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騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
14/91

【CHAPTER:01】 第12話  勇者来訪

 人類に、逃げ場なし。


 数百年前、当時の皇帝は自らの聖誕日を祝う式典で、そのように発言した。

 この頃、帝国は複数の勢力を相手取っての防衛戦を続け、国力に疲弊が見え始めていた。国のどこを向いても退廃的なムードが漂い、どことなく終末的な思想が蔓延する最中のことである。皇帝のこの発言は、帝国の置かれた状況を、改めて国民に突きつける、残酷なものであった。


 西方より迫り来る〝死の軍勢〟。

 東方より迫り来る〝修羅央沙すらおしゃ

 あるいは、天より来たる〝破滅〟。根の国より迫りし〝冥獣神〟。


 悲嘆にくれる民衆に対し、これらの勢力には徹底して抗戦せねばならぬと、皇帝は宣言した。諦観とはすなわち絶望であり、絶望とはすなわち死である。これが神より与えられし試練なのであれば、帝国はそれを乗り越えなければならず、あるいは滅亡こそが神の真意であるならば、帝国は神すらも打倒せんとす。皇帝は力強くそう語った。


 当時、札付きの問題児として悪名を馳せていたグランデルドオ大公家の若き当主は、その翌日、周囲が止めるも聞かず帝都の城に乗り込んで、皇帝にこのように宣言した。


『俺を西に行かせろ。東でもいい。死の軍勢か、修羅どもか、どっちかは確実に止めてやる』


 皇帝聖下は大公の思いを汲み、騎士大公の称号をさずけて西の大地へと向かわせた。有名な荒くれ者を率いて向かった大公を、多くの貴族は嘲笑ったものだが、事実それ以降、西より迫る〝死の軍勢〟は、その進軍を明確に足止めされていた。帝国は大公に背中を預ける形で、他の三勢力との戦いに、注力するようになったのである。


 それから更に数年後、一進一退の攻防を繰り返す帝国に〝勇者〟が降臨した。

 使命と共に顕現したと言われる〝輝煌剣ゼペリオン〟を手にした勇者は、皇帝への謁見を済ませた後、獅子奮迅の働きで人類の敵対勢力を殲滅していった。まずは東の修羅央沙を滅ぼし、〝破滅〟を追い返し、そして冥獣神の軍勢と対峙した。


 冥獣神を追い詰めるも、戦いの連続で疲労を重ねていた勇者は、最後の一歩でこの魔神を取り逃がす。心身ともに限界を迎え、彼はそのまま輝煌剣ゼペリオンと共に消滅した。その頃には、西方を支える戦線も安定し、帝国には平和が訪れたのである。


 それから後、何度か帝国には窮地と呼べるものが訪れたが、その度に輝煌剣ゼペリオンは形を変えて顕現し、それを携えるものが勇者として、その危機を打ち払った。


 そして現在、帝国には何度目かの〝危機〟が迫りつつある。初代勇者が命と引き換えに地の底へと追いやった冥獣神が、その傷を癒し復活したのだ。いや、正確には、復活したと考えられている。各地における魔族、それも冥獣魔族と呼ばれる、冥獣神の血を分けた眷属が、その活動を活発化させているからだ。

 そして、その予想を裏付けるかのように、とうとう輝煌剣ゼペリオンは、新たなる形をもって顕現した。勇者が誕生したのである。


 〝人類最強〟勇者メロディアス。


 彼のものは、打倒冥獣神の使命を帯びて故郷を発ち、皇帝聖下に謁見し、長きに渡る戦いの旅に出た。


 で、その勇者メロディアスは今回、かつて帝国の西方を守護したというグランデルドオ騎士王国を、さる事情により訪問することになった。


 わけである、が。






Episode 12 『勇者来訪』

FATAL PRINCESS of the KNIGHT KINGDOM



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「勇者だの、冥獣神だの、言ったってなぁ」


 セプテトール騎士王陛下は、鏡を睨み、髪型を整えながら顔をしかめていた。


「俺はそんなものが世間を賑わせているなんて、まったく知らなかったぞ。なあ、ウッスア」

「なんのかんの言って、我が国は田舎ですからな……」


 ウッスアも、やはり渋面を作って答える。


 北方と南方を険しい山脈に覆われ、西方には未だ堅固な城塞線を築く騎士王国は、外国との繋がりに乏しい。主に情報を持ち寄るのは、貿易を担う商会ギルドのエージェントであることが大半だ。王国内で政治を担う貴族は、大抵の場合独自の情報パイプを有する。ウッスア子飼いの密偵みっちゃんも、そうした情報源のひとつだ。

 流通の要である王国東方運河要塞は、商会ギルドのエージェントが滞留することも多く、国内各地に船を出せることから国外ニュースの発信源である。勇者や冥獣神の情報は、この運河要塞を治める騎士参謀オフィサーエコー・リコールの手によってもたらされたものであり、勇者メロディアスがグランデルドオ騎士王国を目指しているという情報を同時に伝えたのも、またこのエコーである。


 予定では、勇者メロディアスはまさしく本日、この王都デルオダートに到着し、騎士王陛下に面通しを願う予定であった。急な話だが、陛下も勇者が相手とあらば、出ないわけにもいかない。


「エコーの奴は真面目なんだが、情報を届けにくるのが遅いな……」

「確実性の薄い情報は、リコールの最も嫌うもののひとつでございますから、仕方ありませんな」

「そういえば、メイルオは一時的にエコーが治めることになるんだったか?」

「はい。フラクターゼ家は取り潰しです。伝統騎士トラディションからも貴族騎士ノブレスからも、不満の出にくい落としどころとして、ディム・オフィサー・エコー・リコールにメイルオ領主を任せることになりました」

「ふむ。まあ妥当だな。あいつなら大丈夫だろ」


 そこで、陛下はようやく髪型のセットが決まったようで、マントを翻しながら勢いよく振り返る。白い歯を見せてニカッと笑う仕草には、年齢を感じさせない爽やかさがあった。病人らしさは今のところない。

 セプテトール・ラゾ・グランデルドオ。伊達男なのだ。

 イケメン陛下である。


「陛下、ご無理はなさらぬよう……」

「気にするな。今は調子がいいのだ。勇者殿もいいタイミングで来てくれたよ。魔法士殿が面通しを願っていた頃は、腹も痛いし頭も痛いしで本当に死にそうだったものだ」

「冗談でもお亡くなりになりそうなどと、おっしゃらないでいただきたい」


 元気よく腕をぐるぐると回す騎士王陛下に、ウッスアは苦言を呈した。


「なんだ、しおらしいことを言いおるな。さすがの鬼宰相も寂しいか。わかるぞ。50年も連れ添ったのだ。夫婦みたいなものだしな」

「財政の逼迫したこの状況で崩御なされるとおっしゃる? 陛下の国葬にいくら出させるおつもりなのです。残された姫騎士殿下と、そのもとで国民をまとめあげる私の身にもですな……」

「はっはっはっはっは」


 騎士王セプテトールは、上機嫌である。


 準備の整ったセプテトールは、ウッスア宰相と共に寝室を出る。勇者メロディアスの突然の訪問は、多くの人間の知るところではない。国をあげて歓迎する用意もできていないし、そもそも勇者側が物事を大きくすることを望まなかったということもあるが。

 なにせ情報が少ない。冥獣神が復活したといっても、冥獣魔族の姿はまだ王国内では見られていないし、それなのにわざわざこんなド田舎へ、勇者が足を運ぶ理由も謎だ。

 そのメロディアスなる勇者がいかなる人物なのか。年齢、性別、背が高いか、低いか。目もくらむような美形なのか、身の毛がよだつような不細工なのか。それらもすべて謎だ。


「〝人類最強〟か……。どのくらい強いのであろうなあ」


 赤い絨毯の上を歩きながら、騎士王陛下は子供のような目つきになる。


「アンセムやゼンガーあたりと戦ってみてくれといったら、見せてくれるだろうか」

「おやめください、陛下」

「いや、やらんよ? やらんがね。しかし、我が国の戦略級騎士をもってしても敵わぬ相手かどうかというのは、気になるではないか」


 どうやら、こうしたものに興味関心を抱くのは、やや為政者としては危険に過ぎる騎士王陛下の困った趣味であるらしい。ウッスアは、陛下が勇者に対し妙なことを口走ったりしないか、肝を冷やすことになるのだ。アリアスフィリーゼ姫騎士殿下とは違って、セプテトール騎士王陛下は『わざと』やることが多いので、別の意味で始末に負えない。


「そういえば、アリアはどうした? 勇者殿が来ることは知らせていないのであろう?」

「お伝えしてはおりません。今日はもともと、魔法士殿を連れて学校へ行く予定でしたようで、ちょうど王宮内にもいらっしゃいません」

「そうか。まぁ、あいつも話を面倒にするほどバカではないと思うが、なにせ勇者殿がどんな人間かというのもわからぬしなぁ」

「はい。念のため、遠ざけておくに越したことはないでしょう」


 なにせ、アリアスフィリーゼ姫騎士殿下は、予測不能、回避不能、制御不能の〝ぽんこつ〟である。そのくせ妙に行動力があるのが問題で、ウッスア宰相の心労はいよいよ増すばかりであった。だからこそ、宮廷魔法士ショウタ・ホウリンに殿下の面倒を押し付けたわけでもあるのだが。

 ともあれ、アリアスフィリーゼが勇者殿と王宮内で出くわして、なんらかのぽんこつエフェクトを発揮した結果、取り返しのつかないことになりました、では笑えないのである。彼女がいま、王宮にいないというのは、僥倖であった。


「ひとまず本日は、謁見の間にて勇者殿とご挨拶なされた後、王宮内にて会食、その後はいつも通り寝室でじっくり御養生いただきます」

「それは構わんが、わざわざこんな田舎に顔を出すくらいだから、勇者殿も何か〝お願い〟があるのではないかなぁ。それが厄介な話でなければ良いのだが……」


 さてさて、いよいよ謁見の間である。セプテトール騎士王は大きく伸びをした後、顔をビシッと引き締めて威厳のある表情を作った。完全に外向きの公務モードになり、歩き方ひとつとってもキビキビと油断がない。玉座へつながる赤いカーテンをくぐろうとしたその時、一人の騎士が後ろから慌てて走ってきた。


「騎士王陛下! 宰相閣下!」

「静かにしろ。表は謁見の間であるぞ」


 やかましい騎士の言動を、ウッスアが小声でたしなめる。だが、騎士は息を切らせながら、首を横に振った。


「いえ、それがあの、いないんです」

「いない……?」


 ウッスア・タマゲッタラが怪訝そうに眉をひそめる。陛下は公務モードを保ったまま、腕組みをした。


「よい。詳しく話せ、落ち着いてな」

「は、はい……」


 セプテトール騎士王の言葉を受け、その騎士は大きく深呼吸し、息を整える。ようやく落ち着いた後、彼はハキハキとした口調でこう切り出した。


「先ほど、王都に勇者の後見人を名乗る竜人族の老人が現れまして」

「うむ。そのような者が共に旅をしているという話は聞いていた。それで?」

「その……、」


 だが、すぐに歯切れが悪くなる。騎士王は訝しがりながらも、言葉の続きを待った。


「その、老人の話では……、少し目を放した隙に、勇者は、逃げてしまったそうで……」


 セプテトールとウッスアは、その言葉に思わず顔を見合わせた。





「はーい、みんなー! 今日は、なんと貴族騎士ノブレスのお姉さんが来てくれたよーっ!」


 王都のはずれ、デルオダート街道ラインとトドグラード用水路が並び立つ脇に、ひときわ目立つ大きな建物がある。城壁外に建てられた、大掛かりなシャトー・フォール。それこそが、グランデルドオ騎士王国における最高級学府のひとつ、王立騎士学校だ。

 ここに入学するのは、主に市井の人間たちであり、その多くは一般騎士コモナーとして輩出される。彼らは卒業後、王立騎士団や警邏騎士隊、地方領主の私設騎士団などに入団し、その力を民草のために役立てる。ときおり、騎士を育てるだけの力や経験のない貴族騎士ノブレスなどが、自らの家の従騎士や小姓などを入学させることも珍しくはないが、王立騎士学校といえばまず、一般市民が騎士となるためのほぼ唯一の手段であり、グランデルドオに伝わる騎士道物語を聞いて育つ少年たちにとって、常に憧れの的であった。


 今回、ショウタが姫騎士殿下に連れられて訪れたのは、その王立騎士学校


 の、真横にぽつんと立つ、小さな孤児院の庭であった。一部の貴族の出資によって設立されたもので、現在では王立騎士学校とその運営母体を共にする。騎士学校との交流が深いだけあって、子供達の騎士に対する憧れは強い。


「すげーっ! 本物のノブレスだ!」

「でも女の人だよ?」

「どうせなら男の騎士がよかったなー」

「でもかっこいいー!」


 わいわいと押し寄せる子供達に、アリアスフィリーゼ姫騎士殿下は笑顔で応じていた。

 むろん、貴族騎士ノブレスというからには、今の彼女はアリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオではない。貧乏貴族ノクターン子爵家の三女、アイカ・ノクターン。そしてショウタは、そのアイカお嬢様に連れられてやってきた、しがない小姓ペイジである。


「あのう、殿下」

「殿下ではありませんよ?」

「はい、あの、お嬢様」

「なんでしょう、ショウタ」


 姫騎士殿下あらためアイカお嬢様は、太陽のような笑顔でショウタに振り向いた。


「お嬢様は数日前、『学校に行きましょう』とおっしゃいましたよね」

「はい、言いました」

「で、えっと、今日、学校へ行くと伺ったんですが……」

「はい、言いました」

「学校ですか……?」


 ショウタは、子供たちをぐるりと見渡して、とうとうその素直な疑問を口にする。控えめに見ても、『学校』ではない。『学校の隣にある施設』ではあるし、少年少女の教育を担う機関であるといえば、それも間違いなくそうなのだが、『学校』ではないだろう。

 すると、足元に群がる子供たちを撫でながら、アイカの笑顔は神妙な真顔へと変化した。


「ショウタ、これには、けっこう深い理由があるのです」

「聞きましょう」


 あまり期待しないながらも、ショウタは続きを促す。


「私も当初は、ショウタを王立騎士学校に入学させて、学生としての生活を満喫させてあげたいと、そのように考えておりました」

「はい」

「ですが、私は気づいたのです」

「はい」

「ショウタは、剣を握るには肩が薄く、腕が細すぎます」


 姫騎士殿下アイカおじょうさまの一言は、幼少時よりもやしっ子と言われ続けたショウタ・ホウリンの心に、サクリと突き刺さった。

 まぁ事実であるし、当然である。騎士学校に入学するからには、学業と同時に騎士としての鍛錬を積まねばならない。ショウタが本気で騎士になりたいかといえばそんなことはないわけで、このヒョロヒョロの腕で騎士学校に入ったとしても、辛い思いをするだけであるような気がした。


 これが深い理由か浅い理由かと問われれば、自分のことゆえに、ショウタは答えづらい。


「ご、ご配慮、痛み入ります……」


 なので、結局のところショウタはそう言うしかないのであった。


 ただ、もみくちゃにされながらも、笑顔で子供たちと触れ合っているアイカを見る限り、ショウタの脳裏には割とメンタリティの近いもの同士でじゃれあいたいだけなのではないか、という失礼な考えもよぎってしまう。

 そもそも、騎士学校がダメなのでその隣の孤児院へ、となった理由が、よくわからない。そこにはきっと、アリアスフィリーゼ流の理論の飛躍があるのだろうと、ショウタはひとりで納得することにした。


「はーい、みんなー!」


 先生が、ぱんぱんと手を叩くと、子供たちの注目が一気にそちらへ集まる。


「それじゃあ、貴族騎士ノブレスのお姉さんと一緒にお遊戯をしましょうねー!」

「「「はーい!!」」」


 子供たちと一緒に、アイカも片手をあげて返事をしていた。彼女の、こうした、子供のような無邪気さは嫌いではない。嫌いではないが。むしろ好きだが。ショウタもまさか故郷を遠く離れ、魔法士などと自らを偽り、挙げ句の果て孤児院でお遊戯をすることになるとは。人生、わからぬものである。


 先生がピアノで弾き始めたその曲は、騎士王国では比較的ポピュラーなものなのだろう。子供たちとアイカお嬢様は一斉に唱和をはじめ、ウサギの真似やら、リスの真似やらを織り交ぜた、のんびりとした踊りを披露する。ショウタは見よう見まねでついていくのが精一杯だったが、アイカお嬢様の、姫騎士殿下の振り付けはほぼ完璧であった。


 おゆうぎ殿下である。





 お遊戯のあとも、子供たちとの交流は続いた。明らかにショウタよりもアイカの方がエンジョイしていて、なおかつ順応していた。

 まぁ、ショウタはショウタで、子供たちと無邪気に戯れるアイカの姿に心を癒されたりもし、また、ぼけーっと見守っていたところをクソガキ少年に見つかって『にいちゃん、騎士じゃねぇの? だっせぇ』などと笑われて心を傷つけられたりもしていた。


 メガネを掛けた美人先生の話では、隣の騎士学校から定期的な慰問はあるものの、彼らはあくまでも騎士候補生であり、正真正銘の〝騎士〟が、この孤児院を訪れることは滅多にないのだという。だから、今回突然の慰問も歓迎してくれたし、おかげで子供たちは大喜びした。

 アイカはアイカで、先日のフラクターゼ伯爵の一件以来、心のどこかに残していた緊張をすっかりほぐしてしまったようで、文字通り童心にかえっている様子だった。今、外で子供たちと鬼ごっこに興じる彼女は、陽光のもと、金髪をふんわりと風にのせる様がなかなか美しい。ただし、鬼役を交代した彼女が、正真正銘の鬼と化すのはこれからである。


「ショウターっ!」


 大人気なくも修羅のごとくに。逃げ惑う子供たちを散々追い掛け回していたアイカが、不意に振り返って、ベンチに腰掛けていたショウタに手を振る。

 こうした彼女の姿を見ていると、きっとアリアスフィリーゼ姫騎士殿下も、子供心にかえって散々はしゃぎたいのだろうな、と思う。あるいは、先日ショウタを連れて大聖堂の至天塔に登った際、子供のときのことをいろいろと思い出してしまったのかもしれない。


 子供の頃から、彼女はふっと姿を消しては、至天塔のてっぺんで街を眺めているような少女であったという。そのメンタリティが以前と変わっていないのであるとすれば、こちらのほうが本質なのかもしれない。下手な気遣いをしているより、こうして自由にはしゃいでいる殿下の方が、見ていてよほど和むのだ。


 アイカは手を振りながらもう一度こちらに叫ぶ。


「ショウタも一緒にやりましょう!」

「それは構いませんけど!」


 ショウタは天真爛漫、満面の笑みを浮かべた彼女に大声で叫び返す。


「手加減してあげてくださいね! 子供たち、怯えてますから!」


 さすがに、月鋼式戦術騎士道タクティカルナイトアームズ及び、月鋼式剣術を修めた姫騎士殿下アイカおじょうさまの身体能力は、子供たちと比較するのもためらわれるレベルだ。超重量の鎧をまとった状態でなお、20人の盗賊を単身で軽く叩きのめす彼女である。この場合、今アイカが着ている鎧は、ハンディキャップとしてまるで機能していない。当たり前だが。

 彼女がその卓越した運動神経を駆使し、困惑もあらわにする子供たちを単身追い詰めていく様は、なんというか見ていて、非常に心苦しいものがあった。まぁショウタの言うほど子供たちは怯えておらず、鬼神のごとく跳ね回るアイカの姿を見てキャッキャしている程度に、彼らもたくましくはあったのだが。


 あのアイカをとうてい止められるとも思えないが、子供たちの間に入って犠牲になってやるくらいはできるだろう。ショウタもベンチを立ち、鬼ごっこへの参加を決意する。

 そんなショウタの視線の先に、ふと、ひとりの少女が映った。孤児院の庭の外。デルオダート街道ライン側から、興味深げにじっとこちらを見つめている。年齢は、アイカと戯れている子供たちと、そう変わるものではないだろう。10歳かそこらの、若いというよりは、幼いといえる少女だった。


 保護者はいないのだろうか、と周囲を見渡すが、彼女ひとりだ。内ハネ気味の、薄桃色のショートヘア。小さなリボンで髪の端っこを一房だけ束ねているのが、精一杯のおしゃれに見えた。


「こんにちは」


 ショウタは、アイカ達に少し待ってもらうようアイコンタクトを取ると、少女の方へ歩いて行き、声をかけた。


「こ、こんにちは……」


 少女もやや遠慮がちに、そう返してくる。ショウタは、彼女がじっと眺めていた先、孤児院の庭で戯れる子供たちをもう一度見やり、なるべく優しい声でこう尋ねてみた。


「ひょっとして、一緒に遊びたいんですか?」


 昔から、ショウタはグループを作るのが苦手だった少年である。引っ込み思案と優柔不断が災いして、故郷の学校ではえらく苦汁を舐めたものだ。だから、こうした子供の、こうした視線の正体には敏感だった。この子供がどうした経緯でここにいるのかは知らないが、少女は孤児院のみんなと遊びたがっている。

 果たして、ショウタの予想は的中した。少女は恐る恐る頷く。


「いいですよ! 遊びましょう!」


 子供たちの輪の中で、アイカが元気よく言った。先生の許可も得ずに。


「先生も、良いと言っています!」


 というわけでも、ないらしい。ショウタは、にこりと笑って、少女に手を差し伸べる。


「ということですから、遠慮しないで一緒に遊びましょう」

「うん……」


 その時少女は、少しだけはにかむような笑顔を見せて、頷いた。


「僕は、ショウタと言います。あなたは?」

「……メロディ」


 多少の躊躇の後、しかし彼女はショウタの手を取り、自らの名をはっきりと答えた。


「メロディ。メロディアス・フィオン」

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