ジーン・オブ・ヒーロゥ
彼にとっては一瞬の出来事のようだった。夢中に、目の前の敵を倒す。そして、彼は殺めた。人を。一人は魔光弾で蒸発。一人は人間が使う物の五倍もあろう剣で、その身を。現実離れした現実が、彼の眼前に広がっていた。
少女が呼ぶ声で、我に帰る。
「君、どうして動かせたの?あんなブーストを吹かしていたら、すぐに魔力切れ起こしてたはずなのに」
不思議そうな顔で尋ねる。自分にもわからない。親父の遺伝か?ルインは冷静になったつもりだったが、自覚無しに混乱していた。人が死に、規模は少なかれど建物も崩れた。あれからまだ長引いていれば、もっと被害は大きかったか。
街の外れに運んでほしい、そう頼まれたのでルインはアルグレスを街の外れまで歩ませた。父親もこんな気持ちだったのだろうか。少し父親の顔を思い出そうとしてみるが、靄がかかる。勇者はある日妻に何か告げたきり、二度と帰っては来なかった。ルインの幼い日々。寂しい日々であった。
街の外れには、〈解放の剣〉として知れ渡っている、巨大な剣があった。いくつかブースターを備えた大剣。どれくらいかは目測では分からなかったが、そのほとんどが刀身だった。いつの間に降りていたのか気付かなかったが、恐らくルイン達が戦っている間に着陸したのだろう。
カタパルトが歓迎するように開き、客人を連れた巨人が吸い込まれていく。
着艦し、二人が降りた。ルインを歓迎したのは、ルインよりも年下の、頭二つ程は違う少年だった。立派に軍服を着ているが、顔にはあどけなさが色濃く残っていた。
「君がソニアさんを助けてくれたの?」
「俺はルイン・リゼイデル、…助けた、でいいのか?ただ家が潰されて、その成り行きで乗り込んだ…んだが」
少しどもった。やはり興奮していてほとんど覚えてないようだ。じれったさの現れかその胡桃色の髪を掻き、目をそらす。
「場所移す?時間置いて落ち着いて話そうか」
子供なりに、気を使ってくれたのだろうか。ルインは案内された部屋のベッドに寝転び、頭を冷やした…
ルインの瞼が落ちそうなる。太陽が高く昇っており、窓から日差しは暖かく包んでくれる。目を閉じ微睡んでいた、その時だった。
「侵入者だ!侵入者は二人、五番から七番の隔壁を封鎖する、侵入者の拘束に迎え!」
警報音と共に戦艦の中に響いてきた。不意を突かれたため、眠気は飛んでいってしまった。静かに扉を開け外の様子を伺うと、見覚えのある顔が横切り、耳に張り付いた声が聞こえて来た。
「くそ、あの反乱軍のイシルディン、この戦艦の中に入ったんだろ!おエライさんは何処さね!」
黄金の髪を靡かせ喚く。疫病神だ。
人が寄り付かない、静かな空間を好んだルインにとっての。友達友達うるさく、付き纏ってきた阿呆。
「帰ろう、わざわざ犯罪者に肩入れするなんて…」
「あいつテロリストになるほど寂しがってんだ、俺が…」
余計なお世話だと腹の底で悪態を付く。彼にとっては親切だろうと、ルインにとっては静寂を破壊する邪魔者。
傍らの眼鏡をかけた少年はおどおどしながら行き止まりで狼狽えている。
何がしたいんだ、こいつらは。
しばらくすると、駆け付けた一人の男により、いとも簡単に二人の少年が捕らえられる。生かさず殺めず、は適切ではないかもしれんか。
「引っ立てたぞ、艦長」
「ン、面倒くさいなぁ」
いくらか経ったか。艦長がルインを何処かへ連れていく。そこには、縄で縛られ身体の自由を奪われた、少年の見知った顔が二つあった。
「お、ルイン!お前か、あのイシルディン動かしてたの!」ヘルム・メイル。友達面して近付いてくる疫病神。そして俯いている少年。ラディヤルド、本名はルインも忘れた。彼の友人にはラディと呼ばれていたか。ルインを避ける連中に便乗し一番安全な立ち位置にいた、はずなのに、どうしてこんな場所に…ルインは困惑した。
艦長がルインを呼んだのは、二人…というより、ヘルムがルインを呼ばないと口は割らない、と言ったらしい。ルインもこんな事と分かっていれば、ベッドで寝てしまった方が良かった。
根掘り葉掘り聴いてくるヘルムは食い気味で、縛られているはずなのに今にも抜け出しそうなほど興奮していた。ルインも彼が暖かい話題を作る中心とは知っていたが、ここまで食らいついてくるとルインも怒るどころか呆れてしまう。話を適当に流していたが、外で爆発音が鳴り、皆そちらに意識が向く。帝国の増援か…
「各員戦闘配備!メンテナンス中のブロンディスを除いて出撃して!」
艦長が懐から通信機器を取り出し戦艦のクルーに通達する。貴方も出て下さい、そうルインに告げる。戦えなくは無いが、緊張していた。その直後だった。縄がちぎられ、そこに居たはずの疫病神が消えていた。
まさか。 ルインは思考を研ぎ澄ませ、真っ直ぐカタパルトへ向かう。イシルディンよりも一回り大きい機体に乗り込むヘルムとラディがそこにいた。
「オレにもできるはずだ、乗り込むぜ」
「わざわざ僕まで巻き込まないで頂戴な、死ぬのは…」
「そうそう死ぬかよ、虚構でさ」
ルインは止めようと走ったがすぐさまコクピットを閉じられた。
二人の少年が入るには、少しばかり狭いか。すし詰めのようにぴったり合わさった二人が、起動用のコードを打ち込む。インターフェースはイシルディンよりもやや簡略化されているが、字を打ち込むのは面倒だ。
黒金の巨人が、目覚める。カタパルトをこじ開け蒼穹に舞ったその翼は、猛々しかった。
「バアルが出撃?パイロットは!」
以前二人を捕らえた男が驚きの形相でデッキからかの黒金の背中を見る。すぐさま駆け出し、彼もコクピットに乗り込んだ。腕白な弟を宥めに向かう兄。
「ジュリエザ・ゼブル!スティール・ブレイド!出るぞ!」
黒金の巨人の後を、白銀の勇者が追う。
「ルインと言ったか、いくらジャガーノートとはいえ、集中砲火を受ければひとたまりも無いだろう、あいつらのフォローをしてやってくれ、俺も続く」
ブレイドは少し焦っていたか。センサーを確認すれば、向こうからのかなり大きな反応。巡洋艦か。おおかた帝国のイシルディンの母艦だろう。
「武器はどうすれば出る!囲まれてる!」
ヘルムは正常な思考が出来なくなっていた。包囲され、武器も撃てなければ丸腰も同然。そこを、勇者が駆ける。
「ヘルム・メイル!大丈夫か!」
「ルイン!?」
「た、助けて!」
前を横切り、一徹。帝国軍をきりきり舞いにさせる。ヘルムの駆るジュリエザのコクピットにブレイドの声が響く。
「武器を使うなら、精神を高ぶらせろ!魂を込めて、叫べ!賢者の石〈エリクシル〉はそれに応える!」
ヘルムは、にやり、と笑みを浮かべ
「力込めて叫ぶは、俺の十八番だ!」
ジュリエザが右腕を構え、静かに佇む。腕部装甲が展開し、スラスターが覗かせる。
「ブレイカー…」
スラスターに点火。ターゲットをロックする。
「ナッコォォォォォオ!!!」
魂の叫びに、賢者の石が応える。
右腕が飛翔し、直線を描く。その拳は隊長機の腹を貫き、爆散させる。
「お、オレにも出来たのか…へへっ」
気の抜けた笑いを出す。しかしまだ終わりではない。現状での敵はアルグレスとジュリエザ・ゼブルが対処しているが、まだ続く。
剛腕でケステロスを打ち砕くジュリエザ・ゼブル。時折、その眼から光を放ち、薙ぐ。
来たか、本命が。
大きさは開放の剣の戦艦ほどではないが、かなりのイシルディンを保有している。部隊が展開する。
ブレイドがヘルムに何か告げた後、ルインにも通信を寄越す。
「俺に策がある、少し時間を稼いでくれないか」
皆死ぬ訳にはいかない。ルインは承諾し、敵に飛び込んでいく。
「大丈夫なの、一人は素人なのに」
艦長、リーテ・ハウグリスは心配そうに呟く。巨大な剣、エッケザックスは離陸の体勢に入る。ルイン達の奮闘により、敵の注意はルイン達に向いている。この好奇は逃せない。
乱戦の向こう。二体の巨人が胸を張り、静かに佇む。胸に輝くオーブに魔力が集まってゆく。
「ルイン、そろそろだ、退け!」
ブレイドが叫ぶ。それを聴き、翼の勇者は宙に翔ぶ。
「チェェェストッ!!」
ジュリエザを駆るヘルムとブレイド、二人が魂を込めて叫ぶ。「な、なんなのさ、どうする…」一人少年は蚊帳の外。
「逃げるのか!?」
「追え!ウサギを逃がすな!」
錫の兵隊達、ブーストを吹かすも…
「インフェルノォォォオ!!」
ブレイドとヘルムが力の限り叫ぶ。二体の黒金の巨人の胸から紅の光が放たれる。多勢の錫の兵隊とその母艦はその灼熱の光に灼かれ、果てゆく。
「なんて威力だ…」
ルインは呟く。
四人はエッケザックスに帰還する。始めにアルグレスに乗っていた少女、ソニアがヘルムに喰ってかかる。
「ちょっと、あれでアルグレスが巻き込まれてたらどうしたのよ」
私物をぞんざいに扱われたかのような言い草だった。ブレイドが制止する。「あれをやるよう唆したのは俺だ、すまない」
ソニアは腑に落ちない様子だ。それをよそにラディがルインに声を。
「ルイン、怖く無かったのかい?」
そうでもない、とルインは一蹴り。ラディは苦笑いしていた。
7夜の六時。食堂で軽く腹を満たし、ルインは部屋に戻り、ベッドに潜った。英雄の血は逆らえない、どこからかそう言われた気がした。部屋はルイン一人。自分の動揺から聴こえた幻聴か。ルインは微睡む。そして深く、闇に落ちる。
王宮。夜空のような群青の衣を纏った壮年の男性が、まだ若い皇帝と話している。
「皇帝、反乱軍、開放の剣により私の私兵部隊の一部が全滅しました、このまま好きにさせていては王の立場も危ういのでは?」
壮年の男性がはにかむ。
「アルゼス、何が言いたいんだ」
決まりの悪そうに皇帝が返す。
「我々の作戦のために、聖騎士団を拝借したいのです」
枢機卿アルゼスの右腕であり私兵団長レーゼルが、アルゼスの代わりに 答えた。
「反乱軍の目論見は、おそらく皇帝。その命を護るために聖騎士団の力が必要なのですよ」
皇帝は唇を噛む。レーゼルは続ける。
「私達も姫様を傷付けたくないので、いい返事が欲しいです、己の選択で妹を殺す結果となるのは嫌でしょう?」
実の妹が人質。そのせいで事実上の実権は枢機卿アルゼスが握っている。皇帝が逆らう事は出来なかった。
「わかった、聖騎士団の召喚を許可する」
アルゼスは笑いを堪え、その場を後にした。全ては枢機卿の手の内だった。