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涙と鼻水とついでに涎までも垂れ流し、止めどなく濡れる顔面を興奮と羞恥とで朱に染めながら宥めすかされどうにか歩く。
そのぐしゃぐしゃな顔を拭いきれぬままあっという間に寝入ってしまったらしい。
眠りながら眠っている夢を見ていたのだ。目が覚めたら全て消えて元通りの日常が帰ってくる。
どんなにかそう思い願ったことか。
ところが目覚めようが頬を抓ろうが頭をぽかぽか殴りつけようが、眼前の現実は見知らぬ部屋と感触の違う寝台でしかなく、そして夢のような美女がいる。
水を頼み、手渡されたコップをいきなり頭からぶっかけた時にはさすがに驚いて目はまん丸だった。だが怒ることもなく布で髪を拭きシーツを変え、手から滑ったのだと勘違いでもしたのか今度は背中を支えゆっくりとコップをあてがってくれた。
「ぷふぅ……」
少々情けないような声が意図せず漏れる。
思わず彼女を見るが柔らかく微笑むだけで、丁寧に口元を拭いてくれた。ともかくも少しだけ気持ちが落ち着いてきたことは確かだった。
「リューディアって言うの」
美女は、異界の姫君はそう名乗って微笑んだ。
『異界の姫君』
そうだ。自分は美術館で彼女が描かれた絵を見ていておかしなことになったのではないか。
掴まれ、引っ張れるようにして……。
絵がパトリシアを引きずり込んだ。なんて普通は考えられないし考えたくもないが、見ていた絵が『異界の姫君』で、しかもその本人が目の前にいるなら話は別である。
そして順当に考えてみれば曖昧ながら一つの結論しか思い浮かばない。
やや表情を固くさせ、初めてパトリシアは警戒して彼女を見た。
リューディアもまたパトリシアの名を聞いてはっとしたように目を見開いた。長いことパトリシアをじっと見つめている。
「……そう。パトリシアって言うの。ならパティね?」
「うん。そう呼ばれてた」
パトリシア自身はもちろんその愛称で異存はない。どうしても気になるのはリューディアの表情だ。
リューディアはパトリシアのくしゃくしゃにもつれた金髪や明るい緑色の瞳を目を細めながら凝視する。そして彼女が着ているものを見て少しばかり首を傾げた。