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騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
24/91

   第22話 仁義なき激闘!女騎士対女騎士

 グランデルドオ騎士王国で一番強い騎士の名を挙げよと問われれば、人々は騎士剣聖ゼンガー・クレセドランの名を挙げるだろう。

 グランデルドオ騎士王国で一番有能な作戦家の名を挙げよと問われれば、人々は騎士提督コンチェルト・ノグドラの名を挙げるだろう。

 グランデルドオ騎士王国で一番戦略眼に長ける者の名を挙げよと問われれば、人々は騎士参謀エコー・リコールの名を挙げるだろう。


 では、騎士王国でもっとも将才に長けた人物が誰であるか。指揮官権限を持つすべての騎士に100名の兵を与え、戦わせたとき、もっとも効果的な結果を導き出すことができるのは誰かと問われれば、人々は迷わず騎士将軍アンセム・サザンガルドの名を挙げる。


 戦闘ならば、ゼンガーにやらせよ。

 戦術ならば、コンチェルトがいる。

 戦略ならば、エコーに任せればよい。


 だがそのすべてを包括する、すなわち戦争目的に沿った戦略を立て、状況や環境に応じた効果的な作戦を立案し、それに従ってもっとも有効な陣頭指揮を執ることのできる人間は、アンセムをおいて他にない。その事実こそが、騎士王の信頼をもっとも厚くする何よりの理由であり、王立騎士団の実質的な最高司令官たる所以なのである。


 アンセムはその時、マーリヴァーナ要塞線の執務室にて、書類の整理をしていた。

 この一週間で急激に増加している獣魔族災害の対策が急がれている。隣接する領地の領主達と密接に連絡を取り合い、要塞線に常駐する騎士団を動かすより他はなかった。それぞれの領地にも、領主のもとで編成された専属の騎士団は存在するが、練度の点で大きく劣る。これだけの数の獣魔族災害に迅速に対応するには、やはり王立騎士団の動きが必要不可欠だ。

 周囲の領地を治める、わからず屋の伯爵達との折衝が悩みの種だ。要塞線内でも、貴族騎士ノブレスの高級将校達の、非協力的な態度が目立つ。こうした状況においても既得権益だの保身だのにこだわる一部の貴族の言動はとうてい理解しがたいものがあったが、それはそういうものとして、付き合っていくしかない。


 何よりそうした身勝手さが、貴族騎士ノブレスのみの物かと言えば、そうしたことでもないのだ。


 近辺の領主の中でも、影響力の強いゴンドワナ侯爵が、アンセムの方針に比較的理解を示してくれているのがせめてもの救いである。魔法推進派の中核人物であるかの侯爵は、アンセムと付き合いも深い。彼が周囲の領主達をなだめてくれるおかげで、なんとか各地との連携が取れている状況だ。


 こうした問題は、氷山の一角に過ぎない。ここ200年近くは〝死の軍勢〟による侵攻もなく、騎士王国を巻き込む規模の戦争もないではなかったが、いずれも致命的なものには至らなかった。長年の平和が、プライドを腐敗させ、対立構造を深めている。

 アリアスフィリーゼ姫騎士殿下にも、そうした騎士王国の状況を理解していただきたい。アンセムが殿下を要塞線に招いた理由のひとつだ。理解したところで、すぐに何かしらの対策を打ち出せる状況でないことは承知しているが、いずれは国の指導者となる身上である。解決しがたい問題に触れておくのも、大事なことである。


 アンセムが書類の整理を終えようとしたとき、執務室を轟音と振動が襲った。


「む……」


 机の上に積み立てた書類が崩れて宙を舞う。アンセムは机に座したまま素早く腕を動かし、すべての書類を引っつかんだ。何事もなかったかのように、再び書類をまとめ、机の上に置く。


「サー・ジェネラル・アンセム!」


 執務室の扉を、慌ただしく叩く音がある。アンセム・サザンガルドは、いつもの低く鋭い声で入室を許可した。


「入れ!」


 扉を開け、ひとりの貴族騎士ノブレスが狼狽もあらわに部屋へ飛び込んでくる。高級将校の一人だ。侯爵マーキスにして百騎士長メイジャー。ヨーデル・ハイゼンベルグである。

 普段はジェネラル・サザンガルドに対して高圧的な態度を見せるイヤミな男も、この時ばかりは素の表情が出ている様子だった。

 この要塞線を揺るがすような事態は、そうそう発生するものではない。非常事態か? と思いつつも、アンセムは平静を崩さなかった。


「何があった?」

「ディム・キャロル・サザンガルドと、ディム・アイカ・ノクターンが、その、演習場で私闘を!」

「うむ?」

「ひっ」


 別に敵意を込めたつもりはないが、確認の意味を込めて睨み返すと、ハイゼンベルグ侯爵はピンと背筋を張った。

 キャロル・サザンガルドは血縁上アンセムの娘となるが、王立騎士団の指揮官としてここに座っている間は、数多の部下の一人として扱う。父娘の情など介在する余地はないと、周囲に対してもはっきり示すためだ。


 典型的な伝統騎士トラディションとしての考え方をするキャロルのことである。新顔の貴族騎士ノブレスであるアイカに、喧嘩をふっかける流れであったとしても、それはアンセムにとって容易に想像のつく話であった。キャロルには、アイカの正体を伝えてはいない。


「私闘といっても、訓練の範疇であろう。問題はない」

「しかし、伝統騎士と貴族騎士の手合わせは……」

「明確な禁止規定は存在しない。両者が過去に残した風潮が今も続いているに過ぎん」


 アンセムがそう言ったとき、またも轟音が要塞線に響いた。天井からパラパラと落ちてくる粉埃に、ヨーデル・ハイゼンベルグは身をすくませる。


「だが、どうやら彼らがやりすぎなようなのは把握した。これ以上、二人が周囲を顧みないようであるのなら、ワガハイが直接出よう」

「し、しかしジェネラル! ディム・アイカは……!」

「彼女はあくまでも貴族騎士ノブレスアイカ・ノクターンだ。貴公は妙な心配をせずともよろしい」


 サー・ジェネラル・アンセム・サザンガルドは、ようやく椅子から立ち上がる。彼もこのあと、集団演習に立ち会う予定であったのだ。書類の整理も片付いたところであるし、とっとと演習場へ向かうとしよう。

 アンセムは振り返り、ヨーデル・ハイゼンベルグに『来るかね?』と尋ねた。男はしばしの逡巡の後、ためらいがちに頷いて、彼のあとをついてきた。






Episode 22 『仁義なき激闘!女騎士対女騎士』

FATAL PRINCESS of the KNIGHT KINGDOM



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 時間を少しだけ戻そう。

 演習場において、アイカ・ノクターンとキャロル・サザンガルドが対峙するのを、皆、固唾を飲んで見守っていた。伝統騎士トラディション貴族騎士ノブレスの手合わせは珍しい。かつてキャロル個人が喧嘩をふっかけたことは度々あったらしいが。


 アイカは模擬剣を片手に、キャロルの立ち姿を観察する。

 赤い甲冑は、アイカの纏うものに比べればいささか軽装だ。軍服じみた鎧下ギャンベゾンの布地がしっかりと見える形状であり、ポイントアーマー状に各部位を覆っている。脚部に至ってはキュロットから地肌が覗くほどで、脚線が月光を照り返していた。左腕には楕円状のバックラーを装着している。

 相手の懐へ踏み込み、反撃を捌きながら素早く貫き倒す。

 黒竜式戦術剣技の、基本理念のひとつだ。ヒットアンドアウェイを多用する為、装備は比較的軽装になりがちである。得物としている模擬剣も、軽量のものを選択している様子だった。


「騎士将軍アンセムの子、伝統騎士トラディションキャロル・サザンガルド!」


 抜剣礼と共に、キャロルが名乗りを挙げる。アイカもそれに習い、剣を立てた。


「子爵エレジーの子、貴族騎士ノブレスアイカ・ノクターンです」


 彼女の名乗りを前に、演習場にざわめきが伝播する。キャロルは模擬剣の切っ先をこちらへ突きつけて、不愉快そうに叫んだ。


「貴様、よりにもよって自らの名を鞘付きで挙げるのか?」


 この時アイカは、模擬剣の剣身に鞘を被せたまま、剣を立てていた。

 騎士の魂である剣を抜き放つということはすなわち、抜き身の心を相手にひけらかすと同義である。そこに虚偽の申告があってはならず、そのため、騎士は剣を抜いた以上、真実のみを口にしなければならない。

 騎士としての名乗りを、鞘付きで挙げることは相手に対する礼を失した行為であり、恥ずべき行いだという共通認識が、すべての騎士の間には存在した。


 とは言え、アイカは今、本名を名乗るわけにはいかないのであって、鞘付きで応対するより他はない。


「無礼は承知の上です、ディム・キャロル。ですが礼を失しようと、私の剣に曇りはありません」

貴族騎士ノブレスの言うことは、厚かましいものだな!」


 やはりどうも、キャロルの神経を逆なでしてしまったらしい。周囲の伝統騎士トラディション達からも、彼女の無礼を咎める声があがり、キャロルはそれを追い風とするように、一気に大地を駆けた。

 速い、と気づいた頃には、彼女の身体はこちらの懐へ潜り込む。反応は辛うじて間に合った。踏み込みと共に真っ直ぐに突き出された模擬剣の切っ先が、アイカの肩を掠める。夜風になびく金髪の数本が絡め取られ、キラキラと夜の帳に散っていく。


「ディム・キャロルの初撃をかわした!?」

貴族騎士ノブレスがか……!?」


 伝統騎士トラディションたちが動揺の声をあげる。


「さすがだ、ディム・アイカ!」

伝統騎士トラディションの野蛮人どもに、貴公の力を見せてやってくれ!」


 貴族騎士ノブレスたちが、快哉を叫ぶ。


 どちらも決して耳心地のいいものではない。アイカは距離をとって、苦い顔をしながら剣を構え直した。彼女の得物の持ち方を見て、キャロルはその鷹のような双眸を細める。


月鋼式戦術騎士道タクティカルナイトアームズ……!」

「ご存知でしたか。さすがですね、ディム」


 王国南方を守護するクレセドラン家に伝わるとされる戦闘技法である。騎士王国に数多く存在する戦術騎士道の中でも、最強の呼び声が高い。伝統騎士トラディションの間でも、騎士剣聖と月鋼式戦術騎士道タクティカルナイトアームズに強い憧れを抱く者は多く、その技法を貴族騎士ノブレスであるアイカが修得しているという事実が、混乱と動揺をさらに伝播させた。


「ディム・キャロル。私個人をどう貶めようと構いませんが、貴族騎士ノブレスそのものに対するような物言いは、撤回していただきます」


 静かに語るアイカの言葉には、わずかな憤りがこもる。


「ほう……?」

「相手の立場のみを見、それをひとまとめに括って評することが、あなたの瞳を曇らせているとお気づきにならないのですか?」


 それは何も、キャロルのみに対して向けた言葉ではない。アイカは、この伝統騎士と貴族騎士の対立構造を体現したような訓練風景に、怒りのような感情を覚えていたのだ。

 ショウタに『直で見るとショックですか?』と聞かれたことを思い出す。

 あの部屋では曖昧にはぐらかしたものの、実際に考えてみればショックであった。伝統騎士トラディション貴族騎士ノブレスも、共に国と民を護る大切な仲間であるはずだ。騎士王より賜った騎士の位は、決して軽いものではない。それが卑しくも、互いのプライドのためにいがみ合う現状は、姫騎士プリンセスアリアスフィリーゼにとっては、大いにショックであった。


 だが当然、そのようなアイカの心境など、キャロルが知る由もない。彼女はふっと笑い、剣を構え直した。


「貴様も騎士ならば、その剣で語って見せろ!」


 黒竜式戦術剣技は、刺突に特化した流派である。知名度においては月鋼式戦術騎士道タクティカルナイトアームズに譲るが、これもまた類稀なる妙剣であることは間違いない。何よりキャロルは、代々その技法をつないできたサザンガルド一族の血を引いている。


「鞘付きとは言え、貴様の力量は偽れまい! 言葉を曇らせたのは貴様自身だ。ならば、偽りなきその技で私を説いてみせろ!」


 伝統騎士らしい理屈の展開だ。アイカとしても大いに理解できるところではあったが、力を持つものが力の正当性を説くその論旨に、なおさら怒りを募らせる。


「あなたはわからず屋ですか! 脳筋ですか!?」


 今度はアイカから仕掛ける番となる。甲冑を軋ませ、大地を駆ける。横一文字に薙ぐ剣を、キャロルはひらりとかわした。

 そのまま反撃の刺突に転じるキャロル。アイカは、鞘付きの模擬剣でその一撃を防ぐ。


「ノウキンとはどういう意味だ!」

「脳まで筋肉になっていることです! ショウタが言ってました!」

「私がそうだと言うのか!?」


 いきなり睨みつけられた見学席のショウタは、とばっちりを受けたようなものだった。自分の顔を人差し指で示した後、思いっきりかぶりを振って否定する。もともと脳筋とはショウタがアイカを形容するために用いたものなので、婉曲的にはアイカとキャロルは似た者同士ということになる。

 が、当然アイカにそのような自覚はない。彼女はキャロルのわからず屋な態度に業を煮やしていた。

 繰り返される剣戟のさなか、徐々にギアが上がっていく。アイカの剣の振りが、少しずつ早くなっていく。


「たあぁぁっ!」


 次に放った一撃を、とうとうキャロルは避けそこねた。剣の重量に鞘の重量、更には篭手ガントレットの重量までが乗せられ、空を切り裂く速度と共に彼女の細身に叩きつけられる。キャロルは辛うじてバックラーを盾に、衝撃を逸らすことに成功したが、殺しきれなかったインパクトが彼女を空へ高く放り投げる。


 アイカは追撃に転じた。大地を蹴り、甲冑を軋ませ、自然落下をはじめたキャロルに向けて再度鞘付きの模擬剣を叩きつける。


「せあぁぁっ!」

「っあ……ッ!」


 キャロルの唇から漏れた苦悶の音は、置き去りにされた。振り抜いた剣の勢い。果たしてキャロル・サザンガルドの肉体は遠く飛び、高くそびえるマーリヴァーナ要塞線の壁に激突する。瓦礫と砕けた石壁が飛び散り、砂塵をもうもうと巻き上げた。


 一同、絶句である。

 騎士隊長ルテナントキャロル・サザンガルドと言えば、マーリヴァーナ要塞線でも上位に食い込む実力者だ。それがこうもあっさり、新顔の、それも貴族騎士ノブレスに叩きのめされるとは。事態を受け入れられない伝統騎士トラディションと、予想外の戦果に沸く貴族騎士ノブレスで、反応が真っ二つに割れる。

 これはこれで良い反応ではない。この舞い上がった貴族騎士ノブレス達にも、なんらかの形で考え方を改めてもらわねばならないが。


 と、アイカがそう考え、要塞線に背を向けた、正しくその時だ。


 背後で、凄まじく膨れ上がる闘志があった。膨張した感情は圧力を孕む。それが時として殺意や敵意として、達人同士のやりとりにおける指標となるが、アイカがその時感じたのは、まさしくそれであった。

 それは、怒りとも嘆きとも離れた、純然たる戦闘意思。誇りとも慢心ともはるかに遠い位置に存在する戦士の魂である。


 直後、アイカの背中に凄まじい重量の衝撃が着弾した。

 わずかに狭い一点のみを目指し放たれた、超高速の刺突。鉄板すらもえぐり抜く、杭打ち機のような一撃が、アイカを突き飛ばしたのである。衝撃は、アイカの肺からすべての空気を追い出した。息苦しさと鈍痛に目を剥きながら、アイカ・ノクターンは演習場を転がっていく。


「なかなかやるな……、ディム・アイカ」


 そこには、全身に擦り傷を見せつつも、悠然と立つキャロル・サザンガルドの姿があった。


「形だけの月鋼式戦術騎士道タクティカルナイトアームズではない、ということか」

「………!」


 篭手ガントレットをブレーキになんとか停止し、うつぶせの姿勢でアイカはキャロルを見上げる。


「だが、私の心に届かせるには、まだ、浅い!」


 キャロルの右腕が掻き消える。うつ伏せのアイカめがけて、容赦ない刺突の雨が降り注いだ。アイカは腕を立て、そのまま前転倒立の姿勢から、腕のバネだけで空中へ跳ねた。ほんの刹那の遅れをもって、刺突の雨は地面をえぐり、土を散らす。


 キャロルは冷静にアイカの落下地点を見据えた。模擬剣を引き、その予測地点をめがけた一撃の準備を整える。

 アイカは空中にて自らの鞘を抑えた。柄を握る腕に力を込めて、鞘走りと共に気勢と為す。

 宵闇の中に、月光を穿つ抜き身の刃が解き放たれた。


「とぁあああああああぁぁぁぁぁぁ―――――ッ!!」


 斬壊剣ざんかいけん月穿つきうがち

 模擬剣の刃は鈍く、宵闇に浮かぶ星々の輝きを照り返さない。だがこの一瞬、まさしく剣のひと振りこそが、地上に顕現した彗星であった。剣圧を伴った衝撃波は大地を叩き割り、土と埃と瓦礫を巻き上げていく。余波はのんきに眺めていた他の騎士達にも及び、彼らは悲鳴をあげて逃げ惑った。訓練教官とて然りである。


 その衝撃波の中枢にいたキャロルは、そのバックラーで見事にインパクトを逸らしていたが、完全に迎撃が出遅れ、アイカに着地の猶予を与えてしまう。すぐさま大地を蹴って駆け出し、そしてまた、ディム・キャロル・サザンガルドの右腕が掻き消える。


雨崩羽ブラスティングレイン!」


 着地の隙を狙った連撃に、アイカの反応は間に合わない。鎧に覆われていない顔のみを、篭手ガントレットと剣で猛攻から防ぐ。無防備となった身体に、刺突の雨が降り注いだ。

 頑健な甲冑と鎧下ギャンべゾンを貫いて、衝撃は的確に、アイカの肉体へ通達する。本来刺突撃とは、鎧の隙間を縫い内部へダメージを与えるものだったが、黒竜式戦術剣技とは、一点突破によって生じる凄まじい運動エネルギーの密度を、強引なる貫通技へと昇華させたものである。キャロルの右腕は、まさしく杭打ち機、あるいは掘削装置そのものであった。


「うああ……あッ……!」


 連撃の締めに放たれた渾身の突きが、アイカの胸当てキュイラスに突き立った。遅れた衝撃が内臓にまで到達する。心臓と肺を揺らされて、アイカの身体は大きく仰け反った。生じた致命的な隙。キャロルの初めて放った薙ぎ払いが、アイカの肉体をさらに放り投げる。無様に地面を転がるのは二度目だ。周囲の騎士や小姓ペイジ達が、やはり悲鳴をあげて逃げ惑う。


 アイカは辛うじて、立ち上がることに成功した。全身が痛む。キャロルの素早く重い一撃を前に、彼女の甲冑はまったくといっていいほど、意味を成していなかった。

 しかし鎧を脱ぐか、という選択肢は、キャロルの突きの速さを見れば無謀な賭けに過ぎない。彼女の精緻かつ俊敏な刺突は、無防備になったアイカの身体を容易の捉えることだろう。


 だが、一撃の重さを言うならば、まだアイカの方に分がある。アイカは再び、斬壊剣の姿勢を整えた。

 広範囲にわたって放たれる月穿の衝撃を、一点にまとめる。多大な集中力を要すが、キャロルを確実に仕留めるにはそれしかない。ここで手を抜き、彼女に破れるなどということは、あってはならなかった。

 この時アイカは、自分が何のためにこの戦いに臨んでいるのかを完璧に失念していた。

 当初は、単にキャロルの挑戦を受けるつもりであり、それが徐々に、キャロルの貴族騎士に対する偏見を正そうとするものに代わり、そして今、この戦いに勝利することそのものが、目的にすり替わってしまっている。


 無論、挑まれたからには勝たねばならないし、ここで勝たねば、自らの正当性をキャロルに説くことはできない。だが、そうした目的を果たす上で必要な冷静さは、アイカの思考からは完全に失われていたのである。


 アイカの動きを見、キャロルも安易には仕掛けてこない。こちらが必殺の体勢を整えつつあることを悟ったのだ。彼女も腰を落とし、剣を持った右手を深く引いた。まさしく弓を引き絞るような仕草は、彼女もまた、それを奥義で迎え撃とうという意思を示しているにほかならない。


 月下の演習場に、静かな風が吹く。

 ここまでくればその場の誰もが、野次を入れることなどかなわない。ただ、次に訪れるであろう必殺の一瞬を見逃すまいと、固唾をのんで見守るだけであった。


 わずかな空気の乱れが、引き金となる。振り絞られた力が、臨界点に達した。


貫翔爆砕弩ペネトレイトバスターッ!」

天崩あまくずしッ!」


 引き絞られた刺突撃は弩弓となって地を砕き、溜め込まれた斬撃は大斧となって天を崩す。

 キャロルの剣はアイカの肩を掠め、アイカの剣はキャロルの足を掠めた。どちらも致命打には及ばない。標的を違えた両者の剣は、しかし勢いを殺すこと叶わず、方や空に、方や大地に、それぞれ叩き込まれるはずのなかった必殺の衝撃をもたらした。

 それは轟音となって空間を揺らす大破壊である。演習場の周囲に設けられた小屋は、放たれた刺突の空振りの煽りを受けて、まるで枯葉のように宙を舞っていく。斬撃は大地を割り、演習場に致命的な変容をもたらした。何の変哲もない平地に、突如として山と谷を生んだのである。観戦していた他の騎士たちは、ただただ吹き飛ばされないように手をつなぎ、地面に臥せっているしかなかった。


「くっ、避けられたか!」

「次は外しません!」


 両者は飛びのき、再度互いの得物を構え直す。まだやるのか、という空気が、とうとう騎士たちの間にも生じ始めた。これ以上この戦いを続けられれば、いよいよもって彼らの命も危うくなる。演習場とて無事では済まない。要塞線にも致命的な打撃があるかもしれない。

 今や演習場は、以前の見る影もないほどに変形してしまっていた。斬撃と刺突、そこから生じる衝撃波の嵐によって、大地はえぐれ、あるいは隆起し、もはや常人にとっては歩行すら困難な場所と化していた。これではこの後に控える集団演習もままならないだろう。


「そ、そ、そこまでだっ! 両者、そこまでっ!」


 教官が慌てて、二人に停戦を呼びかけた。このような戦いを前にして、もはや威厳も何もあったものではないが、とにかく、これ以上この場をめちゃくちゃにされるわけにはいかないのである。

 だが、当然というべきか、ふたりは耳を貸そうとはしなかった。


「何故ですか、教官!」

「口出しは無用! 騎士と騎士の戦いだ。最後まで……」

「何をしておるかッ!!」


 その時、まったくの別方向から、天地をつんざくほどの叱責が、変わり果てた演習場に響く。その声を聞いた瞬間、互いに剣を構え、にらみ合っていたアイカとキャロルは、まるで条件反射であるかのように、背筋をぴんと張った。

 直立不動で声の主を迎え入れたのは、何もこの二人だけではない。教官も、他の騎士たちも、あるいは小姓ペイジ達も、ほぼ一様に背筋を伸ばし、姿勢を正していた。


 猛禽の眼光を金色の双眸に携えた、鷲鼻の巨漢。


 サー・ジェネラル・アンセム・サザンガルドである。

 彼は後ろに、高級将校と思しき一人の貴族騎士ノブレスを連れていたが、その場の一同の視線は間違いなくアンセム・サザンガルドに向けられていた。


「教官が剣を収めろと言った以上は、収めろ! 貴様らは、この場においては自らの誇りよりも規律を優先せねばならん立場にあることを忘れるな!」

「「はっ、サー・ジェネラル・アンセム!」」


 びしりと騎行敬礼をし、アイカとキャロルはまったくの異口同音で答えた。

 アンセム・サザンガルドの登場に、アイカは全身から冷や汗を垂らし始める。冷静さがようやくになって、彼女の心へ戻ってきた。この演習場の変わりようを見よ。明らかにやりすぎである。これからアンセムのきついお叱りが飛んでくるのは、想像するまでもないことだった。

 だが、冷や汗を垂らしていたのはアイカだけではない。彼女の横に並び立つ真紅の女騎士キャロル・サザンガルドさえも、両目を見開き、呼吸を荒くし、その端正な顔に夥しいかずの水滴を貼り付けていた。視線の先には、当然、アンセムの姿がある。


 アンセムは、演習場の成れの果てに視線をやり、しばらくそれを眺めていた。緊張が、いやがおうにも高まっていく。


「ディム・ルテナント・キャロル・サザンガルド」

「は、はッ! なんでありましょうかッ!」


 キャロルは、いささか裏返った声を張り上げた。


「事情を説明しろ」

「え、は、はっ。こ、これはその……私と……あの、」

「報告は簡潔にせよ、騎士隊長ルテナントキャロル!」

「了解です、サー・ジェネラル・アンセム!」


 先程まで不敵な笑みを浮かべていた女騎士の姿は、もうそこにはない。


組手スパーリングにおいて、ディム・アイカ・ノクターンと剣を交える約束を取り交わし、た、鍛錬に励んでおりましたッ!」

「申し出たのはどちらだ」

「私であります! サー・ジェネラル・アンセム!」

「ふむ……」


 アンセムは顎を撫で、視線をアイカに移す。アイカもまた、その身体をびくりと震わせた。


「相違はないか? ディム・アイカ」

「え、あ、はいっ! ないですっ! そのとおりですっ!」

「了解した」


 鷲鼻の騎士将軍は頷き、再びじろりと二人を睨む。


伝統騎士トラディション貴族騎士ノブレスの垣根を越え、互いに力量を高め合うその姿勢は実に結構なものである。その心を維持し、今後も、騎士の模範となるよう努めよ」


 出てきた言葉は存外に優しい。アイカもキャロルも、ほっと胸をなで下ろす。が、


「しかし!」


 アンセムのその言葉を受け、再び背筋を張った。


「騎士とはただ戦い勝利を求める狂戦士ではない! 常に守るものを持ち、そのために剣を取るのだということを忘れるべきではない! 貴公らも、そのことを胸に抱き日々の精進をしてきたとワガハイは考えていたが、違うかね?」

「ちっ、違いません! 違いません!」

「おっしゃる通りでありますッ!」


 アイカとキャロルの言葉は、もはや悲鳴に近かった。

 騎士とは守るもののために剣を取るもの。当然だ。常にそう考え、剣を握ってきたつもりであった。だがそれを考えれば、力を出しすぎて周囲に致命的な損壊を撒き散らすアイカのやり方は、決して正しいものではない。

 今回に限ったことではないのだ。こうして面と向かって断言されると、やはり堪える。

 次にアンセムが語る内容も、察しがつくものであった。


「で、あれば、いたずらに力を振るい、演習場や要塞線、あるいは多くのともがらを巻き込もうとした貴公らの戦いは、騎士としては決して賞賛されるものではない! 猛省せよ!」

「「申し訳ありませんでした、サー・ジェネラル・アンセムッ!!」」


 胸を張り、騎行式謝罪礼と共にふたりは答えた。


 その場には沈痛な空気が流れる。伝統騎士と貴族騎士のプライドを(外野から勝手に)背負わされた二人の戦いは、騎士将軍の一喝によって中断されてしまったのだ。

 教官はおずおずと騎士将軍に歩み寄り、このように発言した。


「あの、サー・ジェネラル・アンセム、このあとの集団演習の件ですが……」

「うむ、予定通り行う」


 なんでもないことのように、アンセム・サザンガルドは答えた。その後、まだ緊張が解けない様子の、やんちゃ者2名をじろりと睨む。


「この2人はワガハイが預かろう」


 2人はビクリと肩を震わせて、泣き笑いのような表情を作った。


「ディム・アイカ及びディム・キャロルは、第二演習場へ向かえ。いい機会なので、戦略級特異個体を相手どった場合の実戦演習を行う。ディム・アイカは、もともとオークの討伐法を学ぶためにやってきたはずだが、その件は明日以降、別の機会に行う。良いな」

「は、はい……」


 その言葉は、この特別演習が事実上の懲罰であることを如実に示すものであった。サザンガルド式訓練方法の中でも、もっとも過酷なひとつが、これより2人を待ち受けているのだ。


「では行け」

「はい……」

「了解いたしました……」


 アイカとキャロルは、しょんぼりした様子で演習場を後にする。傍から眺める小姓ペイジの中で、ショウタが心配そうに眺めているのを振り返り、アイカは少しだけ力ない笑顔で手を振ったが、またすぐに肩を落としてトボトボと歩き始めた。


 さて、まだ何か言いたげなことがあるのは、教官である。


「サー・ジェネラル・アンセム、あの……」

「なんだ」

「対オークを想定した実戦演習は、その、平地で行う予定でして……。この演習場ではとても……」

「心配はいらん。すぐに戻す」

「はっ……?」


 アンセム・サザンガルドは、なんでもないように言って軽くジャンプすると、演習場に築かれた小高い山に飛び乗った。高さ10メーティアほど。アイカとキャロルの激突の凄まじさを物語るモニュメントである。


 アンセムはその山の上で腕組みをし、片足で頂上を踏みつけた。


「ふゥン!!」


 瞬間、山が崩れ、積み上げられた土砂が散って、そこかしこに掘られた谷やクレーターを埋めた。さらに2度、3度地面を踏みつけると、大地は完全に平らになり、あれだけの惨劇があった演習場はほとんど元通りとなる。


「さすがに小屋などは戻せんが、予定通りの演習を行う上では問題はないはずだ」


 アンセムはさほど疲れた様子もなくそう言って、一同に向き直った。


「では、貴公らは変わらず訓練に励むよう。近頃、騎士王国で獣魔族による災害が頻発しているのは、知っての通りだ。人々は騎士の力を必要としている。今こそ我々がひとつに結束し、剣なき人々の盾となり、盾なき人々の剣とならねばならん。ワガハイからは、以上だ」


 アンセム・サザンガルドは、その大木を思わせる頑健な両足で、大地を蹴った。200セルチメーティアの巨体は、まるで投石器にかけられたかのように弓なりに飛んでいき、やがては宵闇の向こうへと消えていった。


 大したジャンプ力であった。

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