開廷
この世界の支配者は、人間じゃない。
現時点で、総数は圧倒的に人間が多いけれど、イコール支配者にはならない。支配者は、ピラミッドの頂点、大体二割ぐらいで事足りるからだ。そして、その二割に入っている人間は片手で数えるほどで、残りは人間『以外』。
けれど、人間はそれに気付いていない。気付かれないように支配者層が巧妙に情報を操作して、自分たちの存在を秘匿し、裏から都合のいいように操っている。
なぜ、私がそんなことを知っているか。答えは簡単。私も支配者層の一人だからだ。
比良坂彩那は、いつもと同じように見知らぬ車に乗り込んだ。運転手も見知らぬ男性だ。だが、臆することなく、むしろ自分こそが車の所有者だとでもいう様に、彩那は横柄な態度で車に乗り込んだ。ドアを開く時、ガードレールにドアがこすれたが気にすることも謝ることもしない。そして、運転手の男も、別段それを咎めるでもなく、生気のない目で前を見つめ、ハンドルに手を置いたまま微動だにしない。
「スメラギ女子大付属高校付近まで行け」
彩那が言葉を紡ぐ。男はその言葉を受けた途端、アクセルを踏み込み、車を発進させる。車は十数分ほど走ったところで、荘厳な校門前を通過し、一本はずれたわき道で停車した。ガン、と力任せに彩那がドアを開けて、再びドアに傷が付いた。だが、彼女はそれを省みることなく、また、ドアを閉めるでもなくそのまま校舎へ向かう。このとき、すでに彼女の頭からは自分が乗ってきた車も、運転していた男のことも記憶から消えていた。
しばらくして、停止していた男の目に生気が戻る。何故自分がこんなところにいるかわからない、と首を前後左右に巡らせて、あからさまに動揺していた。気味悪がった男は、開いたままの助手席のドアを急いで閉めて、逃げるようにすぐさま発進させた。車を走らせながら、男は記憶を辿る。誰かが信号で停車中の自分の車に近づいてきて、ドアウインドーを軽くノックしたのだ。そして・・・そして?
男は首を振った。思い出せない。気付いたら自分には縁もゆかりもない女子高の近くにいた。百メートルほど先の信号が赤に変わったので、減速し、停車する。なかなか変わらない信号が、男に考える時間を与え、記憶がない恐れと苛立ちを増幅させる。
横断歩道の青信号が点滅し始めた。何度か点滅を繰り返し、赤に変わった。
「あ」
男は間抜けな声を上げた。一つだけ思い出したことがあるからだ。
近づいてきた人物の、人相も性別も背格好もわからない。唯一つだけ。
真っ赤な、血のように赤い眼が、黒く塗りつぶされた記憶の中でぼんやりと浮かんでいた。真っ暗闇の中でぽつんと異彩を放って灯る、信号機の赤のような。
「比良坂会長。お疲れ様でした」
役員達が頭を下げながら次々と生徒会室を出て行く。彩那はそれを笑顔で見送りながら「お疲れ様」と労いの言葉を口にし、心の中でさっさと出て行けノロマどもと罵倒している。心の中の声まで聞こえない役員達は、全校生徒憧れの生徒会長から賜った上っ面だけのお言葉に頬を赤く染め、きゃあきゃあ喚きながらドアの向こうへと消えて行く。その声が消えた頃、彩那はようやく張り付いていた笑顔を消し、体を背もたれに預けた。
いっそ全員操っておけば楽なのだが、自分のテリトリー内で使うのはリスクがある。それに、彼女らは私が力を使わなくても私のために動いてくれる駒だ。力だって万能ではなく、使えば比例して体力を消耗する。それを思えば笑顔で手を振るだけなんて安い代償だ。自分に言い聞かせ苛立つ心を沈め、残った書類を片付けていく。
彩那が自分の力に気づいたのは小学生の頃だ。嫌がらせをしてくるガキ大将に使った。はじめは彼の存在を彩那は無視していた。だが、帰りの道中まで執拗に追いかけてくるそいつにさすがに我慢の限界がきた。相手の目を睨み「止まれ!」と怒鳴った。
すると、ガキ大将はぽかんと生気を失ったマネキンのような顔になり、その場で停止した。人間から意思が抜け落ちたらこうなるだろうという見本になった。先生の言うことすら聞かない悪ガキが、だ。
普通の子どもであれば、怯えただろう。人ひとりが停止し、不気味にたたずんでいるのだから。
だが、彩那は違った。驚くほど冷静に観察し、思考した。力を使った瞬間、頭のこれまで使っていなかったブラックボックスと、今現在まで使っていた場所と道がつながった感覚があった。だからだろうか、慌てることもなく、ただ理解し「そうか」と納得した。
力があることが判明しても、特別な力などと考える必要はない。手足と同じ、自分の中の一機能だ。息をするように、手を伸ばして物を取るように、人を操る。
雑務を片付け、生徒会室の戸締りをして校舎を後にする。少し歩いて、通りに出た。信号前で都合のよさそうな車を物色する。だが、車は中々通りかからない。こんな時に限って、と彼女は小さく舌打ちした。こんな時に限ってというが、彼女は最近、常にこんな調子で苛立っている。何に苛立っていたのかも忘れてしまい、今では苛立つことに苛立つという悪循環に陥っていた。
そんな彼女の前に、一台の車が停車した。やっと来た。うんざりしながら車に近づき、ウィンドウをノックする。運転手が彼女を見た瞬間、彼女は力を使う。
「開けて」
操られた運転手は運転席から助手席へ体を乗り出し、ロックを外した。運転席から電子ロックで外せるタイプではない、少し昔のタイプの車だ。確かに外見も今風ではなく、古臭さが目立つ。ハードボイルドな探偵が使っていそうな、箱を組み合わせたような形状だ。人によってはカッコいいと呼ぶだろうが、彩那は車に対してなんら思い入れはなく、自分を目的地まで運搬できればトラックでもスポーツカーでも良い、目的のためならある意味選り好みしない人間だ。
どっかと助手席に座り込み、自宅付近までの道を指示する。車は滑らかに発進し、彼女の指示どおりの場所へ向かう。十五分ほど走っただろうか。自分の家が近づいて来た事を察した彩那は車を止めさせた。ここらでいいだろう。あまり家に近づきすぎて、誰かに見られていたら面倒だ。発進した時と同じく滑らかに、慣性を感じさせずに停車した車から彼女は降り立ち
「・・・え?」
生まれて初めて、呆然と立ち尽くした。
間違いなく、車の中から見ていた景色は家の近所だったはずだ。なのになぜ、今自分は法廷の中央、被告人席にいるのだ。
思考の停止した彼女を置き去りに、時間と周囲は動き出す。
「被告人が到着したようなので、これより裁判を始めようか」
外伝を書かせて頂きました。
時間がかかってしまい申し訳ございません。
外伝を掲載する予定と銘打ちましたが内容まで考えているわけではありませんでした。
完全なる見切り発車の発言で出発し、一からひねり出しております。
また、これまでと毛色の違うものを考えているので、少し時間がかかるやもしれませんが
お見捨てにならず、どうぞ最後までお付き合い頂ければと思います。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
またよろしければ、次回も遊びに来てください。
お待ちしております。
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よろしくお願い致します。