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プロローグに代えて ~アリアスフィリーゼ姫騎士殿下についての雑評

グランデルドオ騎士王国 デルオダート宮殿

『我が麗しの姫に関する報告書』

 ―――あなたは、アリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオ姫騎士殿下をどう思いますか?


グランデルドオの今代騎士王には同情する。唯一の王位継承者が、あのようなじゃじゃ馬のぽんこつとはな。

   ――― 帝国 ゼルシア自治領長 ランヴィスド・ノルンバッカー


剣の腕はそこそこという話ですが、使い手が使い手では……。

   ――― 〝剣の城〟庭師 シャイラード


顔はいい。

   ――― 宇宙からきた面食い野郎


姉の身に不幸さえなければな……。

   ――― 知ったような口を聞くエルフ


吾輩は噂にしか聞いたことがないが、たいそう残念な女性であるそうだな。

   ――― カラバ公国 ペロー領領主 シャルル


商品価値は中の上といったところか。

   ――― 大陸商会ギルド西方支部長 〝鷹の目〟メテミッカ


彼女は愚かなのではない。ただまぁ……ちょっとアレなだけで。

   ――― ディミンシャウ図書公国 館長大公 ヨンカラ


ああ、ぽんこつ殿下のことだろ? 知ってる。

   ――― 激烈ライトニング仮面




「こんなものを陛下のお目に通すわけにはいかんだろう!」


 騎士王国の内政を一手に引き受ける宰相ウッスアには、目下の悩みがいくつかある。

 その中で一番、彼の胃腸を刺激してやまない懸案事項といえば、騎士王国唯一の王位継承者たるアリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオ姫騎士殿下の、日頃の行いが、その、なんというか、控えめに言って残念極まることであった。


 幼少時より文武において英才教育を施された姫騎士殿下は、頭脳明晰、勇猛果敢、誰よりも民草を愛し義に滾る、素晴らしい人柄をお持ちの女性であらせられる。

 ただし、カタログスペックが必ずしも実際の性能をすべて物語るかと言えば、そんなことはない。姫騎士殿下は、ぽんこつであった。


 例えば、専属の家庭教師について勉強なされていた時のことだ。

 旅の占い師より不吉な宣告を受けた姫殿下のために、騎士王陛下は彼女に優秀な家庭教師をお付けになった。帝国の中央大学を主席で卒業したエルフ族の娘である。姫殿下の勉強っぷりは、その家庭教師をして感心させるほどのもので、姫殿下は政治や経済に関する知識を次々と吸収していった。気を良くした家庭教師は『なんでも覚えておいて損はありません。いつか披露する時が来るでしょう』と説き、姫殿下はその教えを忠実に守られた。

 後日、王族と一部の高級官職にしか知られていないはずの、王宮の隠し通路の詳細が外部に露見した。

 密告者をあぶり出す為の捜索が日夜続く中、御歳8歳のアリアスフィリーゼ姫殿下は胸を張ってこうおっしゃった。


『私が教えました』


 王宮は後日新しく建て直されることとなり、姫殿下は騎士王陛下と宰相と将軍にこっぴどく叱られた。


 こんなこともある。剣の師匠につき、武術の鍛錬をなされていた時のことだ。

 姫殿下に剣を教えたのは、国内最強と謳われた一人の騎士だ。若き剣聖は、その荷の重さに押しつぶされることもなく、真面目に姫殿下を鍛え上げた。姫殿下もまた、いつか姫騎士として叙任を受ける日のことを思い、ただ実直に鍛錬に励んだ。王族であることに慢心せず、ひとつひとつの基礎を着実にモノにしていく姫殿下に、剣聖はいたく感心し、『その力を、貴女の大切な人々の為に使うことです』と説いた。姫殿下は、決意を秘めた表情で、深く頷かれた。

 後日、王宮の壁が大きく抉られているのが発見された。

 もしやと思い、御歳10歳のアリアスフィリーゼ姫殿下を呼び出したところ、殿下はやはり胸を張ってこうおっしゃった。


『宮廷侍女達の嫌いなゴキブリがいたのです』


 王宮は後日新しく建て直されることとなり、またも姫殿下は騎士王陛下と宰相と将軍にこっぴどく叱られた。


 極めつけは、4年前の叙任式である。この式典にて殿下はぽんこつっぷりを国外に広く知らしめることとなった。

 姫から姫騎士になるための〝叙任〟は、帝都にて皇帝直々の手によってなされる。これは、騎士王国がかつて帝国領であった名残だ。騎士王国の王族は代々、15歳で成人すると共に帝都へ趣き、騎士の称号を賜る。


 この頃には、騎士王国にも様々な不幸が続いていて、姫殿下は王家の希望であった。ただ、姫殿下の問題っぷりはもう周知のものでもあったので、叙任式典という大舞台で何かをやらかさないかというのは、関係者の不安のタネでもあった。ウッスア宰相は式典の為に一挙手一投足を細かく指示したカンペを作成し、きちんと覚えてこの通り喋るよう姫殿下に申上した。殿下は神妙な顔をし、カンペを食い入るように読んだ。もともと頭のよい姫殿下である。カンペの内容は完全に記憶した。

 そして宰相の申上に従い、一語一句正確に喋ってみせた。

 細やかな演技指導はもとより『これだけは絶対にしないように』という注意書きを含め、洗いざらいをぶち撒けてしまった。アリアスフィリーゼ姫殿下の奇行は多くの来賓を唖然とさせた。


 叙任を執り行う予定だった皇帝聖下は大爆笑していた。


 この一件以降、『グランデルドオ騎士王国の姫騎士は、美人だがぽんこつらしい』という評判が世界各国へと広まった。それから4年を経た今現在、これらの評判は沈静化するどころか悪化の一途をたどっている様子で、それがとうとう、今回の報告書で確定的なものとなってしまった。


 ゆえにウッスア宰相は頭を抱えてしまうのだ。


「しかし宰相閣下、報告書を捏造するわけにも参りません」


 報告書を持ってきた密偵の言葉に、ウッスアは渋面を作る。


「当然だ。陛下の目を欺くわけにもいかん。だが今は時期が悪い。殿下にこれ以上奇天烈というか、常軌を逸したというか……とにかく、余計な真似をなさらぬよう、釘を刺しておかねばならん」

「釘でありますか」


 ウッスアは頷いた。


「いつものように、魔法士殿を連れ出して問題ごとを起こしたり、悪党を成敗するなどと言って問題ごとを起こしたり、勝手に王都の外に出て問題ごとを起こしたりする前にだ! 姫騎士殿下はどちらにいらっしゃるか!?」


 宰相が声を張り上げ、周囲を見渡す。しかし、その問いに答えたのは目の前の密偵であった。


「先ほど、王国南東部の盗賊団を成敗しに行くと言って、宮廷魔法士のショウタ殿とお出かけになりました」

「止めろよおおおおおお!!」


 この時、ウッスア・タマゲッタラ宰相の頭頂部に残された、まさしく最後の一本の毛根が死滅した。

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