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世界の神話・異聞  作者: 叶 遼太郎
天使は空を侵略し、悪魔は大地を蹂躙する
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葛藤

「すでに、あんた方は悪魔どもの影響を受けている」

 そうラジエルは切り出した。何のことだ、という顔のリャンシィに対して、おや、という顔を作ってラジエルは続けた。

「気づいてないのか? あんた方は、けっこう頻繁に悪魔どもの計画で生まれた連中と戦っているはずなんだけどね」

「もしかして、あのデカい虫や、ゾンビどものことか?」

「そっちの呼び方は知らないが、軍事用に開発された虫兵のことや死体を再利用して生み出された死霊兵のことを言っているのなら、そう、その通り。自分たちは千年に一度しか来られないけど、姑息なあいつらはそうやって自分の手駒をすでに送り込んでいる。ほれ、あの錆びれた建物。あれは奴らが創った研究所の一つだ。今は稼働していないが、つい最近まであの工場でそういう連中が生み出されていたはずだ。ま、運悪くあんたらに見つかって全部いなくなっちまったけどな」

 ご協力いただいていたようで感謝します、と大仰な仕草でラジエルは腰を折った。

 上手いな。と感心した。知らなかったとはいえすでに協力してた、という前例があると、リャンシィたちの心のハードルが下がる。すでに一度協力しているから、という気になるからだ。そしてラジエル達にとっても良い材料だ。例えば、そのことを悪魔が知っている、悪魔たちはお前らも天使の仲間だと思っている、なぜなら悪魔の手先を潰していたからだ。そういう論調に持って行ける。参謀というだけあって、兵の運用だけでなく交渉ごともお手の物か。

「今は、おたくらに大きな影響は出てないのかもしれない。けど、今後でないとは限らないんだ。被害が出てからでは、誰かの命が奪われてからでは遅いんだぜ? 後悔ってのは先に立たねえぞ?」

 完全にペースを掴まれて、リャンシィは黙りこくってしまった。彼の表情から何を読み取っているのか、ラジエルはしばらく彼を見つめた後、ふ、と肩から力を抜いた。

「すまん。少し焦り過ぎた。許してくれ」

「いや・・・」

「だが、これだけは分かってくれ。俺たちも切羽詰まってる。事態は最悪の方向へ動こうとしているんだ。それを防ぐには、どうしてもおたくらの力が必要になってくる」

 ラジエルは立ち上がった。つられるようにルシフルも立ち上がった。

「確かに、急にこんな話をされて協力しろ、と言われても返答に困るよな。けど、全部事実なんだ。今すぐに返答をくれなくていい。明日村の連中と相談して、決めてくれ。俺たちは明日の夜、もう一度ここに来る。その時に答えを効かせてほしい。あんたの答えを。村の総意を」

 そう言ってラジエル達は家から出て行った。押して、退く。押しっぱなしだと相手は反抗という一択しかないから、その考えを曲げさせるのは難しい。けれど、引くことで相手に選択権を与える。すると、与えられた情報を自分の中で取り込む余裕が生まれる。そして、今回取り込まれるのは放っておけば自分だけでなく村人にまで被害が及ぶかもしれないという恐怖の情報だ。恐怖は人の感情でもかなり大きく作用する。また、リャンシィは見回りなどを行うのだからこの村でも誰かを守る立場だろう。そんな立場の人間が考えることなんて、そんなにない。実に巧みな《誘導》だと思う。

「ねえ、クシナダ」

 僕は隣で同じように聞き入っていたクシナダに声をかけた。

「何?」

「悪いんだけど、頼まれてくれるかな」


●-----------------


「何故彼らにあんな話を」

 リャンシィの家で説明を終え、天界に戻る途中、ルシフルがラジエルに詰め寄った。しかし、ラジエルは肩を竦めるだけで反省の色は無い。

「事実を話しただけです。それだけで、ほら。こんなに簡単に譲歩が得られた」

「しかし、全てを話したわけではない! 私は、協力を仰ぐ彼らを騙すようなことはしたくない」

「騙してはいませんよ。悪魔がこの世界を狙っているのも、彼らを襲った虫兵どものことも、全部事実じゃないですか」

「不完全な、だ。我らにとってもこの世界の力は必要であること、虫兵どもは《奴ら》だけではなく、《我ら》と《奴ら》、もとは一つであった我々が創り上げた物だという事を、だ」

 彼らがリャンシィたちに伝えていない真実は、いくつかある。今ルシフルが言ったように、この世界に溢れる力は彼らにとっても重要なものであるという事。何千年も昔、彼ら天使と悪魔は元いた世界の資源が枯渇したことを機に、新たな居住地を求めてこの世界に降り立ち、優れた文明を築いた。各地に点在する研究所や遺跡は彼らが作った物が多い。優れた文明を築いたのは事実だが、それは同時に、脅威が存在した、ということでもある。自然災害レベルの脅威となる惑星原生の巨大生物。突如として現れる宇宙からの侵略者。そういった脅威に対抗するために、彼らは色んなものを創った。力がない者でも戦えるように開発された対巨人用兵器グレンデルや対龍・対レーザー兵器用シールド《イージス》などだ。

 その中でも最も優れた発明は、この世界に住んでいた最も脆弱な人という種族に、龍や大蛇、巨人、巨狼、怪鳥など、彼らと敵対する生物の遺伝子を組み込み作られた獣人だ。

 人は自分たちのことを化け物共から救ってくれた命の恩人だと思い込み、自分たちに従順になった。その彼らを手懐けることなど、赤子の手を捻る様なものだった。それは、彼らに牙を与えてからも変わらなかった。もちろん、生まれてから従うように教育し、そう仕向けていたというのもあるが。

 獣人たちの活躍は目覚ましかった。ひとたび戦いとなれば獣の本性をむき出しにし、同じ牙で相手に噛みついた。宇宙からの侵略者に対しては、脆弱な人としてわざと捉えられ、隙を見て内部から破壊させた。

 こうして、戦況を五分以上にし、自分たちは完全に優位に立っていた。原生生物を駆逐し、侵略者を追い返すのも時間の問題、かと思われたが、そうはならなかった。外に向けて余裕が出来れば、今度は内側で問題が生じたのだ。それまで外からの脅威に対して一丸となり、多少の不平不満は見過ごしてきたが、余裕が生まれればそれが目につくようになった。勝敗のめどがつけば、次に待っているのは誰がトップとなってこの世界を支配するかだ。欲望渦巻く権力闘争が開始された。今までの協力体制などなかったかのように他人の揚げ足を取り引っ張り合う毎日。恨み、妬み、嫉みは時に暴力に直結し、外側との戦いで出る死傷者よりも内部紛争での死傷者の方が数は多くなった。日に日に不平は募り、ついに不満は爆発した。これが、天使と悪魔の決定的な決別である。その頃には、後に天界、魔界と呼ばれる別の世界が千年周期で接近するということを知っていた。絶滅一歩手前まで争い、彼らはこれ以上愚を犯さないよう、天界と魔界に分かれた。どちらか一方がこの世界に留まらなかったのは、半分では脅威に対抗できないという為と、公平性を求めた為だ。その際、獣人たちはこの世界に置いて行かれた。連れて行く余裕はないからと、天使と悪魔に捨てられたのだ。あれから数千年。獣人の子孫は細々と、しかしたくましく生き延びていた。

「俺としちゃあ、あなたが彼らにそこまで肩入れする理由がわからんのですよ。ルシフル様。どうして元ペット相手にそこまで気を使ってやらないといけないので?」

 ラジエルが、特に感情を込めるでもなく、当たり前のように彼らをペット扱いしているのを見て、ルシフルは奥歯を強く噛み締めた。

 分かっていたことだ。天使たち、もしくは悪魔たちにとって、ここに住む彼ら獣人は自分たちの手で作り上げた創造物。ペットもしくは便利な道具、くらいの認識しかない。それでも、長く自分の右腕を務めている、信任篤いラジエルからその言葉を聞いて、少なくないショックを受けていた。

「・・・彼らは物ではない。彼らはこの地で立派に生きている。自立しているのだ。すでに我らの手を離れて、独自の生活、文化を築いている。それを尊重すべきだ」

「そこなんですよね。俺も、メタトロン様も四将たちも首を捻ってるところなんですよ。どうして天界最高の騎士である証《明星》の名を冠するあなたが、下等生物の権利などを尊重しようとしているのか、理解に苦しむって」

 これ以上、何を言っても無駄だとルシフルは悟った。どれだけ言葉を並べても、何千年も根付いた価値観は変わることは無い。黙りこくったルシフルに、こっちこそため息つきたいよ、と言わんばかりにラジエルは言った。

「いいか。こっからは部下としてではなく、長年の友として言わせてもらう。ルシフル。俺はお前を気に入っている。本来であれば実力から言って、天使長の座はお前がつくべきだった。だがメタトロンの野郎とその取り巻きどもが汚い手を使って、あんたを蹴落とした。あいつらの考え方は悪魔どもとそう変わらん。この世界を手に入れたら、後先考えず好き放題に力を吸い出して、すぐにこの世界を滅ぼしてしまう。正直、俺たちエノク派は、世界を自分たちの手で壊しちまう、なんて悲劇はご免なんだ。だから、俺たちはお前を次の天使長に推す。ペットどもにまでその愛情を注いじまう甘ったれだが、実力は申し分ないし、この世界を大切に使うってことにはお前も反対しないだろう?」

「それは、そうだが・・・」

「天使長の任期は千年。この戦いが終わったころにはメタトロンもタダの天使だ。次こそ必ず、お前を天使長にする。そのためには絶対この戦いで、誰よりも武勲を上げろ。そうすりゃ、お前が次の天使長になることに誰も異論は挟まねえよ。いいか、獣人どもはお前が天使長になるための駒なんだ。割り切れ。奴らは利用するだけだ」

 いいな、と返答を効かずラジエルは先を飛ぶ。彼らの期待はたしかに嬉しい。だが、やはり納得はできない。千年前までは、自分も彼等と同じ価値観の中で楽だった。獣人たちに対してなんら感慨も浮かばなかった。同じ価値観であれば、これほど自分は苦しまなかったのに。だがもう、あの頃には戻れない。

「マリー・・・私は・・・どうすれば・・・」

 千年前に出会った風変わりな娘の名を、ルシフルは呼んだ。

続きを書かせていただきました。

この辺りですでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが

今作品で登場する結構良い奴は、元となった神話では悪い奴なことが多いです。

前例としてメデューサ。元の神話ではペルセウスに襲い掛かる恐ろしい怪物です。そして違う神話では美しい女神として書かれています。

筆者としては、やはり元とは全く違う物語、ifを書いていきたいのでこんな展開になってます。ひねくれておるのは重々承知です(笑)


さておき、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

またよろしければ、次回も遊びに来てください。

お待ちしております。

感想・レビュー・評価、お気軽にお寄せください。

よろしくお願い致します。

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