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あと2話で一章は終わりです。しばしのお付き合いをm(_ _)m
跳ね上がった水粒が陽射しにまろく煌く。
木立を抜けた先は翡翠が溶けたのだと見紛うほどに燦然とした精彩がある。
どこまでも見通せるほど透けていて、浸した手のひらに陽光の温もりと光とを感じられた。
再び、軽く水が跳ねる音がした。
「いらっしゃいな」
顔を上げれば、純白にも似た輝きに目を射られた。
それは小屋からほど近い小さな泉であり、夏があまりに過酷な年になると消えてしまう類の、幻のような美しさと儚さの極みであった。
その只中に、煌く水滴を纏って立ち上がった美女がいる。
振り返ったリューディアは仄かに金がかったその髪を肌に張り付かせ、真白な全身を惜し気もなく露わにしてパトリシアの許へこようとした。
ふるると躍るように揺れる乳房に申し訳程度に一筋の髪が零れ、水気と絡まってそのまま溶け込んでいるようだ。豊かな膨らみはしかし誇張しすぎることもなく収まって彼女の動きを邪魔するものではない。そして桜桃のような乳首が可愛らしい。
乳房をくだり足の付け根までのなだらかな線は見事なくびれを描いている。無理に絞った後などもちろんなく、むしろ引き締まった張りがある。その長い四肢もただただ細いわけではなくてしなやかで強い。
泉の水を玉露のように乗せて弾く白肌は光沢に満ちて、いつもは少し青白すぎるきらいがあるのに水と光の下で柔らかく色づいている。
背中の中程まで垂れた髪はくせがついているせいで毛先だけが楽しげに跳ねていた。甘美な太腿が翡翠色の水を跳ね上げ、戯れるように動くたびに。あるいはそのふくよかな乳房もまた跳ねて。
……異世界へと迷い込んでしまったついでに別の扉も開けてしまったのではなかろうか。
いやいやいや。
パトリシアはぶんぶんと勢いよく首を振った。これでも画家の卵なのだ。美しい造形に魅了されるのは当たり前のこと。そもそもこの女性がきっかけで絵を描き始めたようなものなのだから感慨もひとしおというもの。
何を恐るることがあらんや。だいたい今は五歳か六歳くらいのガキんちょでしかないのに。
ないないない。
いつの間にか立ち止まって首を傾げ始めているリューディアに向かって半ばやけくそになって走り出した。水はまだ踝の辺りで、走るのにそれほど苦労はしない。
まあああーなんていい乳なんざましょ!こんちくちょう。こうなったら間近でとっくり拝んでや……
「ぶぶ」
「きゃあ!」
視界が勢いよく反転し、汚れを知らぬ透水へと吸い込まれていく。その瞬間、なにやら眼前が朱に染まり……ちょっ、OMG!!!!!
パトリシアは飛沫をあげて顔面から突っ伏した。
「いやあっ!ちょっと、パティ?!」
倒れ伏した彼女からじんわりと赤い染みが広がったのを見て、リューディアは一気に取り乱しパトリシアに駆け寄った。
「パティ!パティ!やだっ!大丈夫?!」
我を忘れてパトリシアを抱き起こすと、半ば白目を剥きながら現れた彼女の顔は鼻から血が溢れている。
「げふっごふっ。うええ……」
パトリシアの方はといえば、すぐに気がついたは良かったものの、顔面ダイブしたせいで鼻と口から水を飲んでしまい苦しいことこの上ない。しかも鼻血まで出ている。
瞳は涙で滲み、鼻水だか泉の水だかわからないものが鼻血と相まってだらだらと垂れ、口を開けているせいで今度は血が流れ込んでくる。もちろんぶつけた鼻は痛い。
傍から見たらものすごく滑稽な面相をしていただろうが、リューディアは笑うことなく真剣に心配してくれた。
しかしこの地味な苦しみよりも重要なことがパトリシアにはあった。
鼻血……。これ、確か転ぶ前だったよね……?
パトリシアが見たのは水面に当たる間際に飛び散った己が血の軌跡であった。
抱え上げられるようにして岸辺に戻り、布を裂いて作ったこよりを鼻に突っ込まれながらパトリシアはひとしきり思いを巡らせる。
リューディアは服を着ることもせず、傍らでひたすら気にかけてくれる。
今や目の前に大きく突き出された乳房をあまり見ない方がいいような気がして、そっと顔を伏せた。
「大丈夫?他に痛いところはない?」
転んで鼻血が出たのだと彼女が思っていることがせめてもの救いであった。
だってどう記憶を辿っても、転んだのは二の次だった。
幸い鼻血はすぐに収まり、鼻の痛みも大したものではなくなった。
「戻って休みましょう」
そう言ってリューディアはパトリシアの体についたままであった血の跡を、そろそろと水をかけて落としていく。
光を浴びながら跪き、清水を繊手で掬ってはかけていく様子は美しさと共に不思議な艶やかさがあった。
水面の反射を受けて彼女の体も透けていくような錯覚を覚える。
多少のばつの悪さも手伝って、パトリシアはちょいと片手で水を跳ね上げてみせた。
もの問いたげな眼差しを向けたリューディアはとりあえず鼻血が止まっていることに安心したのだろう、僅かに微笑んだ。
再び水を跳ね上げる。
水を掬ったリューディアの手が軽く跳ねる。
パトリシアがかけた水の粒が彼女の顔にかかった。
笑い、体を反らしたリューディアはその夕色の瞳を明るく輝かせてパトリシアを見つめる。
パトリシアも笑い、今度は両手で掬い取って勢いよくかけた。
「こ~ら、パティ」
たしなめながらもその顔は笑っていて、控えめにやり返す。
また水をかける。
やり返す。
眩しい陽光の下、水音は軽く、それに合わせて二人の女子の生き生きした笑い声が響く。
こよりを入れたままの鼻が少々哀しかったが、後ろめたさも鼻血の原因も忘れ、パトリシアは文字通り童心に返ってはしゃいだ。
曇りのないリューディアの笑顔もまた嬉しかったのである。
キャッキャウフフはもはや鉄板(キリッ




