プロローグ
――パチパチ、と火の爆ぜる音と激痛に俺は目を覚ます。
吹き飛ばされた勢いで全身を強かに打ちつけたのだろう。
あたりを見回すと、既に、街の中はいたるところで火の手があがっており、崩れた建物が路をふさいでいる。
強い魔力の残滓を感じる。
大規模な術式が執り行われたのだ。
俺は暗闇の中、そばに倒れている兵士らしき男の腰から手探りで剣を抜きとり、宮殿を目指して走り出す。
のどはカラカラだし、目は霞む。体は重いし、既に魔力は尽き果てている。
しかし――まだ間に合う。
今ならまだ止めることができるはずだ。
俺は粉々に砕かれた門から宮殿内に入った。側廊を抜け、南側の塔の階段を上り切ると、屋上へ出られる扉がある。
瓦礫を踏み越え、一気に扉にたどり着いた俺は、急激な運動で上がってしまった息を整えると、手ににじむ汗を拭ってゆっくりと扉を開ける。
そこには――漆黒の甲冑に身をつつまれた騎士がいた。
不意に雲間が切れ、月明かりが後ろ姿の甲冑を照らし出す。
甲冑は濡れたような艶めかしい漆黒の光を放ち、手に握られた剣は月光を反射して冷たく輝いている。
――暗黒騎士。
十数メートル離れた距離でも、暗黒騎士が放つ冷気がすぐ近くに感じられる。
触れるだけで生者の命を吸い、死者すらもその眷族として使役すると伝えられる呪われし騎士がすぐそこにいるのだ。
俺は、熱帯夜にも関わらず背筋に走る寒気をこらえて、一歩前に踏み出す。
「小さい頃は――」
突如、澄みわたるような透明感のある声が俺の耳に聞こえた。
――俺はその声を知っている。
「強くなるのが嬉しかったし――」
あまりのギャップに一瞬呆気にとられたものの、すぐに声の持ち主に焦点が結ばれる。暗黒騎士が話しているのだ。
「剣をふるえば誰かを救えると思ってた――」
――そうだ。俺は「彼女」を知っている。
「私たちどうしてこうなっちゃたんだろうね――」
暗黒騎士は兜を脱ぎ捨てると、ゆっくりとこちらを振り返る――。
「――お兄ちゃん」
頭の高いところでまとめた栗色の髪。潤んだ鳶色の瞳。
そこにいたのは俺の妹だった。