A rumor
──店から出てしばらく歩いていると、あちらこちらから呼び止められた。
「森のお嬢さん、かぜ薬を下さいな。子供が風邪を引いてしまったの。
あと、熱冷ましの薬もあると助かるのだけれど…今持っていらっしゃる?」
「どちらもありますよ。
…はい、子供でしたらこれで一週間分です」
肩にかけていた鞄から、あらかじめ子供用に仕分けておいた錠剤を渡す。
──このように、前もって個別にしておくと、渡すときに手間取らないので、その分相手を待たせなくて済む。
そう学習したのは、町に売りに出始めてからすぐのことだった。
それからは、子供用と大人用、そして薬の種類──飲み薬、塗り薬、貼り薬──ちゃんと計って、細かく分けてから売りに行くようになった。
この方法は、思いのほか人気を集めた。急いでいるときや、他にお客さんがたくさんいるときにも、受け渡しがスムーズにいくからだ。
──そんなこんなしているうちに、周りでは、薬を買い終わった主婦たちが噂話に興じていた。
「──ほら、パン屋とこの娘さん。ご両親は行き遅れるのじゃないかって心配していたけれど、めでたく先日結婚したらしいわよ」
どうやら、話題は噂話らしい。
せっかくなので、情報を入手しておこうと、立ち聞きをしてみた。
森の奥深くに住んでいるため、こういう手の話にはどうしても疎くなってしまう。
…これではさすがにヤバいと思う。時勢を知ることも、商売人としては大切なことなのだ。
「あら、おめでたい! あの子、気立てがいいから行き遅れる心配なんてしなくていいと思っていたのよねぇ。よかったわね~」
「なんでも、隣町の若者だとか」
「あら、王都に近い町だって聞いたわよ?」
「そうなの? …そうそう、皆様。王都っていえば、例の噂はご存じ?」
「あの、第二王子が行方不明になったっていう?」
「それ、聞いたわ。狩りの途中にいなくなったらしいわよ」
「……あの。第二王子が行方不明なんですか?」
第二王子、という単語に胸騒ぎを覚えて、その話題で盛り上がっていた主婦の人たちに問いかけた。
「ええ、噂だけれどね」
「お后様譲りの金髪だって、書いてあったわ。…ほら、あそこに張ってある紙に特徴が書いてあるから、見てみるといいわ」
「……ありがとうございました!」
話を中断させたにも関わらず、嫌な顔一つせずにていねいに教えてくれた彼女らに頭を下げて感謝すると、レオンを連れてその張り紙を見に行く。
そこには、
『金髪碧眼』
とだけ記してあった。
「……」
たった、それだけ。
けれど、今の私にとってはそれだけで充分だった。
──先ほど聞いた、『金髪は母親譲りのものである』ということ。
現王妃様は隣国エルティナから嫁いできたのだ、と聞いたことがある。
「(母親譲りの髪色…それは、隣国の……)」
──そういえば、前に何かで読んだことがある。この国の歴居についてだ。……今まですっかりその存在を忘れていたのだが。
それによると、隣国とは仲が良いけれど、鎖国時代に育ったこの国独特の文化に馴染めないからか、他の国から嫁いでくる人はあまりいないらしい。
金髪──というか、黒や茶色以外の髪色──の人が珍しいのは、こういう背景があるからだった。
「(それに、保護した時に着ていた服も…王子様だと言われれば納得がいく)」
大方、どこかの裕福な商人レベルかと思っていたが…とんだ間違いだったのかもしれない。
「………フェリネ、どうしたの?」
──もしかして、レオンは、
「…フェリネってば。聞いてる?」
ずれないようにか片手でフードを押さえたレオンが、無言で立ち竦んだ私をゆっさゆっさと揺らす。
「……え、何?」
「だから、どうしたの? 急に固まって」
「…この特徴、レオンそのままだよね?」
周りに聞こえないように声を潜めてそう問う。
その問いを受けたレオンは首を縦に振ったが、その後で、いまいち要領を得ないといった表情で首を傾げた。
「…青い瞳なんていくらでもいるし、金髪だってそんなに貴重ではないでしょ? ……この辺には少ないみたいだけどさ」
「この辺というか、この国にはあまりいないよ。
…レオンが王子じゃないとしたら、残るのは、隣国の血を受け継いでいる子供って説だけなんだけど……。
この仮説は成り立たないんだよ。第一、レオンの元々の服は見るからに高級品だったし。
──こう考えていくと、『レオンは第二王子である』という説だけが、見事に成立する」
むしろ、それ以外は考えられない。
そう淡々と説明する。
そして最後に、「『該当する者がいたら、至急王宮まで連れてくること』って書いてあるし、行こうと思うんだけど。いいよね?」と意志を問うと、レオンはこくりと頷いた。




