風邪
久しぶりに、まずい。
ふらつく足で、何とか体を支える。朦朧とする意識はいつ飛んでもおかしくない状況だ。「タケル! しっかりして!」
遠くからクシナダの声が聞こえる。本当はかなり近い場所にいる、というか、僕を支えているっぽいので超至近距離にいるはずなのだが、触れられている感触もどこか他人事みたいだ。意識と肉体が乖離しているというか。
「うぐ」
のど元をせり上がる熱い何か。脳と体の電気信号の疎通がよろしくない中、無理やり体を動かして、彼女を突き離す。
「ちょっと!?」
非難されるが、構うものか。今の僕からは避難した方がいい。何を面白いことを言っているのか・・・・
「うげぇえええ」
栄養が足りないということで無理矢理詰め込んだ胃の中のものが逆流してきた。足元に吐き散らかす。胸やけがこれで治れば儲けものだが、やはりまだ、何か胸の奥でどろどろとした何かが残っている。
「ああもうっ! 大丈夫なの?!」
ご覧の通り大丈夫ではない。そう言い返す気力もない程だ。
「風邪なんて、久しぶり・・・」
よたよたっと木に寄り掛かる。幹に手を置く。鼻がムズムズしてきた。
「ヴェックション!」
盛大なクシャミが飛び出た。すると、触れている場所から黒く焦げ付き始め、遂には炎を上げた。おお、まさかこんな高熱が出てフィーバーしているとはね。
「風邪どころの話じゃないでしょ! 山火事を起こしたくなかったらじっとしてて!」
じっとしてられないからこうなっているんだ。動きを止めると熱がこもって余計熱いんだ。
「ちょっと荒療治が必要ね」
クシナダが何か言っているが、よく聞き取れない。彷徨い歩こうとして、ぐいと腕を引かれる。何をする気だ、と空気を言葉に変換しようとした矢先だ。
「でい!」
ぶん、と一閃。ああ、これが俗にいう、体がふわふわした様な状態か。地に足がついてないな。さっきから必死で足を動かしているが地面を上手くつかめない。空を切るばかりだ。おや、僕はいつの間にこんなに高身長になっ・・・
「ゴボッ?!」
目の前が水と泡で覆われた。空気が出ていく一方で、息を吸うと代わりに入って来たのは水だ。もがくと体の動きが鈍い。意識がどうのこうのというよりも、気体ではなく液体、大量の水が体の動きを阻害しているのだ。あの女、風邪引きの人間を池に放り込みやがった。器官に水が入り込んで思いっきり咳き込んだ。
ボコリ、と口元以外で気泡が発生した。気泡はさらに増え続け、体の周囲では鍋に入れた水が沸騰しているような音が連発する。事実、沸騰しているのだろう。
こんな時に限って、腹から胸へ、今日一番の何かがせり上がる。胃の中のものはさっき全部吐き出した。胃液だけならこんな異物感はありえない。なんだ、これ。
「うぐっ」
盛大に吐き出たのは、炎。まさかこんな大道芸じみたことが出ようとは。それもタダの炎じゃない。僕の頭を包んでいた水を蒸発させた。
すぐに周囲の水が失われた箇所に押し寄せてきたが、慌てることはもうなかった。さっきのが原因だったと思えるくらい、体が大分マシになっていたのだ。文字通り胸のつかえがとれたかのよう。さっきよりもマシな、それでももどかしいくらい動いてくれない体を動かして岸辺に上がる。四つん這いでぜいぜい息をする僕の前にクシナダが来た。
「大丈夫?」
心配そうに聞いてくるが、この女はさっき僕をそこに放り込んだ張本人だ。騙されてはいけない。
「そう思うんなら、今度からはもっと優しく介抱してくれ」
「言い返せる程度には回復したのね。良かった」
全然よくないんだが、この問答すら不毛に思えてきて、また体力も限界に来つつあったので、バタン、と倒れる。そんな僕を、クシナダはまるで仕留めた獲物を担ぐようにして抱え上げた。
「完全に気を失ってもらった方が楽なのよね」
こいつ、体力を使い切らせるためにあんな真似を? 長く共に行動すると、お互いに遠慮が欠如しだすというのは本当だな。彼氏彼女の間柄にすらなってないのに、すでにゴロゴロしている休日のお父さんを邪魔だからと掃除機で強引にどかせようとするお母さんの所業だ。ミステリー作品ならそろそろ保険金目当てでどっちかが殺人を企てる頃合いだ。
「覚え、てろよ・・・」
それだけ言うのが精いっぱい。はいはい、と軽くあしらう彼女の声を聴きながら、意識を失った。
続きを書かせていただきました。
今回より新章突入です。そして、いきなりトラブってます。
風邪ってたまにひくと恐ろしいくらい辛いですよね。
季節の変わり目は風邪をひきやすいと言いますし、皆さまもどうか、お体お大事に。
さておき、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
またよろしければ、次回も遊びに来てください。
お待ちしております。
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よろしくお願い致します。