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「やっぱりなかなか見つからないんだね」
パトリシアが何気なく呟いた一言に、リューディアはパトリシアの体を拭く手を止めることなく苦笑でもってそれに返した。
王都に着いたとき以来借り続けている宿の一室で、お湯の入った盥に布を浸し体を拭いている。
この世界に来たばかりのときはシャワーが恋しくてたまらなかったものだ。なにせ概ね中世という概念が当てはまるこの世界、文化の隔たりは相当なものである。カルチャーショックを受けるのも当然だった。
それでも馴染むのはわりと早かったとパトリシアは思っている。
盥の湯で体を洗うというのはステルラリスはじめ、この世界での一般的な入浴方法だ。それでも森の只中にあるリューディアの小屋ではハーブに似た香草も豊富に採れるので薬湯のようにすることで清涼感を得ることができたし、川や泉で水浴びすることもできた。
アスターヴルムでは大衆浴場に近いものがあって人気もある。だが二人は主に金銭的な理由でそこに通うことは見合わせていた。
王都に着いて五日目。リューディアはかなり切り詰めていた。
食事は基本二食で、その食事も彼女はあまり取らない。見かねたパトリシアは自身も遠慮しようとしてそれはリューディアに却下された。元より幼児の体では食べる量もたかが知れている。パトリシアが食事を減らすなど害にしかならないとリューディアは考えているらしかった。
だからリューディアは帽子も買っていない。
あのとき、慌ててパトリシアを追った弾みで落としてしまったらしい。とりあえず元いた道に戻って探してみたが見つからなかった。少し不安げに顔を曇らせたリューディアだったが、わざわざ新しい帽子を買おうとはしなかった。
実のところ、その兼ね合いでパトリシアは自身の食事代を浮かす代わりにリューディアに帽子を買ってもらおうと考えていたのだった。軽率な行動を取ってしまったことを何度も謝りつつ、あのふわふわの生物がコルルという名前であることを聞き出すあたりがちゃっかりしている。どうやら鳴き声を模したものらしい。
ちなみにパトリシアはあの狂った男の事はなるべく考えないようにしていた。
こうやって、盥を使っての湯浴みも久々である。一杯の湯を頼むのに追加料金がかかるからだ。石鹸も別に金がかかる。とはいえそれらは大した金額ではなかったが。
ある意味その貴重な湯を頼んだ理由はパトリシアにもすぐわかった。
「ごめんね。今回は無理だったみたい。また少ししたらここに戻ってきましょうね」
パトリシアは何度も首を振った。感謝こそすれ、恨む気持ちなどあるはずもない。
さすがにあの広い図書館を隅々まで調べるのは五日間では不可能であった。
もしかしたらノーディルの図書館に手がかりがあるのかもしれないし、この不思議な現象は実は秘匿とされるべきものであってむしろ資料は王族直々の管理下にあるのかもしれない。
なんとか拾い出したのは――ある村で井戸に落ちた男がいて村人たちが急いで助けようとしたが男は忽然と消えており、その後も探し回ったがとうとう見つからなかった。そのまま数年が経ったところでその男が遠くの町で生存しているのが発見されたという話と――ある貴族の一家がピクニックに出かけた先で双子の幼い姉妹が花の咲く小さな丘に登ったきり二度と戻ってくることはなかったという――参考になるのかどうかもわからない微妙な話だけだった。そもそもそれらの話が作り話ではない保証もどこにもない。
それでも二人は今日が最後の日ということで、湯浴みをして朝食を取った後その足で図書館に向かったのだった。




