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異界の姫君  作者: Maverick
2章 アスターヴルムの金獅子
31/52

4-6

長らくお待たせしてしまってすみませんでした…m(_ _)m


なんだか説明文ばかりですが…

 リューディアはカルヴァート家から去った。

 修道院に入ったのは自らの意志であった。本当の理由など言えるはずもなく、ひたすらに懇願したのだった。

 パティーシャにはなおのこと何も告げることはしなかった。行く先も、別れの言葉すらもろくに残さず、後ろ髪を引かれる思いで姿を消したのはパティーシャの性格をよく知っているがゆえ。そしてただただパティーシャの身を案じたがため。

 しかしその肝心の彼女と同じ屋根の下、再び寝食を共にするようになるに、そう時はかからなかった。

「あたしには、リュディがいなきゃ駄目なの」

 パティーシャは円らな瞳を悪戯っぽく輝かせてそう言ったのだった。




 ステルラリスには一般的な修道院の他、女子修道院が数は少ないながらも各地に点在していた。

 乙女百合修道院ルヴェラムはいまだ女子には門戸が開かれていなかった学問への手引きを、ひどく限定的にではあったが果たしてもいた。神の下に平等たれということで、俗世では埋め難い身分差がここでは幾分緩められていた。出自が判明しておりよほど卑しくなければ、貴族の子女と共に学ぶ機会が得られたのだ。

 とはいえ女子に学問は不要という見解が一般的な昨今、高位貴族の娘たちが修道院に入ることなど稀だった。

 わざわざ下位の者たちと共に生活する謂れがないし、貴重な婚期を逃してしまう可能性もある。

 勉学とて、家名を辱めぬ厳格な掟や社交の場を彩るために覚えるべき作法でいっぱいで、そんな悠長な事はしていられない。

 多くは中流以下の二女三女辺り、もしくは荘園領主や商家の娘が行儀作法と多少の読み書きを習うために入れられた。人道的な理由から、分け隔てなく他人と接せられるようにと我が子を送り出す奇特な親もごく僅かながらいたようだが。

 集まった子女たちは七歳から十八歳とまちまちで、適齢期が十五、六歳であることを鑑みると十八まで残っているのは珍しかった。

 子女の中にはそのまま残り続けて修道女として生きる者もいる。とくに学問に秀でた者は神学を学び、専属の家庭教師や司祭としての道すらも開けたが、それもまだまだ少なかった。

 ちなみに男子は最初から聖職者を目指すのでなければ入ることは稀で、学ぶ内容も女子とは異なり多岐に渡る。




 リューディアの日々はまるで捕らわれたコルルだった。常に戦々恐々とし腫れ物に触るように他人と接する様は、実父の呪縛から逃れ得たばかりの頃のパティーシャそのもので、立場が入れ替わったかのようだった。

 不安と共に罪悪感にも支配されていた。


 パティーシャに何も起こらぬよう選択したこととはいえ、ならばその何かが他人には起こっても良いのか……?


 しかしどこにも行き場のない少女にはどうすることもできない。

 行き場のない者のための居場所……身をひさいだり酷使するような事はしたくないという自我はある。

 なによりそのような仕事をして平静を保っていられる自信が皆無だった。

 それに多少なりとも読み書きを覚えることができれば、己の不可解な力について調べられるかもしれない。淡い期待も手伝い、修道院行きは半ば彼女にとって当然のことであった。

 だから、祈祷の時間に祈ることといえばとにかく平穏無事でいられること、これに尽きた。

 そんな彼女の願いがアイダムに聞き届けられたのか、彼女が危惧する事態に陥ったことはなかった。少なくとも目立ったことは。

 リューディアが寄宿していた時期に四、五人ばかり病身や高齢の修道女がひっそりと天に召されたが、それが自然の摂理によるものなのかどうか彼女には判別がつかなかった。

 ともあれ静かな生活を意図したことはあながち間違いではなかったらしい。

 こうやってパティーシャと共同生活を送るなんて考えもしなかったけれど。




「知っていたよ」

 四人の少女が寝起きする部屋の中、就寝の鐘が鳴ってしばらくした後に二人分の寝息が聞こえてくる。それを確認するとパティーシャは上段にあるリューディアの寝台に潜り込んだ。

「リュディの仕業なんじゃないかなって、なんとなく思ってたの」

 リューディアが一気に怯えた表情をしたのを見て、パティーシャは慌てて手をうち振った。

「でもあたし、何とも思わないよ」

 この親友は修道院にやってきたときにも今と全く変わらない、晴れた空の如き笑顔を浮かべていた。


 パティーシャと半年振りに対面したリューディアは半ば恐慌状態に陥りそうになり、胸を掴んで動悸を抑えるのに必死だった。あろうことかその彼女はすぐさま駆け寄りリューディアの青白い手を両手で包んだのだ。そしてあの笑顔と共に繰り返した。

 大丈夫。大丈夫よ、と。

 でもリューディアはその後の生活の中で何となく彼女を避けてしまっていた。本当は心の底から嬉しかったのに。

 そして緊張と孤独とで凍りついていた心を溶かし、少しずつ温もりを与えてくれたのは他ならぬパティーシャだった。


「……パティは、本当に平気なの?」

「平気。平気というか、うーん……すごく不思議だなとは思ったけど。でも怖いとか思ったことはない。本当よ?」

「……私は人を、生物を……」

 リューディアは恐怖に喉が詰まって何も言えなくなってしまった。

 パティーシャの丸っこい手が闇の中伸ばされてぎゅっとリューディアのそれを握った。

「リュディ、仮にあたしが怖いなんて思ったとして、あなたを追ってここまで来ると思う?」

 腹這いになり顔を寄せ合う二人に互いの表情は窺い知れない。それでもリューディアの耳元で密やかに転がるパティーシャの声音は、いつものように朗らかで温かい。

「ここに入るってあたし自身が決めたんだよ?リュディの傍を離れたくなかったんだもの。あたしはリュディがどんなんだって全然怖くない。リュディはあたしの大切な親友。それに……」

 パティーシャは一瞬言いよどみ、握る手に力を込めた。


「……リュディはあたしを、救ってくれたから……」


 それは聞き取れるか否かの僅かな囁きだった。

「え?」

「さあ、もう寝ようね」

 パティーシャはにっこり笑うとそのまま横になる。手は握られ続けている。どちらのものともわからぬ汗がじんわり滲んでいた。


「大丈夫。きっと大丈夫よ。ずっと傍にいる。リュディと、ずっと一緒にいるから……」

 その手を己の胸元に抱き込んだまま、もうパティーシャの囁きは寝息に変わっていた。










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