「あっ。もっ……もう……」
広い室内にひどく乱れた声が響く。
波打つシーツが激しくうねり、甘ったるい緋紅の声音が断続的に落とされていく。黒々とした二つの影が染みのように寝台に埋もれていた。
呼吸をしようと必死に喘ぐせわしない息継ぎが切れ切れに浮かんでは消えていく。
「あ……んあっ……。アアッ!熱いッ……!熱ッ!お、王太子さまああぁ!!」
「リュッ……!」
寝台の脚が軋む音が突如として止んだ。
急に訪れた静寂の中で、一つの影が身を起こし組み敷いていた影を覗き込んだ。
伸びきった四肢はぴくりともせず、淀んだシーツの海に投げ出されている。
女は弛緩した顔を横に向け、爛れたような色の唇からは涎が垂れていた。
沈黙と共に熱せられた温度が急激に下がっていくような感覚を覚え、男はさっさと熟れた肉体から離れた。
夜着ではなく、もう普段の軽装に身を包む。
早々と気を失ってくれたようだから、先程の失態はばれていないらしい。
それだけが幸いだった。本当に、それだけだ。
卓につきワインを傾けながら、彼はもう女の方を見もしない。
頭の中ではすでに国内外の情勢について巡らせている。
戦渦は確実にその足音を鳴らして近づいてきている。遅かれ早かれ、この国にも高らかに打ち鳴らされることだろう。
父王は老境の域に達し、まもなく王座を降りる。
自分がまだ王太子であるうちに。
情事の最中に口の端に上りかけた名を思い出し、男はワインの底を睨んだ。
事態はそれほど切迫しているということか。
よりにもよってあんな時にあの名を口にしようとは。
宵はまだ深く、夜明けの兆しも見られない。
闇の中、炯々と光る金色の瞳はどこか一点を見つめたまま動くことはなかった。




