3,実戦訓練
第二訓練場で、京極と桜が生徒たちと向かい合っている。
「今日から本格的に霊術について学んでもらう。言葉は聞いたことあっても、どんなもんかは知らんもんがほとんどやったやろ。やから、昨日君らに霊術がどんなもんか知ってもらうために、模擬戦してもらったわけや」
立て続けに声を出していく。
「霊術ゆうのは霊力を駆使して用いる四属五術の総称を指す。霊術学院に入学できた君らには霊力があると思うが、この内五術は希少で先天的な要素が全てや。いくら努力しようが、才能がなければ扱えん。やから基本的には四属について学んでもらう。」
そこで京極は床に置いてあった小さな紙を生徒に配り始めた。生徒たちはそれを一枚ずつ受け取っていく。
「四属とは火、水、土、風を指す。最初のうちは、そよ風を起こしたり、手を湿らせるくらいしかできんと思う。けど適正がある属性に関しては、努力していったら……」
そこで視線を横にやると、桜は右手を前に突き出す。
「出でよ、土壁!」
すると、右手の先に円の形をした直径三十センチ程度の土の盾が出現した。
訓練場に生徒のどよめきが響き渡る。しばらくすると、土壁はくずれていった。足元には土が残ったままになっている。
「この通りや。さっき配った紙は霊力に反応しやすいようにつくられててな。御門みたいに言霊を唱えたら、紙が舞ったり、砂になるはずや。言霊は自分がイメージしやすいように唱えたらええから、早速やってみよか」
燃えろ、濡れろ、吹き飛べなどの言霊が周囲から聞こえてくる。
京極先生や桜は見回りを始めて、生徒たちにアドバイスをしているようだ。俺も様々な言葉を発するが、紙は全く反応してくれない。するとここに綺麗な女生徒がやってきてくれる。
「力みすぎですよ、白夜君、頭を落ち着かせて、ゆっくり丁寧にイメージしてください」
俺は桜の言葉を聞いて目を閉じる。
(イメージか…………)
頭に何かが流れ込んでいくのを感じて、俺は目を見開く。
「燃えろ!」
紙に小さな火がついたので、思わずガッツポーズをした。
「おめでとうございます。今の感じを大切にしてくださいね。練習していけば、紙を使わなくてもできるようになりますよ」
言いながら、天使のような笑みを見せてくれる。
(ほんとに良い子だな……真理花と違って)
そんなことを考えていると、横から聞きなれた声が響いてきたのでそちらを見る。
(はぁ~……またか)
「晃司、あんた才能ないんじゃないの」
「うっせー真理花、お前は黙ってろ」
すっかりいつもの光景となった二人がいたので、桜と目を合わせて苦笑してしまった。
◇◇
それから一月ほど時が流れた。
A組の面々は第一訓練場に来ている。第一訓練場は第二訓練場と酷似しているが、第二訓練場よりもはるかに大きな空間だ。
「今日は君らに妖を狩ってもらう。今日相手にするんは“LEVELⅠ|”の妖や。霊力のないもんには見えへんし、触れもせえへん。実体が無く、人間には害を与えることのない存在や。」
妖とは突如出現する霊的存在のことであり、太古の昔から霊術師が浄化し続けている存在だ。別次元からやってくるため、次元が歪みやすい夜に出現することが多い。
通常、次元の歪みは一瞬だけで、小さなものだ。したがって知覚は不可能であるため、人の目には妖が突然出現したように見える。
「凛ちゃん、妖はどこにいるん?」
「凛ちゃんは堪忍してと、言ったはずなんやがな……」
深くため息をつくと、右手を突き上げてななめに振り下ろす。すぐに右手を振り下ろした空間が歪み始め、不気味なものが現出していく。それはまるで暗黒のもやのようだ。そこからは続々とLEVELⅠの妖が出てくる。出てきた妖は大柄な京極よりも一回り大きく、その姿は個体ごとに異なっていた。
「じゃあ早速戦闘開始や」
不気味な笑みを浮かべながら、生徒たちに告げた。
◇◇
うちは“ゲート”から出てくる妖は気にせずに、上の観覧スペースに移動した凛ちゃんを見る。
(今のは振動術! しかもゲートを開くなんて“十霊将”クラス、ただの教師があんなの使えるわけない……あいつ、何者なの?)
得体のしれない教師の声が聞こえてくる。
「そいつらを各班で一体ずつ倒せ、方法は自由や。」
視線を妖に戻すと、ゲートはすでに閉じており、七体の妖が立ち尽くしていた。
◇◇
辺りが一瞬静まり返っている中、晃司が熊のような形をした妖に突っ込む。それから腰に掛けている刀に手を伸ばすと居合切りを炸裂させた。
斬られた妖は胴体を真っ二つに切断され、大きなうめき声をあげた。しばらくすると、妖は輝く粒子のようなものになって、徐々に消滅していった。
「弱いな、面白くねぇ」
吐き捨てると、刀を鞘に収め、目にもとまらぬ速さで生徒たちの集団に戻った。生徒たちはその様子を見て、顔を引き締めると、班単位で妖に攻撃を仕掛けていく。しばらくすると、七班のメンバーが晃司の元に駆け寄っていく。
「妖と戦うのはじめてじゃないのか?」
問いかけたのは、晃司に全くおびえが見られなかったためだろう。
「あぁ、前言ったように実家が霊術師やってるからな。親父は俺に霊力があることを知ると、喜んで妖を浄化する現場に連れていきやがったんだ……五歳の息子をだぜ、そっからは鍛錬の日々だったよ」
顔をしかめながら言い、三人は苦笑いを浮かべている。
「けど、そういうことだったのね。あんたが“霊気”を使えるわけが分かったわ」
「霊気って何だ?」
白夜が小首をかしげながら尋ねると、桜がそれに答えた。
「霊力を使って身体能力を底上げすることですよ。霊気を使いこなすには、厳しい肉体的な鍛錬が求められます。霊術師でも使える方はわずかしかいませんし、私と真理花も出来ません。」
「そうなんだ……スゲーじゃん晃司」
「だろ。もっと年上を敬いやがれ」
「要するに筋肉バカってことだけどね」
「あんだと、やんのか真理花?」
周りでは生徒と妖が激闘を繰り広げている中で、いつも通りのやりとりをする七班がいた。
それから一時間後、第一訓練場には未だに六体の妖が残っていた。生徒たちは四属を駆使して、戦闘を継続しているが、明らかに火力が不足しており、全くダメージが与えられていない。
やがて、一体の妖が突然、形状を変化させ始めたところで、いきなり観覧スペースから声が出される。
「そこまで! 火野、暴れ足りひんやろ、後は任せるわ」
その一言で生徒たちは戦闘を止め、妖から距離を取る。
京極の言葉を聞き、赤髪の野獣は獰猛な笑みを浮かべる。すぐさま斬りかかっていき、全ての妖が一撃で倒された。生徒たちは火野に尊敬のまなざしを向けており、一部の女生徒はほほを赤らめている。
「ものたりねぇ!」
京極は火野の肩に手を置いた。
「今日はこれで終わりや」
苦笑しながら呟くと、周りの生徒に目を向ける。
「今みたいに形状がいきなり変わりだしたら、進化の兆候や。進化する毎にサイズはデカくなり、強さは増していく。やから現出したら、出来るだけ早く浄化するんが対妖戦闘の鉄則、霊術師やったら、LEVELⅡ|までは瞬殺できて当然のもんや。早く強くなれ……ひよっ子共!」
「はい!」
第一訓練場に無数の声が響き渡った。




