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騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
39/91

   第37話 ショウタ、がんばる(前編)

 お ま た せ 。


 いつもよりちょっと短いけど許してくれな。

 完成したポトフと卵焼きを、テーブルに運ぶ。卵焼きは過剰に甘くなったが、ポトフの方は味付けを薄くした。ショウタの故郷では水で炊いた米を主食におかずとしていた為、もう少し味が濃くても良かったのだが、こちらの騎士王国ではせいぜい、デルドオ麦粉を薄く焼いたパリット程度であって、主菜の味が濃すぎるといささかもて余すような気がしていたのだ。

 おかげで調味料の差異もあり、ショウタの思う〝にくじゃが〟とは、相当乖離した料理になってしまった。やはり、大豆を発酵させたアレが欲しい。ショウタの故郷では、だいたいアレをかければ何とかなっていた。


 まぁそれでも、魚介出汁をベースに、麦醤などで味をつけたポトフは珍しいらしく、マダム達の食いつきは大変よかった。


「魔法士様、こんな短時間で、こんな大量に煮料理を作れるなんて、やはり魔法なんザマス!?」


 マダムの一人がテンションをあげて尋ねてきたので、ショウタは頭を掻きながらやや曖昧に、手元〝手鏡〟を眺めながら、


「はぁ。まぁ。はい」


 と、答えた。魔法ではない、カガクだ、と答えたところで理解されるとは思わないし、そもそも極度に発達したカガクは魔法と変わらない、と誰かが言っていた。ショウタの場合は、カガクで解明した現象を人力で発動しているだけなので、またちょっと違うのかもしれないが。


 魔法かぁ。


 今までは勉強や自己鍛錬をサボっていたショウタではあるが、こうして考えると、ちょっと身につけてみたい気持ちはある。身につけるとまではいかなくとも、こう、メカニズムを知っておくくらいはしないと、今後魔法知識を身につけた人と話をするときにボロが出る可能性があるわけだし。

 魔法陣を描いたり、呪文をムニャムニャ唱えたりするだけで、火が出たり水が出たりするわけではない、とは思う。きっと適正やら何やら、いろいろ七面倒臭い要素があるのは確かだろう。今まで魔法の習得を敬遠していたのはそのあたりだ。ショウタは極力、面倒くさいことはやりたくない人間である。


「結局、プリンセスがお戻りになるまでは少し時間がかかりそうザマスね……」


 貴婦人の一人がそのようにつぶやき、ショウタは意識をこちら側に引っ張り戻した。


「そーですねぇ。殿下も、先に食べていていいとおっしゃっていましたけど。伯爵夫人さんがいらっしゃるまでは待ちますか?」

「そうザマスね。そろそろ到着されるはずザマス」


 ショウタが席につくと、貴婦人たちは他愛のない世間話を再開した。ザマスザマスという会話がやたらと耳に残る。


 豪雨が止む気配は一向になく、窓には相変わらず大量の雨粒が叩きつけられていた。助かることと言えば最近は雷が控えめで、殿下が必要以上にビクビクした生活を送らずに済んでいたところだ。手を握ってあげれば収まるとしても、彼女はまだまだ、その恐怖を克服してはいない。

 馬車の音を聞いたのは、ちょうどその頃だ。フェイルアラニン伯爵家の家紋を掲げた馬車が、窓の外を横切る。貴婦人の一人がぽつりと、『いらっしゃったザマス』と告げた。


 サロンの玄関口の方で扉が開き、フェイルアラニン伯爵夫人が到着した。きらびやかなドレスの趣味はいささか過剰に豪華で悪趣味だ。髪飾りとして使用している、そのへんで拾ったカッコイイ石ころの存在が、奇抜さに拍車をかけていた。


「遅れてしまって申し訳ないザマス!」


 マダム・フェイルアラニンは、開口一番そう告げた。サロンの貴婦人たちもばたばたザマザマと廊下を渡って、スカートの裾を掴み会釈をしながら、伯爵夫人を出迎えた。


「マダム! お待ちしていたザマス!」

「お昼食の用意はもう整っているザマス!」

「大変残念ながら、プリンセスは用事で席を外されているザマス!」

「マダムによろしくとおっしゃっていたザマス!」


 伯爵夫人は、化粧の濃い顔で少しだけ眉をしかめる。


「そうザマスか……。それは少し残念ザマス」


 この豪雨の中、彼女は雨粒ひとつかぶった様子がない。傘持ちの従者は相当デキる人間であるようだ。

 マダム・フェイルアラニンは、そこでショウタの姿を認めるや、今度は途端に表情をほころばせてこう言った。


「ンまァー! 魔法士様! その節は大変お世話になったザマス!」


 その節、というのは、アレだ。つい先日、商会ギルドのバザーでカッコイイ石ころを買ったマダムが、ひったくりに遭ってしまったことがある。その際、犯人をひっ捕まえてカッコイイ石ころを取り戻したのが、ショウタと姫騎士殿下であったのだ。

 フェイルアラニン伯爵夫人はその件依頼、すっかり殿下のファンとなってしまったようであり、定期的に王宮には彼女自慢のカッコイイ石ころが献上されるようになった。今も、姫騎士殿下の部屋では、カッコイイ石ころコレクションがその勢力を増しつつあるらしい。


 ショウタももらったことがある。確かにカッコイイがそのへんで拾った石ころでしかないので、大変扱いに困った。今は文鎮代わりに使っている。


「魔法士様、最近調子はどうザマス? 腕を骨折されて、いろいろご苦労されていると聞くザマス」

「えぇ、でもまぁ、おかげで普段めんどくさがることをいろいろ試せますし、前向きにやってますよ」

「すばらしい心がけザマス! それでこそ魔法士様ザマス!」


 それでこそ、と言われるほど、ショウタとマダム・フェイルアラニンの付き合いは深くない。深くないのだが、まぁ、悪気もなしにこうヨイショされるのは、なんだかわりと悪い気分ではない。

 ショウタはその時、ステキな格好をした伯爵夫人の後ろに立つ、一人の少女の姿に気づいた。こちらはマダムと違って、全身がぐしょ濡れ状態になっている。異様に目元がつり上がった顔立ちが、気性の激しさを表していた少女は、どうもただの従者と見るにはその立ち姿が雑すぎた。


 どこかで見たことあるな、と思ってじーっと見つめていると、


「……あ? なに見てんだよ」


 と、思いっきり威嚇されてしまった。


「ンまァー! 口の悪い女の子ザマス!」

「それにそんなみすぼらしい格好!」

「マダム、その子はいったい何なんザマス!?」


 貴婦人たちが口々にそう言うと、少女が視線を逸らして小さく舌打ちするのがわかった。


「ちょっと道中で拾ったお友達ザマス。お食事に同席させても構わないザマス?」


 マダム・フェイルアラニンの言葉に、貴婦人たちは露骨に顔をしかめたのだが、明確な反論を切り出すモノはいなかった。この場において、このカッコイイ石ころコレクターは強い発言権を持つらしい。このサロンを作ったのも彼女のポケットマネーだし、王都にある多くの〝文化の象徴〟が、彼女の出資によって成立していることを思えば、納得いく話ではある。


 だが、そこで驚いた表情を見せたのはなにも貴婦人がただけではない。


「おい待てよおばさん、アタシまだ……」

「魔法士様も構わないザマス?」


 少女の言葉が言い終わるかどうかといううちに、マダムがショウタに尋ねる。彼は小さく肩をすくめ、笑ってみせた。


「構わないですよ。お食事は一人でも多い方が楽しいでしょう?」


 ちょっと殿下っぽい言い方を真似してみたというのは、否定はしない。


「ただ、まだちょっとびしょ濡れですね。乾かします?」

「そうザマスね。暖炉に火をつけておくザマス。このままでは風邪引いてしまうザマス」


 そう言って、フェイルアラニン伯爵夫人がしずしずと廊下を歩く。少女はいささか躊躇いがちに、彼女の後ろをたどった。水を吸って重くなった服がぺったりと細い身体に張り付いて、濡れそぼった銀髪の先からは、水滴がとめどなく伝っている。

 そういえば、この国は、あまり雨具が発達してないんだっけ、と、ショウタはずぶ濡れ少女を眺めて思うのだが、視線に気づいた彼女はギロリと振り向いて、その鋭い三白眼をショウタに向けた。


「あぁ? なんかアタシについてんの?」

「はい、まぁ水が」


 ショウタが至極まっとうな返しをすると、またも少女は舌打ちをする。至近距離まで詰め寄ってくると、いささか威嚇するような口調で、少女はこのように言った。


「アタシ、てめぇみたいな女々しい男見るとなんか腹立つんだけどさ」

「はぁ、それはどうも。すみません」


 ショウタはにこりと笑って、少女の理不尽な敵意を受け流す。こう見えて、いわれのない喧嘩を売られるのは慣れている。大抵の場合においてこうした売り物は粗悪品なので、手を出してはならない。ショウタは、自らの外見がやたらと〝舐められやすい〟ことを知っていた。


 少女はあからさまに不機嫌な様子で、伯爵夫人のあとをついていく。サロンの暖炉前まで向かうその背中を見送りながら、ショウタはようやく思い出した。


「(ああ、あの子、伯爵夫人のカッコイイ石ころを盗んだ子だ)」


 まさかこんなところで出会うとは思わなかった。伯爵夫人が連れてくるとも思わなかったが、こちらに関しては、どうせ『カッコイイ石ころが好きな方に悪い方はいないザマス!』とか言ったのだろう。少女は別にカッコイイ石ころが好きで盗んだというわけでも、ないとは思うのだが。


 実際、そのとおりであった。






Episode 37 『ショウタ、がんばる』

FATAL PRINCESS of the KNIGHT KINGDOM



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「まずは姫騎士殿下、こちらをご覧くださいませ」


 そう言ってウッスア・タマゲッタラが机の上に広げたのは、ゴブリンのスケッチ画と思しき数枚の紙である。アリアスフィリーゼは、馬車から王宮に戻る際いささかばかり水のかかってしまった髪をかき上げるようにしながら、ウッスアの広げたスケッチ画を眺めた。


 それは、いささか、普通のゴブリンとは異なる様相が目立つものである。


 全身を覆う爬虫類状の肌や、凶暴そうな顔つき、小柄で等身の低い身体など、基本的な特徴はゴブリンのものを抑えてはいるが、異様に伸びた手足や、口元で歪にねじくれた牙などが一般的な個体とは大きくかけ離れている。

 おそらくそれは、同一個体を、複数の目撃情報を元に描き記したものであるらしかった。アリアスフィリーゼは、その翠玉色の瞳をわずかに細める。このゴブリンのスケッチを見て想起されるのは、ほんの数日前に戦ったばかりの、身の毛もよだつような怪物の姿だ。


「やはり、そうですか……」


 ウッスアは、そうした彼女の様子だけですべてを理解したかのように、ぽつりと呟いた。


「これは、昨日、王都の西側に出現して討伐されたゴブリン特異個体のスケッチ画になります。出動した騎士団によって討伐されたのですが、その話を聞いてもしや、と思いましてな」

「と、言うと?」


 アリアスフィリーゼは顔をあげてウッスアを見る。


「討伐後、火の気のない場所で焼却処分しようとしたこの特異個体は、突如異臭を放ちながら融解し、骨も残らなかったそうです」

「なるほど」


 姫騎士もまた、合点が行ったように頷いた。


 つまり、何から何まで〝袈裟懸けスラントライン〟と同じなわけだ。


 マーリヴァーナ要塞線領に出現し、甚大な被害をもたらした大型獣魔族オーク種準戦略級特異個体・袈裟懸け。かの個体もまた、通常のオークといささかかけ離れた外見と習性、そして戦闘能力を有していた。絶命から数秒もせぬうちに、その皮膚と肉は煙をあげて融解し、残された骨もボロボロに砕け散った。原因は未だ不明であり、死体が残らないために調査も研究もままならない。

 だが、はっきりしたのは、こうした症状がオークにのみ発生するわけではないということらしい。外的要因か、内的要因かは未だに判然とはしないものの、共通の原因によって謎の変化を遂げたオークが袈裟懸けであり、つまり同様の個体は今後もまだ出現する可能性がある。


 あまり、ぞっとしない話だ。


「至急、殿下に確認を取りたかったというのは、この話です。お手数をおかけしました」


 ウッスアは紙をかき集めながら話を切り上げようとするが、アリアスフィリーゼは彼を呼び止める。


「ですが、そのゴブリン特異個体の件はそれで終わりではないのでしょう?」


 ぴたり、とウッスアの手が止まった。


「既に討伐した個体のことを、そこまで急ぎで確認を取ろうとするはずがありませんから」

「本日の殿下は鋭くていらっしゃいますな」


 禿頭の宰相は苦笑いを浮かべながら肯定する。


「おっしゃる通りです。ゴブリンの特異個体は3体確認されましたが、うち、討伐できたのは1体だけでしてな。残り2体は現在逃亡中です」


 火急というのは、すなわちそういうことだ。王都周辺に獣魔族が出現すること自体が非常に珍しいが、それが特異個体ともなれば更に異常性が増す。ゴブリンはオーク以上に社会性の目立つ生物であり、なんらかの要因によって複数個体の変質が確認される以上、特異個体の数は更に増加する可能性がある。


「今後もこうしたことが頻発するようであれば、マーリヴァーナから獣魔族との交戦経験の豊富な騎士を招聘することも視野に入れればなりませんな」


 現在、王立騎士団が出動し、ゴブリン特異個体の探索が続いている。だが、この豪雨に加えて、未知の敵を相手にするとあって、彼らの士気は必ずしも高くはない。なにより、捜索範囲が広すぎるのだ。近年、この周囲でゴブリンの巣穴が確認されたことは一度もない。

 アリアスフィリーゼは、テーブル上に残された地図とにらめっこする。ゴブリンの特異個体が発見されたのは、ヒンバス川の中流域に近い。王都と隣接する伯爵領の東端に当たる。


「ウッスア」

「なんでしょう」


 地図を眺めるアリアスフィリーゼに対し、ウッスアが尋ね返す。


「この周辺には、王都外郭放水路の放水口がありませんでしたか?」

「ふむ……」


 禿頭の宰相は小さな相槌を漏らしながら地図を眺め、やがては瞠目した。


「本当に今日の殿下は鋭くていらっしゃいますな……!」

「早く用を片付けたいと思えば、頭の働きも変わるものでありましょうが……」


 だが、プリンセスの表情は晴れない。いっそ気づかずに、『それでは、進展がありましたら』などと告げてトンズラできればどれほど楽だったかはわからないし、ウッスアも当初はそうさせてくれる予定だったのだろう。

 だが、気づいてしまった。外郭放水路の調圧が、王都貴族院の水道局によって決定されたのはちょうど今朝のことだ。大規模な放水が行われていない限り、150セルチメーティア未満の個体であれば、容易に進入が可能であると思われる。


 この放水路は、王都の地下へと続いているのだ。


「ウッスア、ショウタに伝書を送ります。紙とペンをご用意してもらえますか?」

「かしこまりました」


 王国宰相ウッスア・タマゲッタラは、恭しく頭を下げて一度引っ込む。


 王都へ危険が迫る以上、放置はできない。調圧水槽の水門は、ゴブリン程度では突破できないはずであるが、特異個体の力は未知数だ。60頭の馬と綱引きを演じた袈裟懸けの膂力を、彼女は目の当たりにしているのである。

 警邏騎士隊や王都駐留の王立騎士団にも連絡を取る必要がある。ショウタには、サロンには戻れない旨を伝えておかねばなるまい。


 ウッスアの運んできたペンを手に取り、アリアスフィリーゼはふと、ショウタから聞いた幾らかの言葉を思い出した。置いていったら、きっと彼は怒るだろうな、と思う。ショウタに怒られるのは、少し嫌だ。伝書には、どのように記すのが良いだろうか。素直に、助力を請うべきか? しかし、腕を折ったままの彼に危ない真似はさせたくない。


 まぁ、どちらにしても。


「ショウタの手料理を食べられるのは、夜になりそうですね……」


 情けない鳴き声をあげる腹の虫を押さえながら、アリアスフィリーゼは名残惜しそうに呟いた。

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