A meeting
ここ、アスティカ王国の中央には、『精霊の森』と呼ばれる大きな森林があります。
精霊の森では、血はタブーとされています。血に触れると、精霊たちが弱ってしまい、森の木々が枯れてしまうからです。
◆◇◆◇
「──だから、血は駄目なんだって…」
精霊の森を、そう独り言を言いつつ歩く少女。重いため息をつき、見目麗しい顔をしかめています。
「で、どっちだっけ? …え、逆方向?」
時折空を見つめて誰かに呼びかけては、また独り言を零します。
「それ早く言ってよ…レーシー」
レーシーとは、この森の深くに住む精霊の一種の呼称です。
──そう。この少女は、精霊を見たり、精霊と会話ができる…この王国内でも数人いるかいないかというほどの、類い希なる体質の持ち主なのです。
本来ならば、王国によって保護される存在です。しかし、少女はそれを嫌いました。
曰く、「人が嫌いだし、それに付随してくる色々なしがらみも煩わしい。それに、王宮で不自由な生活をするのも不本意」「申告しなければ体質の事はバレないんだし、第一、森から出たくない」と。
「──…ここらへん、かな」
今、彼女はレーシーたちから『血が流れていて森が不穏な空気に包まれている。元凶をどうにかして欲しい』と言われ、その願いの通りに動いているところです。
…そのわりには、道を間違えていてもあえて訂正せずに進ませ、それに気付いたこちらの反応を楽しんでいますが。
「……精霊たちは、血が嫌いなんじゃなかったっけ?」
少女がそう問えば、返答がすぐさま色々なところから返ってきました。
『戦いでながれた血はいや』
『…あってるけどちがう』
『いまは血にたいしょするよりフィーで遊ぶのがたのしいのー』
「…おい最後の。私にケンカ売ってるよね?」
──その口ぶりからして、やっぱりさっきのはわざとなんだな?
少女は、問題発言をしたレーシーを視線で探してみましたが、見分けが付かないため、すぐに犯人捜しを断念しました。
「……ん?」
ふと、遠くへと視線を動かすと、その視線の先に、人が木の幹にもたれ掛かっているのに気付きました。
なんとか座る体力はあるようですが、ぴくりとも動きません。
「…い、生きてるよね?」
『ねてるのー』
「……それは昏睡状態の間違いではないでしょうか」
その人の周りの地面の一部は、血が染み込んだように変色していました。
少女は、近づいて容態を確認してみることにしました。
「左肩負傷。幸いなことに、太い血管は傷ついていない…と。
──…じゃあ、治療するからこの人を運ぶの手伝ってくれる?」
少女は、怪我の具合を判断し、簡単に応急手当をすると、その人から視線を外しました。
そして、再び虚空を仰ぎ見、精霊達にそう要請しました。
言葉はそれぞれ違いましたが、総じて『諾』という返答をもらった少女は、レーシーたちの助けを借りて自分の住む家──森のほぼ中央に建てられた、丸太小屋──へと、その人を運びました。
◆◇◆◇
「……ん…? こ、こは…」
気がついたら、知らないところに居た。
置かれている状況を理解しようと思い、起き上がろうとしたが、左肩が痛んで上手くいかなかった。
どうしたのだろうか、と首を回して左肩を見てみると、包帯が巻かれていた。包帯には、じんわりと血が滲んでいた。
動けないので、しかたなく寝たまま周りを見回してみるが、誰もいない。
──怪我を、したんだったか…?
「あ、起きてる」
「!?」
突然の声にビクッと肩を跳ねさせると、包帯が巻かれているところが、また鋭い痛みを発した。
思わず、その苦痛に顔をゆがめ、くぐもった呻き声を漏らすと、その声の主──この国では珍しくない組み合わせの、黒髪に黒眼の少女──は、呆れたような視線を投げかけてきた。
「怪我してんだから、動かないでくれませんか。せっかく閉じてきた傷口が開くでしょう」
「……傷、が…?」
「そうです。左肩に大きな切り傷があります。──発見時、多量の出血をしていましたので、簡易な止血処理をしてからここへと運びました」
「…僕が、怪我を?」
僕の問いに、怪訝そうな表情になる少女。
「もしかして、覚えてないんですか? ご自分が負傷したときのこと」
「…すみませんが、何も…」
僕がそう答えると、少女は口をつぐんでしまった。
僕から喋りかけるわけにもいかないので黙っていると、しばらくしてから質問を投げかけられた。
「──じゃあ、あなたの名前とか生い立ちは?」
「…レオンと、呼ばれていました。それ以外は覚えていません」
「……完全なる記憶喪失ですね分かります」
何が分かるのか気になって尋ねようとしたが、話しかけられる雰囲気ではなかったのでやめた。
それに、助けて貰ったというのに根掘り葉掘り聞くのは図々しいと思うからだ。それより、
「──あの…貴方が、僕を?」
「不本意ながら。私が介抱したってことになりますね、一応」
「ありがとうございました。…そして、感謝の言葉が遅れて申し訳ございませんでした」
「いえ、別に期待してませんでしたし。……にしても、育ちがいいんですね」
少女が、感心したような、珍しいものでも見るような視線と共にそう呟いた。キョトンとすると、少女はさらに言葉を紡いでくれた。
「言葉遣いもそうですけど、気品とかが。…それに、発見したときに着ていた代物が、どう考えても貴族服でしたから」
「発見時に着ていた服、ですか?」
「今は傷に負担をかけないように服を変えましたけど、貴方が倒れていたときに着ていたのは豪華な貴族服でした。
まぁ、貴族服といっても、私に生地や意匠のことは分かりませんから、庶民が着る服ではないってだけですけどね」
持ってきましょうか?と問われるが、遠慮する。女性に二度も血の赤を見せるのは忍びないという理由からだ。
「……二度見るもなにも、傷の手当てしたのはそもそも私なんだけど」
その理由を述べた後、疲れたように俯いた彼女が何か呟いていたが、聞き取ることは出来なかった。




