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騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
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   第39話 都市防衛指令

 地下に怪物が潜入している可能性を受け、雨の降りしきる王都には、即座に都市防衛指令が発令された。王宮内の空気がにわかに張り詰めていくのが、肌で感じられる。

 都市防衛指令の発令に伴って王立騎士団を動かすため、連日の悪天候で体調を崩された騎士王陛下が、病床より半ば無理やり引っ張り出されていた。さすがに、アリアスフィリーゼ姫騎士殿下では、まだ騎士団の総指揮を執るだけの、指揮能力が備わっていない。


 セプテトール騎士王は、宰相ウッスア・タマゲッタラより状況を聞くや、すぐさま各方面へ適切な指示を下す。王立騎士団、警邏騎士隊はもとより、貴族院王都水道局をはじめとした関係機関への伝達も淀みない。不調を押して玉座に腰掛けた騎士王の前には、様々な人間が代わる代わる訪れた。


『アリア、おまえは騎士団に先んじて一度地下水道へ向かえ』


 半ば本人の要望を聞き入れる形で、騎士王が姫騎士殿下に下した命令が、それである。

 長年、獣魔族の出現が報告されなかった王都周辺においては、ゴブリンと交戦経験のある騎士は稀である。獣魔族討伐の経験があるベテラン騎士の多くは前線を退いていたが、今回の非常時に備え現場での指揮権と共に駆り出されていた。

 その中で、アリアスフィリーゼは数少ない、〝若い〟戦力であり、指揮官である。先日の、マーリヴァーナ要塞線での一連の経験が、早速役に立つことになったと言っていいだろう。


 騎士王陛下から通達された任務はふたつ。


 ひとつは、ゴブリン特異個体が王都地下に踏み込んだ形跡をさぐること。外郭放水路から侵入した場合であっても、普段は閉門している調圧水槽の水門を開かなければ、王都の地下へ直接足を踏み入れることはできない。水門に関しては、今朝、水道局から開門の指示が下ったばかりだ。それより早く連中が王都の地下へ足を踏み入れているならば、外部から強引にこじ開けた痕跡が残るはずである。

 王都水道局からの情報では、開門の指示を受けた警邏騎士隊から、全水門の開門を完了したという報告はまだ入っていない。それを含めての調査というわけだ。


 ふたつめの任務は、ゴブリン特異個体の戦力を探ること。袈裟懸けとの交戦経験を鑑みた上で、この特異個体を殲滅するにはどれほどの戦力が必要であるかを、アリアスフィリーゼの目で分析しなければならなかった。また、この特異個体が本当に袈裟懸けと同じタイプの変異体であるかどうかも、まずは彼女の目に委ねられることとなる。


 アリアスフィリーゼは、自室にてドレスを脱ぎ、鎧下ギャンベゾンに着替えると、侍女ゴリミの抱える白磁の甲冑を、ひとつひとつ丁寧に装着していった。アイカ・ノクターンとして鎧を纏う時とは、頭部に鉢金状のティアラを載せる点と、天剣護紋の入ったサーコートに袖を通す点で異なる。


「姫様、お気をつけてくださいまし」

「はい、ありがとうございます。ゴリミ」


 アリアスフィリーゼはにこりと微笑んで部屋を出る。そこでは、壁に背を預けて腕を組む、不躾なメイドが一人立っていた。メイド長が見れば、はしたない格好に怒りを顕にしたあと、彼女の顔が王宮内で勤務する侍女達の、誰とも一致しない点に気づくことだろう。

 そう、そのメイドは、メイドではない。


「お待たせしました、みっちゃん」

「いえ、そんなには待っていないであります」


 バカ正直に答えるのは、もうすっかり馴染みとなった、ウッスア・タマゲッタラ子飼いの密偵である。今回、アリアスフィリーゼが地下水道に向かう際、一人では向かわないようにと騎士王に釘を刺されて、パートナーに選んだのが彼女だった。


「なぜ、ショウタ殿ではなくみっちゃんなのですか?」


 アリアスフィリーゼの2歩後ろを、みっちゃんが歩く。姫騎士殿下は正面を見据えたまま、神妙な顔を作った。


「ショウタを連れていくかどうか、迷ったのです。彼も、頼りにして欲しいと言っていましたし。ただ、今のショウタは怪我をしていますから」

「それが完治するまで、無茶なことはさせられない、と」

「はい」


 まぁ、この結論自体が彼にとって不本意なものであると言うならば、それは否定できないが。できないが、アリアスフィリーゼにだって譲れないものはある。怪我人を、ましてやショウタを、こんな危険な任務に就かせることなどできやしない。

 すると、背後を歩くみっちゃんの声の様子が、少しばかり変化した。


「なるほど。みっちゃんはショウタ殿の代わりでありますね?」


 その言葉を聞いて、アリアスフィリーゼは少し苦笑いを浮かべる。


「そういうつもりではありません。ショウタはショウタですし、みっちゃんはみっちゃ……」


 なにげなしに振り向いた姫騎士殿下の笑顔が、硬直した。


 そこに立っていたのは、みっちゃんではなかった。いや、みっちゃんでないわけではないのだろうが、少なくとも先程まで後ろをついてきたメイドみっちゃんではなかった。

 さらさらとした黒い髪に、少女のように柔和な顔立ちをした一人の少年。すなわち、彼女の装いとはショウタ・ホウリンそのものである。唯一、腰元にぶら下げた数本のダガーが、かのじょがみっちゃんであることを示していた。


「あれ、殿下。どうかしましたか?」


 ショウタみっちゃんがにこりと微笑む。口調から声から、ヘラヘラした笑顔にさりげない仕草まで、それはアリアスフィリーゼの知るショウタそのものである。完璧な再現度を目の当たりにして、姫騎士殿下は口元をぱくぱくと動かす。


 かろうじて、額を抑えてかぶりを振り、こう言った。


「どっ、どうかしましたかじゃないです! なんですかその格好!」

「えっ、やだなー殿下。お気に召しません?」


 ショウタみっちゃんは、くるくると回ってから、その片手でさりげなく姫騎士殿下の手を握る。


「あっ」

「殿下は僕がいないと元気がないように見えましたので、ちょっぴり親切のつもりだったんですけど?」

「ショウタはそんな自信たっぷりで甲斐性のあることは言いません!」


 顔を真っ赤にして叫ぶアリアスフィリーゼを見れば、周囲をせわしなく行き交う騎士たちは何事かと思うだろう。姫騎士殿下は、ショウタみっちゃんに握られた手を無理やり振りほどいた。


「それにその、何か非常に……不義理を働いている気分になるのです!」

「はぁ」

「はぁ、じゃないです! なんですかその適当な返事! 再現度高いです!」


 ニセショウタは少し視線を逸らし、唇を尖らせて頬を掻いてみせた。いつものショウタが見せないものでありながら、絶妙に『本物のショウタが機嫌を損ねたらこんな感じなのだろうな』と思わせる仕草が、なぜかやたらとアリアスフィリーゼの心を刺激した。

 そもそも、なぜショウタの姿をしたみっちゃんを前にこれほど心をかき乱すのか、当のアリアスフィリーゼ本人もよくわかっていない。よくわかっていないのだが、先の仕草を見せつけられた時、彼女は若干、例えようもない敗北感に打ちのめされた。何か非常に、ショウタ力で負けている気がした。


「僕としては、割と渾身の出来なんですけどぉー?」

「そ、それは認めますけど、その……、みっちゃんそれ気に入ってるんですか!?」

「はい、割と」


 にこりと微笑むニセショウタの笑みは、身構えるほどの威力はなかった。いつものショウタが見せる笑顔と完全に同じだったが、内包する安心感が違うように見えた。やはり偽物は偽物か、と、アリアスフィリーゼは小さく安堵のため息をつく。


「そのようなわけですので殿下、今週のみっちゃんはこれでいきます」

「好きにしてください……」


 ぷいと顔を背け、姫騎士殿下は再び大廊下の上を歩き始めた。ショウタみっちゃんが、後ろからとてとてとついてくる。


「あぁ、殿下」

「なんでしょう?」

「予行演習が必要な時は、いつでも僕に声をかけてくださいね。お手伝いしますよ」

「なんの予行演習ですかっ!」


 ショウタに、これほどの押しの強さが常に備わっていれば、姫騎士アリアスフィリーゼは割とあっさり陥落していたかもしれない。





「へきしっ!」


 ショウタの口から、思わずくしゃみが飛び出した。サウンが露骨に顔をしかめるのがわかる。


「ンだ? 風邪かよ。伝染すなよ」

「いやぁー、誰かが噂でもしてるんですかね……」

「なんだそれ」


 2人は、王都地下水道へと足を踏み入れていた。王都の各地にある入口は、当然そのすべてが施錠されていたが、サウンは鍵を持っていた。調圧水槽の開門を行うために、警邏騎士隊から預かったものだ。ドサクサに紛れてまだ返していなかったらしい。

 レンガ造りの小さな小屋から、地下へ続く階段がある。当然、中は真っ暗だが、壁の材質にはところどころ発光石が使用されており、カンテラとの併用で思ったよりは視界の確保に困らない。ひんやりとした空気の中には、当然ながら大量の湿気が含まれていた。連日の豪雨で増水した地下水道の水は、ごうごうと唸りを上げながら流れていく。


 そのうちサロンに戻ってくるであろう姫騎士殿下には書置きをしたため、ショウタはサウンに連れられてこの地下水道にやってきた。マダム・フェイルアラニンをはじめとした貴婦人達は、カンテラをはじめとした小道具をすぐにかき集めてくれ、おかげで特に憂いもなく、地下水道に潜ることができた。


 こうして降り立ってみると、臨場感たっぷりだなぁ、とショウタは思う。いわゆる迷宮、ダンジョンといった類のものに足を踏み入れたことのないショウタだが、この地下水道にはそれに類する雰囲気が確かにある。


「確かにこの雰囲気、怪物が出てもおかしくはないですねぇー」

「だから出たんだっつーの」


 サウンは、ショウタの言葉ひとつひとつが気に食わないかのように、そう言った。だいぶ、素直ではない。素直ではないと、やりにくい。

 ただ悲しいかな、ショウタには、女の子の心を解きほぐす具体的なノウハウというものが備わってはいない。姫騎士殿下にしたって、なんとなーく話していてなんとなーく心が通じてなんとなーく親しくなったのであって、その態度を軟化させるのに苦労を要した記憶はない。

 まぁ、姫騎士殿下に限らず、例えばみっちゃんであったり、ウッスアであったり、騎士王陛下であったり、アンセムであったり、だいたいこの辺の大物ともたいして苦労せずに仲良くなっているので、そう憂慮することではないのかな、とも思っていた。この辺をナチュラルに『できる』と思い込んでいるあたりが、ショウタの天然のタラシたる所以であるのだが、さておき。


 しばらくの間、地下水道の作業用通路を、2人は無言で進んでいく。共通の話題がないのだから、当然だ。いまはサウンが、〝怪物〟を見たという場所まで向かうさなかであるので、彼女の後ろをひょこひょこショウタがつけていることになる。


「おい」


 しばらく歩いたところで、サウンが唐突に言葉を発した。


「なんですか?」

「なんか言えよ」

「僕、そういう雑な振り、あんま好きじゃないんですけど……」


 何か言って欲しいのなら話題のネタくらいよこせ、とは思う。まぁネタがないのならこちらから作ってしまおう。通常であれば聞きにくい質問も、サウン当人の『なんか言えよ』を免罪符にすれば口にすることだってできる。

 なので、ショウタはそうした。


「サウンさんはー」


 そこでいきなり自分のほうに話題を振られるのだから、サウンは露骨に嫌そうな顔で振り返った。


「なんで不良なんかやってるんですか?」

「おめー、結構ド直球で聞くな……」

「なんか言えよ、って、言ったじゃないですか」

「ふん」


 サウンは小さく鼻を鳴らす。その音も、この地下水道内では、やけに大きく反響した。


「特に理由なんかねーよ。強いて言うなら、退屈だったから」

「ほほー」


 ショウタは興味深げに頷く。その意味深な反応が珍しかったのか、サウンは次の言葉をどう発するか、少し迷った様子だった。ショウタはひとまず、そこで更に追撃を仕掛ける。


「変わらない毎日がイヤで、不良行為に手を出しちゃったパターンですね?」

「まぁ、そうだな……」


 苦虫を噛み潰したような、声と表情であった。


 ショウタの経験則から言って、少年少女が不良行為に手を染めるには大きく分けて2パターンに分類される。モノの問題と、ココロの問題だ。ミもフタもない言い方をすれば、そのようになる。

 前者であれば、例えば食うものに困ってカッパライをするストリートチルドレンだ。ショウタの故郷は比較的裕福な国であり、モノの問題から不良行為を働くような少年少女はほぼ皆無であった。グランデルドオ騎士王国も、田舎ながら物資には非常に恵まれた国であると言える。食事の際に、サウンがわずかに見せた育ちの良さから察せられる通り、やはり彼女の場合も、ココロの問題なのだろう。


 家族とうまくいっていないだとか、やりたいことを思うようにやらせてもらえないだとか、『退屈だから』という言葉の裏側には、そうした問題が潜む。ショウタは賢しらのその事実を指摘することはできたが、やめておいた。それ以上は、突っ込むべきところではない。彼女の口から語られない以上は、であるが。


「まぁ、わかるっちゃわかりますねぇ」


 代わりに、そのように言うことにした。


「適当なこと言うンじゃねぇ。わかるもんかよ」

「いやいや、これが結構、わかるんです」


 ショウタは大真面目に頷く。


「僕も昔、サウンさんと同じような時期がありましたから」


 その言葉を受けて、サウンはその足をピタリと止めた。カンテラを片手に、不良少女は振り返り、なんとも言えない目でショウタを見る。


「おめー……」

「はい」

「割と面白いギャグかませんだな……」

「あっ、心外」


 せっかく、周囲にはあまり語ったことのない過去を、こっそり教えてあげようと思ったのに。

 再び進行を再開し、またしばらくの間無言になりかけたが、サウンはぽつりと呟いた。


「その話」

「はい?」


 ショウタは相槌がてらに聞き返す。


「いいから話してみろよ。退屈くらいは紛れんだろ」


 サウン・ブラウンの言葉からは、果たしてこちらを信用しているのかいないのか、それを読み取ることができない。が、これがホラにせよガチにせよ、ショウタの話にわずかにでも興味を傾けているのは確かだった。心を開きかけている、とも言える。


 じゃあ、話そう。

 ショウタはもっともらしく咳払いをして、ちょっぴりスレていた頃の思い出を、だらだらと語り始めた。

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