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第1話 王国の困ったちゃん

「殿下ぁー! 殿下、どこにいらっしゃいますかーっ!」


 鬱蒼とした森の中を、ひとりの少年が大声を上げながら歩いている。最初こそ心配そうな色合いが滲む声音ではあったが、次第に憤りが混じり始め、ここまで来ると怒号に近い。


「殿下、で……あぁっ、もう! おいコラぽんこつ! しまいにゃキレますよ! 僕キレると怖いんですよ!」


 言葉の割りに大した迫力はないのだが、それでも少年は本気だった。

 元来、こうした薄暗い森には魔力が滞留し、それを糧にした魔物が育ちやすい。加えて人の立ち入りが少ないのをいい事に、不埒な賊が根城を構えるなどザラであって、彼のような細っこい少年が怒鳴り散らしながら歩くなどというのは、自殺行為以外の何でもない。


 少年は、果たしてそのあたりを理解しているのだろうか。


「殿下ーっ! ひめき……」

「うるせぇぞ、坊主!」


 案の定、大声を上げての探索行は中断を余儀無くされる。


 賊か魔物か、と問えば、それは賊であった。身だしなみもろくに整えぬ、粗野で乱暴な人種。彼らは森の奥からぞろぞろと沸いて、少年の前に立ちはだかった。この国では、主に追放された従騎士エスクワイア小姓ペイジが野盗に身をやつすこともしばしばで、そうした輩や革製の鎧などを身に纏うので、すぐにわかる。

 ここで姿を見せた賊も、レザーアーマーにロングソードなどで武装していたが、奇妙に感じるのは、剣が欠けていたり、鎧が綺麗に裁断されていたり、顔にあざがあったり、他にも擦り傷切り傷が目立ったり、

 賊達が割とボロボロであった点だ。


 しかしそれでも、野盗は野盗である。ひとりで森を歩く少年からすれば、致命的な存在であることには変わりない。


「あ、どうも。ご迷惑かけてすいません」


 少年がまず行ったのは、緊張感に欠けた謝罪であった。まぁ、それはいい。


「ところでお尋ねしますが、ここに女性が一人いませんでしたか?」

「あぁん?」


 だが、その後、特に臆した様子もなくそう切り出したものだから、野盗達も調子を狂わされる。


「女性です。腰くらいまである長い金髪と、碧眼。身長は僕より高いくらいで、全身を金の縁取りをした白磁のフルプレートで覆った、身分の高そうな騎士の方です。スタイルはよろしいです。ほんの少し前まで、お腹が減ったとこのあたりにへたり込んでいたはずなんですけれど……、ああ、そうだ。少しお待ちを」


 少年は一気にまくし立てた後、ごそごそとズボンのポケットをまさぐり、ひとつの手鏡を取り出した。長方形ののっぺりした手鏡を自分に向け、何やらペタペタと触った後、それを野盗達に向けた。

 野盗達が覗き込むと、そこには彼らの粗暴そうな顔ではなく、ひとりの女騎士が映し出されていた。


 腰までありそうな、流れるような美しい金髪と、玉石を埋め込んだかのような碧眼。女性的なボディラインを白いアーマーで覆い、一本の剣を構えている。口元を結び、勇ましい顔立ちで虚空を睨みつけていた。


 少年の探し人と見て相違ないだろう。

 しかしそれ以上に、野盗達には湧き上がる感情があったらしい。彼らは目を丸くして互いに顔を見合わせると、やがて口々にこう叫んだ。


「ぶっ殺してやる!」

「てめぇ、あの女の仲間か!」

「よくもやってくれたじゃねぇか、おぉん!?」


 彼らの、憤怒の形相たるや。


「えっ、えぇぇーっ!」


 びっくりなのは少年である。ひとまず後ずさって安全を確保しつつ、野盗達の怒りをなだめようと尽力する。


「お、落ち着いて! 落ち着いてください! 何があったんですか!? まぁ、だいたい想像がつくんですが!」

「あれは忘れもしねぇ、2時間前!」


 野盗達は思い思いの武器を構えながら、声を荒げる。


「この暗い森の中をひとりで歩いていた、」

「「「バカな村娘!!」」」

「手に持っていた、」

「「「美味そうなキノコ!!」」」

「襲いかかる俺たちと、」

「「「悲鳴をあげる村娘!!」」」

「その時に出てきたのがその女だったんだよ!!」


 曰く、村娘の悲鳴を聞き駆けつけた女騎士は、野盗達にその手を放せと告げた。野盗達は一笑に付す。高貴な身分の貴族騎士ノブレス様が、こんなところにのこのこ出てきやがって、偉そうな口を効く。よく見りゃ綺麗な顔してるじゃねぇか。一緒に可愛がってやるぜ、ゲラゲラゲラ。

 男どもの下卑た視線を間に受けて、女騎士は怒るでもなく、羞恥に顔を赤らめるでもなく、ただ静かに目を閉じて『そうですか』と言ったという。


 彼らの言葉を聞く限り、そこから先は曖昧だ。女騎士が剣の柄に手をかけたところまでは覚えているというが、話を総合するに、状況を理解する間もなく野盗達がノされてしまったのだということしかわからない。彼らの満身創痍具合も、その女騎士の手によるものなのだろう。

 見れば、そこかしこに〝彼女〟が暴れたらしい痕跡がある。大地はえぐれ、大岩が縦に割られていた。木々の表面にさほど傷が目立たないのは、〝彼女〟の優しさの表れであろうか。この狭苦しい空間で手加減をするのは、そうとう苦労したに違いない。


 さもありなん、と、少年は深い溜息をついた。その溜息には無事で良かったという安堵と、またやらかしちゃったのかという悲嘆が込められている。


「まったくもう……。殿下ぁ……」


 少年とは対照的に、血気に盛るのは野盗達である。武器を掲げ、彼らはずずいと少年に歩み寄る。


「あの女の仲間だってんなら覚悟してもらうぜ」

「よく見りゃ綺麗な顔をしてるじゃねぇか」

「代わりに可愛がってやるぜ」

「ゲラゲラゲラ」


 少年はしばしきょとんとした。武器と言えば木剣のひとつも持たぬ丸腰である。まさしく身の危険が迫りつつあるところだったが、少年は恐怖に顔を歪めるでも、突然泣き出すでもなく、ただ静かに目を閉じて、


「そうですか」


 と言った。


 直後、強烈な衝撃波と不可視の力場が、謎の既視感を伴って野盗達に襲いかかった。





「騎士様、娘を助けていただいたこと、なんとお礼を言っていいやら……」


 何度も何度も頭を下げる村長に対し、彼女は聖母のような笑みで答えた。


「良いのです。私こそ、たいへん美味しいキノコをご馳走になりました。空腹で一歩も動けないところだったのです」


 騎士王国南東部にあるフラクターゼ伯爵領。鬱蒼とした森林地帯を抜けた先に、こじんまりとした村がある。付近を流れる川の恩恵で農耕を営み、領地の中枢たる鉱山都市を支える、この地方ではよくある村のひとつだ。特産品もなく、交通の要所でもない。

 そのようなところに、騎士、それも貴族騎士ノブレスと思しき装いの女騎士が訪れるのは、非常に珍しい。


 珍しいと言えば、家柄を鼻にかけがちな貴族騎士ノブレスが、こうしてにこやかに村人と言葉をかわし、あまつさえ謝辞などを向けられているのも、珍しい話である。

 聞くにこの女騎士は、先ほど森の中へキノコを取りに行っていた村長の娘を、野盗の手から救ったのだとか。ただ、獅子奮迅の活躍を見せた後、彼女はその場に倒れ込んでしまい、弱々しくこう呻いた。


『な、なにか、食べ物を……』


 命懸けでとってきたキノコではあるが、その命を助けてくれたのは目の前の騎士様だ。娘は手に持っていたカゴの中から、キノコを半分ほど分けてやり、女騎士はなんとか元気を取り戻した。娘は、よければ父から礼を言わせて欲しいと申し出、女騎士が了承して今に至る。


「村長、どうもこの近辺では最近、野盗の類が多いと伺うのですが……」


 出されたお茶を飲み干し、満足げに一息ついた女騎士は、そのように切り出した。


「ご存知でしたか。騎士様のおっしゃる通りです」


 村長は暗い顔で頷く。


「かれこれ一ヶ月くらいになりますか。この付近の森や、鉱山都市に向かう道などに出るようになりましてな。領主様にも報告を申し出ているのですが、なかなか騎士団を動かしてはくれません」

「ふむ……」


 女騎士は、その形のよい白い顎を抑えながら、静かに目を閉じて相槌を打った。

 対する村長がおずおずと顔を上げ、曰く。


「騎士様、助けて頂いた上にこのようなことを頼む無礼は承知の上です」

「わかりました。お任せ下さい」


 神妙な表情で頷く彼女の返答は、まさに神の如き速さであった。村長は二の句を潰されて、口をぱくぱくとさせる。酸欠の魚を彷彿とさせた。


「この村を賊から守ってほしい、とおっしゃるのでしょう?」

「そ、そうですが……。それにしても、お返事が早かったもので……」

「兵は神速を尊ぶものだと教わりました。お任せ下さい。私も、腕にはいささかの覚えがあります」


 頼もうとした側であるはずなのに、村長は何やら急に、不安を覚えたような顔つきになった。無理もない。村は見るからに貧乏であって、謝礼という謝礼が出せそうな空気ではない。それを領主からせしめようというのも無理な話だ。旅の途中の貴族騎士ノブレスに領内の問題を片付けられたとあっては、フラクターゼ伯爵の面子も丸潰れである。それどころか、貴族同士の陰惨な抗争に繋がる可能性もあった。


 この女騎士に、快諾する理由などないはずなのだ。

 彼女が、よほどのお人好しか、あるいは、よほどのバカでない限りは。


 彼女は、どちらだ?


 村長が難しい顔を作り、しかし快諾に対する謝意は示さねばなるまいと、口を開いた時である。


「村長!」


 慌てた様子で小屋に入ってくる村人がおり、村長は更に顔をしかめた。


「来客中だぞ」


 その男は、穏やかな表情を浮かべている女騎士に気づきハッとするが、すぐに視線を村長に戻す。


「あ、いや、あの。村長、村の入り口に怪しいガキが!」

「盗賊の仲間か?」

「わかんねぇ。とりあえずひっ捕まえたけどよ……」

「黒い短髪の少年ですか?」


 女騎士が尋ねる。村人の男は、彼女の悠然とした態度に若干気圧されながらも、遠慮がちに頷いた。


「あ、ああ……。騎士様の知り合いなのか……?」

「連れです」


 村長の顔が青くなる。騎士の連れ、それも少年ということは、小姓ペイジ従騎士エスクワイアか。どちらにしても、貴族に連なる人間ならば、狼藉を働いたことは問題になる。


「と、とりあえずすぐここに連れて……」

「いえ、こちらから赴きましょう。案内していただけますか?」


 騎士はさして怒るでもなく、席を立つ。村長も慌ててそれに倣った。

 次の瞬間である。


 女騎士は思いっきりすっ転んだ。家の欠陥などではない。障害物など何もない場所である。ただ、彼女は席を立った直後、鎧の重さに負けるようにバランスを崩し、顔面から床に激突した。

 貴族騎士ノブレス様直々のキスである。このボロ屋にはもったいない程の栄誉では、あったが。


 気まずい沈黙が支配する中、女騎士は立ち上がり、にこりと笑った。


「では、行きましょう」


 目尻には涙が滲んでいた。





 村の入り口には、人だかりが出来ていた。視線の中心にいるのは、縄でふん縛られた小柄な少年である。猿轡を噛まされ、ろくに喋ることもままならない彼は、村長と一緒に姿を見せた女騎士を見るなり、いきなりむーむーと騒ぎ出した。


「ショウタ、無事で良かった。心配しましたよ?」

「むー! むーむむー!!」


 その言葉が不服であるかのように少年は目を釣り上げるが、何を言っているのかはわからない。


「や、やはり騎士様のお連れでしたか……」


 村長は冷や汗などを掻きながら言う。金髪と白鎧の女騎士は、その穏やかな態度を崩さない。


「はい。当家に小姓ペイジとして奉公している少年です」

「む、むっ?」


 少年は、『なにそれ初耳』とでも言いたげに首を傾げた。気にもせずに騎士は続ける。エメラルド色の双眸が、優しい光を宿しながら少年に向けられていた。


「私が旅に出る際、身辺の世話をさせるために父がつけてくださいました。そうですね? ショウタ」

「む、むむー?」

「ひとまず彼を自由にしてやっていただけますか?」


 騎士がそういうと、村の男たちは少年を縛る縄を解き、猿轡を外した。彼は男たちに対して、ぺこり、ぺこりと丁寧に頭を下げてから、大股で彼女に向けて歩み寄る。幼い顔立ちの割に、彼の目は座っていた。


「ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとこちらへ」

「あん、ショウタ。強引です。嫌いではありませんが」


 白磁の篭手ガントレットに覆われた彼女の腕を掴み、少年は主人であるらしき女騎士を物陰に連れ込む。


「どういうことですか?」


 物陰で更に腕をぐいと引っ張り、その耳朶に顔を近づけて、少年が小声で問いかけた。騎士はきょとんとした顔で首をかしげる。


「何がですか?」

「あらゆることについてですが! ひとまずは僕が小姓ペイジだとかなんだとかいう話です!」

「ああ、その件ですか」


 騎士はこほん、と勿体ぶった咳払いをしてから、人差し指を立てた。


「いいですか? 私の名前はアイカ・ノクターン。貧乏貴族の三女で、政略結婚の道具に使われるのを嫌い、武者修行と称して家を出ました。現在、放浪中の身です」

「は」

「そしてあなたは、その私の身辺の世話をするためについてきた、ノクターン家の小姓ペイジショウタです」

「よくわからないんですけど」

「そういう設定です」


 女騎士、自称するところによればアイカ・ノクターンが、重々しく頷く。少年はしばらく呆気にとられた顔をしていたが、やがて両手で顔を覆わんばかりの仕草と共に、それは深い深いため息をつく。

 ここにきて、ショウタ少年もようやく主人の思惑をはっきりと理解した様子であった。


「ではアイカお嬢様はなぜこの村に?」

「お腹が減って動けなかったところ、絹を裂くような乙女の悲鳴を耳にしました。義侠心のみで疲弊した手足を動かし、いたいけな娘に襲いかからんとした野盗を退治したのです」


 女騎士は臨場感たっぷりな声音で滔々と語る。


「はぁ、それで」

「その後、娘からキノコをいただきました。とても美味しかったです。私は、娘に案内されてこの村を訪れ、村長から近頃この周囲に盗賊が出ているという話を伺いました。かねてより同様の噂を耳にしていた私は、この村に滞在し、盗賊団をこらしめる覚悟をしたのです」


 この女騎士は当然、アイカという名前ではないし、貧乏貴族ノクターン家の三女でもないし、政略結婚の道具にされそうだったわけでも、武者修行として国内を放浪しているわけでもない。ついでに言えばショウタ自身も、小姓ペイジなどという身分では、決してない。騎士として叙任を受けていないのは確かだが、もうちょっとこう、ご立派な肩書きを持っている、つもりだ。


 彼女は身分を偽ろうとしている。その思惑は理解した。だが、わざわざそうする理由が、ちょっとよくわからない。


「なんでわざわざ名前と身分を変えるんです?」

「だって、私がこんなところで盗賊退治をしているなんて、お父様やウッスアに知られたら、怒られるでしょう?」

「自覚はあるんですね……」


 ショウタが睨んだところで、女騎士はどこ吹く風だ。それどころか彼女は、その整った顔立ちに満面の笑みを浮かべて、ぎゅっとショウタの両手を掴んだのである。あいにく、篭手ガントレット越しに伝わる柔らかさも、暖かさも、湿りけもなく、冷たい金属の感触はショウタの心に何らかの感慨を生むものではなかった。が、


「お手伝いをしていただけますね? ショウタ」


 100点満点の笑顔でそう言われては、断るなどという選択肢は霧消してしまう。

 いや、あるいは元から、ショウタの中にそんな選択肢などありはしなかった。彼は、胸の大きな女性のお願いは断れないのである。


 ショウタは、それでも嘆息ばかりは尽きない自分の心をごまかすために、気取った物言いで答えた。


「仰せのままに、殿下。アリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオ姫騎士殿下」





 アイカとショウタには、村の空家が貸し出された。貴族騎士ノブレス(と、自称する女騎士)を泊めるにはいささかボロの過ぎる宿ではあったが、二人は丁寧に頭を下げて、空家の中へと入った。


「さて、殿下」


 二人っきりになった途端、これである。

 ショウタは両手を腰にあて、そのあどけない顔立ちに似合わぬほど座った目つきになると、アイカ、もといアリアスフィリーゼ姫騎士殿下を、正面から睨みつけるのであった。曲がりなりにも主君に対して向ける表情ではない。

 そう、姫騎士殿下だ。貧乏貴族の三女、アイカ・ノクターンを名乗る女騎士の正体である。貴族騎士ノブレスどころか王族騎士ロイヤルだ。それも王位継承権を有する姫騎士殿下がこんなところにいるなど、村人たちは夢にも思うまい。


「説明していただきたいことは山ほどあります」

「アイカ・ノクターンの設定でしょうか。必殺技とかすごい頑張って考えたんです」

「そういうのは、えっと、あとで聞きましょう」


 ショウタ・ホウリンは宮廷魔法士だ。更に言えば、〝王国唯一の〟という、実に華々しい但し書きが付く。宮廷魔法士と言えば、他国では占い事や魔法理論の研究に明け暮れるのが常だが、魔法文化が未発達な騎士王国では半ばお飾りのような役職だ。伝統騎士トラディションに反発する貴族騎士ノブレスの見栄や思惑などを背景に召抱えられた経緯があって、ショウタ自身は、割と王宮にて自由な行動を許されている。


 アリアスフィリーゼ姫騎士殿下との接触の機会も多かった。


 殿下は若く、美しく、胸が大きい。ショウタは下心3割、好奇心7割くらいの気持ちで殿下と親しくしていたが、徐々に姫騎士殿下の割とアレな言動に振り回される毎日を過ごすことになった。もちろんそれはそれで楽しかったりもしたのだが、物事には限度というものが存在する。


「僕は、朝っぱらにたたき起こされていきなり王都から遠く離れたこの土地に連れてこられた理由を、まだ伺っていないんです」


 ショウタの不機嫌の理由は、まさしくそこにあった。今朝方、姫騎士殿下に寝室を襲撃され、思春期の少年のフクザツな寝床事情を介さぬ殿下にデリケートなアレコレをすべて見られた挙句、状況もわからぬままにここ王国南東部メイルオに連れてこられた。

 そのご尊顔に決意の炎を滾らせた姫騎士殿下は実にお美しく、眠気で頭がよく働かないショウタは唯々諾々と彼女に従っていたが、ある時点で殿下はバタンと倒れ込んでしまった。殿下はおっしゃった。『お、おなかが空きました……』と。


 さもありなん。そんな重い鎧をつけて動きまくっていたのでは。

 ショウタは、殿下にそこを動かぬよう申し上げ、急いで食料になるものを探すべく文字通り飛んでいった。一斤のパンを抱えて戻ってきた頃には、殿下はいらっしゃらず、代わりにガラの悪そうなおじさん達がたくさんいた。言葉を交わすうち、貞操の危機を感じたショウタは賊どもを吹き飛ばし、その後また殿下を探して森の中を彷徨った。


 森を抜け、村を見つけ、ここで尋ねようと思った矢先、村人たちにとっつかまって、まぁそこで殿下を無事再会したという運びだ。


 村人を責めるつもりはない。おおむね殿下が悪いのだ。いったい自分は何に付き合わされているのか? ショウタはそれすら聞いていなかった。


「ふむ」


 姫騎士殿下は、薄桃色の唇でそのように漏らした。


「最近、このあたりに盗賊団が蔓延っていて、付近住民の生活が脅かされている、というのは、先ほどお話した通りですが、」


 殿下は更に、懐から一枚の書簡を取り出す。それを見て、ショウタは目を細めた。


「私が独自に入手した情報によれば、」

「まーた宰相さんにナイショで密偵みっちゃんを動かしたんです?」

「私が独自に入手した情報によれば、」


 姫騎士殿下はその一点を強調する。


「デキシオ鉱山を根城にした盗賊団ということですが、この土地を任せているフラクターゼは重い腰を上げようとしません。彼が貴族騎士ノブレスということもあるのでしょう。おかげで民は苦しめられているばかりなのです。放っておけますか、これが!」


 拳をぐっと握り、力説なさる殿下。エメラルド色の瞳に再び義憤の炎が宿り始めた。

 すなわち、密偵をこっそり動かしたり、あるいは元から密偵の握っていた情報を入手したりで、姫騎士殿下はこの付近にて活動する盗賊団の存在を掴んだのだろう。話を聞き、いてもたってもいられなくなり、武具を携えて王宮を飛び出した。わからなくもない話だ。アリアスフィリーゼ殿下らしいと言えば、殿下らしい。


「それで、」


 と、ショウタは今日何度目かになる溜息と共に尋ねる。


「まぁ、だいたい想像がつくんですけど、わざわざ僕をたたき起こした理由は」

「それは、あれです。このメイルオは王都から遠かったので、ショウタの力で飛んでくれば早いだろうな、と」

「おかげでたいへん疲れましたが」


 土地勘のない場所で転移を繰り返したため、早朝に王都を発ちメイルオに着いたのが正午過ぎだ。ふらふらになった彼の頭を、姫騎士殿下は『よしよし』と撫でてくれたので、気力に関してはいくらか持ち直したのだが、無い袖は触れないし腹が減ってはイロイロ出来ない。

 ひとまずそこで食事にしたのだが、殿下が王宮から持ってきた食料の類は、その場ですべて食べきってしまった。それが、夕刻頃に行き倒れた殿下のお姿に繋がる。


「それでですね、ショウタ。さっき、村長に伺ってきたのですが、森の中や街道に出現することの多かった賊は、ここ数日村の周囲でしきりに見受けられるようになったらしいのです」


 姫騎士殿下がそのようにおっしゃったので、ショウタも頭の中身を切り替えることにした。手伝ってほしい、と言われ、それに頷いたのはショウタ自身だ。


「野盗が村を狙ってるってことですか?」

「可能性はあるかと」

「何のために」

「それは、賊に直接聞いてみないとわかりませんね」


 冗談めかして言う姫騎士殿下だが、おそらく本気で言っているのだろう。


「それでですね、ショウタ。ショウタも知ってのとおり、この国で迂闊に魔法を使うと、すぐに王宮に連絡が行ってしまうので、原則としてショウタは魔法を使わないように」

「殿下だけにはお話しましたけど、僕のアレは魔法じゃないんですけど……」

「同じことです。不思議パワーは使用禁止。よいですね?」


 ショウタが宮廷魔法士として召抱えられる経緯を思えば、姫騎士殿下のお言葉はもっともである。彼は頷かざるを得ない。


「でもそれだと、僕、完全に役立たずですよねぇ……」

「賊の10人や20人、師匠マイスターゼンガーより賜った剣技で、どうとでもなります。ショウタは、村人に被害が出ないよう配慮していてください」

「30人くらいいたら?」

「ちょっと考えます」


 ショウタは、数刻前に森の中で出会った野盗どものことを考えていた。あれが姫騎士殿下の言う盗賊団なのだろうか。実際、10人ちょっとの彼らを、殿下は空腹という(彼女からすれば)圧倒的なハンディキャップを伴う中でいとも簡単にノしてしまったのだから、その言葉に嘘はないのだろう。

 ショウタはまだ釈然としないことがいくらかあったのだが、思考は中断を余儀なくされる。ボロ屋の扉を叩く音があったのだ。


「入ってます」

「違うでしょ」


 とぼけたことを抜かす殿下をたしなめて、ショウタはノックの主に告げる。


「どうぞ」


 がちゃり、と扉が開き、少女がおずおずと顔を覗かせた。


「あの、騎士様、ショウタ様、お夕食の支度ができたのですけれど、よろしければ……」


 もうそんな時間なのか。こちらでは時間を測る術が太陽の動きくらいしかないので、立て続けになにかある日だと感覚が狂う。

 ショウタは殿下を見る。卑しくもこの国の未来を担う若き姫騎士は、ものすごい勢いで首を縦に振っていた。口元からは涎が垂れていた。はらぺこ殿下だった。

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