士剣を腰に吊るし、その隣にトウビョウをぶら下げた。倒れている貴族騎士の男には、トウビョウの麻痺毒を注入してあるので、もうしばらくは動けないだろう。牙を立てるとき、この知性武器インテリジェンスアームは思い切りイヤそうな顔をしていた。


「ああ、少年。剣をぶら下げるなら二本にしておきたまえ。アメパ堰堤要塞の騎士は、双剣持ちが主流だからね」

「そうなんですか?」

「そうなんだ。アメパ式双刃剣技といってね。騎士王国の四大剣法のひとつだよ」


 ふぅん、と思い、ショウタはもう一本の剣を反対側の腰に吊るした。ルカも、同様に腰に二本、剣をぶら下げる。

 ショウタは、少し剣のことが気になって、ずらりと引き抜いてみた。少し、重い。

 特徴的な剣である。片刃の剣自体は、この国ではさほど珍しくもないのだが、この二本の剣は刃が薄い弧を描くように反り返っていた。先ほどのコボルトにしてもそうである。要塞線におけるリヴァーナ式刺突剣同様、この要塞の剣技に合わせたものだと思われるが。


 まぁ、剣技に関してはよくわからないからな。ショウタは深く考えずに剣を鞘に納める。


「準備できました」

「オッケー。ではこの男をどうするか。ふんじばったは良いけど、見つかると面倒だね」

「ベッドの上に寝かせて、毛布で隠しておきます?」

「そうだね。そうしとこう。寝室は奥の部屋のようだよ」


 ルカの方が明らかに力があるはずだが、彼女は男を運ぼうとはしなかった。ショウタだって腕力に余裕があるわけではないので、結局のところ、やや離れた場所から不可視の力場をもって男を持ちあげ、寝室へそ慎重に運ぶことになる。


「あれ、このドア……引き戸なんですね」

「ん、ああ。引き戸って言うのか。スライド式だね。アメパではよくあるんだ」

「………」


 剣を引き抜いた時、わずかに感じた違和感が、ショウタの中で膨れ上がっていくような気がした。

 そしてその違和感は、寝室へと足を踏み入れた際、決定的なものとなる。


 一歩、足を踏み込んだ瞬間、ショウタはぴたりと動きを止めた。質感が明らかに違うのだ。板張りでもなければ絨毯でもない。石造りでも煉瓦でもない。靴越しに感じる、不思議な感触があった。


「ルカさん、この床……」

「それもアメパ堰堤要塞特有の床材だよ。藁を編み込んだ奴でさ。なんて言ったかな。タ、タ……」

「……タタミ?」

「そう、それ。なんだ知ってるんだ。なんでも先代騎士提督サー・トオン・ノグドラが発明したらしくってさ。要塞のふもとに、キノオ村があっただろ? あそこで作ってるらしいよ。ただまぁ、ここ以外で使おうってもの好きは、あんまりいないね。ささくれるしさ」


 ルカは流暢に言葉を続けながら、ずかずかとタタミ部屋の中に入り込んでいく。ふよふよと宙に浮かんだままの貴族騎士を無理やり引きずり降ろして、床に敷かれた布団ベッドクロスの上に載せる。その上から毛布をかぶせて、すぐに戻ってきた。


「ベッドもないんですね」

「タタミがベッドみたいなものだからね」


 ショウタはタタミ部屋をじっと見つめながら、何やら険しい表情をしている。


「ん、少年。どうかしたかい?」

「いえ……。その、タタミを発明した先代提督っていうのは……」


 ここで、いったん言葉を切る。ルカは辛抱強く続きを待ってくれた。


「……どんな、方だったんですか?」

「どうって……。どうだったかな。もとは、山脈の麓にある小さな伝統騎士の家の生まれだよ。当時、アメパを治めていたゼルガ家が断絶してしまってね。王都から提督代行が派遣されていたんだけど、ひょいひょいと成り上がって、そこに上手いこと収まったのが、サー・トオンだったって話だよ」

「この国の人だったんですか?」

「当然だろう。どうしてだい」

「いえ……」


 ショウタは顎に手をやって、難しい表情で考え込んでいる。彼は今、あるひとつの可能性について吟味していたのだ。が、それを検証する手立ては、現時点では一切なく、その可能性が事実であると認めるには、あまりにも現実味のない課題点が多すぎる。


 そんなショウタの葛藤など知るよしもなしに、ルカは饒舌に言葉をつむいだ。


「腕っぷしはそこまででもなかったけど、頭の切れる人だったらしい。伝統騎士の立場から、初めて戦術と戦略について様々な提案をしたのもその方だしね。貴族騎士にだって彼を尊敬していた者は多い。二歳の頃から読み書きや算術ができたって噂もあるけど、さすがに眉唾だね」

「でも、今は亡くなってるんですよね?」

「うん。惜しい人だったよ」


 ルカが遠い目をしてつぶやく。

 ショウタの頭は、さらにいろいろなことを考えそうになる。が、ひとまずはかぶりを振った。こんなことを考えていても仕方がない。今、この堰堤要塞は敵地であるのだ。作戦を、成功させなければいけない。


「少年、顔が怖いよ。大丈夫かい?」

「……はい」


 無理やりにでも心を落ち着けて、頷く。

 先代騎士提督サー・キャプテン・トオン・ノグドラ。彼のことを詮索するのは、ずっと後で良い。まだ、そんなことをする必要はないのだ。





 闇の中で、ディム・キャプテン・コンチェルト・ノグドラが顔をあげる。どうやら、またうとうとしていたらしい。こんな状況でも平気でうたた寝できるなど、自分もよくよくタフな女だ、と、他人事のように思った。もっとも、そうでなければ、こんなところで生き残れやしないのだが。

 バロン・ヒルベルト・ゲイロンはここにはいない。コンチェルトは大きく安堵の息を漏らした。さすがに、この寝起きにあの男の顔は見たくなかった。久々に良い夢を見ることができたのだ。その直後、ゲイロンの顔を見せられたのでは、余韻だって台無しになる。


 養父の夢だった。


 サー・キャプテン・トオン・ノグドラと出会ったのは、コンチェルトが名もなき少女だった頃、帝国の奴隷市場でのことだった。

 トオンが何故、その奴隷市場を訪れたのかは定かではない。ただ、当時騎士王国は、帝国の行っていた戦争に援軍を送っていたと聞いている。トオン・ノグドラはその総指揮官であり、副指揮官としてサー・ジェネラル・アンセム・サザンガルドがついていた。今にして思えば、騎士王国の気合の入れようがわかる人選だ。


 まぁ、それは良い。奴隷市場を訪れていたトオンは、少女を買ったのだ。まだ10にも満たなかった彼女は、全身に生々しい刃傷を作り、額から左頬にかけてを縦断する深い傷跡のおかげで、左目が効かない状態だった。おかげでまったく買い手がつかず、トオンがいなければ、まだあの市場で競りに出されていたか、あるいは鉱山などに安値で売られていたかのどちらかだったろう。


 とにかく、少女の人生は、トオンとの出会いによって変わったのだ。妻を若くに亡くし、それ以降独り身を貫いたトオンにとって、少女はただひとりの娘となった。トオンは少女にコンチェルトと名を与え、溺愛したが、同時に自らの後継者として育てるべく、熱心な教育も欠かさなかった。

 結局のところ、才能はあったのだろう。あるいはトオンもそれを見抜いていたのかもしれない。コンチェルトは2年で基礎教育を終え、さらに2年で大人の伝統騎士を圧倒するほどの腕を身につけ、14歳になる頃には叙任を受け騎士となった。


 楽しい日々だったと思う。祖父と孫ほどに歳の離れた父娘だったが、一切の血のつながりがない父娘だったが、それでもコンチェルトは幸せになるよう育てられた。トオンは、コンチェルトをアメパ堰堤要塞の最強の提督として育てようとしたが、同時に一人前の人間としての幸せも願ってくれていたと思う。


 コンチェルトは思い出す。養父トオンが時折見せた、どこか遠い世界を見るような、あのまなざしを。郷愁にもよく似た寂しさが混じっていた、あの父の双眸を。


 父トオンは、ひょっとしたら、どこかへ帰りたかったのではないだろうか。人づてに聞いた話では、トオンは騎士提督の座に就いて以降、頻繁に国外での任務を希望したという。ひょっとしたら、この騎士王国ではない本来の故郷を、探していたのではないだろうか。

 その事実が伝聞でしかないのは、コンチェルトを家に招いて以降、トオンは国外任務を一切引き受けなくなったためだ。帝国の戦争が終結したこともあるが、事後処理めいた小競り合いにはアンセム・サザンガルドが駆り出されるのみだった。


 結局、真意をコンチェルトに伝えぬまま、トオンは死んだ。彼女にとって幸福だったのは、トオンが最期に、『おまえに会えて良かった』という旨の言葉を残してくれたことだ。だからコンチェルトは、父の持つ寂しさを理解できなかった悔恨はあれど、それを重荷に思ったことは一度もない。


 もし、この騎士王国ではないどこかに、父の生まれ故郷があったとすれば、そこは一体、どこなのだろうか。


 コンチェルトは、夢の余韻に浸ったまま、養父が時折口ずさんでいたのびやかな旋律の歌を、うろ覚えのままに口ずさみはじめた。

 できることなら、歌い終わるまでの間、バロン・ゲイロンが戻ってこないといいな、と、コンチェルトは思った。

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