5,五名家
真理花は第四道場の扉を開けて、中に入っていったので私も後に続いた。
前方には紙を持った右手を前に突き出し、じっと意識を集中させていると思われる白夜君がいた。紙からはわずかだが、紫色の光が発せられている。
部屋の奥では刀を振り回し、稽古をしている晃司君の姿も見える。
(もう日も落ちてるのにまだやってたんですね)
そんなことを考えていると、私たちに気づいた二人がこちらに向かって歩いてきた。心なしか、白夜君が落ち込んでいるように見える。
「その様子だと上手くいって無いの? まぁ白夜には才能なさそうだけどね」
おどけた声が私の横から聞こえてきた。それに対する白夜君の声色はとても暗いものだった。
「……あぁ、そうかもな。俺って才能ないのかも」
白夜君は大きなため息をつき、見るからに肩を落としていた。
「冗談、冗談だってば、そんなに落ち込まないでよ。まるでうちが悪者みたいじゃない」
「お前が悪いんだよ、このアホ! 」
晃司君が真理花の横まで来るとチョップをプレゼントしていた。すぐに真理花は頭を押さえて座り込んでしまう。
(今の霊気を使ってたように見えましたが……まぁあの子の自業自得だしほっときましょうか)
私は真理花を横目で見ながら、晃司君の隣まで歩き小声で告げた。
「修行うまくいっていないんですか? 白夜君、相当落ち込んでるみたいですけど」
「あぁ、何とか霊力を流し込むことには成功したんだがな、白夜が四属の訓練をしているときにも思ったことだが、おそらく霊力量が絶対的に足りてねぇ」
「それは本当ですか! 」
(五名家でもないのに、そんなことがありえるんでしょうか……)
「このことは白夜君には話しましたか?」
「まだだ。普通は霊的資質を持つやつが、霊装も使えないほど、基礎霊力が無いなんてありえないはずなんだがな」
「そうですよね、わかりました」
晃司君に一礼して、隣に目をやる。そこにはいまだに頭を押さえて、うずくまっている幼馴染がいた。
「真理花、いつまでやってるんです。早く起きてください」
私の声に反応して、顔をあげてくれたが、相当痛かったのだろう。頭部にはまるでマンガのような特大のたんこぶができており、眼には涙が浮かんでいる。
「桜、痛かったよ~」
「元々真理花が悪いんですよ、反省してください」
「分かってるってば、だからそんなに怖い顔しないでよ」
真理花を視線から外して、意気消沈している男の子の元まで歩いた。
「言わなければいけないことがあります」
白夜君は無言でこちらを向き、目を合わせてきた。
「白夜君にはなぜか基礎霊力がほとんどありません。言っている意味が分かりますか? 」
「……あぁ、霊術を満足に使えないってことだよな」
「それは少し違います。五術を扱うためには基礎霊力は必要ありませんから、素質がある白夜君は聖術なら扱うことができますよ」
「聖術って五術だよな! 本当に、俺にその素質があるのか? 」
白夜君の口調は見る見るうちに明るくなってきていた。単純な白夜君を見て思わず口元が緩む。答えようとしたところで、真理花の声が聞こえてきた。
「最初の実戦試合覚えてる? 」
「真理花と桜対クラス全員でやったのだよな。よく覚えてるよ、すごい驚いたからな」
「そういや、あんたあの時腰抜かしたんだったっけ? ほんっとへたれだよね~」
「うっせーよ、でそれがどうしたんだよ? 」
「実はあの試合は班決めの為のもんだったのよ、私と桜と組む人を見定めるためのね」
白夜君と晃司君が不思議そうに首を傾げていた。
「あの時、呪術を唱えたのに白夜だけが効かなかったでしょ。それが二人が選ばれた理由よ」
「選ばれた……それに効かなかったことが理由だって? 」
「呪術を無効化するためには、一定以上の基礎霊力を持つか、聖術、呪術のいずれかの素質がある必要があるのよ。基礎霊力は鍛錬である程度増やすことが可能だから、長年鍛錬を積んだ人には大抵効かないわ。もっとも、呪符を使って呪いを強くすれば、その限りじゃ無いんだけどね」
そこで真理花は一拍空けて、次々と言葉を紡いでいった。
「うちは安倍家当主の娘で、桜も霊術師業界では、神童って呼ばれてる程の霊術使いだからね。学院側が班を組むのに、将来有望な人材を厳選したって訳」
「霊気の使い手である晃司と、鍛錬無しで呪術を無効化するほどの基礎霊力を持つ……と学院側は考えてたんだろうけど、実際は聖術の素質があった白夜。学院側としては嬉しい誤算だったでしょうね、もっとも基礎霊力をほとんど持たない事は想定外だったんだろうけど」
「うちとしては誰と組むのかなんてどうでもよかったんだけど、今は二人と組めて良かったと思ってるよ。二人といると楽しいし、からかい甲斐もあるしね」
真理花は後ろで手を組みながら、太陽のような笑みを浮かべている。
「話がそれちゃったから戻すね。要するに、白夜には聖術の素質があるの。だから、今日は聖術に関する話をしにきたんだよ」
「だけど、基礎霊力がないのに聖術って使えるのか? 」
聞き捨てならない発言だったので、思わず口を挟んでしまった。真理花と晃司君までもがあきれたような顔をしていた。
「講義で京極先生がおっしゃっていたと思いますが、ちゃんと聞いていました? 」
白夜君は途端に目をそらし始めた。------おそらく聞いていなかったんでしょうね。
「はぁ、分かりました。私から説明しますね。五術を使うには基礎霊力は一切必要ありません。その紙を渡してもらえますか? 」
私は白夜君から紙を受け取って、横に移動してきていた真理花に手渡す。
「真理花、この紙に呪力を流してください」
「はーい、分かったよ」
当然ながら、紙からは灰色の光が発せられる。
「俺や晃司が霊力を込めた時と光の色が違うな」
「そうだよ、白夜や晃司みたいに紫色にもできるけどね」
すると、灰色の光が紫色に変わった。その様子を白夜君と晃司君は興味深そうに眺めている。
「このように真理花が呪術を使うときに使用している霊力は、基礎霊力とは違う特殊なものです。白夜君の場合は聖術ですから、練習すれば違う色に輝くようになるはずですよ」
「へぇ、面白いな! それで、どうすれば聖術を使えるようになるんだ? 」
「それは私には分かりません。聖術は私たち御門家ではなく、咲守家の管轄ですから。通常、五名家の血をひく者はそれぞれ一つずつ五術を扱うことができます。例えば、真理花の安倍家の呪術、咲守家の聖術といった具合です」
「五名家って凄いんだな! けどなんで五名家だけが五術の素質があるんだ? 」
「それがよく分からないんだよ、うちも気になってはいるんだけどね」
「そうなのか、まぁいいや。それで俺は聖術を使うためにはどうしたらいいんだ? 」
白夜君は表情を引き締めて、真剣なまなざしで私の目を見つめてきた。
「明日、外出の支度をしてから、十時に学生寮門前にきてもらえますか? 詳しい話はその時にさせてもらいますから」
「十時に学生寮門前だな、分かった」
「それじゃご飯行こ~。うちお腹減っちゃった」
その発言を皮切りとして、みんなで食堂へと向かった。




