インペラー・パペット
「うぐっ」
壮年の男性が枢機卿の私兵団により捕縛され、別室へ連れてゆかれる。その男性は、俯きながら、この状況を覚悟していたようだった。
「大臣、貴方でしょう、賊軍に情報を漏洩して姫の拉致を依頼したのは」
レーゼルが淡々と尋問する。
それに対して、大臣と呼ばれる男は押し黙っている。
「警備の非番を把握し、かなり広大なカーレハイン城の間取りが頭に入っている人間……差し詰め警備兵も貴方の息がかかっているんでしょう、警備の穴をあえて作らせ、賊軍の入るスキを作った……」
「腐った貴様らから姫を救うためだ」
大臣が口を開いた。
「腐った?腐ってるのはどっちです、皇帝だって、まだ二十代半ば、代わりに猊下が政治を取り持ってくれてるんでしょう、お布施の殆どが豪遊に消えてるとは言いますが、それは、猊下の収入も同然です」
レーゼルは呆れたように返す。
大臣はレーゼルに飛びかかりそうになったが、兵に止められた。
「私から見たら……姫を賊軍に明け渡した貴方の方が腐ってますね」
うすら笑いを浮かべながら、レーゼルは呟いた。
「よし、ちょうどいいスペースだ」
通信士のジークが報告する。
「わかった、着陸するぜ」
操舵士が、舵を切り、エッケザックスが開頭する。
「着陸したら動力をエーテルエンジンに切り替えて、不可視フィールドを展開して」
リーテが指示し、操舵士がてきぱきと作業をこなしてゆく。
「なぁ、リーテ」
ヘルムがリーテに声をかける。
「俺達、やっぱりここで降ろされるのか?」
少し残念そうな口ぶりだった。すると、リーテがにこやかに
「ごめん、やっぱりここでずっと飼う事にするよ、枢機卿とか帝国に情報をリークさせる訳にはいかないからね」
屈託のない笑顔だが、吐く台詞には毒が混じっていた。
「え、ボク、降りれないのか…?」
檻から出されたラディは、娑婆の空気と、ほのかな絶望を味わったのであった。
「行くぞ」
ブレードに連れられ、ルインと整備士の数名が森の道を進んでゆく。背の低い木が折られ、草は根本から倒れ、土にその身を凭れている。その草を踏みしめ、闊歩する。
「街に行ってるのか?」
ルインがブレードに訪ねながら、茂みの向こうから聞こえる獣たちの声に耳を澄ませた。確かに自分たちの近くに居たはずの彼らは、自分たちが近付くと深くへと消えてゆく。逃げてるみたいだと、ルインは疑問に思う。誰から?
「ここを抜けると、アロンジュの街がある、そこに仲間が居るから、主要物資…食物とか、そういったものだ、それを受け取ったり、買ったりする。俺を含めお前らは荷物運びだ。
俺達は仮にも開放軍だからな、舗装された道だと帝国の刑吏に捕縛されかねん」
ルインはその説明で納得する。それと、ひとつ。
「あの人間より一回りは大きいであろう魔物、どうして俺たちが通ると逃げていくんだ?」
すると、横を歩いていた整備士の一人が口を開いた。
「イシルディンってアイツらの親玉であるイモータルの筋肉が素体だろ、お前は何度かアルグレスに乗ったから、その匂いが染みてるのさ」
ルインは、思わず肘の匂いをかぐ仕草をしてしまった。
「匂いなんて……」
「ははは、アイツら、鼻が効くからな、遠くからでも、小さい匂いでも、わかるのさ、ははは」
ルインは釣られて、笑った。
「お前ら、そろそろだ」
ブレードが告げる。そこには、倒れたジュリエザよりも長いであろう煉瓦の塀が、街を包んでいた。
「ここが、アロンジュの街だ」
「……」
シャノンは一人で部屋に篭り、紅茶を啜っている。戦いの疲れを癒す。それが今の彼女に出来る次の戦いへの備え。窓から空を見つめ、溜息を付いてみる。
「お父様……」
ポットの茶が切れたようだった。再度沸かす為にトレイにティーセットを乗せ、彼女は部屋を出た。
調理場を借り、火を付け、湯を沸かす。彼女はまた一つ、溜息を付いた。
本当は人殺しみたいな、戦いなんか後免だ、とシャノンは思っていた。しかし……戦わなければ誰かが苦しむ。そして、戦う事で自分も誰かを苦しめている。
どうせなら、血を流さずに全てを終わらせたい。しかし、相手がこちらを殺そうとしている以上、そんな甘い考えは持てなかった。
シャノンは、泣きたくなった。
「いやー、張り詰めた空気から抜け出せた感じだよ」
「君が張り詰めてる時ってあまり無いじゃないか……」
ヘルムとラディが、暫しの休息を取る。ラディは苦笑いを浮かべながら、生と死に括り付けられた戦場から、一時的ながら抜け出せた事に安堵していた。
そこに、艦に残り、イシルディンやジャガーノートの整備を行っている整備士が二人に話しかける。
「おい、眼鏡の方の……」
「僕ですか?」
呼ばれ、そちらへ歩んでゆくラディ。何だろうか。
「良かったら、整備を手伝ってくれないか?部品は少ないが、今の内に多方の修理を急がせたいんだ」
ラディは、頷いた。降りれない以上、タダで寝床や食事を出して貰う訳にはいかない。ある意味、これは好都合だったかもしれないか。
「アルグレス、でしたっけ?この二本角のイシルディン、前の戦闘で敵のイシルディンに蹴りを入れたのに、どうして効かなかったんですかね?」
ラディは格納されているアルグレスを見ながら、質問した。
「こいつの素体になっているモンスターが、身軽さを生かした肉体の構造だからな…… 帝国軍の乗るイシルディンは、筋力が優れたイモータルを素体に使っているから、単純な力比べではアルグレスの負けになってしまうんだ」
顎を撫でながら答える整備士の男。素体の点検の為、ラディは彼と装甲を外す。
「なるほど、それと……この装甲材は?普通の金属にしては軽すぎる気がします……」
ラディはまた疑問符を飛ばした。整備士の男が、装甲材を静かに置きながら答えた。
「ミスリル霊銀だな、製法自体は確立されてるから、奮発したのさ、あくまでも《勇者を継ぐ機体》だからな」
「勇者を、継ぐ…」
やはり、彼は戦う運命〈さだめ〉、その義務でもあるのか。父が勇者でも、本人は年頃の思春期の少年であるのに。世の不条理なのか。ラディの思考は、止まらなかった。
「おーい、そこのお前もちょっと手伝ってくれないか」
ヘルムが整備士に呼ばれる。それに対し腰を上げ向かうヘルム。
「いいよ、暇だったし」
「艦長、ちょっと便所行って来ますよ」
通信士ジーク。眼の光がわからないほどに目を細め、常にしかめっ面のような表情を浮かべている男。だが、彼の目はエッケザックスの目であり、彼の耳はエッケザックスの耳でもある。彼無くして、エッケザックスは飛ぶ事も出来ない。齢は三十ほど。リーテと並べば、父と子にしか見えないほど年の離れた男であったが、リーテ、ジーク、互いに信頼しあっていた。
「うん、あ、当番誰だったっけ、今曰は」
「当番表は俺が見てきますぜ」
ジークはそう言い、部屋を後にした。
それを見送るリーテ。椅子を向け直し、彼は卓上の書類や手配書などに目を通し始め、暫くするとジークが出た扉から、ソニアが入ってきた。
「前の戦闘の事で、ルインさんに詰め寄られなかったの?」
リーテがソニアに訪ね、訊かれた彼女はバツの悪そうに俯く。
「言葉だけで説明して納得できるほどわかりやすい問題じゃあないよ、何も言えなかった」
肯定した上での答えを返す。リーテは少し息を吐き、窓の外の景色を眺めた。青い空。日は高く昇っていた。
アロンジュの街。近頃、イシルディンなどの兵器などを開発し、敵味方、保守と反政府、問わずに提供する企業、グリネドール工業が進出し、雇用や、街人の安全が保証された企業城下街である。帝国からの干渉は、武装を提供する事で免れている。グリネドール工業にとってはテロリストも軍人もどちらとも同じ顧客〈カスタマー〉、どちらとも商売相手として留めておきたい存在であった。この商業体制のお陰で、左翼団体でもある開放の剣にも買える権利がある。
「どうやら資本主義者って言うのは、プライドが無いみたいだな」
街の門を通ったルインが呟く。
「相手を選ばずモノを売りさばくのが、プライドを捨てた卑屈な行為、とでも?」
ブレードがそれに鋭く返す。
街は食、被服、医療機関、特に不自由はなさそうだが、何か巨大な生物が暴れたかのような痕跡があった。舗装された道にヒビが走り、多階層の寮のような建物には殴られたような跡が。街の中央の広場では、住人が立札のような物を高く掲げたり、紙に要求を書き込んで騒いでいる。
「外からの驚異よりも内側の驚異をどうにかするのが先だーっ」
「イモータルのようなバケモノが街の地下にいて落ち着いて暮らせるものかー!!」
デモ隊だろうか。
「イシルディンの素材として飼育していたイモータルでも逃げ出したのか?」
街の傷付き具合とデモ隊の主張を聞けば多方の推理は付く。
「逃げ出したうちの何体かは捕らえられたらしいがな。逃げ出した一体をグリネドール工業の社員は総出で捜索してるそうだ」
ブレードは街にある掲示板を眺めながら返す。
「行くぞ、ルイン。ここに書かれてる物をさっさと買いにな」
「ちょ、先に行くとはぐれるだろ…」
ブレードはルインが遅れて追う。街門には捜索しに出ていたグリネドール工業のイシルディンが帰還していた。
戦闘シーン書けなかったぁ