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交換条件というわけではない。
だが是非とも礼がしたいという相手の言葉に、甘えないというのも無粋な話だ。
リスのような体とどことなく人に似た顔つきのポルマの民たちは妖精の郷の西北に位置する広大なトゥッカの森に住んでいた。
「妖精の郷はこの森だけではないのね?」
「違うデス。トゥッカの他にわたしもどこまでなのかわからないデスが、モル山と」
森の後方、さらに北の方角にある巨大な灰色の山脈を指したエニの表情は不安げに曇っていた。
「それからトゥッカの東の方にはミュアンの湖沼。それからさっき通ってきたロクの草原もデス。みんな妖精の郷デス」
未だに眠る我が子、ディネを大事そうに抱えながらエニは森の奥へと案内した。
巨大で、それでいて自在にくねった木々のあちこちから、小さな住人が顔を出して風変わりな二人の客を好奇心も顕わに見つめている。
「エニ!ディネは無事だったなんね」
木の上からかけられる声にエニは頷いて答える。
ポルマの民たちは皆木の中か、あるいは木の上にいて下りてこようとしない。
大きさはエニもそうだったが、リューディアの膝上にくるかこないかくらいだ。
エニの話によるとポルマたちは大人になると自分の終の住処となる木を一本選び、基本的にはその木から離れることはないのだという。木と木の間は吊り橋や梯子で繋がり、互いの家を自由に訪問できるようになっている。
彼らは木の内部をくり抜いたり、元々ある洞を上手く利用して居住スペースを作る。木の上にも枝葉を集めて住まいを作る者もいる。食糧はもちろん森に生る木の実や果物、そしてたまにロク草原に出向き蔓に宿る露を集めて甘い飲み物や菓子を作るのだそうだ。生活の全てが森に依存したものだった。
ちなみにポルマの民以外にも同種族の民たちが其処ここに点在し、時折交流するようだった。そして森にはこのリス型の獣人の他にもたくさんの生物がいるのだった。
「でもトゥッカたちにしてもらうだけじゃないデス」
己が住まいの木へと向かいながらエニは続けた。
「わたしたちが死ぬと木の根っこのトコ行くデス。そこにわたしたちの体一つ分の穴がアル。皆とお別れした後、やっと辿り着いてそこ入るか、力尽きてしまったんで運んでもらって、そこ入るデス。そうすると穴が、エイリャがもう半分に割れる頃にはもう閉じてるデス」
いまいち要領を得ない話だったが、エルガの説明を加えるとこういうことらしい。
彼らが言うエイリャとは太陽みたいな存在。
エルガが指す方向に目をやったリューディアは空に巨大な天体が浮かんでいるのを認めた。
土星を引っくり返したかのように、縦に環がある。だが本来球体であるはずが、半分しかない。もう半分は消えてないのか、もしかしたら月の満ち欠けのように光の加減で見えないのかもしれない。
この半分だけの恒星は時が経つと今度は片側が輝きだし、半分は消える。これがこの世界での昼と夜の区分のようだった。
そしてエニの話では、例えば夜に死を迎えた者を木の根に近い洞に埋めると、明ける頃にはそこは閉じられるということだ。
「おそらくここの木々は彼らの肉体を養分とするのでしょう」
戸惑うリューディアに対して、エルガは実に端的に話を結ぶ。
「コワくない、コワくないデス。トゥッカと一つになるの、嬉しいことデスから」
エニもまたそれが誇りであるかのように大きく頷いて答える。
「リュンさんのトコの森は生かし、生かされているのデスか?」
リュリエヴィリアと発音できなかったため、略称で呼んだエニは首を傾げて問う。リューディアの話を聞いた彼女は真っ先にその森は死んでいると言った。
「おかしいデス。ずっとじっとして長い間形を変えないなんて。わたしたち、木たちの声、聞けマス。いつも囁き、歌ってる。リュンさんの木たちは歌わないのデスか?」
リューディアは耳を澄ましてみた。
確かに絶えず葉擦れの音がして、風がなくとも森全体が波のようにざわめいている。しかし彼らが聞くのはもっと明確な声のようだ。
少し考えてみた後、リューディアは答えた。
「おそらくあなたたちの木々と私の世界の木々とでは生命力が違うのね。ここの森は確かに目に見える形で生きている。私にも、まるで笑っているように思えるわ。私の世界の木々たちは静かで動きがないように見える。でも間違いなく生きているの。長い時を越えて、少しずつ根を張って枝を伸ばしてね。はっきりと見えなくとも感じとれる。ここの森は自ら光り輝いてとても美しいわね。でも、太陽の光を受けて大地に映える木漏れ日も美しいものよ」
彼らと森との絆は想像以上だ。ただ依存しているのではない。生まれてから死すまで全て木々たちと共に在り、一体化している。
故にものの考え方も信仰と言えるものも、全てが森に根ざしたものだった。
エニはディネを寝かしつけるため、いったん自分たちの家に立ち寄る。
そしてエニはさらに森の奥へと二人をいざなった。




