表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/91

第11話 そら溶けて、あかねいろ

 王都デルオダートには、神聖ガルシア法教の大聖堂カテドラルがある。ガルシア法教の聖堂には、原則として至天塔と呼ばれる塔が設けられ、これは多くの場合においてその街の中でもっとも高く建築される。騎士王の権力と威光の轟く王都においてもこれは例外ではない。

 神聖ガルシア法教とは、すなわち皇帝の神聖視によってその権力を高めるものであり、騎士王国が帝国領であった名残である。王国独立の際、これは騎士王の権力を貶める懸念があるとして、至天塔を低く建て直すべきだという意見は持ち上がったが、結局、王都の市民たちが慣れ親しんだこの大聖堂の至天塔を、取り崩すという結論には至らなかった。


 さて、王都の至天塔には幾つかの逸話がある。中でも一番新しいものを挙げてみよう。


 およそ10年ほど前のことになる。司教がある日の夕方、礼拝を済ませ大聖堂の外に出ると、近所の市民から至天塔のてっぺんに人影が見えると告げられたという。至天塔は、すなわち天にまで届く塔のことであり、現世で役目を終えた英霊たちが魂の故郷へ帰るための、あるいは主皇神の御使いが現世に降り立つための設備である。

 そもそもグランデルドオ騎士王国では、神聖ガルシア法教への信仰はそんなに篤くない。この司教も、帝都での不良行為がたたって僻地に飛ばされた不良司祭ではあったのだが、それでも至天塔に誰かがいるとなれば『もしや』と思ってしまう。本来、聖事の際にしか開けてはならぬ至天塔の扉を開き、息を切らせながら階段を昇り、てっぺんの扉を開く。


 そこにいたのは、役目を終えた英霊でもなければ、主皇神の御使いでもなかった。

 わずか10歳にも満たぬアリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオ姫殿下が、膝を抱えてじっとしていたのである。


 姫殿下はすぐさま司教に気づき、はっと顔色を変えると、至天塔から飛び降りた。次に青くなるのは司教の方であったが、姫殿下は凄まじい勢いで一気に塔の壁面を駆け下り、そのまま王都の町並みを屋根伝いに逃走していった。

 直後、殿下の無事にほっとしたのも束の間、遠方より凄まじい勢いで空を駆ける謎の物体が、姫殿下を追い掛け回し、ぶつかり、そのまま彼女を王宮の方まで引っ張っていくのが見えた。


 それが、騎士将軍ジェネラルアンセム・サザンガルドであると知ったのは、またしばらく後の話である。どうやら、姫殿下はお出かけの際に護衛の前からこっそり姿を消し、その後、宰相や将軍からの大目玉が怖くて逃げ回っていたらしい。

 その後、国の行事で司教はたまたま殿下と顔を合わせることがあったのだが、その時、幼き姫殿下はばつが悪そうにしながらも、少しはにかんだ笑顔でこう言った。


『司教様、至天塔の上から眺める王都とは、本当に美しいものなのですね』


 司教は冗談めかして答えた。


『お気に召したのなら、またいらしてください』


 姫殿下は、その言葉を受け、少し驚いたような表情を見せていたが、すぐに満面の笑顔に戻って礼を言った。


『ありがとうございます、司教様』




 後日、確認してみたら本当に来ていた。






Episode 8-11 『姫騎士殿下のたからもの ~そら溶けて、あかねいろ~』

FATAL PRINCESS of the KNIGHT KINGDOM



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「たっ、高いですねぇっ! 殿下!」

「そうです。この国で一番高い人工建造物になります」


 大聖堂の至天塔には、ひときわ強い風が吹く。姫騎士殿下は屋根の上に腰を下ろし涼しい顔をしていたが、ショウタからすれば命綱もなしに、こんな高いところへ登るなどというのは正気の沙汰ではない。それでも、アリアスフィリーゼが平然としている以上、異様に怖がってみせるのはプライドが許さない。足をがくがくと震わせながらも、なんとか殿下の隣に座り込む。アリアスフィリーゼの手が、ショウタの手をぎゅっと握る。ひょっとして、恐怖を見透かされたか? と、少しだけ不安になる。


 眼下には、夕焼けに染まる王都の街並みが広がっていた。


 大聖堂が面する南側広場から、まっすぐと伸びる大通りメインストリートは、中央広場にまで到達する。既に商会ギルドのバザーはお開きとなっており、テントを畳んだギルドエージェント達が、南門に向けて撤収を始めているのが目撃できた。

 中央広場を抜けると、大通りはまっすぐではなくなる。おそらく、騎馬隊の直進による侵攻を防ぐために、急に左右にそれたりすることがままあり、時としてその中央に噴水や像などを建てていた。大通りは壁を越えて貴族街、そして王宮まで伸びる。王宮の背後にはトドグラード用水路が流れており、勾配を利用した急な流れを作っていた。


 王都デルオダートに、午後5時を告げる鐘の音が鳴る。


 時刻は夕方だ。この時間になれば、王都で暮らす全ての人間は自らの仕事に区切りをつけ、家へと戻る。夜直の割り当てられる不幸な警邏騎士や近衛騎士は常に存在するが、多くの騎士も、やはり我が家へと戻る。そこかしこの家の煙突から、炊事の煙がのぼり始めるのもこの頃だ。


「私、この光景が好きなんです」


 そう語る姫騎士殿下の横顔を、斜陽が茜色の染めていく。夕焼けは、空がパレット。まるで殿下の横顔も、同じ絵の具で彩色したかのようだった。翠玉色の瞳は、黄昏を飲み込んで不思議な色に混ざり合っていく。ショウタは、アリアスフィリーゼの言葉を耳にしながら、ぼうっとその横顔を眺めた。ひんやりしていたはずの彼女の手もまた、自分の体温と混ざり合って、境界線がよくわからなくなる。


「小さい頃に姉を亡くして、私が王位継承者になりました。それ以降、いずれは騎士王を継ぐものとして、立派に成長しなければと思ってきたつもりです。でも、私は、お父様やウッスアやアンセムや、侍女たちのことは好きで、守りたいと思っていても、騎士王として国を守るということが、よくわからなかったんです」


 姫騎士殿下が、ぽつぽつと語る。視線は雄大に広がる夕焼けの景色に向けられていたとしても、その言葉は自分へのものだろうと、ショウタは黙って聞いていた。


「ある日、バザーに出かけたとき、ふっと護衛達の前から姿を消しました。その時の理由は、よく覚えていません。何か気になるものがあったからかもしれないし、ちょっとしたことから息苦しさを感じていて、それから抜け出したいと思っていたのかも。でもとにかく私は姿を消して、でも、しばらくして、騎士たちが大騒ぎをして私を探していることを知りました。そうすると、かえって怖くなって、戻れなくなっちゃったんです」


 わからなくもない話だなぁ、と、ショウタは思った。些細なきっかけで、嫌なことから逃げ出そうとしても、逃げた結果は雪だるま式に大きくなっていくものだ。時間の経過は何も解決してくれないのに、ただまんじりと、時間が過ぎ去るのを待って、どんどん手遅れになっていく。

 ショウタにもそうした経験はある。だが、あの悠然とした態度を見せる姫騎士殿下の口から、そうした言葉を聞くのは、なんだか新鮮な気がした。


「それで、気がついたらここにいました」

「気がついたら、でここに来ちゃうあたりが、姫騎士殿下ですね」

「そうでしょうか?」

「そうですよ」


 少なくともショウタならば、覚悟を決め腹をくくるという通過儀礼を経なければ、こんなところには来れない。


「とにかくです。ショウタ。私は、この王都の美しい景色に感動しました。そこに息づく人々の生活も、手に取るように見えたんです。王都に生きる市民すべての存在が、近くに感じたんです。私が守りたい〝国〟はそこにあって、騎士の道とは、おそらくそのためにあるのだと。だから、私はこの光景が好きなんです」

「殿下のたからもの、って、これですか?」

「そうです。がっかりしましたか?」

「いえ……」


 アリアスフィリーゼがショウタの手を引き、『たからもの』を見せてくれると言ったとき、一体何を見せてくれるのだろうという純粋な疑問があった。まさか今更彼に、金銀財宝の類を見せびらかすわけでもなし、かといって蕩け切った笑顔でぬいぐるみの類を、『たからものです!』と言って突き出してくる殿下も、(正直見てみたいとは言え)想像できなかった。

 この光景が、姫騎士殿下のたからもの、か。確かに、初めて見る光景だし、そうそう他人に見せびらかすものでも、ないだろう。ただ、ショウタにはそこで別の疑問が沸く。


「どうして殿下は、僕にたからものを見せてくれたんです?」

「どうして……、どうしてでしょうか」


 そこで初めて、アリアスフィリーゼはショウタの方を向いた。握る手にそっと力が入る。

 すっきりと整った鼻梁を境界線として、斜光と陰影のコントラストが浮かび上がる。姫騎士殿下の瞳は、見るものをすべて飲み込んでしまいそうなほどに深い。


「ショウタに今までお願いをして、迷惑をかけて、それで私、お詫びがしたかったんです。私の大切なものを、ショウタに見せよう、って、思っていました。嬉しくはなかったですか?」

「ど、どうでしょう……」


 どきりとした自分の心を必死で飲み込もうとしながら、ショウタは曖昧な返事をする。


「嬉しいと言えば嬉しいですけど、なんか、こう。殿下の知らない部分がわかって、そっちのほうが嬉しいとか、そんな感じ、です」

「そうですか?」

「はい。僕、騎士道とか、よくわかんないですし」

「そうですか」


 あまり誠実な答え方ではなかったように思うが、アリアスフィリーゼはどこか満足そうに微笑んで、視線を街へと戻した。


「ショウタの言葉を聞いて、私もなんとなく考え至ったのですが」

「はいはい」

「私はこの一ヶ月、ショウタに色んなお願いをして、迷惑をかけてきました」


 姫騎士殿下はひとことひとことを噛み締めるように、言葉を紡ぐ。


「きっと、これからも、そうしたいのでしょう。だから、今日はショウタのお願いを聞いて、私のたからものを見せて、お互いに少し、わかりたかったのではないかと、そのように思います」

「それは……うわっ!?」

「ショウタ!?」


 姿勢をずらそうとした瞬間、思わず至天塔の屋根から、身体が滑り落ちそうになる。強く握られた姫騎士殿下の手だけが命綱だが、彼女はすぐにショウタの身体を引き上げて、ぎゅっと寄せた。吐息と体温が近く、ショウタの心臓が跳ね上がる。

 この時、アリアスフィリーゼは甲冑をまとっていない。殿下の身体の柔らかさを阻むものは、布切れがほんの数枚に過ぎなかった。


「だから、ショウタ……」


 至近距離から、耳元に殿下の囁くような声が聞こえる。


「は、はい……」

「これからも、私の〝お願い〟に、付き合っていただけるでしょうか?」


 ショウタの答えは決まっていた。もとより、そうするよう騎士王や宰相から頼まれている身の上なのだ。

 だが、その時ショウタが思い至ったのは、そうした現実的な、あるいは打算的な結論などではなく、昼間に手放したアリアスフィリーゼの、名残惜しそうな指先であった。きっと彼女は、ショウタが思っている以上に、距離感の測り方が上手くない人間だ。だから、相手の心理を測り兼ねてしまったとき、彼女は二度と手を握ることができなくなる。


 ショウタは、そうした彼女のことを想った上で、静かに答えた。


「仰せのままに、殿下。アリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオ姫騎士殿下」

「ありがとう」


 姫騎士殿下のお礼はそのひとことだけだったが、いつまでも、やけに甘ったるく耳朶に残った。





「で、それだけか。特になにもなかったのか」


 ベッドの上で身を起こし、パジャマにナイトキャップという装いのセプテトール騎士王陛下は、目をこすりながら言った。片手には大きなテディベアを抱いていた。

 陛下の寝室には、宰相ウッスアの他に寝室付きの侍女と、警邏騎士隊の青い制服を着た茶髪の女性が立っている。若き警邏騎士は短めのポニーテールを揺らしながら、びしりと騎行敬礼し、直立不動の姿勢のまま言った。


「特に、押し倒したり、押し倒されたりとかは、なかったであります。騎士王陛下」

「そうか、ご苦労だったな。みっちゃん」


 バザー会場を警備する警邏騎士の中に、ウッスアの密偵みっちゃんを紛れ込ませたのには、もちろん護衛の意味もあったが、どちらかといえばアリアスフィリーゼとショウタの二人きりのデートを邪魔せずに眺めて楽しみたいという、騎士王陛下の悪趣味な目論見もあった。

 ともあれ、二人には特に何もなかった。最後は殿下がショウタの腕を引き、大聖堂の至天塔まで連れて行ったが、みっちゃんの確認する限り、そのてっぺんでもせいぜい手をつなぐくらいが精一杯であって、それ以上のステキな関係に発展する兆候はなかったという。まあそれならそれでいい。健全な付き合いをするというのなら、実に結構な話だ。


 バザーに出現した窃盗団を、姫騎士アリアスフィリーゼが、多少の損害を出しながらも確保に協力したというニュースについては、騎士王も宰相もさして驚いた様子を見せなかった。


「損壊したのは石畳に取り壊し予定の旧式レンガ家屋、あとは貸家の床、窓ガラス、階段の手すりか。かわいいものだな、ウッスア」

「陛下の全盛期に比べれば、ですな。あまりおおっぴらには言えないことですが」


 それでも、ウッスア・タマゲッタラは渋い表情だ。


「無論、殿下と魔法士殿にはしっかり忠言させていただきます。が、まぁ、今回はほどほどにしておきましょう」


 今回の発端はアリアスフィリーゼがショウタを気遣った結果であり、またショウタがアリアスフィリーゼを気遣った結果でもある。毎回毎回このように青春されてもらっても困るが、今回ばかりは、過剰に強く叱りつけるのもやめておこうという、宰相ウッスアの仏心であった。幸いにして今回は、死者も負傷者も出ておらず、盗品は無事に貴婦人のもとへ戻ったのだ。武装商団キャラバンリーダーのスタッカートも、王都を出る際、謝辞を詰所の王立騎士たちに残していった。


 問題があるとすれば、姫騎士殿下の蛮行について、また魔法推進派や反伝統騎士トラディション派の貴族たちが、文句を言ってくる可能性についてであったが、こちらもなんとか抑え込める範囲だ。被害にあった貴婦人というのが、貴族議会においてそれなりの発言権を有するフェニルアラニン伯爵の奥方であるということが、状況を有利に運んでくれそうである。

 フェニルアラニン伯爵夫人は、勇ましく駆け出した姫騎士殿下と宮廷魔法士の姿にすっかり魅了されてしまったようで、自慢のコレクションの中から逸品とも言えるカッコイイ石ころを、王宮に献上してくれた。


 あとはグラスイーグルか。警邏騎士隊小隊長ファルロ・バーレンの話では、今回捕まえたサウンという少女が窃盗団のリーダー格であったらしい。ひとまず、今までの被害総額や本人達の事情を考慮した後、最終的な沙汰は騎士王に一任される。


「人を裁くのは苦手なんだがな。ましてや子供とあっては……」

「そこは陛下のお仕事です。是非とも公正な審判を」

「うむ……」


 そうした会話のさなか、寝室の扉をたたく音がする。


「騎士王陛下! 恐れながら、前回の商会ギルドバザーについての決算報告書と、ディム・オフィサー・エコー・リコールからの報告書をお持ちいたしました!」

「むっ、ちょっと待ってもらえ」


 陛下の言葉に、ウッスアが声を張り上げる。


「陛下は取り込み中であらせられる! しばしそこで待て!」


 陛下はナイトキャップを外し、ベッドを這い出てから、テディベアをその下にそっと隠した。ガウンを羽織り、侍女とみっちゃんが黙って運んできた鏡とにらめっこしながら、自慢の髪をいじる。鏡台の上に置かれた霧吹きですばやく髪を湿らせ、形を整えてから、すぐにそれを下げるよう手で二人に命じた。


「よし、いいぞウッスア。開けろ」


 ガウンの襟元をピッと正し、騎士王陛下が命じた。


 ウッスアが陛下の言葉通り、戸を開く。そこには、直立不動で騎行敬礼をこなす王立騎士の姿があった。

 王都の南城門詰所に勤務する王立騎士は、毎週この日のこの時間になると、報告書を持って王宮を訪れる。商会ギルドが主催したバザーについて、彼らが滞留する王国東方ランクルス運河要塞にて収益が計算される。次のバザーの日に、それらを記した報告書を、商会ギルドのエージェント達が王都に運んでくるというのが毎週の決まりだ。

 そして、ここで運ばれてくる報告書の中身というのは、何もつまらない数字のやり取りだけではない。

 基本、諸外国との接点としてはもっとも大規模なものである運河要塞には、外国からの様々な情報が集められる。これらの情報をひとまとめにし、騎士王のもとに届けるのも、運河要塞の管理統治責任者ディム・オフィサー・エコーの重要な職務であった。


 この諸外国のニュースを聞くのは、病床に伏した騎士王セプテトールの、数少ない楽しみのひとつだ。


 王立騎士は、陛下の寝室に入るや片膝をつき、剣を鞘ごと外して床に置き、懐から取り出した書簡を広げて朗読をはじめる。最初は、当然決算報告だ。退屈な数字の羅列を、しかし聞き流さないようにしっかりと耳を傾ける。

 報告を終え、書簡を畳んでウッスアに手渡す騎士に、騎士王セプテトールは言った。


「うむ、ご苦労。他になにか、ないか?」

「はっ、ございます。騎士王陛下」

「良い、申せ」


 騎士は片膝をついたまま頭を下げ、2枚目の書簡を取り出す。


「ディム・オフィサー・エコー・リコールからの、国外情報をお伝えいたします」

「うむ」


 セプテトールは、わくわくをこらえきれないといった表情で頷いた。だが、騎士が次に告げる言葉を聞いて、表情を変える。


「勇者メロディアス殿が、現在騎士王国へ向かっているとのこと。歓迎の準備は不要であるとのこと。王都を訪れ、騎士王陛下にお目通りを願っているとのこと」

「う、む……?」


 騎士王が首をかしげ、隣にいるウッスアにも目を向けた。ウッスア・タマゲッタラもまた難しい顔を作り、首をかしげていた。

 おそらく、期待した返答は得られないだろうなと思いつつも、騎士王セプテトールは信頼できる忠臣に対して尋ねる。


「おい、ウッスア。勇者メロディアスって誰だ?」

「申し訳ありませんが、存じ上げかねますな……」

「勇者が今代に復活したのか?」

「おそらく、そうでしょうな……」

「では、」


 セプテトールは一端言葉を切り、騎士のもとへ歩み寄った。騎士は恐縮した様子を見せ面を下げるが、陛下が書簡を求めているのだと素早く察し、それを差し出す。セプテトール騎士王陛下は丁寧にそれを受け取ると、改めてバッと開いて中身を確認した。


「では、その勇者殿が我が国に向かっていると?」

「リコールの伝える情報は正確ですから、そうでしょう」

「何のために」

「さあ……」


 騎士王と宰相は、再度顔を見合わせたが、互いに疑問符しか浮かばなかったのである。




Next Episode 『勇者来訪』

FATAL PRINCESS of the KNIGHT KINGDOM



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「でっ、殿下ぁ!」

「なんですか、ショウタ」

「日が暮れちゃいましたけど!」

「そうですね、うふふ……」

「どうやって降りるんですか!?」

「上がってきた時のようですよ。降りますか?」

「そ、それって……うわぁっ! 殿下っ! 殿下ぁぁぁぁっ!」

☆ コラム:ぽんこつ姫まめちしき ☆


第1回:騎士の剣


 グランデルドオ騎士王国において、騎士の剣とは、すなわち騎士の魂であり、〝剣を抜く〟という行為には重要な意味が付随する。

 剣を抜いた以上、その行いは常に騎士としての意思を持って行っているものとされ、いかなる状況においても誤魔化しが効かない。


 剣を抜いた状態で名乗りをあげることは、自らの素性を相手に明かすことであり、また剣を抜いた状態でなんらかの嘘をつき、それが発覚した場合は、それだけで騎士の称号を剥奪される。

 アリアスフィリーゼが自らをアイカと名乗る際、決して剣を鞘から抜かないのはそうした意味がある。

 また騎士にとって、鞘についたままの剣を構えること自体が『私は何らかの嘘をついています』という申告になり、その言葉は常に疑われるものと覚悟しなければならない。この行為は『鞘付き』と呼ばれ、原則としては蔑まれる行いではあるが、自らの意に沿わぬ主命に従う場合や、状況を見据えたやむを得ぬ事情によって『鞘付き』になる事態は度々発生し、有能な騎士であれば常に相手の事情を考慮する。


 王族騎士は、その剣を生で振るうことは王権の行使に等しいとみなされるため、私的な戦闘などは『鞘付き』で行う。王意により戦闘が許可された状態、例えば戦争状態などでは抜剣して相手を攻撃することが可能だが、それ以外の場合において、王族騎士の刃を血に染めることは『国家の意思として彼の者を殺せと言っている』と示すことになり、原則として忌避される。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ