5-2
…なんか展開早すぎやしませんか…ね…?
すみません。色々と不安なもので
(>_<)
※2014/2.19
それぞれの国の旗についての描写を加筆させていただきました。
※2014/7.26
異形の兵士たちについての描写を加筆させていただきました。
ほがらかな陽射しの下、柔らかい草原が風に戦いでいる。
広大な草の波と緩やかな丘陵が続く、この牧歌的な美しさを持つフィリンデ草原に、およそ似つかわしくない鈍き鋼の塊が染みの如く広がっていた。
とりどりの旗が風に踊る。
一際目立つのがステルラリスの、青地に二本の剣が交差してその四隅にそれぞれ獅子、牡丹、梟、天秤が描かれた旗。
そして赤地に金の太陽が象られ、それを包むように葉が上下にある王旗。
ステルラリスの軍一万と、東より侵攻してきたナディーハの軍とが対峙していた。
両軍の戦いはすでに始まっていた。
ナディーハがアポルネ山麓に進軍する中、先鋒としてベリアン候率いる隊が野戦を展開していた。
ナディーハの軍は想定していたよりも数が多かった。しかし山野を越える難所続きゆえ、ステルラリスは地の利を活かし少数ながらいくらか戦力を削ぐことに成功した。
だが同時にステルラリス側もそこは大軍を送り込むことはできず、戦力を削るとて倍の数ある敵を一気に切り崩すことは難しい。
前衛の目的は少しでも敵を減らすことと、本軍の準備と着陣を滞りなく遂行させるための時間稼ぎである。
その点ではベリアン候の先鋒隊としての役割は十分に果たしていた。
さて、フィリンデ草原である。
王太子フェリクス率いる軍一万。対するナディーハ軍は二万余り。
フェリクスは草原をほぼ見渡せる丘陵にいた。
ベリアン候の報告でも、また自身が目にする限りにおいても、奇妙な兵士は確認されなかった。
しかし彼の背後にはなぜか攻城戦用の投石機が何台か用意されている。
もしこの草原での戦いにおいて敵に突破されることがあれば、途中堅固な砦や他の諸侯率いる後軍も控え守りは固めてあるものの、敵の数や勢いによっては一気に王都アスターヴルムまで到達される恐れがあった。
だから、フェリクスとしてはここで何としてもナディーハの進軍を止めておきたいところだった。
王都には父王ヴァージルの精鋭八千騎余りが控え十分に備えているが、老王である彼の手はなるべくかかずらわせたくはない。
「まだ見るな。そのまま待機していろ。お前の出番はこれからだ」
フェリクスは振り返りもせず、後ろの者に声をかけた。それに対する返答はなかったが、彼は別段気にも留めない。
か細い影が彼の背に隠れるようにひっそりと座っている。
軍馬に彼と共に乗っているのはリューディアに違いなかった。
影と喩えるのはあながち間違いではない――なぜなら彼女は漆黒の外套にすっぽりと身を包み、端から見れば誰だかわからないのだ。細い体の線は存在の希薄さすら漂わせ、身動ぎもせずフェリクスの背にすがっている様ははっきり言って不気味であった。
周囲の兵たちがなんとなく遠巻きになっているのは単に王太子の威光に畏れを成しただけでもあるまい。
異様な雰囲気を放っているのはそれだけではない。
黒い外套は体をほとんど覆い隠していたが、垣間見える手首、額や耳朶にも、およそ装飾できる部位全てに水晶が煌めいていた。
また首には数珠繋ぎになった水晶のネックレスがかけられている。殊に胸元を彩る水晶は一際大きく、握りこぶしほどもある。首を飾るというより首を覆っていると見る方が正しい。
長い外套のせいで隠れていたが、足にも水晶のアンクレットが着けられていた。
そして最も周囲を脅かしているのが、フードを目深に被って見えないはずの彼女の顔である。
白髪が顔を覆っている。その肌は白さを通り越し血の気が全く無い。もはや死人のそれである。石膏や蝋でできていると思えるほど生気が感じられない。
艶を失った髪と相まって老婆と見紛うほどであった。
とても隣り合うフェリクスと同年とは思えない。
ただ。
深く被ったフードと長い前髪の奥にある落ち窪んだ瞳だけは。
色彩も輝きも失い、空洞となった瞳には。
夜の闇よりもなお深い、底無しの暗がりの中に一つ、得体の知れぬ瞬きが閃くときがある。
光の射さぬ闇の中に、どこから湧く光だろうか。
リューディアはずっと俯いたまま、フェリクスの声にも顔を上げることはなかった。
何も見ていない――そのはずなのに、兵士たちは彼女にじつと凝視されているような、そんな感覚を覚えたのである。
揺れは次第に激しくなっていった。
舌を噛まないよう布をくわえ、パトリシアは必死にその揺れに耐える。
元より人を乗せる馬車ではないため、乗り心地も何もあったものではない。
何度か酔いかけたが、それよりもパトリシアの心を占めているものがある。乗り物酔いなど気にかけていられない。ただ早く着いてくれることだけを願う。
荷馬車の速度と兵士たちの声で目的地が近いことを知る。
先ほどからひっきりなしにずり落ちてきては視界を遮る鉄兜を何度も被り直しながら、荷馬車の隙間から外を窺った。
遠くに森が見える。
これから戦いが始まる。
いや、すでに始まっているかもしれない。などとはとても考えられないような空だった。
「まだこないのかしらね……?」
ローザ先生はかれこれ同じ台詞を何十遍となく呟きながらベアトリーチェの方を振り返った。
「……」
ベアトリーチェはむっつりと押し黙ったまま口を固く引き結んでいる。
パトリシアは本に熱中するふりをしながら内心辟易していた。
パトリシアたちはノーディルから五十キロほど離れた小さな町パースの宿屋で立ち往生していた。
ノーディルへ出発する前にロンバール王立学院のジェイコブ学院長には文を送っていた。
現在、その返事を待っているところなのだが。
「……だから、文が届いてから出発すればよかったのに……」
ぼそりと呟いたベアトリーチェを非難するような目で一瞥しながらも、ローザ先生は何も言わなかった。
まさかノーディル行きの許可が下りるとはパトリシアも意外だったが、要は戦が始まるまでの間、リューディアとパトリシアを引き離しておくのが目的で、その後はどうなろうと構わないのだ。
パトリシアが騒ぎを起こさず大人しく振る舞っていたのも功を奏したらしい。
直近では監視役の数は減り、その目も修道院に入れられた当初よりは随分と緩くなっていた。
ローザ先生やベアトリーチェと一緒に過ごす時間の方が多くなっていったし、戦が間近に迫っている影響もあったのだろう。全く姿を見せないときもあった。
貴重な人員を子供のお守りなどに使っている暇などない。
あとは……。
本から目を上げて動き回るローザ先生を盗み見ながら、パトリシアは思った。
ローザ先生がどうやって説得したか、だ。
パトリシアはもう一つ気がかりなことがあった。
ノーディル行きが決まったのはいい。だがジェイコブ学院長の返事が来て入学が許可されるとしたら、自分はどうなってしまうのか。
リューディアの許へ行くことしか頭になく、少しでも戦場となるであろう場所へ近づこうと思っていたが、実際ノーディルに入ってしまったら今度こそ出られないと感じた。
おそらく自分は大人たちの大いなる期待を一身に背負いながら日夜勉学に勤しむことになるだろう。
思わず身震いする。
元より今読んでいる本の内容などこれっぽっちも頭に入っておらず、頁すらめくられていない。
山積みの本と向き合い、ひたすら机に向かう……後ろにはジェイコブ学院長やローザ先生やベアトリーチェらが張り付き、パトリシアを見守っている。
パトリシアはあまり勉強が好きではない。というより、嫌いだ。
リューディアへの接近の難しさもさることながら、その光景はとても恐ろしかった。
これでは監禁と変わらないではないか。
パトリシアもローザ先生につられていらいらと足を動かし始めたとき、不意に今までずっと黙っていた無愛想な修道女が声を上げた。
「少し散歩しましょう。パトリシアも集中できなくなっています」
ローザ先生は足を止めた。
ベアトリーチェが居ても立ってもいられなくなってそう提案したのは、ローザ先生の倦むことを知らぬ往来が忙しなく、狭い部屋にはあまりに鬱陶しく、しまいには細かな埃まで舞い上がったからだった。
パースの町は変わらぬ日常の風景が広がりながらも、どこか緊張感のある空気が漂っていた。
道行く人々からどこともなく聞こえてくるのはもっぱら戦の話と、それに伴う生活への不安だ。
すでに町へ入ってくる者たちの数は減ってきているらしい。
戦が長引けばノーディル行きの足も少なくなるかもしれない。ローザ先生が焦ったのもそれが理由の一つとなりそうだ。
小さな町ゆえ特に見るものもなく、広場もすぐに行き来できてしまう。
しばらく無言で歩いていた三人だったが、ふと人々が一斉に町の外れを見やりながら、囁き交わしたり指差したりしている。その方向へ走っていく人もいる。
三人も自然とそちらへと足を運んだ。
町外れにて、何台かの荷馬車と馬やロバの行列が並んでいる。
そしてその周りにいるのは兵士たちだった。兵站部隊のようだ。
主に女たちがパンや果物などを持って周りに集まり、兵たちがそれをつまんでいる。町に立ち寄り、束の間の小休止を取っているらしい。
その光景を見たパトリシアは咄嗟に閃いた。
彼らはその他にも荷馬車の具合を調べたり、武具を町の鍛冶屋に見てもらったりしている。
この僅かな機会を逃したら、もうチャンスは無いだろう。
素早く列を眺め、潜り込めそうな荷馬車を探す。
そっと隣を見上げるとローザ先生とベアトリーチェはひそひそと何事かを話し合っていて、パトリシアに注意を向けている様子はない。
少しずつ横へ移動し、果物籠を持った中年の女性が前に進み出るとそれに倣った。彼女の歩調に合わせてスカートに張り付き、なるべく自身を紛れ込ませる。端からみれば親子だろう。
小さいパトリシアに、女性は全く気づいていない。
荷馬車と集まった人々との、ほんの数歩の間。背後から今にも甲高い悲鳴が聞こえてくるか、あるいは物言わぬ重い手がとんと自分の肩に置かれるか――胸の鼓動を速めつつも荷馬車に近づいていく。
そうしてパトリシアはまんまと忍び込むことに成功したのだった。
しかし忍び込んだ先がよろしくなかった。
甲冑や武器を積み込んだ荷馬車で、進むたびに冷や汗をかくはめになった。
一番小さい兜と短剣を拝借する。小さいと言っても兜はすっぽりとはまり前が隠れてしまうし、ナイフと呼んでいい長さの剣は六歳児の片手では重い。それでも何かを身に付けていないと不安なのだ。もちろん戦えるはずがない。だが覚悟はできていた。
隊の休憩時には見つからないよう抜け出して用を足したり食糧を失敬したりして、およそ二日ほど荷馬車に揺られてここまで来た。
今、パトリシアは嫌な予感がする。
それは目的地へ近づけば近づくほど大きいものになっていった。
黒地に六枚の花片と、その間に小さな花片とが交互に咲く真紅の花が描かれたナディーハの国旗。
「レキナライ、モタリカストゥルマイエヌガリット、ヲドラトキ、コワスガ、セホゥヨドソチモカタ!!」
ナディーハの将の割れ鐘のような大音はステルラリス軍後方まで届いた。
「カダカリ!カダカリ!カダカリ!!」
そして狂気を孕んだ連呼。
両軍の力はほぼ互角だった。
フィリンデ草原の中央で地鳴りの如き時の声と共にナディーハ軍が押し寄せ、戦は始まった。
ある程度やり合った後、横合いの森からステルラリス軍が攻め立てる。
数で劣るため部隊を二分し、三千騎余りを横手から回り込ませたのだ。
それによって乱戦は一層激しさを増したが、ナディーハ軍にさほどの混乱は見られなかった。
噂に聞く奇妙な戦士は、今のところ見受けられない。
黒や赤を主に纏うナディーハの民は武具もまた黒を基調とし、不気味な連携と猛々しさを併せ持っていたが、それでも斬られれば血は流れ、貫かれれば倒れた。恐れを知らぬ蛮勇の民ではあるが、人間であることには違いない。
両軍共に疲れの色が現れ始めた頃だった。
突如としてナディーハ軍が撤退の動きを見せ出した。
戦況が圧倒的に不利になったというわけでもない。態勢を立て直すためとも考えられたが、少々不自然とも言えた。
後退する兵たちの足並みが揃いすぎているのだ。
眼下に繰り広げられている展開を小高い丘の上から逐一眺めているフェリクスの目に、いささかも変化はない。
しかし背後に目をやり、合図を送った。
怒号や嘲笑の言葉と共にステルラリス軍が追いすがる。
フェリクスの後ろから投石機が引き出された。
追いつかれれば抵抗し、また逃げる。実に統制のとれた見事な退却ぶりである。
とうとう林の中へと逃げおおせた。
ステルラリスの兵士たちが止まった。
制止の合図が響き渡ったせいもある。それにしてもステルラリス軍もまたよく計算された動きをした。
退却の合図がステルラリス軍にももたらされる。
草原の中程まで戻ったとき。
林の間から、逃げ帰ったはずのナディーハの兵士たちが現れた。
否、それはナディーハの兵士たちではない。似ても似つかぬものであった。
ステルラリス軍が迎え撃ったときから。それよりも前に彼らが現れたときから。
三百程の、黒づくめの甲冑を纏った兵士たちが隊列も組まずにゆっくりと、ばらばらに歩いてきたのである。
彼らが出現した瞬間から奇妙に甘ったるい臭いが鼻を突いた。嗅げば眩暈を覚え頭がくらくらするほどの強烈な臭いだ。
良い香りも煮詰めすぎればとんでもない悪臭となる。ステルラリスの兵たちの中には口と鼻を押さえて必死に吐き気を堪えている者も多い。
ステルラリスの将の一人が勇を持って進み出、兵士の首を容易く飛ばした。
だがすぐに彼は青ざめ、懸命に悲鳴を喉の奥で堪えねばならなかった。
他の者たちも戦ってみて、その異様さに怖気をふるった。
兵たちはみな自軍を振り返った。
そこには正面に投石機がずらりと並び、撤退を命じる角笛が鳴っていた。
実は作者は戦記物が一番書きたいジャンルだったりします。
だからまあ、やっぱり5-2は不安というか不満というか何というか…。
と、とりあえず「異界の姫君」は習作というか、完全に趣味の代物ですのでっ(>_<)←言い訳。
今後、もしなろうサイトに載せる機会がありましたら、しっかり下調べをした上で戦記物を書いてみたいと思っておりますm(_ _)m
(今回は全く何も調べてません。すみません)
あ。ちなみに敵さんの意味不明な台詞は、あるちゃんとした文章のアナグラムとなっております。
あ、あれ?こういうのはアナグラムって言わないですかね…?
と、とにかくある文章をばらばらに並べたものです(>_<)
わか…るわけないね(爆
ちなみにカダカリはちゃんとした単語です。




