――風。
――風。
冷たい風が俺の頬をなでる。
もう夏も近いっていうのに、夜から明け方にかけてはまだ大分冷え込む日が続いている。
澄んだ水の中にいるような春の冷たい空気の中で、しかし朝日だけはやたらと熱くて、夏の到来を感じさせた。
――?
―――朝日?
「いけね……」
春のすがすがしい空気とは対照的に、机に突っ伏した窮屈な格好で俺――リヒト・リュミエールは目を覚ました。
上半身を机から起こし、大きく伸びをする。不自然な形で縮こまっていた体が悲鳴をあげ、一気に全身の細胞に血液がいきわたるのを感じた。
目線を下に移すと、つい今さっきまで俺の上半身が存在していたところには、開かれたままペチャンコになった数冊の本と皮紙とペン――また、書きものをしながら眠ってしまったのだ。
――ってそんな物思いにふけってる場合じゃない!
俺はにわかに椅子から立ち上がると、駆け足で妹の部屋へと向かった。妹の部屋は廊下を挟んで俺の部屋の真正面だからすぐに行ける。自室のドアを体当たりも同然に開けて、そのままの勢いで俺は妹の部屋のドアを開け、叫んだ。
「クレア! もう出発の時間すぎてるじゃねーか! 早く起き――!?」
――そこには、後ろ姿の女の子がいた。
下着から露出した肌はみずみずしい光を放ち、手に握られた剣は陽の光を反射して燦然と輝いている。
――? この光景、どこかで見覚えが――
「――って、お前は何をやってるんだ……?」
俺は絶句した。……訂正しよう。こんな光景に見覚えなどあるはずはない。俺の目の前には、ひとり鏡の前で剣を斜に構え、奇天烈なポーズで固まった女の子がいたのだ。しかもなぜか下着姿で!
すると彼女が、下着姿で、変なポーズのままギギギ……っとぎこちなくこちらを振り返えった。
頭の高いところでまとめた栗色の髪。鳶色の瞳。そして――謎のドヤ顔。そこにいたのは――やれやれ、認めたくないことではあるが紛れもなく――血を分けた我が妹であった。
俺と目が合った途端に妹のドヤっとしていた顔が真っ赤になる。
「お、お兄――はっ!? の、《呪ワレシ血ヲ分有セシ》お兄ちゃん!?」
真っ赤なまま、思い出したかのようにキリっと表情を作りなおして妹が言った。
「言い直さなくていい。そしてその変な肩書はつけなくていい」
俺が吐き捨てるように言うと妹は、むーとしばし考えたあと――
「わ、《我ガ先行試作機》ウォ=ニィ・チャン……」
「肩書が気に入らなかったわけじゃない!いいからとっとと服を着ろ――ッ!」
バタンッとドアを叩きつけるように閉めると、俺は大きく溜息をついた。