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その瞳の翳りだけでは生まれないであろう、そこはかとない暗さ。彼女を取り巻く色彩は派手ではないが光を内包した温かさがあるというのに。
僅かに開かれた淡紅の唇はやはり僅かに弧を描き、前髪に隠された眉は優しい。それでも、どうしてもパトリシアにはうら若き乙女が持つ華やかさを感じることができない。
なんて断じたところでこの女性より年下かもしれぬパトリシアにも、それがあるのかと思わず自問しそうになって慌てて打ち消す。
それにしても、あまりに静謐でありすぎる。
だからなのだろう、とても美しい絵なのに人々は数秒ほど立ち止まっただけで早々と他へ足を向けてしまう。ひっそりと座り続けている彼女。奥の隅に設けられた小さなスペースもまた彼女には似合いすぎていた。
もちろん今もこの絵の前で呆けたように立ちすくんでいるのはパトリシアだけ。誰かが絵を見るために近づいてきても避ける必要がないくらいに周囲は閑散としている。最もそれは平日だから……とでもパトリシアは思うことにした。
なんとなく寂しい、特にこの女性の瞳を見ていると余計にそう感じてしまう。
そもそもパトリシアが絵を描くようになったのも、これがきっかけだったと言っても過言ではないのだ。
それまでほとんど興味がなかった彼女が初めてこの絵を目にしたとき、大げさではなく心臓を鷲掴みにされる思いだった。そしてなんとなくこの女性が他人事のように見えなかったのも事実なのだ。
まるで親しい人が悲しみに沈むのを初めて目撃して衝撃を受けたかのような。その悲しみを大丈夫と答え目の前で無理に微笑まれるような。
自分は考えすぎだろうか?
それ以来、寝ても覚めてもとまではいかないにしても思うところがあって絵を描くようになった。
帰宅して紙の切れ端にその残像を落書きしてみて、もっと勉強せねばならぬと猛然と思い当たりコンセルヴァトワールに通い始めた。そして合間を縫ってはこうして美術館に足を運び、彼女を描く。
だが肉体の構造の把握が不十分なうちでは思ったようには描けず、やむを得ず裸婦像でもって絵の勉強に勤しんでいるというわけだった。
コンセルヴァトワールは専門学校みたいなもんです。
すみません。単に使ってみたかっただけです(><)