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異界の姫君  作者: Maverick
1章 美女と幼女
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4-3

 やや緊張した面持ちのパトリシアをよそに、その手をはぐれないようしっかり握りながら店の説明をしていくリューディア。小さな町であるためにさして物珍しいものがあるわけではないが、古びた石畳の通りや家々の窓から愛らしい花が風に揺れている様は心が和む。穏やかな活気があり、人通りは多くないのもあって知らずパトリシアの表情がほころんでいく。

 ちょっとした観光気分でパトリシアも楽しい。現代アメリカでは旅行しなければ拝めない風景だ。一度こういう田舎町に行ってみたかった。



 二人は表通りにある宿を兼ねた小さいが清潔な店に入った。

「裏手にもお店があってそこの方が安いんだけど、酒場になっちゃってるし男の人がたくさんいるから……ね」

 この店もほとんどが男性だが元々混んでいるわけでもなく騒々しい客はいないようだ。美しい妙齢の女性がいることだし、やはり店に入るときは緊張したパトリシアだが小説や映画で見た面倒な悶着を心配する必要はないらしい。

 というかその言葉を聞いたパトリシアはすかさずつっこみたかったがチーズを纏ったジャガイモに喉を塞がれ邪魔された。

 またリューディアが甲斐甲斐しく食べさせようとするので思わず閉口してしまう。周囲の者に、自分たちはどのように映っているのか気になる。姉がいたとしたらこんな感じなのだろうか。一人っ子であるパトリシアにはよくわからず、なんだか面映い。母と子……にしてはリューディアは若すぎる。ちなみにリューディアが本当に母親になったらかなり過保護になりそうだ。

 でももし本当に古い時代のヨーロッパのような世界ならば、二十歳そこらで成人というわけではないだろう。

 ……どうしてリューディアのような女性が独りきりで森に住んでいるのだろう。

 今に始まった問いではないものの、やはり彼女には謎が多すぎる。



 満腹になった腹をさすりながら服の寸法を測ってもらうのは少々きつい。

 いかにも世話焼きといった小柄な中年女性とリューディアが並んで、ちょっとした山となった子供服を前にああでもないこうでもないと騒ぎ立てている様を傍で見ているのは何とも複雑なものである。ほんの少しだけ被食者になったような気分である。疎外感すら感じる。

 胸元に大きなリボンが付きフリルがふんだんにあしらわれたドレス風のワンピースを突きつけられたときは割と本気で焦った。リューディアは今パトリシアが置かれている状況を忘れているに違いなかった。

 思った以上の時間をかけて無難な服を何着か買い込み、途中で顔馴染みらしい薬屋に寄りいくつかの薬草や根茎を売った頃にはすでに日が暮れていた。食料品を買うのは明日に回すしかない。

 昼食を取った店へ戻ってそのまま宿を取った。

「どう?もっと明るい色の方が良かったかしら?」

 買った服を合わせてみながら心なしか不満そうなリューディアが呟く。

「ううん。これでいー!これ好き」

 決して慌てて取り繕ったわけではない。

 シンプルなシャツやスカート、薄桃色や水色のワンピース。編み上げの靴も可愛らしい。

 肉体年齢と精神年齢にいささか齟齬がある身としてはあまりぴんとこないのも事実なのである。

 そういえばリューディアは彼女の中身が二十一歳を保っていることは知らないのであった。



 一つの寝台に身を寄せ合い、向き合って互いの顔を見つめ合う。

 蝋燭の火が柔らかく部屋を包む。

「疲れちゃったわね」

 どこまでも優しい眼差しをゆるゆると細め、手を差し伸べてパトリシアの髪を撫でながら甘く囁く。

 肌着のみの姿態を横臥し、掛け布から露わとなった肩が滑らかなこがね色に輝いている。

 鎖骨から下へと続く谷間は濃い陰影によって縁取られ、締めつけの緩い肌着のせいもあって腕の動きに合わせて零れ落ちそうだった。

 なだらかな丘陵を思わせる背から腰までの線は薄い布越しにはっきりとその輪郭を現し、川のように広がった髪は灯火を受けて淡い煌きを湛えていた。花に似た仄かな香りが密やかに彼女を包む。

 明かりがリューディアの瞳を照らし、いつもより紅みを増している。

 この世界に来て初めての外出ということで多少緊張もしたし慣れぬ経験もした。

 リューディアの小屋とて当然寝台は一つしかないから、必然的に共寝になっている。

 しかしパトリシアが寝つく頃まで大抵リューディアは雑用をこなしているようだし、朝は随分早くに起きるから目を覚ます時はいつも寝台にはパトリシア一人だ。夜中に目覚めて傍らで眠るリューディアを見ないわけではない。

 だが今日は少しばかり特殊な状況で、こうしてしどけなく寛ぐ彼女を見たのは初めてとも言えて……。

 嗚呼。これはこれは……。

 細い優美な手がくしゃくしゃの髪を梳くように動くと、あまりの心地良さにパトリシアの目がとろんとしてくる。彼女の言葉通り疲れている。しかし充実した疲れだ。

 手袋なんて外してじかにその指で触れてくれたら、きっともっと気持ちいいのに。

 気分は撫でられてごろごろと喉を鳴らす猫そのもの。思いきり甘えたくなるような良い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 だから、そんな間の抜けた事しか考えられなくなっていたパトリシアは気づかなかった。

 瞼が閉じられようとする瞬間、リューディアに翳が過ぎり、その顔が切なく歪んだのを。その瞳が大きく揺れるのを。


 蝋燭の火はいつの間にか消えていた。









よ、幼女に(強制終了

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