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異界の姫君  作者: Maverick
2章 アスターヴルムの金獅子
21/52

2-1

 次の日は早くに支度をし、図書館にこもった。

 そうして気づけば昼も過ぎ、一端は休憩を入れようと市街へと足を踏み入れる。

 どこか適当な店でもと歩いていたが、曲がり角の先で香ばしい匂いを嗅いだパトリシアはリューディアの手を引っ張りながら、誘われるように喧騒と活気の中に飛び込んだ。

 市場は人でごった返している。顔を曇らせたリューディアは確認するように少し身を屈めた。パトリシアは様々な出店の溢れんばかりの品々に興味をそそられたのと、先程のいい匂いにすっかり負けてしまっていた。

「さっき、いー匂いがしたの。ね?ちょっと見たいな」

 二人は市場を見て回ることにした。


 本当にたくさんの出店が並んでいる。

 パトリシアは早速先ほどの匂いの元に辿りつき、香草を練り込んで焼いた肉料理ルーニャに舌鼓を打った。それからは匂いに誘われ好奇心に任せてあちこち食べ歩く。

 だがすぐにお腹いっぱいになってしまった。

 市場は昼時と相まって食に溢れ、味わっていない料理はまだまだある。パトリシアは己の小さな体を恨んだ。

 リューディアの方はあまり食べず説明役に徹していたが、そんな控えめな態度だった彼女も軒先でアクセサリー類を目にすると興味をひかれ、覗き込むようになっていた。髪飾りや愛らしい細工が施された人形を手にしていることから、パトリシアに合うものを見繕っているようだ。


 そのせいか、二人の注意がだんだん互いから逸れがちになっていた。


 市場の中心から外れて人足も少し緩やかな所にいるとき、パトリシアは目が釘付けになり固まった。

 リューディアは相変わらず装飾品を見ている。その彼女に呼びかけることも忘れていた。

 山ほど果物が積まれた店の前でパトリシアよりも幼い少年とその母親らしき若い女性とが手を繋いで立っていた。

 パトリシアはその子供が抱えているものから目が離せない。


 実を言うと彼女、パトリシアは無類の動物好きであった。

 実家にはインコと猫と亀がいる……が、昆虫でさえも平気なパトリシアでは全然物足りない。一人っ子であるせいか小さい頃から自分の周りに生物を集めたがった。現在は学校へ通う都合上、独り暮らしをしていて金銭面から生物は飼えていない。せめて実家のペットを増やしたいところだったが両親の猛反対に遭ってその目論見は潰えていた。


 その生物はウサギに似ていた。少年の腕にぶら下がり、居心地が悪いのか人ごみを嫌ってか手足をばたつかせているのもたまらない。卵形の胴体は滑らかな純白の毛で覆われ、まるでくり抜いたように顔と短い手足は褐色の短毛だった。柔らかい体毛から出た丸い両耳はウサギのものより小さく頻繁にぴくぴくしている。そしてなによりも円らな黒目が輝いている。

 パトリシアはもう忘我となってその生物だけを見つめていた。

 すると盛んに身動きをしていたせいか少年の腕が緩み、その生物は地面に落ちてしまった。

 あっと思ったときは、見かけに似合わぬすばしっこさで道の反対側へと駆け去ってしまう。

 少年は火が付いたように泣き出し、驚いた母親は何が起こったかもわからない。

 そしてパトリシアも、考えるより先に体が動いてしまっていた。

 緩んでいたリューディアとの手が簡単に外れる。

「パティ!」

 背後から慌てた声が聞こえてくる。しかし行き交う人の間に紛れ込んでしまったパトリシアはその小ささからほとんど人にぶつかることもなく隙間をすり抜けていく。その声も遠ざかる。

 ごめんっ!すぐ戻るから。

 心で詫びつつ、尻尾がリスみたいに巻かれている!なんてこんな状況でもしっかり見とめている。追い続けるとそれは屋台をすり抜け路地裏に入ろうとしていた。

 迷わず飛び込んでいく。

 狭い路地を潜り抜けるうちに表の喧騒はすっかり遠のき、庇がせり出ているために日の陰った道はひとけがないせいか、いくぶん涼しく感じた。

 壁際に木箱が積まれている辺りで見えなくなった生物を探そうと身を屈めて進んでいたパトリシアは、そこに人がいるとは思わず思いきりぶつかってしまった。








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