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細切れ投稿。
泣き疲れて眠ってしまった小さき者を抱え、その者が駆けていた道を辿る。
どことなく記憶と重なる光景に、思わずエルガの腕に収まっているパトリシアを見やる。
大声で泣きじゃくっていた彼女を何とか宥めながら小屋まで歩いたのはいつの時だっただろうか。泣いていたと思ったらあっという間に寝てしまったのだった。あの頃のリューディアはその小さな体を今のようにしっかりと抱きとめることができなかった。哀しいことだったしパトリシアには可哀想なことをしたが、なんだかとても懐かしいのだ。
もう随分遠い事のように思えた。
その後に続く記憶の数々を手繰り寄せるのは胸が詰まる。色々な事があり過ぎて、だから深々と眠るパトリシアを努めて思うまいとした。
森に入ってほどなくして、目の前の草陰から茶色い耳が突き出た。
柔い毛で覆われた耳が小刻みに動き、やがて小さな顔が現れてはすぐに隠れる。
だが我慢できなかったものらしい。草陰に隠れるのをやめ、石の上によじ登った。
ふさふさの体毛とボタンのように黒々と円い瞳、そしてエプロンと思わしきものを着ている。もはや見比べる間でもなかった。
それはリューディアたちを凝視し、そして彼女の腕の中にいる存在を見てとるや、大声で鳴き出したのだ。
子供の声に負けず劣らずの甲高い声で叫ぶと転がるように飛び出してくる。
リューディアは屈み、そっとその手に託したのだった。
母親は無我夢中で子供を抱きしめ、大きな瞳を潤ませながら何かをしきりと呟いている。だがそんな必死な様子などそっちのけでぐっすり眠る我が子を見て、ようやく涙の中から笑みが浮かんだ。
落ち着きを取り戻した母親はリューディアたちに向き直り、声を絞り出す。頷きつつ何度も頭を下げているから、感謝の言葉を伝えているのであろうことはわかる。
だがリューディアには小動物が上げるきいきいという鳴き声にしか聞こえない。
「その者の手か、できれば胸が良いですが、どこでも構いませんので触れてみて下さい」
背後に立つエルガの声に従い、リューディアは手を伸ばしてみる。
少し警戒しつつもこらえる母親の、子供を抱える小さな手に重ねるように触れる。リューディアの親指ほどの大きさしかない五本の指で、僅かに爪を立ててしっかりと我が子を支えている。
「あの……あり、ガと。アリが、とう……ほんとぉに、ありがとウ……」
その時、たどたどしくも意味のある言葉がリューディアの耳に入ってきたのだった。
「肉体の壁を取り払ってしまえば、魂に区別などございません。相手が心を開けば、言葉はそれについてきます。リュリエヴィリア様はそれを受け取りさえすればよいのです」
エルガの言葉に頷く。
魂に貴賎も種族も関係ない。ニリヤにいて体感したことだ。
そして気づいた。ニリヤに来た当初はただ発光しているにすぎなかった光たちが、リューディアと触れ合うにつれて意図して瞬き、何事かを囁いて、次第に語りかけてくるようになったのを。徐々にニリヤに馴染んできたリューディアの耳に、自然と彼らの声が届くようになったのだ。彼らが語るのはもっぱら生きていた頃の思い出だった。
それらの一つ一つに耳を傾けるのは容易なことではなかったが。
「どういたしまして。無事で本当に良かったわ」
自然と笑みが零れ、リューディアも言葉を返した。




