1,入学
壇上では、背中を丸めた白髪の老人が入学式の挨拶をしており、広々とした会場には色とりどりの花が飾られている。
「……“平成の大災禍”であまりにも多くの霊術師の方が亡くなりました。それ以来、妖の出現頻度は増加の一途をたどっており……」
やがて学院長である翁の挨拶も終わり、新学院生たちはそれぞれの教室に移動し、席についている。部屋には大学教室のように長机がおいてあり、各机には二人ずつ着席する形式だ。
会話はほとんどなく、どこかぎこちない雰囲気が漂っていた。
しばらくして、担任とおぼしき茶髪にサングラスをつけた男性が教室に入ってくる。顔の左側には大きな創傷があり、威圧感あふれるすがたに新学院生の表情が若干こわばる。男は辺りを見渡すと、
「入学おめでとう。これからこのクラスを担当する“京極凛”や。早速で悪いんやが、これから第二訓練場に移動するしついてきてくれるか」
第二訓練場は地下にあり、まわりを大きな壁に囲まれた広大な空間だ。壁の上には手すりがかけられており、見物できるようになっている。
「まず各自の力を把握しておきたい。“安倍真理花”,“御門桜”の二名は前出てきてくれるか」
「はい、はーい」
「……」
ウェイブがかった金髪の少女が小走りで、黒髪の少女は無表情のままかつかつと歩く。それぞれが京極凛の左右まで行くと、お互いの長い髪をたなびかせながら、同時に新学院生に向かい合った。
「これから、この二人対クラス全員で試合してもらうわ。ルールはせやな、誰かが二人のどちらかに触れたら二人の負け、二人が全員を行動不能にしたら二人の勝ちでいくわ」
このルールを聞いた瞬間、学院生の間でざわめきが起こる。
「先生! そのルールだといくらなんでもこっちに有利すぎじゃないですか」
生徒の一人が少し怒気をはらんだ声で吐き捨てた。
「まぁ、そない怒らんといてや。怒るんはとりあえずやってみてからでも遅くないやろ?」
口元をゆるめながら、小馬鹿にしたような声ではっきりと言い放った。赤髪の男は不服そうにしながらも引き下がったが、その眼はぎらぎらと煮えたぎっているようだ。
「ほかに何か不満のあるもんはいるか…………特に無いようやな。ほな、試合開始!」
告げると同時に、京極は消えたと錯覚するほどのスピードで壁の上の観覧スペースに移動した。京極の動きを見てほとんどの生徒は驚愕の表情を浮かべている。
「じゃあ、ぶっつぶすか」
その中で、意にも介さず赤髪の男は言い切ると、通常ではありえない速さで金髪の少女に殴りかかった。
少女は一瞬驚いたような顔になる……がすぐに笑みを浮かべる。
「動くな!」
それだけで、いつの間にか右手に握られていた文字が刻まれている紙が男に向かう。
青年はそれに構わず殴りかかろうとするが、その紙が胸に張りついた瞬間、ぴたっと動きが止まった。
「クソッ、この金髪女なにしやがった」
「今使ったのは“呪術”。その紙は呪符っていう呪いを増幅する道具よ。」
小悪魔のようにクスッと笑うと、続けて言い捨てる。
「あんた、霊力を持つ相手と戦ったことないでしょ? 動きは悪くないけど直線的過ぎ。それじゃうちは倒せないよ」
男の横を通り過ぎてそのまま歩み出ると、自信にあふれた表情になる。
「早く終わらせたいし、かかってきてよ。なんなら全員でもかまわないわよ」
聞いた瞬間、生徒たちは憤り、半数を優に超える人数が一斉に襲い掛かかる。
少女はなにを思ったのか、後ろに向かって走っていき、
「桜、交代! うち、疲れちゃった」
肩をたたきながら言い捨てて、そのまま通り過ぎて行った。
「……えっ!」
一瞬固まっていた桜だったが、我を取り戻して後ろを振り返りながら口走る。
「ちょっと真理花、なに言って……」
目線の先には壁にもたれかかり、にこにこと微笑んでこちらを見ている幼馴染がいた。それを見て、ハアッと大きなため息をつく。それから、まじかに迫っている生徒の大群に向き直ると、
「吹き飛ばせ!」
瞬く間に、桜を中心としてゴウッと暴風が吹き荒れる。襲い掛かっていた生徒と赤髪の男は、風によって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。叩きつけられた生徒はショックによって気を失っている。
唯一、赤髪の青年だけは意識を保っているようだが、苦悶の表情を浮かべている。
しばらくの間、辺りを静寂が支配する。惨状を目撃した生徒は驚きのあまり声が出ない。中には腰が抜けて、尻餅をついてしまっている生徒もいる。
「眠れ!」
突然、後方から透き通った声が響き渡ると、意識を保っていた生徒のほとんどが眠りに落ちた。赤髪の男と一人を除いて。
「あれ、君なんで寝てないの?」
心底不思議そうに首を傾げ、黒髪の生徒に向かって歩いていく。少年は腰を抜かしており、身動きが取れないようだ。
真理花は呪符を胸に突きつける。
「お休み」
耳元でささやくと、少年は頭をガクッと落として眠り始めた。
「安倍、御門ご苦労やったな」
京極はいつの間にか真理花の横に立っている。
「うち、楽しかったしいいですよ」
「はい」
すると、いきなり桜が真理花の頭をぐりぐりし始めた。
「痛っ、桜いきなり何すんの?」
「おしおきです。いきなり私に押しつけて」
「ごめん、ごめん、だって暇そうだったから」
両手にさらに力を込めていく。一方で、桜の表情はゆるんできている。
「ほんとに痛いって、勘弁してよ~」
「おいっ、金髪女! さっさとこれ解きやがれ」
隅の方から怒り狂った声が浴びせられる。
「ごめん、忘れちゃってた」
目の前まで行くと、呪符を剥がして小さな手を差し伸べる。
「…………」
男はその手を払いのけ、一人で立ち上がるが、真理花はそのことを気にも留めない。
「あんた、名前は?」
「……火野晃司だ」
「うちは阿部真理花、真理花でいいよ、これからよろしくね」
お日様のように微笑み、再び手を差し出す……がその手は払いのけられた。
「どうや火野、少女二人にぼろぼろにされた感想は」
京極はいたずらっぽく笑いながら火野に近づいていく。火野は無言で京極を睨みつけ、しばらくすると、ふてくされて座り込んでしまった。
「さて、そろそろ寝てるガキども起こさなあかんな。阿部、御門頼むわ」
「凛ちゃん、さっきからさぼりすぎですよ。そもそも私たちを含めて、凛ちゃんが相手すれば良かったんじゃないの?」
「凛ちゃんは堪忍してや……」
うんざりしたようにため息をつくと、腰を抑えながら、
「中年男性はいたわらなあかんで。最近腰が痛くてな」
「うっそだ~……まぁ楽しかったからいいけど」
真理花は微笑みながら、眠りこけている少年のもとへ行き、呪符をはがすと
「桜、起こしてあげて」
「わかった……水よ!」
すると、桜の体から次々と小さな水玉が出現し、生徒の頭上まで行くと一斉に落下した。




