Party venue
レオンを伴って部屋から出る。
すると、控えていた者たちから歓声が上がった。
レオンは緊張からか無表情だったが、侍女たちにとっては、出て来てくれただけで嬉しいようだ。
「──フェリネ様、少しこちらへおいで下さい」
「? はい」
その中で、私に話しかけてきたのは、私を起こしたのと同じ侍女だった。
「…どこに行くの?」
「呼ばれたから、彼女の元に行ってくる。離れていても(精霊が)守ってくれるだろうから、安心できるよ」
「うん」
勢いよく頷いたレオンは、笑顔を浮かべた。緊張が解れてきたのかな、と胸をなで下ろす。
「いってらっしゃい、フェリネ」
「うん、行ってくる。…レオン、待っててね?」
「当然だよ」
去り際に小さく手を振ると、彼も返してくれた。王子様スマイル付きで。
それに対する黄色い声があがっているのを後目に、少し離れた所で待ってくれている侍女の元へと移動する。
「何の用ですか?」
「集会に出られるのでしたら、お召し物を着替えませんと。…というわけで、こちらの部屋に、衣装を用意しておきました」
「(…仕事早いなー)
すみませんが、ドレスを着るの手伝ってくれませんか?」
「もちろんそのつもりでございます。簡単ながら、お化粧もいたしますので」
「…はい」
化粧なんて、生まれてこの方したことない。どんなことをするのだろうかと内心わくわくしながら、部屋へと入った。
「……ドレスを、この中から選べと?」
まず衝撃的だったのは、壁にかけられたドレスの数だった。さながら衣装部屋だ。
「えぇ。一応、これでも少ないんですが」
「……マジですかー」
驚くのも無理はないですよ、と苦笑しつつフォローしてくれる。
「そうですよね。庶民にはお目にかかれない光景ですよね……。生地も上質なものだし」
近くにあったドレスを撫でてみると、サラサラとした表面だった。施されている飾りは繊細かつ丁寧で、見た目も肌触りも、いつも着ている物とは全然違うと実感した。
「フェリネ様、どれになさいます?」
「…私に一番似合いそうなものを選んでくれますか」
自分の感性に自信がない。さらに言うと、私の容姿は、どこにでもいるような子…つまり平々凡々だから、あまり豪華なドレスは似合わないかと。
「…こちらなんかどうですか?」
彼女が選んでくれたのは、淡い黄色のドレス。ところどころに花をイメージしたボンボンやレースがあしらわれている。
「文句一切ないです」
「良かったです。…では次に、髪ですね。すこし巻きますよ」
微笑を浮かべる彼女。私は彼女にまったく抵抗せずに、髪を整えてもらう。…あ、お風呂は好きで毎日入っているから、別に汚くないんですよ? お風呂に毎日入るのは、この国の文化の一つですので。
「──はい、完成です」
簡単に化粧をしてもらった後、鏡を見るように促されたので、側にあった全身鏡で確認する。
普通の人より量が多い黒髪は、広がるのを隠すために毛先だけカールしていた。化粧は血色良く見せるための粉を頬にパフパフと馴染ませただけ。
淡い色のドレスも相まって、全体的に控えめな印象だ。
「よろしいでしょうか?」
「もちろん」
「気に入っていただけて良かったです。…では、どうぞこちらへ」
彼女に扉を開けてもらい、外へと出る。
私が姿を見せると同時にレオンの賞賛がやってきた。
「フェリネ可愛い」
「ありがとう。…こんなに変わるだなんてね」
「? 元々フェリネは可愛いよ」
「…レオンのその自信はどこからやってくるの?」
誉められ慣れていないし、化粧も初体験だ。
赤面しているかもしれない。どうにか冷静になるべく、精霊たちに意識をよこす。
頭上でふわふわと浮いている精霊たちの反応は公平だった。
『フェリネなの?』
『変わったねー』
『べつじんだねぇ』
……ねぇ、そんなに? 識別不可能なほど変わったの?
◆◇◆◇
王様から、私の同行も認められた。
レオンには、私も呼ばれているということになったいるから、侍女経由で、あくまでも秘密裏に確認を行った。
会場に着いて、レオンが扉を開けてみると、話に聞いていたとおり、皆さん勢揃いしておられた。その人数、五十人以上。
……あれ? レオンたち四人と宰相さんだけじゃなかったっけ? え、宰相多すぎない? と、困惑する私とは対称的に、レオンは特に驚くことなく、定位置まで私をエスコートしつつ歩いてくれた。
そして、現在。『第二王子無事帰還パーティー』と名付けられたそれは、開始から約一時間ほどがたっていた。
「フェリネ、これも食べる? あ、これもおすすめだよ」
立食形式らしいパーティーで、私の隣から離れようとしないレオン。
…私の傍についていなくても、精霊たちの守りは完璧だよ?
レオンは、開始直後から私に付きっきりで、ひっきりなしに来る宰相の帰還祝いの言葉には見向きもしない。
それどころか、声をかけられる度に煩わしいとばかりに顔をしかめる有り様だ。
さすがに、王子としてそれはどうかと思ったので(しかもこのパーティーの主役だし)、ここらへんで忠告しておくことにした。
「……レオン。せっかく祝ってくださっているのだから、感謝の言葉くらい述べたらどう? っていうか、それが常識だと思う」
「ん? フェリネがそうしろって言うんならそうするよ?」
さも当然とばかりに返ってきた言葉に、軽く頭痛を覚えた。
記憶が甦る前は、こんな振る舞いはしなかったのに…。
「……うん、そうしてくれると嬉しい」
幻の頭痛と戦いつつそう答えると、レオンは即座に分かった、と頷いた。
…素直なのは良いことなんだけどね。それくらいは自分で考えようか…!
「(疲れた…。まさかレオンのせいで疲れるとは思わなかった……)」
ここに集まっている人たちから、非難を浴びるかと身構えたけれど、それもないし。…むしろ何でか好意的。私に向かって喋り掛けてくれる人もいるし。なぜだか、そのたびにレオンの機嫌が悪くなってたけれど。
「──フェリネさん、だったかしら?」
あの注意から、今までとは一転して笑顔まで浮かべて(愛想笑いだろうけど)受け答えをするレオンに安堵し、彼から視線をはずしてキョロキョロと周りを見ていると、話しかけられた。
声の主はレオンの母親、つまり王妃様。初対面の時のように厳格な雰囲気ではなく、どちらかというと柔らかな声だ。
「はい。フェリネ・アーデライトと申します」
優雅に一礼…はできないので、できるだけ粗相のないようにと心がけて、深く礼をした。
「そんな他人礼儀じゃなくて良いのよ。貴方には、私たち全員が感謝しているんだから」
「…はい?」
唖然として、思わず間抜けな声をあげてしまった。王妃様は、それに目くじらを立てることなく、逆に朗らかに笑った。そうして、言葉を続ける。
「レオンのことなの。…玉座の間では言えなかったけれど、ありがとうね」
「? レオンを保護して、王宮まで送り届けたことですか? それなら、もう王様から労いの言葉をかけていただきましたよ」
言外に「過剰な感謝は不要です」と匂わせてみるが、王妃様は首を横に振った。
「それもそうだけれど、それだけではなくて…。レオンの手綱を取ってくれていることに関してよ」
「え、手綱ですか…?」
その自覚は少しあるけれど、それで感謝されるってどういうこと?
私の、未だ解せないといった感情が表情に表れていたのだろうか。王妃様は説明を付け加えてくれた。
「レオンは、記憶を失う前…失踪する前は、とても手が付けられない子だったの」
「(すごく嫌な予感)」
「身分を傘に、横暴な態度と言うのかしら…。下の者が挨拶をしても無視、もしくは居ないかのように振る舞う……とか」
「(それ苛めじゃないんですか王妃様!?)」
「私たちが注意しても聞かないし、ライオスには、顔を合わせればつっかかるし」
「(レオンのイメージが…当初のイメージが崩れる!)」
「だから、あんな風にね、宰相の方たちに笑顔を浮かべて挨拶を返すだなんて考えられなくて。…記憶がないからかしらね?」
「……あの、王妃様。それ、私が忠告する前のレオンです」
ちなみに、記憶戻りました。
そう報告すると、王妃様が目を見開いた。…あ、既視感。
「つまり、あの子の記憶が戻ったということ?」
それに肯定を返すと、王妃様が王様とライオス様の名を呼んだ。…まわりの喧騒に負けないくらいの大声で。
幸い、周りはさほど気にしていないようでよかった。
王妃様に呼ばれて来た二人の前で、先ほどの報告を再度する。
──反応は皆同じだった。一様に驚きの表情だ。
……ねぇ、レオン。どんなひどいことしてたのアンタ。
「記憶が戻ったのか、良かった!」
みんな、記憶が戻っていたことに安堵と喜びを感じているようだ。
そんな彼らを微笑ましげに見ていると、
「…フェリネ、何話してるの?」
「レオンの話。……ていうか重いんだけど」
三人と話している私の背後から、レオンが覆い被さるように抱きついてきた。
重いと抗議すると、体重をかけないようにしてくる。
…結局、抱きついているのは変わらないんだけどね。邪魔じゃないから構わないけど。
「僕の? 具体的には?」
「記憶が戻ったってことだけ」
「そう。…ねぇ、フェリネがそっちに付きっきりで暇なんだけど」
「はいはい、我が儘言わない。
それより、大臣さんたちとの会話は終わったの?」
「うん、終わった」
暇だと言うので話題をふると、一転して笑顔を浮かべるレオン。
『褒めてー』という副声音が聞こえてくるようだ。忠犬なところは相変わらずらしい。
「…よくできました」
「うん、頑張った!」
レオンは『褒めてもらえたー』と嬉しげな表情でぎゅーっと抱きついてきた。パタパタと尻尾を振る、のが見える。…最近、この幻覚が、より鮮明になってきたような気がする。
「…レオンが、すごく懐いてる」
フェリネは、幸せそうなレオンの頭を撫でつつ、その光景を見て呟いたライオスの言葉に首を傾げた。
「(確かに忠犬だとは思うけど…)
それは私が命を助けたからでは?」
「それだけで、こいつがこんなに好くはずないよ」
フェリネからまったく離れる気配がないレオンに苦笑しながら、そう答えた。
「…? そうですか?」
「分かったような口聞くなよ」
「……レオン、口が悪いよ」
「だって苛ついたから…っ」
フェリネの質問の最中に、それを遮って声を発するレオン。その気配は、フェリネには決して向けないようなものだった。曰く、敵対心。
実兄を睨むレオンを諫めつつ、もし犬の尻尾がついていたら、その毛は逆立っているんだろうな、と想像する。
「レオナール、フェリネさんの言うことを聞きなさい」
「…王妃様、そこは『親の』じゃないんですか?」
何で私!?
「私たちの言うことを聞くなんて思えないものだから。
レオンをよろしくね、フェリネさん」
「まさかのお手上げ状態!?」
「聞くわけないだろ。それに、フェリネは僕のだから」
「お前も開き直ってんじゃないよ!? それに私は物じゃないし!」
王妃様の天然発言(?)と、レオンの敵愾心からくる反抗的な言葉への対応で、四苦八苦するフェリネ。
そのフェリネに向かって、会場の多くの人が同情と期待の視線を送っていたのを、彼女は知らない。




