凍える夜に1欠片の温かさを
しんしんと寒さが押し寄せてくる中、1人のお爺さんが体を縮こませつつ足早に帰り道を急いでいます。
「うぅー、こりゃぁいかん、早く帰って温まらないとな」
大事そうに袋を胸に抱きしめそう口にすると、更に歩く速さを上げました。
と、道端に何やら人影のような物が見えてきます。
「なんじゃありゃ?」
不思議に思ったお爺さんはその影のある方が帰り道だった為、なんなのか確かめてみる事にしました。
「おおー、こりゃぁ見事な雪だるまじゃて」
その影は雪だるまでした。
何度も雪だるまを作った事があるお爺さんでも感心してしまうほど見事な作りで、大きさはお爺さんの腰くらいまでですが全く凸凹がありません。
ところが、何かが足りないようにお爺さんは感じました。
「そうか、顔や手だって作って貰っているのに、帽子も手袋もマフラーも何もないじゃないか」
それに気が付いたお爺さんは、幼心を刺激されたのかポンっと手を叩いた後楽しそうに雪だるまに自分が身に着けていた帽子と手袋とマフラーを着けてあげます。
「よしよし、これで完璧じゃな。
っと、寒い寒い。はよう帰ろう」
満足そうなお爺さんでしたが、帽子も手袋もマフラーも上げてしまった為もっと寒くなってしまいます。
ぶるりと大きく体を震わせたお爺さんは、殆ど走り出すように歩を進み出すのでした。
「わぁー、お爺ちゃんありがとう!」
嬉しそうに男の子がお爺さんに抱きつきます。
そうです、胸に抱えていた袋の中身は孫へのプレゼントだったのです。
「良かったな。
お父さん、どうもありがとうございます」
少年のお父さんが男の子の頭を撫でてお爺さんにそう告げます。
「何の何の、勇太の笑顔が見られるなら安いものじゃって」
得意そうに言うお爺さんに、娘でもある男の子のお母さんも笑顔で喋りかけます。
「いつもありがとうお父さん。
勇太、良かったわね」
皆でニコニコと笑顔が溢れ、とても楽しい時間を過ごしていました。
と、急に呼び鈴が鳴ります。
「む? こんな時間にお客さんかの?
ふむ、もしかするとワシの呑み友達が帰りに寄ったのかもしれん。ワシが出よう」
お爺さんがそう口にして玄関に向かいます。
「おおーい、今行くからそう何度も鳴らさんでおくれ」
何度も何度も呼び鈴がなる事から、なるほど呑み友達は相当酔っ払っているのだろうとお爺さんは思いました。
お爺さんが大きな声でそう伝えると呼び鈴は鳴り止んだので、まだ話が出来そうだと安心します。
ところが、お爺さんが勢いよく玄関の戸を開けた先にいたのは見た事もない女の子でした。
「おや? こんな夜更けにどうしたんじゃ?」
女の子に聞きながら周りを見たのですが、他に誰もいませんでした。
「あのね、どうしてこれくれたの?」
こんな小さな子を1人でと内心で憤慨していたお爺さんは少し反応するのが遅れてしまいますが、よくよく見れば女の子が手にしていたのはお爺さんが雪だるまに上げた筈の帽子に手袋にマフラーではありませんか。
なるほど、この子が作ったのかとお爺さんは感心します。
「おぉ、あれは君のだったんじゃの。
やっぱり雪だるまには帽子と手袋とマフラーが必要じゃて。
しかもあんなに綺麗に出来ていたのだしの」
褒め称えるようにお爺さんが言えば、吃驚した表情を浮かべて女の子は顔を赤くします。
「……綺麗だった?」
「そうじゃよ、あんな見事な物は久しぶりに見たわい。
っと、もしかして余計なお世話だったかの?」
最初女の子があまり嬉しそうじゃなかった事を思い出したお爺さんは、申し訳なさそうな顔を浮かべて口にします。
と、女の子は勢いよく首を横に振って、照れながらありがとうと口にしました。
「喜んでくれたのなら良かったわい。
ところでお父さんとお母さんはどこかね?」
そう聞けば、不思議そうな表情を浮かべた後女の子が口を開きます。
「私、お父さんもお母さんもいないよ」
何と言う事でしょう。この子は捨てられたのかもしれません。
もしくは孤児院を抜けてきた可能性だってあります。
ならば、ここで家に上げて上げなければ女の子は少なくとも今夜1晩こんな寒い夜の中で過ごす事になってしまいます。
どうしてもそれが不憫でならなかったお爺さんは、女の子を家の中に上げる事にしました。
女の子は遠慮したのですが、半ば強引にリビングまで連れて行きます。
「勇太や、この子と遊んでやってくれないかい?」
「うん、分かった!」
困惑している女の子を孫に託し、お爺さんは事情をお父さんとお母さんに伝えます。
「そう言う事でしたか。
分かりました、とにかく今夜は泊めましょう」
お父さんが口にすると、お母さんが縦に頷きます。
「おじーちゃーん。
ユキちゃん苦しいって!」
と、突然男の子が声を上げ皆慌ててそちらに駆け寄ります。
見れば本当に女の子が苦しそうにしていました。
「おおお、大丈夫か?」
「熱い……、熱いよぉ」
苦しそうに女の子が口にします。
あんな寒い中に居たのです、熱が出てしまったのかもしれません。
と、男の子がパッと手を掴んで女の子を引っ張っていきました。
「勇太、どうしたんじゃ?」
「ユキちゃん助けるの!」
元気に返事をした男の子は、何故かそのまま外へと飛び出していきました。
それに慌てたお爺さんもお父さんもお母さんも皆で外に出ます。
「勇太、どうして外に出たんだい?」
お父さんがそう聞けば、男の子はこう答えました。
「だって、家の中熱くて苦しいって言うんだもん」
お母さんがそれを聞いて、熱を出したら逆に温かくしないとダメなのよと教えようとしたところ、女の子が嬉しそうに口を開きました。
「勇太君ありがとう!」
見れば元気そうにしている女の子。
男の子はよかったよかったと喜んでいますが、大人達は何かおかしいぞと首を傾げてしまいます。
「でも、私幸せになれないのかな?」
急にそんな事を言い出す女の子。
不思議に思った男の子がすぐに聞き返しました。
「何でそう思うの?」
「だって、幸せだと温かくなっちゃうんでしょ?
私溶けて消えてしまうわ」
「そうなの? 嬉しくてここが温かい時も溶けそうなの?」
女の子のセリフにお爺さんがまさかと思っている間に、男の子が胸に手を当てて女の子に聞きます。
すると恐る恐る女の子が自分の胸に手を当てた後、嬉しそうに口を開きました。
「溶けそうじゃない!」
「じゃぁ幸せになれるよ! やったね!」
やったやったとはしゃぐ2人を、お父さんもお母さんも温かく見守ります。
「そうか、あの雪だるまは精霊が宿っておったのか。
ワシが身に着けていて温かくなってしまっていた物を上げたのは失敗じゃったのぅ」
昔話で聞いていた事が事実だった事に嬉しく思うお爺さんでしたが、自分が親切でやった筈の行為が相手にとって迷惑だったかもしれない事に思い当たり、情けなさそうに零しました。
すると、女の子が満面の笑みでお爺さんを見つめて口を開きます。
「ううん、すっごく胸の中が温かくなったし……ありがとう!」
女の子の言葉にホッと胸を撫で下ろすお爺さん。
昔話では、冬の精霊を喜ばせるとその加護が、怒らせると氷漬けにされてしまうとなっていたからです。
加護が得られるかは実際分かりませんが、少なくとも氷漬けにはされないようです。
「良かったね!」
「うん、ありがとう。お爺さんも勇太君も大好き!」
そう口にした女の子が輝きだし、その光が男の子とお爺さんを包みます。
お父さんとお母さんは眩しくて目を瞑りました。
「今日はもう遊べないけど、明日から遊ぼうね」
そんな女の子の声が聞こえ、光が収まると女の子の姿は消えていました。
代わりにお爺さんの帽子と手袋とマフラーを着けた雪だるまが庭にあります。
「お父さんお母さん、何だか僕全然寒くないよ!」
嬉しそうに伝える男の子に困惑するお父さんとお母さん。
お爺さんがそんな2人に確信を持って口を開きました。
「冬の精霊様のご加護じゃて。
いや、ワシも知らなかったのじゃが、あの雪だるまに宿っておられたようでの。
それにしても、善意でとは言え迷惑を掛けた筈のワシにまでご加護を下さったのだからお心はとても広い方のようじゃ。
勇太や、くれぐれも大切にするのじゃぞ」
お爺さんの言葉に驚きを向けるお父さんとお母さんでしたが、男の子が先に口を開きます。
「勿論だよ! 皆には優しくだもんね。僕知ってるもん」
ニコニコと元気に言う男の子に思わず笑みを浮かべる3人。
お母さんが言葉をかけます。
「そうね、勇太はちゃんと出来るもんね」
「うん、だからユキちゃんと仲良くするんだ!」
元気に口にした男の子に、お父さんも嬉しそうな表情を浮かべます。
「偉いぞ勇太。
さっ、お父さんもお母さんもご加護を授かっていないから寒いんだ。
家の中に入ろう」
そう促して皆で家の中に向かいます。
と、最後に中に入ろうとしたお爺さんが雪だるまの方を向いて口を開きました。
「どうか、今後共宜しくお願いしますじゃ」
それに答えるかようにニコッと雪だるまの表情が変化したように感じました。
こうして男の子とお爺さんに会いに、お爺さんが上げた帽子と手袋とマフラーを着けた女の子が毎年の冬毎日遊びに来るようになり、皆で幸せに暮らしましたとさ。
いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたのでしたら幸いです。