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世界の神話・異聞  作者: 叶 遼太郎
【外伝 旅路の果てに得たもの】
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領主からの依頼

「ようこそおいでくださった」

 両手を広げて私たちを歓待したのは、この地域の領主コセンだ。黄色く分厚い着物を着た、というより着られた感の強い、痩せこけた男だった。きゅっと引っ張られたのかと思うくらい前に突き出た鼻と口は、まるでイタチのようだ。かといって、彼から感じるのは動物のイタチのような可愛らしさではなく、狡賢そうな印象だった。私は対人関係で、自分が感じたこの印象を信頼している。外れたことがあまり無いからだ。クウに騙されたのは・・・まあ、たまには例外があるということだ。誰にでも間違いはある。それに話を聞けばそこまで悪いやつではないことが判明したし、あながち間違っちゃいない。けして彼がイケメンだったからではない。断じて。

「さあさ、お二人とも、どうぞこちらへ。料理も酒も十二分にご用意しております」

「待って」

 こちらの手を引いて奥へ招こうとしたコセンを止める。

「その前に、私たちをここに呼んだ理由を話してほしいのだけど」

 私の家に伝わるのは、何も業だけではない。ご先祖様たちの教訓も含まれている。その仲に、何の理由も無く歓迎を受けることはほぼ無い、というものがある。たいてい裏に何か思惑がある。ご先祖様が身を持って証明してきた教訓だ。ちょっと褒美をちらつかせれば簡単に操れるとでも思っていたのだろうか、コセンは幾分頬を引きつらせながら咳払いした。

「し、仕事の話は、また後で・・・」

「仕事? あなたは何か仕事を頼むつもりなの? ご馳走を受けた後だと、断りにくくなるから余計先に話を聞きたいわ」

 さらに追い込むと、観念したコセンが一息ついた。

「わかりました。立ち話でもなんですから、どうぞ私の執務室へお越しください」

 通されたのは、執務室というには広すぎる部屋だ。しかも書類や本などの仕事道具が置いてあるのかといえばそうではなく、金ぴかな像や宝飾を施された剣など、成金趣味丸出しのコレクションが山盛りだった。蝋燭の火が乱反射して目が痛い。

「じつは、あなたの力をぜひともお借りしたいのです」

「それは、コクダイって人から聞いたわ。内容はどういったものなの?」

「はい。実は私がこの地の領主となって治めるようになってから頭を悩ませているものがあります。山賊の被害です」

「山賊?」

「そうです。近隣の街を荒らし、金品や年貢を奪い取る憎き奴らです。あなたの腕を見込んで、お願いします。この山賊の頭、チョハンを討ち取っていただきたい」

 コセンが言うには、山賊による被害が無視できないところまで来たので、近々大掛かりな山狩りを行うとのこと。いかに山賊とはいえ、厄介なのは夜闇に紛れる神出鬼没さと逃げ足の速さ。正規兵の力と数には敵わない。数に任せて山賊を追いたて、包囲して一気に叩く腹積もりのようだ。

 唯一の懸念事項が、山賊を率いるチョハンという男だそうだ。

「チョハンは裏切り者なのです」

 憎々しげにコセンはその名を口にした。

「もとは私に仕える仕官の一人だったのですが、仕官にあるまじき行為を働き、罷免しました。そのことを逆恨みし、徒党を組んで領地を荒らしているのです。性根は腐っているが、一時は一部隊を率いていただけあり、その用兵術はなかなかのもので、また本人もかなりの腕前を誇ります。ですが逆に、それだけともいえます。山賊はチョハンという核によって成り立っており、ヤツを失えば、山賊はばらばらとなり烏合の衆となるでしょう」

 そこまで言い終えて、コセンはチラ、とこちらの顔色を見るように伺った。

「・・・話はわかったわ」

「おお、それでは」

「ええ。ただし、私は私で好きにさせてもらうわ。一人で動くほうが好きなのよ」

「それはもう、全然構いません。やりやすいようにしていただければ」

「ありがとう。やりたいようにさせてもらうわ」

 私の返答に満足したのか、コセンはくしゃっと顔をゆがめた。笑ったらしい。宴に招待しようとしてくれたが、丁重にお断りし、宿屋に戻ることにする。

「よかったのか?」

 宿屋へ戻る道すがら、クウが尋ねてきた。隣を歩く彼に視線を向ける。

「何が?」

「我は、あのコセンとか言うやつと同じ顔を見たことがあるぞ。我を閉じ込めた連中と同じ顔をしている。腹に一物抱えているのではないか?」

「そうね。その点については同意するわ」

「ならば、何故?」

 ここで私がヤツの頼みを聞いたように見えているなら、やはりクウは、天才といえどもまだ子どもだ。一度悪意を受けたから、その感覚を敏感に察知することは出来るだろうが、悪意を隠しながら接してくる連中との接し方は知らない。

「む、なんだ。ニヤニヤと。我がどうかしたか?」

「いいえ、別に。まだまだ子どもだ、と思ってね」

 正直な感想を言うと、クウは心外といわんばかりに目を見開き、不服そうに口を尖らせた。

「スセリ。言っておくがな、我はもう成人しておる。子どもではない」

「はいはい。そうね。その台詞は子どもがよく言うのよ」

 酔ってない人間が「酔ってない」というのと同じだ。子どもは総じて子ども扱いされるのを嫌い「子どもじゃない」と怒るのだ。クウはどう見ても十代半ば。一番粋がりたい年頃だろう。昔は日本でも十五歳くらいで元服していたから、ここにもそういう風習はあるかもしれない。それに照らし合わせれば彼も大人の一員ということになるのだが、私から見ればまだまだ小生意気なガキだ。

「で? 一体我が何を見落としているというのだ」

 いくら言っても聞かないとあきらめたのか、クウは質問を変えた。これ以上意地悪をして困る顔も見てみたい気がするが、へそを曲げられて肝心なところで邪魔をされたらこちらが困る。まだこの世界の文化に疎い自分では見落としがちな箇所を担ってもらうつもりなのだ。

「私たちの世界の仕事は、雇い主と働き手、双方が契約を結んで始めて始まるの。その際、いくつかの約束事を決めるわけ」

「それは、こちらでも同じだ。むしろ給金の支払いや作業量などをきちんと決めなければ働くことなど出来ない」

 そうよね、と相槌を打ちつつ、私は続ける。

「だから働き手は雇い主に定められたぶんだけ働いて、雇い主は最初に約束された分の報酬を支払う。私たちの世界では、そういう約束事を書類に残しておくの。もしどちらか、例えば雇い主が約束の報酬を払わなかったり、働き手が仕事の手を抜いたら、その証拠を盾にして相手を罰することが出来る」

「法だな。そちらの世界の法がどのようなものか知らんが、この国にも存在するぞ」

「それは、口約束だけも証拠に入って法に適用されるの?」

「・・・なるほど」

ここで、ようやくクウは気付いた。先ほどのコセンとの話し合いでは、二人とも何かの書類に記載することも署名することもなかった。

「だが、人道的に言えば、約束は守るものだぞ。人としての信頼にかかわる。たとえヤツが生理的に受け付けぬ嫌なヤツでもな」

「もちろん、私もそこまで非道な人間ではないわ。約束をしたら守るつもり。ただ、少し気になることがあってね」

「気になること?」

「クウも今言ったけど、こっちの世界でも、働く時は互いに証拠を残すものよね?」

「まあ、普通はそうする。無い時は、世間でも周知の事実の時、例えば兵の給料は階級によって決まっていて、それはこの国の人間なら誰でも知っている。もし少しでも違えばその者から悪評が広がり、全兵士がそっぽを向くことになる」

「雇い主であるコセンが、そのことを忘れると思う?」

 あ、とクウは口を開けて固まった。今しがた自分自身で嫌なヤツだといったばかりの相手、それも自分を騙した連中に似ているとまで。普通は細部まできちんと契約を詰め、それでいて自分に有利になるような話にしているはずなのだ。これはコセンのみに留まらず、領主の任を帯びているものは、自分や領地の有利な条件を常に探らなければ嘘だ。それをしすぎることはあっても、怠ることなどありえない。そういった少しずつの利を重ねていくことが、運営に活きてくるものだからだ。

「あちら側も、何かこちらに確約して、下手に証拠を残せない理由があるということか?」

「かもね。もしかしたら、顔が悪いだけで、中身は誠実で、表しかないかもだけど」

 自分でもありえないと思っている可能性を口にする。だめだな。十六夜の言ったとおりだ。人間、自分で想像できないものは大体実現されない。自分で言っておいてなんだけど、可能性は皆無だ。

「だから、言質をとられかねない物言いは控えたの」

「なるほど、確かにスセリは協力するともチョハンを討ち取るとも言ってはおらんな。ただ、好きに動く、とだけ。いろんな受け取り方の出来る言い方だな」

「逃げ道は残しておくものよ。たとえ力を持っていても、何でも安請け合いしていたら身が持たないわ」

「何でもやるやると安請け合いし過ぎて、いつの間にか周囲から距離を置かれ、嵌められていた我からすれば耳に痛い言葉だ」

 というよりも、何でも引き受けて、実行できてしまっていたのが要因ではないかと邪推する。天才の何が可愛くないって、自分の出来ないことをいとも簡単にひょいひょい出来てしまうところだ。それもこんな若造に自分の長年の努力を飛び越えられたら腹も立つだろう。

「しかし、そこまで気付いていたのなら、断る、という手もあったのではないのか?」

「それも考えたんだけど、相手は一応この地域の領主でしょ? 断ったら断ったで厄介になりそうだし、それに、提示された報酬はなかなか魅力的だと思ったのよ。金なんてあって困るもんじゃないしね」

 すると、クウがものすごいジト目で私の顔を覗き込んだ。

「・・・何よ」

 見つめられ、つつ、とうなじ辺りに汗が伝う。

「まさかとは思うが、スセリ」

「だから、何? 早く言いなさいよ」

「・・・手持ちの金はどうした? そういえば、呼び出される前、机に置いていたな。我の記憶違いでなければ、それを回収していたようには見受けられないのだが」

 こいつ、絶対記憶の持ち主か・・・! そう、私もさっき気付いたのだ。バッグの中に金貨を入れた包みがないことに。おそらくあの酒場に置き忘れてきたのだろう。あれだけの金を店側も客も見落とすはずがない。宿屋にはすでに先払いしているから、今日の寝床には困らないが、明日以降は無一文だ。

 全てを察したクウは、一つ大きなため息をついて話題を変えた。

「では、山狩りに関してだが、まずは様子見としてやつらに同行するということでいいのか?」

「・・・ええ。それで」

 こうして私は、酒の席での失敗談をまた増やした。そろそろギネス登録が出来そうだ。

続きを書かせていただきました。


誰しも失敗はあります。その失敗を次に活かせるから、失敗は成功の素といわれるのでしょうか。

ただ、筆者の身の回りの人間は、酒の席での失敗はたいてい活かせてません(笑)

今回は、そういう話です。

ただ、スセリは仕事はバリバリ出来るキャリアウーマンです。会社ではまったく隙がありません。

こういった酒の失敗は、彼女の唯一といっていい弱点であり隙なのかな、と思います。


さておき、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

またよろしければ、次回も遊びに来てください。

お待ちしております。

感想・レビュー・評価、お気軽にお寄せください。

よろしくお願い致します。

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