ゲームマスター
街の中にはおびただしい数のサソリどもの死体があった。堅牢なはずの城壁は一部が破壊され、死体はそこにも転がっている。
人の死体もあった。体のところどころが損傷し、焼け爛れ、苦悶の表情を浮かべてこと切れていた。この場所で激しい戦いが繰り広げられたのは確認するまでもない。
何より、中心部に聳えていたはずの、街を象徴する鉄塔が無かった。
微かに骨組みは残っているのみで、塔の壁は削り取られ、無残な姿を晒している。街の中心部が受けた傷跡と比例するように、街に住む人たちの心にも大きな傷跡が残され、街は暗く沈んでいる。
明かり灯る崩れた塔の真ん前で、これまでにない襲撃を乗り切った街の住民に守備隊、狩猟者たちと管理者たちの間で緊急の会合が行われていた。会合とは名ばかりの、責任を擦り付ける裁判だ。
「・・・では、そのタワルナフ、とかいう証のせいで、この街はこれまで襲われ続けることになったということですかな?」
狩猟者の一人がクルサに詰め寄る。十傑の一人、マルトだ。巨大な戦斧の柄を荒々しく地面に叩きつけ、納得するまで一歩も引かないと態度で表している。
「そして、クルサ殿。あなた方管理者は、そのことを我々に一切知らせず、ただ襲い来る化け物どもと戦わせていたわけだ。守備隊もそのことを知っていたのか?」
「いえ、我々も知らされては・・・」
被害者面の強気な狩猟者とこれまで世話になっているために弱気な守備隊員、二種の視線をクルサは受け止める。
「そのことを知っているのは、我々の中でも一握りの人間よ。街の皆には伏せていたわ」
クルサが狩猟者たちの言い分を認めたことに、場がざわめいた。とりわけ、街に古くからいる住民達のショックは大きかった。
「大昔、ご先祖様たちがこの地に住まう彼女、ドゥルジと契約を交わした」
「あの、龍に変貌する女だな」
全員の視線が、管理者たちの後ろ、即席で用意された毛布に包まって横たわるドゥルジに向いた。傷ついた彼女を本来であれば屋内で寝かせようとしたのだが、周囲の、とりわけ狩猟者たちの反対にあった。化け物から目を話すことなど出来ない、と。互いの落としどころとして、目の届く範囲に寝かせる、ということで落ち着いた。
「知恵を授ける代わりに、この地に城壁を築き、自分の代わりに化け物を倒してくれ、と彼女はご先祖様、ミスラに申し出て、ミスラはそれを承諾した。彼女から授かった知恵で、この街は発展してきたの」
「狩猟者たちの命と引き換えに、ですな?」
皮肉るようにマルトが口元だけ笑う。
「我々が問いたいのは、なぜそんな情報をこれまで開示しなかったのか、ということだ。命がけで戦う我々や、何よりこの街に住まう住民に対して裏切り行為に他ならないっ!」
叫ぶ彼に、周囲は程度の差はあれど同意を示す。後押しにより、狩猟者の言葉はさらに熱を帯びる。
「街の管理者を名乗るならば、街の安全を、住民の命を最優先すべきだ。なのに、狙われる理由を隠していたなど、言語道断。あなた方に、街の管理者を名乗る資格はない!」
枯れ草に野火が放たれたように、マルトの言葉が群集を燃え上がらせる。そこかしこからクルサたちを非難、糾弾する声が上がり、彼女を火あぶりにする。責任と、これまで黙っていたことの後ろめたさによる鎖でがんじがらめに捕らわれた彼女は、炎の中でぐっと歯を食いしばる。
「待って」
けして大きな声ではなかった。けれど、制止の声は熱を帯びた群集の注意を引き、燃え盛る炎を弱めるだけの力があった。
「あなた達は、彼女たちを責め立てて一体どうしたいの?」
全員が見つめる先にいるのは、涼しい顔をしたクシナダだ。
「決まっている。責任を取らせるのだ。これほどの被害を出した責任は取ってもらわねば」
当たり前のように言う狩猟者だが、クシナダは首を捻った。
「どうして、あなたが責任を取ってもらうの? 何も知らずに住んでいた街の人たちならともかく」
「我々は何も知らされず、戦わされていたのだぞ? 知る必要があった」
「じゃあ、尋ねたことあるの?」
本当に不思議そうに、クシナダはマルトに言った。
「なぜここは化け物が襲ってくるのか尋ねたことは? 狩猟者として登録する時そういった説明を求めた? もしくは知らされなければ戦う必要が無いとか書いてあった?」
「そんなものはない。だが、こちらは命を懸ける以上、情報を出し惜しみされては」
「じゃあ、あなたたちは何でもかんでも相手に上げ膳据え膳用意してもらわなきゃ何も出来ない集団なのね?」
「何だと・・・!」
痛烈な侮辱に、誰もが顔を朱に染める。怒りの矛先がクシナダへと向けられる。
「だってそうじゃない。狩りは、自分で仕留める相手のことを調べるのが普通でしょう? 情報が重要ってのは否定しないわ。けど、それって自分で集めるもんじゃないの?」
怒りは収まるどころかさらに燃え上がる。だが、誰も反論はしない。この街に辿り着くまでの自分達の戦い方は、実体験や経験は、彼女の話を否定できないからだ。
「契約って、結ばれた時点で契約時に取り交わされた約束事以外のありとあらゆることが責任を問えないもんだそうよ。あなた方がどんな取引をクルサたちと交わしたか知らないけど、そこに今の話をするとか、必要な情報を全部話すとかそういう約束が取り交わされてないのなら、心情的にはともかく、契約上はクルサに責任を問えないわ」
人を疑うことが好きな相棒が言っていたことを思い出す。そのときはどうしてこれほどまでに人を信じないのかと思ったが、今ようやく納得する。必要なのだ。自分や誰かの身を守るためにも、見えない流れに流されないためにも、自分の考えと意志を確立させるために、疑うことは必須の能力なのだ。
「大体、本当に悪いのはサソリを操ってた奴でしょう? どうしてそいつの話題が一つも出ないの? 死んだ奴よりも生きてるクルサを責める方が大切? それとも・・・」
クシナダはさっと目を走らせる。
「そうしなければならない理由でも?」
すっと熱の波が引く。数人が一瞬視線をそらす。彼女はそれを見逃さない。
―どうやら、ウシグのほかにも管理者に成り代わろうと画策している連中がいるようね。
彼女はそれ以上の追及は避けた。言い逃れされるだろうし、何より証拠が無い。こちらが気付いたことに気付かれないほうが後々有利に働くだろう。
「何を偉そうに理屈こねていやがる」
赤い髪と整った顔に走る傷が特徴的な若い女の狩猟者が現れた。大剣を背に、クシナダの前に立つ。ともすれば抜き放ち、切りかかりかねない雰囲気だ。
「あなたは?」
「タミナだ。前に現れたいつもと違う化け物どもに、あたしの仲間は殺された。あいつらは手前らを狙って現れたって話じゃねえか」
以前の戦場でカエルに切りかかり、その腹を剣で掻っ捌いた女戦士がいたのを思い出した。
「ええ、そうよ。同じ戦場にいたあなたも聞いていたはず。奴らが話してた通りなんでしょう」
「やつらはぶっ殺したが、あたしらの怒りは収まらない。仲間を失うってのは、誰かが死ぬってのは、てめえがごちゃごちゃ言うもんで納得できるもんじゃねえよ!」
気持ちは、クシナダにもわかる。自分もかつて同じ感情を抱いたことがある。人は怒りや悲しさをどこかにぶつけなければ、身の内に渦巻くどうしようもない感情をもてあまし、どうにかなってしまう。
「お仲間にはお悔やみを申し上げるわ。で、あなたはどうしたい? 私を殺す? それで怒りが晴れるなら掛かってきなさい。私も黙って殺されてやるわけにはいかないけど」
「上等だこの野郎」
タミナの手が大剣の柄を掴む。
「止めろ!」
声をあげたのはクルサだ。
「此度の責任は、皆が言うとおりこれまで情報を隠匿してきたあたしにある」
「責任を取られる、ということか?」
マルトに尋ねられ、クルサは頷いた。
「・・・では、一体どのようにして責任を取られるおつもりか」
「皆の被害に応じて、補助金を街から支給させる。命に値段はつけられず、失われた者達に返しようも無いが、それしか方法を知らない」
「足りぬ。それではまったく」
「管理者の職を辞する。あたしの指導力不足が、皆の不審につながった。信用の置けない人間が上に立つべきではない」
「あなたが辞めたとして、代わりは? まさか、そちらにいる中から選ばれる、などとは言いますまいな?」
「・・・どうしろと?」
「決まっている。街の者だけが管理者などの中枢に納まるからこそ、澱みが生まれ、情報が閉鎖されて滞る。新しい風を入れるべきだ。街の管理や運営に携わるポストを用意してもらいたい。そこに、我々狩猟者の中から数名選び、その職に就かせてもらう」
「我々のことが信用できない、ということかい?」
「言い方は悪いがそのとおりだ。また情報を隠されてはたまらん。それに、この方が火急の際に情報伝達が早い。これまでは監視していた守備隊からの情報を管理者達が精査し、集合をかけ、命令を下すという流れであったが、我々の身内がそこにいれば守備隊からの報告後すぐに戦場に向かうことが出来る。悪い話ではない」
「そんなの認められるわけない!」
声をあげたのはウルスラだ。
「運営にまで口出しするって事は、街の法にも口出しをするということでしょ? 命令系統が狩猟者と街の管理者とで二分化されて混乱する恐れもある。そのとき有利なのは、戦力の大きい狩猟者側だ。街の自治なんてあってないようなものじゃないか!」
「仕方ないことだ。ウルスラ殿が言う街の自治のせいで、こんなことになったのだ。同じ愚を避けるには違う方法を取るしかないではないか」
「たった一度のミスでこれまでの全ては無い物になるの?! クルサの、ご先祖様たちの、私達の全てが否定されるの?!」
「そうだ。それに、ウルスラ殿。あなたはご先祖と同じミスを犯そうとしている」
「同じ、ミス?」
「その女のことだ」
マルトが指差す先には、眠り続けるドゥルジがいる。
「始まりはその女が託したタワルナフが原因。また、かの女が巨大な龍に変じることも周知の事実。つまり、化け物だ。街に危害が及ぶ前に、ここで討ち果たす」
「冗談でしょ? 彼女は私達を助けてくれたのよ? ついさっきまで皆と協力してサソリを倒してたじゃないか!」
「演技やもしれん。我々が駆けつけるのを察知し、自身が疑われないための」
「どうしてそうなるの? タワルナフは確かに化け物どもを集める効果があった。けどそれは、化け物どもの親玉をけん制するためだった。ドゥルジが生きている限り、化け物は本腰入れて攻めてこれないんだって」
ウルスラの言うことを、マルトたちは一笑に付した。
「ならば、女を討つ事になんら支障はないではないか。その抑止されていた化け物は、裏切り者のウシグの話では死んでいるのだろう? 死んだ化け物を抑止する必要は無い。既に死によって抑止されているのだからな。そもそも、ウルスラ殿」
ポンと気軽に、マルトは彼女の肩を叩き、物分りの悪い子どもに言い聞かせるように
「化け物の言うことを鵜呑みにするのか? それこそ愚か、あなた方のご先祖と同じ道よ」
「なんっ・・・」
ウルスラが絶句する。隙を生んだ彼女に数人の狩猟者たちが音も無く忍び寄り、取り押さえた。
「邪魔されては困るのでな」
見れば、ザムたちも武器を押収され、回りを囲まれていた。クシナダの前にはタミナ、背後にも数人の狩猟者が武器を構えている。まだ街の管理者ポストに就いたわけでもないのに、マルトの態度は既にそれだ。
「は、離せ! くそ! クルサ!」
ウルスラの声に、しかしクルサは応えない。応えられない。硬く目を瞑り、歯を食いしばる。ようやく搾り出した言葉は
「駄目だ。ウルスラ。街の管理者として、これ以上失態を犯せない。危険を犯せない。不安材料は排除。街を害する可能性のあるものを、放置しておくわけには行かない」
「そんな、クルサ!?」
「抵抗はやめられよ。それ以上は、クルサ殿のお立場を悪くする」
彼女を抑えていたのはシュマだ。そんなことに今更気付くほど、ウルスラの視野は狭まっていた。
「話はついたか?」
むくりと、話題の中心であるドゥルジが起き上がった。
「ああ。貴様にはここで死んでもらう」
「ふむ、なるほどな。やはり、人は我を受け入れぬものなのだな」
ミスラは特異だったのだなあとため息をつく。
「共にサソリと戦った仲だ。死ぬ前に言いたいことがあれば聞いてやる」
「では、共に戦った仲として、諸君らに一つ。我を殺す必要は無い。なぜなら」
大地が揺れる。はじめは細かく、やがて人が立っていられないほどに。
「貴様、悪あがきを!」
マルトの声に、周囲の狩猟者は武器を抜いた。この異常事態の中、さすがと言える。人ならざるものは誰もが伏し、建物が崩れるほどの揺れの中、静かに目を閉じ、手を掲げた。ぽうと淡く輝き、同時に半壊した塔の中でも同じく光が灯った。ふわふわとその光がドゥルジに向けて降りてくる。タワルナフの証だ。
「ドゥルジ! あなた一体何を!」
「賭けは我の負けだ。故に、掛け金を支払わねばならぬ。・・・来たか」
バクムッ
突然だった。あまりに突然のことで、誰もが声を失った。彼女の周囲から壁がせり上がり、彼女を包み込んでしまった。そのままうず高く伸びていく。一体誰が気付いただろうか。判別できただろうか。それが何かの巨大なアギトであると。
続けてもう一本の壁が迫り出し穴をさらに広げ、巨大な二本の塔が高く聳え立った。塔が、ゆっくりと半ばから曲がる。先端が広場に集った者たちに向けて降りてくる。
たいまつの明かりがそれの顔にようやく届いた。真っ白な龍の頭蓋骨が光を反射し、逆に目がある場所には吸い込まれるような、何も写さぬ暗黒があった。暗黒が、真下にいる街の住民たちを睥睨する。下にいる者達は、天が振ってきたかのような圧迫感にのどをごくりと鳴らした。
「馬鹿な、これは、こいつらは・・・」
見上げたマルトが呻く。
「もしかして、お知り合い?」
同じく見上げながら、クシナダが呆れた。
「私が言えた義理ではないけれど、知り合いは選んだ方がいいわよ」
「そんなこと言ってる場合?!」
ウルスラが叫ぶ。
『良くやった。マルト』
片方の骨が、喋った。
「うそだ、嘘だ。お前、死んでたんじゃ、無かったのか?!」
「死んでた? あなた一体何を・・・。もしかして」
マルトから骨へとクシナダは視線を巡らせる。
「もしかして、コイツがドゥルジと戦ってたっていう、もう一匹?」
ドゥルジやウシグの話とも一致する。頭が白骨化した巨大な龍の躯。
「マルト殿、あなたが、白骨化した龍に遭遇した連中の一人なのか? ウシグの言っていた」
ウルスラの言葉に反応して、全員の視線がマルトに集まる。
「ち、違っ、違う。俺は」
『ああ、ああ。皆の者。そうこやつを責めんでくれ。マルトは何も知らん』
もう片方の骨が、隙間だらけの牙をがちがちと鳴らす。笑っているのだ。
『こやつは本当に自分が選ばれた者だと思い込み、我が授けた笛を使って街の支配者になろうと企んだだけの、ただの人だ。この遊びの本質は何も知らん。だからこそ、いい駒だったのだが』
「遊び? 遊びってどういうこと?」
クシナダが眉をひそめた。
『遊びは遊び、そのままの意味よ。長く生きる我のような存在にとって、暇な時間が一番多い。だから、遊ぶことにした。我らの住処に住みだした人間を使ってな。ほれ、駒を兵に見立てて、取ったり取られたりの遊びがあるであろう。あれよ』
「つまり、自分の生み出すサソリどもと人を戦わせて遊んでいたってわけね?」
「ちょ、ちょっと待って。じゃあドゥルジは? 彼女は一体なんだったの?!」
顔をしかめるクシナダに代わり尋ねたのはウルスラだ。
『遊びには、遊び相手が必要であろう。だから我が体を二つに分けたのだ。人が勝つほうに賭けたドゥルジと、我に』
この地の全ては、暇をもてあました化け物の遊戯版。その事実に誰もが打ちのめされた。
『実に有意義な遊びであったが、最近少々飽きてきたのでな。趣向を変えた。眷族と争わせるのもいいが、たまには人同士でいさかいを起こさせよう、とな。貴様らが加工した眷属どもから取れる宝石は、我の目となり、貴様ら人間を観察していた。人から溢れる妬み嫉み、憎しみ恨みを吸収して我へと送り込み続けた。甘露もかくやという美味であったよ』
まあそれも、遂に決着がついてしまったわけだが、と骨は名残惜しそうに嘆いた。
『貴様らがドゥルジと共にサソリと戦った時は、まだ遊べるかと思ったが、結局貴様らはドゥルジを拒絶した。だからドゥルジは潔く負けを認め、大人しく我に喰われた』
「悪趣味ね」
クシナダが切り捨てる。
「で? 対戦相手を喰ったあなたは、次はどうする気なの?」
『決まっている。掛け金の回収だ。これまでドゥルジが稼いできた掛け金の』
掛け金とは何か。そんなもの、誰にでも簡単に想像ができた。
「逃げろ!」
叫んだのは、ウルスラか。声に反応して、我先にと人々が踵を返す。
『それは認められぬ。貴様らは我、アジ・ダハーカの贄となるのだから』
続きを書かせていただきました。
個人的なことなのですが、今日からペンネーム変えてみました。
苗字と名前があった方が格好いいよとアドバイスを貰ったためです。
いかがでしょうか?
自分はまだちょっと違和感あるのですが、徐々に慣れるかな?
心機一転、というわけでこれからも頑張ります。
さておき、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
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