トゥールーズの街
トゥールーズの街は、それでいてそんなに悪いところでもない。確かに、商人たちは強欲で抜け目ないし、秘密裏に人身売買やら怪しげな魔法具だとか薬なんかが取引されるから、乱闘沙汰もしばしば起きる。しかし活気はあるし、なんったってロマンがある。
世界のいたるところから集まる交易品や隊商の連中の話す異国の話や伝承には、知的好奇心をかきたてられずにはいられない!
ここだけの話、俺の夢のひとつはこうした話を集めて、本にして出版することだ――。
――と、俺が旅立ちの準備を終えて部屋の前で待っていると、ドアが開いて、クレアが姿を見せた。
「――時は、満ちた……!」
……通訳しよう。つまり「おまたせ」ということだ。
俺は無視して、先を続ける。
「……結構かかったな。忘れ物はないか?」
「ふ。すべては順調だよ、ウォ=ニィ・チャン(うん。大丈夫、お兄ちゃん!)」
そう言うとクレアはくるりと一回転して見せた。
今度はちゃんと服を着ている。
生成色の上衣と、落ち着いたワインレッドのスカート。その下のすらりと伸びた脚には太ももまでを覆うソックスと脛を守るあおみがかった白銀の脚絆。防具は他に、同じ碧白銀の籠手と胸当て。
軽装に見えるかもしれないが、<聖金属ミスリル>でできた軽くて丈夫な、旅にはもってこいの代物だ。
そして、右腰におさめられたのは――小柄なクレアには不釣り合いなほど豪奢な、ミスリルの剣。
ミスリル装備はそれなりに高価なものだが、トゥールーズ鉄鋼ギルドから、クレアの聖騎士団入団祝いと銘打って「タダで」贈られたのだ。
パラディンはあらゆる国に派遣され、各国要人に強いコネがある。クレアがパラディンとして活躍すれば、その国の部隊の基本装備として同じ武器が採用されるかもしれない。利益追求が至上命題である連中のことなので、この「餞別」はこうした宣伝効果を見越してのことだろう。
そして左腰には、金やアイテムなんかが入った大きな布包み。
旅の準備は万端だ――
――だが。
「……服装はよしとしよう。だが、お前、それはなんだ?」
俺はクレアの頭に目をとめた。白い髪留めがつややかな栗毛を頭の後ろでまとめている。が、よく見ると、なにやら呪文のようなものが汚い字で書いてある。
「なにって《封印の髪飾りアマノ=イウァト》だよ? ウォ=ニィ・チャン?」
「お前、そんなものまだ持ってたのか……」
「そんなものって……ウォ兄ちゃんがくれたんじゃない」
「まぁ、そうだけどさ……」
それは確かに子供のころ俺がクレアに贈ったものだった。呪文を書いたのも俺だ。しかし、魔力なんてこもってない普通の髪留めだし、もちろん俺が厨二病だったわけでもない。小さい頃よく泣いていたクレアに、お守り代わりにプレゼントしたものなのだ。
「これは拘束具だよ」
「……こうそくぐ?」
「そう、これはこの身に流れる呪ワレシ血を制御する拘束具なの! これを装備することで……攻撃力を犠牲にすることで、湧きあ……お、おこる暗黒の衝動を抑え込むことが可能となるんだよ、ウォ兄ちゃん!」
「お前その設定、今考えてないか?」
「い、いいの! ……そ、それに――」
クレアは少し間を置くと、上目づかいで恥ずかしそうにぼそぼそと言った。
「――これがあると落ち着くんだもん……」
「……しかたない。でも、由緒ある聖騎士団に入隊するんだからな? 外では絶対に暗黒騎士だの、呪いだの、封印だの言わないでくれよな」
「えー、でも……はっ!」
一瞬不満げな表情を見せたが、すぐに合点がいったというようにクレアがうなづいた。
「言霊が《あちらがわ》に巣食う者どもに感知されちゃうと大変だもんね! そこに気づくとはやはり天才か……。さすが、我と《血ヲ分有セシ者》だね、ウォ=ニィ・チャン!」
――この際、「お」にいちゃんの発音がおかしかったことはおいておこう……。
とにかくだ。俺はクレアが道を踏み外さず、まっとうな一人前の聖騎士になれるように見届けなければならない! そのためには、人前で「暗黒」だのなんだのって厨二なことを言ってボロを出さないようにフォローしないと……
前途多難な決意を胸に、俺は本日二度目の深いため息をついたのだった。