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フォールン・ラビット

「敵機2機、こっちに向かってきてる」

「どっちもケステロス、魔力タンク装備型だ」

朝の十時半、通信士の声が操縦席に響く。

「艦から引き離して、注意を引きつけて、ソニアさん」声変わりのしていない少年の声が、確かな志を感じさせる。

やらなきゃ、いけない。

少女は一つ深呼吸、操縦桿を握り、開いたハッチへと機体を歩ませてゆく。

「ソニア・ボルディオン、アルグレス、出ます」

そう少女は呟き、白銀の鎧を纏った巨人と共に宙へ跳んだ。


モニターに二つの人型を捉えた。

鈍色の鎧に身を包み、その面にある眼は一つ。その鎧は一昔前に人が身につけていたプレート・メイルにも、背中に旗を刺した異国の戦士が纏った甲冑にも似ていた。

片方が腰に携えた剣を抜き、もう片方が機関銃を構える。

「っツ!」

少女は咄嗟に手首の速射砲を構え、トリガーを引く。

命中こそしないが、軸を逸らす事が出来た。すぐさま振り向き、標準を合わせる。敵の機関銃が火を吹いていたが、それもかすり傷に等かった。トリガーを引き、敵の鎧を凹ませ、怯ませる。逃げたが、追いつく事は容易だった。

ブースト、ロック、トリガー。

ある程度の事はマニュアル通りにやれば事は済む、そう彼女が思考を巡らせたその時だった。

突然、操縦席に振動が走る。

先程機関銃を構えていた機体が無反動砲を構えていた。

魔力タンクが中破、翼を捥がれた白銀の巨人は…


「…これにより、魔王の御子、アルカは勇者、又の名をアージス・リゼイデルにより…」

朝の十時。彼の身に他の生徒の視線が身に冷たく突き刺さる。勇者の息子は結構だが、それで特別扱いや別の人間として分類されるのは本人にとって苦痛だった。

「ルイン!ルイン・リゼイデル!

聴いているのか?

アルカ……魔王の御子を倒し、世界に平和を取り戻した勇者……」

黙っていろ。その場面に立ち会った訳でもない癖に、ルインは頭の中で悪態をつく。

「アージス・リゼイデル。彼と仲間を含めた勇者一行で、アルカ・クトゥリアを倒し、今の世界を作った」

「正解だ、ルイン。君の為に今日しっかり内容を練ってきた甲斐があった物だ」

文句が、あるのか?ルインはそう思った、

勇者のお陰でこの学校に入れこそしたが、努力してこの学校に入った者達からすれば、まさしく「親の七光」なんだろう。それが納得いかないのか、彼を避け、白い目で見る。成績も並なのをいいことに、教師すらも嫌味を飛ばしてくる。

ルイン、彼が感じている不満なら、左右の手の指では足りないくらいだ。

苛立ったので、教室を飛び出してやった。まだ午後の授業があるが、人の目を掻い潜れるならこちらの方が自分としては良かった。

帰って、寝たい。寂しい蒼の眼を細め、そう思った。


ルインは校門を出て、街に入り、家へ向かった。早く帰りたい。ベッドに飛び込み、そのまま深い眠りに落ちてしまいたい。瞼はまだ軽かったが、心が疲れてしまっていた。学び所で精神をすり減らす、耐えられなかった。


少し先の空から、人型のモノ…イシルディン。一対の蒼にそれが見えた気がした。そして、大きな音を立て、建物の上に落ちた。妙な汗が彼の額に滲んだ。


予感は当たっていた。白く美しい白銀の鎧は家を押しつぶし、生活そのものを無残に砕いていた。あろう事か、その家はーー

ルインは夢中で機体の胸部に駆け上がり、操縦席の扉に一蹴り加えてみせた。

「降りろ、人の家潰して、よくも……」

すると、蓋が開き、一人の少女が銃口をルインの目前に構えていた。

「貴方、いったい……」

「それはこっちの台詞だ、人の家潰しておいて」

また街に轟音が鳴り響く。イシルディンだ。二機、帝国の。

彼は頭に血が登っていた事もあり、混乱してしまっていた。今どうすれば、逃げるか、それとも…

突然操縦席に引き摺り込まれ、ルインは腰を強く打った。眉を顰め、退屈で濁った蒼い眼で少女を睨みつける。

「お前、もしかして〈解放の剣〉の……」

「詳しい話は後。貴方、操縦できる?」

良く見たら、ルインはシートの上に倒れ込んでいた。一応、適性検査でシミュレーターに乗り込んた事はあったが、本物に乗り込むのは初めてだった。唯一父親が彼に残してくれた物も、このイシルディンに出会わなければ一生有用出来なかったかもしれない。

操縦桿を握り、機体を起こす。シミュレーターの物よりも確かな重みがあり、ルインの手に確かな力が篭る。敵は、一つは近接装備、もう一つは中距離仕様だろうか。操縦席のモニターに映る用意された武装を確認したが、腕に装備された速射砲は残弾僅か、マウントされた魔光銃〈マナショット〉も、タンクの魔力が少ないため迂闊に使う訳には行かなかった。唯一残った武器は……

「……頭部バルカンポッド、か」

こめかみのあたりに装備された、小口径の機銃。役に立つのはこれだけだった。

すぐさまブーストを吹かし、接近する。とてつもなく重い。それも、不自然なまでに。増加装甲の類を身につけている事はルインも確認できていたが、この重さは想定外だった。

一度、ブーストを止め接地する。敵の一体が剣を振りかぶる。回避は間に合ったが、魔力の出力が追い付いていない。どうにかこの重い荷物を降ろせれば……

「操作が記された物、何か無いのか?」

「これ?」

彼女はシートの裏から大きめの本を出してきた。厚さは並だが、一ページの情報量が多く、今必要な情報を選りすぐるのは困難だった。

読んでる間も、敵の攻撃は止まない。バルカンを撃ちながら、後退するので精一杯だった。

「貴方、その本読んで、何を……」

とにかく、目前に並んだ文字と記号の羅列に意識を集中させた。操縦桿を引っ張り、バルカンのトリガーを引きながら。

銀の鎧は後退しながらこめかみから火を吹いている。

あった。彼は右方の入力インターフェースに手を伸ばし、命令式を打ち込む。イシルディンの魔力も余裕が出来た。ここからだ。

増加装甲が、煙を立て剥がれ落ちていく。その様は、さながら蛹から羽化する蝶の如く。

ゴーグルで覆われていた眼球が鈍色の足軽を睨み、マスクカバーの下には竜を真似たような牙。脚部のアーマーも腕部の速射砲も剥がれ、細いフォルムを醸し出している。

ケステロスのパイロットの一人が、こう呟く。

「牙にあの角飾り……勇者だ、あの……」

細部に差異はあれど、それはかつて世界を救った、その〈勇者〉そのものだった。

「だいぶ軽くなったな」

アルグレスがマウントしていたマナショットを構え、敵と睨み合う。

構わず、敵が向かってくる。少し身を屈め、受け流す。そして振り向きざまにマナショットを構え引き金を引いた。淡い桃色を帯びた光の矢が、鈍色の背と胸を貫いた。そのまま倒れ、静止する。

残りの中距離仕様。距離を詰めたいが…あった。

屍の如く横たわるケステロスから剣を取り、青眼の構えを取る。

無反動砲からロケット弾が発射される。それを切り落とし、敵に勇者が向かっていく。日常から脱却した少年のその目は、濁りの無い父と同じ勇者の目をしていた。

無反動砲を保持する手に一徹。そして、砲が地に落ちる前に、袈裟。さらに胸に一突き。

刺した剣を抜く。足軽が人と同じように血煙を上げ、膝から崩れる。

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