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世界の神話・異聞  作者: 叶 遼太郎
天使は空を侵略し、悪魔は大地を蹂躙する
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知らぬが仏

「なるほど、リャンシィが危ない所をあんたが加勢して助けた。その後、僕があんな状態だったということもあって、休める所がないかと尋ねたら村に案内されたわけか」

「そういう事よ」

 クシナダの隣にいる男を見やる。なかなかの男前だ。そして、他の村人の例にもれず三角の獣耳とふさふさの尻尾を生やしている。リャンシィと簡単な自己紹介を交わした後、クシナダからこれまでの経緯の説明を受けた。リャンシィは、この村でも身分の高い人物だったので、お礼と歓迎を兼ねてこういう場が設けられた、と。

「理由は分かった。・・・なあクシナダ」

「な、何?」

 なぜか彼女はビクビクしている。

「? いや、僕の服はどこ?」

 今更ながら自分がいつものジーンズとシャツ姿ではなく、彼らと同じ貫頭衣であることに気付いた。汗をかいたし、池にも放り込まれてずぶ濡れだったから、着替えさせてくれたということか。

「ああ、あなたの服は、今洗濯して干して乾かしているところ。ついでに私のも一緒に。よ、汚れてたからね。下着まではさすがにできなかったけど」

「そうか。助かる」

 礼を言いながらも、僕は首をかしげる。さっきからどうも、彼女が挙動不審だ。まるで何かを隠しているかのような。

「あ、そうだクシナダ」

「こ、今度は何?!」

 ・・・何故動揺する。ますます怪しい。最初に逢った時は嘘を吐くの得意だったのに。ポーカーフェイスですらすらとあの屋敷から出さないよう言葉巧みに仕向けられたのに、今の彼女は、目は泳ぎ、汗はかき、僕から顔を逸らし、嘘吐きの典型的な仕草をしている。一体何を隠している?

「あんたが倒したっていう敵って、どんなの?」

「ええと、そうね。ほら、前にケンキエンと戦った時にいたやつに似てたわ。死人に力を与えて復活させてたじゃない」

 何それ。僕が川に落ちて溺れて泳いでる間にそんな面白そうなことがあったのか? そう言うと「あれ、あの時はまだ西涼についてなかったっけ?」とクシナダはすっとぼけた。

「多分、そいつらと同じ。死んだ人間が腸まき散らしながら襲い掛かってきたわけよ。もう、気色悪いったらなかったわ」

 今思い出しても怖気が走るわ、と自分の両肩を抱いてぶるぶると震えた。彼女の話から推察すると、ゾンビとかアンデッドとかみたいなのが現れたってことか。

「それでもクシナダは奴らを前にして、怯えるどころか果敢にも前に出てやっつけたじゃないか」

 横合いからリャンシィが割って入ってきた。幾分興奮したような口ぶりで、彼女の勇ましさを嬉しそうに語る。

「大地をも揺るがしかねない踏込からの裂帛の気合一閃で、まず手前の一匹を屠り、間髪入れず放たれた二撃目でもう一匹を討ち取ったあの手際。俺もそこそこ腕に自信があった方なんだが、あれを見せられるとまだまだ修行が足りんと思い知ったよ」

「それは、リャンシィが本来の力を出してなかったからでしょ!」

 リャンシィの後ろから甲高い声で噛みついてきたのは、彼に良く似た女性だった。同じ銀の髪を長くのばして後ろで結わえている。気の強そうな吊り上った目尻をさらに吊り上げて、僕たち、と言うよりクシナダを睨んでいた。

「ちょっと腕が立つからってちやほやされて、いい気になるんじゃないわよ!」

「リヴ!」

 リヴと呼ばれた女性がリャンシィに頭を押さえつけられ、強引に頭を下げさせられた。かなりの力で抵抗しているようで、リャンシィの腕が震えている。

「俺の命の恩人に向かってなんという口の利き方をするのだ! 妹だとて許さんぞ、クシナダに謝れ!」

「何よ帰ってきてから鼻の下伸ばしてデレデレして! 情けないったらありゃしないわ! だいたいこいつら一体何者なの? リャンシィが襲われたのは、もしかしたらこいつらのせいなのかもしれないのよ! どうしてそんな無警戒でいられるのか理解に苦しむわ!」

「貴様、言うに事欠いてなんてことを!」

 ぎゃあぎゃあとしばらく言い合っていたが、リヴの方がふん、と鼻を鳴らしてその場から立ち去ってしまった。その背を見送りながら憔悴したリャンシィがため息をついた。

「・・・妹が無礼な態度を取って申し訳ない」

 そう言ってクシナダに頭を下げる。そうか、妹か。道理で似てるわけだ。

「気にしないで。そりゃあ、どこの馬の骨ともしらぬよそ者が突然現れたら警戒もするわよ」

 そうだな。逆に笑顔で歓待されたら裏があると勘繰ってしまうからな。生贄にされたりしないか、とか。

「お連れの方も気が付かれたようだし、宴の続きをしようじゃないか。大したもてなしは出来ないが、どうかゆるりと休んでいってくれ」

 リャンシィの合図に、再び太鼓の音が鳴り響く。この村に客が訪れたのは本当に久しぶりのことらしい。礼も兼ねてるとはいえ、どうして宴を開いてくれるのかとリャンシィに聞くと

「我々は皆、いつでも騒ぐ機会をうかがっているのだ」

 村の人間は結構お祭り好きが多いとのこと。何かイベントが起きたらそれにかこつけて騒ぎ出すらしい。子どもが生まれたらお祝いでお祭り、結婚式でもお祭り、五穀豊穣を祈ってお祭り、果ては葬式の時も祭りで送り出すらしい。確かにみんなノリが良い。音に合わせてステップを踏み、尻尾を揺らしている。曲が終わると、宴会みたいにみんなが好き勝手に飲み食いし始めた。僕はクシナダの隣に座らされる。幸い、彼女が着させられているような派手な衣装は着なくていいようだ。あんなもの着てたら動きにくいし食い辛くてしかたない。

「あ、クシナダ。もう一つ教えてほしいんだけど」

「な、何?」

「ゾンビ、あんたが出逢った敵は、どうやって倒したの?」

 ちょっと気になった。ゾンビと言えば銃で撃っても死なないタフな奴だ。彼女の武器は弓矢だから相性は悪かっただろう。それに、さっきのリャンシィの話だと、弓を使ったようには思えない。気合一閃、といえば、何かを振り回した表現だ。彼女も僕の剣を剣として使えるようになったと言う事だろうか。本当に、ちょっと気になったから尋ねただけなのだが、彼女はひきつった顔で額から汗を流して固まっている。

「・・・何か、言いにくいことを聞いたか?」

「あ、えと、そのお、何というか、ぞんび? のことをあんまり思い出したくなくて」

 まあそうか。腐った死体のことなんざ、飯時に思い出すもんじゃないし。「すまん。今する話じゃなかった」とこれ以上の追及を止めた。彼女もホッと息をついた。この話はこれでおしまい、になろうとしたところで

「クシナダが言い難ければ、その場を見ていた俺が代わりに話そう」

 ずずい、とリャンシィが嬉しそうに言った。

「凄かったぞ。豪快の一言だ。迫りくる奴らに向かってこう・・・」

「あ! タケル! 隣!」

 クシナダが声を張って僕の後ろを指差す。振り返ると鹿の角を生やした老人が大きな皿を僕に差し出していた。上には焼き魚が乗っている。どうやらでかい皿に食材を乗せて、それをぐるぐる回しているらしい。中華テーブルの人力版みたいなものか。お言葉に甘えて焼き魚を手に取り、皿をそのままクシナダに回す。香ばしい香りが鼻から入って脳を刺激すると、すかさず腹が鳴った。太鼓の音にも負けないくらいの大音量だ。隣のクシナダが苦笑した。そういえば気を失ってから何時間経っているのかわからないが、飯を食ってなかった。辛抱たまらんのでがぶりと腹にかぶりつく。魚の脂がジワリと口の中に流れ込み、ほくほくの身は噛めば噛むほど味が染み出てくる。美味い。腹がもっともっとと急かしてくるので貪りつく。

「お気に召したようだな」

 リャンシィが、自分も焼き魚を片手で掲げながら笑った。

「好きなだけ食べてくれ。たくさんあるからな」

「あ、悪い。話の途中だったよな」

 すっかり頭から飛んでいた。

「良いんだ良いんだ。生き物は空腹には勝てん」

「それで、何だっけ。豪快に?」

「あ、ああ。そうそう。豪快に、近くにあった『丸太』・・・みたいなもの? を振り回したのだ。そう、豪快に」

 みたいなものって何だ。丸太で良いじゃないか。しかしなるほど。斬っても射ても倒せない相手には、鈍器で跡形もなく叩き潰したってことか。腐っているからそっちの方が効果的なんだな。一つ勉強になった。

「で、どうしてあんたはそんな愛想笑いを浮かべてるんだ?」

 不自然な笑みを浮かべて、クシナダがこっちを見ていた。

「な、何でもないわよ。ええと、そう。この前あなたから教わった言葉にこんなのがあったじゃない。確か『知らぬが仏』?」

 意味を理解して言っているのかいないのか、彼女の言葉は僕を不安に陥れただけだった。

 こいつ、僕に一体何をしたんだ・・・。

 この後、どれだけ聞いてもクシナダは口を割らなかった。

続きを書かせていただきました。

知らぬが仏、とは言いますが、知らないことも恐ろしいとは思うんですよね。

今回は主人公にとってそういう話です。


さておき、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

またよろしければ、次回も遊びに来てください。

お待ちしております。

感想・レビュー・評価、お気軽にお寄せください。

よろしくお願い致します。

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