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ヴォルフ

ルインが目を覚ます。頭への血の巡りが悪い。頭痛に耐えながら身を起こし、辺りを見渡す。医務室のようだ。どれほど寝入っていたのだろう。窓が設けられておらず、かけてある時計に目をやる。

夜更けだった。ルインはいつ頃から寝たのかすら覚えていなかったが、この五臓に爪を立ててしがみつく疲労には覚えがあった。死にかけ、生き延びた代わりに纏わりつく疲憊。生きていること自体は多少喜べたが、その引き換えの。

腹が鳴る。曲がった背で影を作り、ルインは食堂へと向かった。

エッケザックスは飛んでいた。ルインはその浮かべられた地を踏み締め、歩んでいく。疲れているが、腹が減っている事がルインにとっての大きな問題であった。

食堂にはほとんど人は居なかった。修理を終えた整備班が、酒の肴を賭けてのカードに興じていた。それに声をかける事もなく、キッチンへと。

食堂ほどでは無いにしろ、なかなかの広さがあった。魔力を動力とした冷蔵庫や焜炉。そういった設備は充実してはいたが、彼に作るほどの余力も無い。

ふと調理台に目が止まる。パウチに入ったカレーである。そしてその隣の保温釜へと視点を移す。どうやら魔力の供給があるらしい、蓋を開けると、炊かれた米が入っていた。炊いてから時間は経っているようだが、保温されていたため不味ではないだろう。それを皿に盛りつけ、パウチを開いてルウを米にかける。混合されたスパイスによる茶褐色が滴り、野菜もそれを彩る。レトルトであることはともかくとして、ルインにとっての馳走はそこにあった。


食べ終えると、周りは静まり返っていた。八人はかけられる、緊急時のため床と固定されたテーブルが何十個もあったが、使われているテーブルはひとつだけ。カードに興じ、談笑していた整備班の一団は何処かへと去っていた。蒼穹を飛ぶエッケザックス、空調設備は整えられていたが、その空間は肌着を纏うだけでは少しばかり寒かった。部屋を照らす照明も、ルインの座る席を除けば消灯してあった。ルインは食器を洗い、部屋の照明を消して表へ出る。本来なら寝ている時間であったが、目が覚めていた。


「シェナド鉱山まで、およそ四時間」

通信士ジーク、計器らに目配せしてリーテへと報告する。ブリッジ。いくら子供とはいえど艦長、蒼空の航海をする人間を率いる存在に休みはない。だが、体はその激務に耐えられず、椅子の上で上下している。睡魔との格闘か。

姫は謎の一団により拉致され、当初の計画に乱れが生じていた。カーレハイン帝国の元軍人や旧ザハネ共和国軍人が集まって構成されている解放の剣。姫、シェリアナ・レヒテ・カーレハインに自分等の目論見……宰相である、アルゼス枢機卿による国教への献金と称した市民からの財産剥奪など、そういった圧政を止める、その助力を求めようとしたが、その肝心のリアナ姫が別の組織によって拉致されたとあり、別の事で打撃を加える必要があった。数ある鉱山の中で比較的新しい鉱山、シェナド鉱山を制圧し、物資の供給を絶つ。

「うっ」

リーテが飛び起き、ジークに現地での偵察隊からの報告を聴く。

「付近に地上戦艦が来てるのか、出てる戦力も鉱山近辺だけでも三十六……」

「前線には聖騎士団も出されてる、使える物をここで使ってしまおうって魂胆ですかね」

ジークは眉間に皺を寄せて推測を立てる。

「おおよそ、厄介払いってやつですか」

「……戦える人を皆集めてください、ブリーフィングをやるので」

リーテはそう告げた。


「今回は私が出て指揮を執る」

レーゼルが鉱山警備にあたっている兵に、地上戦艦からの通信でそう部下に報告する。兵の中で少しだがどよめきが起こる。

「他に鉱山はあるが、ここ、シェナド鉱山は我々カーレハイン帝国の兵器建造において大きく依存している箇所だ。万一ここを占拠、制圧されれば、国は兵器を満足に作れなくなる、そして…」

レーゼルははにかみながら話を続ける。

「警備の前線には皆も存じる聖騎士団を配置している、彼等と力を合わせれば負けることは無いだろう。君達は、国、そして神の為に立ち上がる聖戦士達だと私は信じているぞ」

通信が切れる。

「母さん、くそっ……こんな奴等に従うなんて嫌なのに」

兵士の一人が歯噛みし、ぼやく。その後に隊長から指示を受け編隊を組む。ここはシェナド鉱山の前線防衛部隊。


出撃を知らせるサイレンが格納庫に鳴り響く。更衣室から出て、アルグレスに搭乗するため進むルイン。

「ルインくん」

ソニアの声だ。既にコンダクトクロークを纏っている。

「話してない事があるから、生き残れるようにしてよ」

釘を刺される。どちらにせよ、ここで死のうとは思わないルイン。

「安心しろ、死ぬときはお前も一緒だ」

死と隣り合わせの相乗りである。ハーネスを止めながらそう切り返し、キャノピーを閉じた。画面が頭上から目前へと移動し、光が点る。

「アルグレス、スタンバイ願います」

了解、そう応答してアルグレスの歩みを進める。

射出機の固定部に両足をかけ、アルグレスが身を屈める。

「ルイン・リゼイデル、行きます!」

その言葉とほぼ同時か、カタパルトで射出され高速で前進するアルグレス。ルインとソニアの二人が、慣性力によりシートに体を押し付けられる。かなりの速度でゲートの出口に近付き、三秒ほどで射出される。背のウィングユニットを開き魔力で加速する。

さして時間も経たぬうちに、地上からの対空攻撃に晒される。左手に携えた盾で防ぎながら、円弧を描いて回りつつ鉱山に降りる。操縦席のソニアが見守る探知機には鉱山に近づく三つの小さな光点が瞬く。シャノン達だ。

着陸。予め右手めてには魔光銃を握っており、地上の敵に牽制として使っていた。着地する場所のケステロスは数機ほど倒し、次の敵は左手から向かっていた。

「撃ってきた!」

ソニアの声が聞こえる。ルインが反射と見紛うほどに直ぐ様反応。盾でそれを躱し銃の引き金を引く。ケステロスの肩に命中し、赤熱化したダマスカスメタルの装甲が弾ける。溶かされた金属が飛散し、飛沫に見える。

「仕留め損ねたか!?」

ルインは再度引き金を引き、次はそのケステロスの頭を消し飛ばした。

僚機は絶えず機関銃の砲火を止めずに移動する。

「十字砲火!」

ソニアが警告した。背に魔光銃をマウントし、腰のミスリル霊銀の剣を抜いた。そこから垂直に飛び立ち、砲火を回避するアルグレス。最高点に達した時点で身を翻し、自由落下に魔力による加速を加えて敵に肉薄する。

ケステロスの喉元に突き立てられていたのは、アルグレスの盾の尖端。エーテルの血を吹き出し、そのケステロスは地に突っ伏した。

「くそぉぉぉ!!」

残されたケステロスのパイロットは絶叫しながら引き金を引く。一直線ではなく、不規則に射線と身をずらしながら接近する。最後の一飛びで、アルグレスは剣を振りかぶる。

「か、母さん……!」

その断末魔は、ミスリルの剣で断ち斬られる。

ケステロスの胸甲に、アルグレスの剣が貫通していた。無論パイロットは無事では無かったろう。

「ちょっと、ルインくん!」

「殺される訳にはいかないんだ、文句を付けるな」

苛立ちながらルインは返した。次に近づく敵は6機、アルグレスは挟まれる形となっていた……


「第四小隊、聴こえるか」

向かいに配置していてアルグレスを包囲しようとしている機体のパイロットらに呼び掛ける。声の主は隊を率いるレーゼル。薄墨のような色の鎧に包まれた指揮官用イシルディン、ヴォルフラムに乗っていた。

「遠方にて砲撃部隊が配置した、一斉に包囲し、跳躍させたところを火砲の餌食にする、いいな」

通信を切るレーゼル。そして視線を目前にある二本角の機体へと向けた。

「どれほどの強さか、試させてもらうか」


「囲まれてるか…」

三百六十度を見回す。ケステロスが五機、一つだけ形状が違う機体。おそらく隊長か。どの機体から潰すか、ルインが思考を巡らせている間に、ヴォルフラム率いるイシルディン隊が一斉に直進し始めた。

「当たるか!」

前から向かってきたケステロスに盾を投げつけ、後ろに下がりながら魔力をウィングから放射、上空へと回避した。その直後。

大きな衝撃がアルグレスを襲う。バランスを失い、背から墜落した。

「何だ、今の!?」

アルグレスの腰を起こし、状況を確認する。

「遠距離からの砲撃……どうやらドツボにはまってるようね」

探知機の範囲を拡げ、その敵を指し示した。

「くそ……」

ルインは機体を動かした時に実感したが、損傷自体は軽いらしい。ミスリル霊銀による装甲の恩恵か。だが、迂闊に動いて蜂の巣にされればそう都合のいい言葉も無意味となる。


「まだ動けるだと?伊達ではないようだ」

レーゼルは軽く驚いていた。だが、あの跳躍からの高機動を封じた事は大きい。

「第四小隊は機関銃を装備して後衛に、我々は同じく機関銃を装備し、牽制する、そして……」

僚機に他の前線防衛部隊への支援要請をするよう伝える。そして隊列が入れ替わり、膝をついているアルグレスの前方を塞ぐ形となる。

「逃げるか、ここで死ぬか……さあどちらだ、勇者!」

引き金を引こうとした、その直後。

「一時方向から敵の増援っ……うわぁっ」

警告音から報告をしようとした刹那、砲撃を受けて転倒する僚機。

「この砲撃……見覚えがあるな」

背部の増加推進器を切り離し、二つの足で着地する機体。

「緑色に…成る程、『あの家の遺産』か」

レーゼルはほくそ笑みながら、自分の記憶を反芻していた。


「大丈夫ですか……」

アルグレスに通信が入る。ブロンディスに乗ったシャノンからだ。

「シャノンさん……まさか単機でやるつもりですか」

「黙れ!!」

ソニアが制止するが、それに対して怒号を飛ばして我を通したシャノン。

「あの指揮官機だけは私がやります、二人は制圧に」

ブロンディスは左右の腕部にあるそれぞれの砲身を展開していた。

「……」

ルインは黙ったまま、アルグレスを脇へと走らせて離脱。それを追う、一機のケステロス。

「させない!」

ブロンディスの右の砲口から魔力の弾幕が放たれる。追おうとしたケステロスが、横っ腹に魔力の弾丸を受け、バランスを崩し転倒した。

「殺しはしたくありません、ですがレーゼル、貴方は今日こそ償わせます」

彼女の優しい眼差しは、そこにはなかった。

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