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世界の神話・異聞  作者: 叶 遼太郎
【外伝 旅路の果てに得たもの】
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湖を守る一族

「クハッ?!」

 空気を勢い良く吐き出して鎧が体を勢い良く起こした。無呼吸症候群の人のように荒く息をついて、周囲に目をやっている。

「目が覚めた?」

 顔が私たちの方を向いたので、声をかけた。鎧は飛び跳ねるように立ち上がり、警戒心を露にしながら身構えた。今にも爆発しそうな敵意に対して、片手のひらを向ける。

「再戦しても構わないけど、その前に冷静になりなさいな。こちらは、そっちが寝てる間に殺すことも出来たのよ。それをしてないって事、よくよく考えてから拳を振り上げなさい」

 最終警告のつもりだ。これでまだ向かってくるようなら、容赦なく倒す。その際相手の被害については頓着しない。

「グ、ウ」

 くぐもった声を出して、鎧は固まった。こちらへの警戒を解いてはいないが、今すぐ襲い掛かることに迷いが生じている。

「我らに、そなたと敵対する気はない」

 タイミングを見計らってクウが言った。

「我はクウと申す者。見てのとおり天才術者だ。そして、あなたと戦ったこっちにいるのがスセリ。我らは西に住まう魔王と呼ばれる方に話を聞きたいだけなのだ。あなたは、その魔王に連なる方ではないのか?」

 魔王、という単語が出た瞬間、鎧が再びこちらに鉤爪を向けた。

「貴様ラハ、都ノ者達ガ差シ向ケタ刺客カ!」

 ボイスチェンジャーを通したような、男とも女とも取れない声だ。加えて兜のせいでくぐもってなおわかりにくい。

「誤解だ。確かに魔王の話は都にいる者達から聞いたが、刺客ではない。スセリが言ったであろう。刺客であるなら、あなたの命を奪っている。どうだ。まずは我らの話から聞かないか。その上で判断されよ。我らの情報は、あなたにとって損ではないはずだ。もう一度言う。我らは敵対する気はない」

 クウと鎧がにらみ合うこと一分ほど。鎧は構えを解き、両腕を下げた。それでも最低限の警戒は解いては無いようで

「ワカッタ。話ヲ聞コウ」

 

「デハ、オ主ラノ今ノ目的ハ、都ニイル連中ノ思惑ヲ探ル事ナノダナ?」

 鎧の確認に私たちは頷く。

「最初は確かに、魔王討伐を依頼されたから出発したわ。けど、色々と不自然な部分が見えてきたの。もしかしたら騙されているんじゃないかって。本人たちを問い詰めてもはぐらかされるだろうし、それなら魔王本人に話を聞いて、双方の言い分から判断しようと決めたの。道も大分進んでたから、戻るのも面倒だったしね」

 鎧が私とクウの顔を交互に見比べる。話の真偽を相手の表情から確かめているようだ。

「私たちからは以上よ。信用してもらえたなら、そろそろ、そっちの話を聞かせてほしいんだけど」

「話ノ前ニ、マズハ移動シヨウ。山ノ日ハ落チルノガ早イ。我等ノ住処ニ案内スル」

 鎧に先導されて向かったのは、交戦場所から三十分ほど離れた場所だった。山間の隘路を進んでいたら、急に視界が開けて、目の前に大きな湖が現れた。

「スセリよ。気付いたか。この湖から霧があふれ出しておる」

 クウが指差す方向には、湖から霧が沸き立って水面を覆い、私たちがいる方向に流れ込んでいる。ドライアイスが焚かれているみたいに見える。

「豊富な水源があるとはいえ、常時霧を発生させ続けるというのはなかなか難しい。しかもだ。霧を我が晴らしたら、あの鎧はすぐさま我等の元へ飛んできたであろう? おそらく探知の術も混じっておる。霧に触れているものを察知する術だ。この術を編んだ者はかなりの腕前だ。鎧に敵意は既に無いが、術者はどうかわからぬ。用心を頼む」

 彼の言葉に頷きを返す。クウの解説中も、鎧はすたすたと先に進んでいく。湖に近づくにつれ、霧に隠れていた部分もおぼろげながら見えてきた。

「アレは、家?」

 湖中央。遠くからでは霧が邪魔で見えなかったが、水面にぽつんと石造りの家が建っている。家までは桟橋がかかっており、鎧は迷い無く足を踏み入れた。私たちもその後に続く。霧の立ち込める桟橋は幻想的で、雲の上を歩いているようだ。

「ココダ」

 終着点の家のドアを開き、鎧がこちらを振り向いた。

「魔王が住む場所にしては、ずいぶんと質素な場所だな」

「魔王、トイウ呼ビ名ハ、都ノ連中ガ自分タチニ従ワナイ我等ニ付ケタモノダ」

「だろうな。自分の意にそぐわないものは敵、やつらの考えそうなことだ」

 鎧に続いて、私、クウと連れ立って中に入っていく。

 家の中は、小さなタンスに椅子とテーブルの、外観と同じ質素な内装だ。少しだけ気になるのは、椅子が二つあることと、食器や布団が二組ずつあること。そして、真ん中にも鍵のついた扉があることだ。床下収納だろうか。鎧はかけられていた鍵を外し、扉を開いた。

「えっ」「なんとっ」

 揃って驚きの声を上げた。

 床下は湖面になっていた。井戸代わりにも使えれば、物を洗ったり、冷やしたり、魚を取って長期保存することも出来る。通常の用途としてはそんなところだろう。だが、その程度で私たちが驚くことは無い。今、それ以外の用途で使用されているからだ。

 湖面に棺桶のような形の大きな氷が浮かんでいた。その中に、一人の青年が閉じ込められている。年齢は十代後半から二十代前半、細身で百七十前後くらい。

「彼ガ都ノ者ノ言ウ、魔王ダ」

 鎧の言葉は、驚愕で身動きの取れない私の耳にどうにか届いた。顔を上げる。

「彼は、一体・・・?」

「彼ノ名ハ、サジョウ。コノ湖ニ昔カラ住ンデイル術師ノ一族。コノ湖ハ全テノ川ノ始マリ故、干上ガレバ一帯ガ水不足ニ、大雨デ氾濫スレバ忽チ辺リ一帯ヲ飲ミ込ム。彼ノ一族ハソウナラナイ様ニ湖ヲ管理シ、干バツノ時ハ一定ノ水位ヲ保チ、大雨デモ川ニ流レ出ル水量ヲ絞ッテイタ」

「凄いな、この膨大な水を管理しているというのか・・・」

 流石の天才もこれには感心しているようだ。私も信じられない思いだ。現代であればコンクリートや機械などの科学技術を、フルに活かして管理して出来ているものなのだから。

「彼ノ元ニ突然、都カラ役人ガ送ラレテキテ、告ゲタ。湖ハ国ノ物デアルカラ、国ガ管理スル。湖ノ管理ヲ明ケ渡シテ即刻立チ退ケ。従ワヌナラ、軍ヲ送リ込ム、ト。争イヲ望マヌ彼ハ立チ退クコトニシタ。シカシ、ソレハ間違イデアッタ」

 都の連中がここに来て一番に始めた事は、水害を減らすための工事でも術の設定でもなく、流し込む水にかける税だった。彼らが欲しがったのは新しい金脈だったのだ。

「なるほどな。湖は辺り一帯の水瓶、それを押さえ、使用量によって金を毟ろうという魂胆か。なかなか賢く、あくどい。水は人間の生活に必要不可欠なものだ。永久に湧き出る金の泉の出来上がりか」

 クウの言葉に、鎧が頷く。

「彼ハ連中ニ話ガ違ウト詰メ寄ッタ。ダガ連中ハ既ニ湖ハ国ノ物デアルカラ、口出シ無用ト彼ヲ追イ出シタ」

 だが、サジョウも負けてはいなかった。湖が国の物という証拠は何だと彼は食って掛かった。連中は馬鹿にしたように笑いながら書類を取り出して彼に突きつけた。書類にお前の名前が入っている。名前を記入した時点で、湖はお前の物から国の物に変わったのだ。連中に対して、彼はさらに続けた。では、その書類に自分が名前を書く前は、俺の物だったのだな、と念押しした。連中はその通りだとまた笑った。ご丁寧にも以前は彼の物だったという証拠の書類を作っていたのだ。彼が保有する物を譲渡する、という契約書類にしていた。

 自然の物を勝手に国の物にして人々から税を徴収すると、流石に反発が起こる。だが、彼の物ということにしておけば躱しやすい。彼は管理して水害を抑える代わりに、近くの村の人々から食料を分けてもらっていた。以前からそういう形を取っていたのだから、自分たちが管理して税をとっても問題ない、そういう論法で進める気だったのだ。だから彼の物だったとした。

「村ノ人々ハ彼ノ働キヲ理解シテイタ。ダカラ彼ニ感謝シ、オ返シトシテ食料ヲ送ッテイタノダ。無理矢理徴収シテイタノデハナイ。湖ダッテ、自分ノ物ダト言ッタ覚エハナイ」

 鎧は憤慨するが、その書類が彼にとって反撃のきっかけになった。優れた水の術者である彼は、書類の記載を妙に強要する彼らにきな臭い物を感じていたのだろう。その書類に細工を施した。書類は全て水と共にすられた墨で書かれている。その墨を、自分の意思で消すことが出来るようにしていたのだ。譲渡するという書類から自分の名前を削除して返した彼は、この書類の通りなら、湖は自分の物だ、返してもらおう、と言った。

 役人たちは慌てた。そもそも書類自体が偽造に近い物だったからだ。兵など送れるはずもない。他人が所有していた物を、その他人から譲渡されたという建前が会って初めて、連中は国に貢献したと認められて功績となる。今のままでは誰もが自由に使えていた『自然の物』を『彼の物』と自分たち国の役人が公的に認めてしまっている状態だ。もし仮に彼が水を差し止めたとしても、彼の物であるから問題ない。どころか、自分たちのように水を使わせる代わりに金品をせしめても法的に問題ない状態なのだ。もちろん彼にそんなつもりはないが、自分たちが考えることは他人もやる、と考える役人連中は、このままでは国に利益ではなく損益を与えてしまう、自分の経歴に傷が付くと恐れ、いっそのことサジョウを殺してしまおうと考えた。もう一度話し合おうと彼を席につかせ、毒を盛った。

「彼ハ毒ヲ盛ラレナガラモ、役人タチヲ何トカ追イ払イ、自分ノ体ヲ氷デ覆イ死ヲ遅ラセ、誰モ近ヅケナイヨウニ湖一帯ニ霧ヲ生ンダ。ソシテ私ニコノ鎧ヲ与エ、湖ヲ連中カラ守レト命ジタ」

 霧の謎、そして鎧が私たちを襲ってきた理由が判明した。あわせて、都の連中が私に魔王討伐を依頼した理由も。自分たちの不正の証拠を消し去るためだったのだ。

「ん? 待て待て」

 クウが手を上げた。

「今、あなたはサジョウが死を『遅らせ』ているといったな。もしや、毒を解毒できたわけではない?」

「・・・ソノ通リダ。凍結サセテ可能ナ限リ体機能ヲ低下サセルコトデ毒ノ巡リヲ止メテイル。シカシ、完全ニ止メルコトハデキナイ。今モ彼ハ死ニ近ヅイテイル」

 鎧も座してサジョウが死ぬことを良しとせず、都に忍び込んで解毒薬を探した。毒を盛った張本人を見つけ、解毒薬を渡すように脅した。だが、彼に飲ませたのは新種の毒であり、解毒は不可能だと震えながら言ったそうだ。

「何デモ、術ト薬ヲ掛ケ合ワセル初メテノ試ミデ生マレタトカ」

「初めて、だと?」

 忌々しそうに、クウが妙なところに食いついた。そして、しばらくうんうん唸ってなにがしら考えを巡らせた後、鎧に向かって尋ねた。

「のう。あなたはサジョウの弟子か何かか? あなた自身も術を使えたりするのか?」

「可能ダ。ソレガ、ドウカシタカ?」

「なぁに。ひとつ、我らがあなたの敵ではない、ということを証明しようと思ってな」

 そう微笑むクウは、それはそれは悪い顔をしていた。

続きを書かせていただきました。


この話は非常に読みにくいかもしれません。もしかしたら後で修正するかも。

でも、この片仮名感がボイスチェンジャーっぽい気がしたんですよ。

お許しください。


さておき。ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

またよろしければ、次回も遊びに来てください。

お待ちしております。

感想・レビュー・評価、お気軽にお寄せください。

よろしくお願い致します。

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