3-3
なんだか文章をどうやって分けたらいいのかわからなくなってきました……。
私、元々は画面や原稿用紙を真っ黒にするくらい文字で詰め詰めにしてた人なんですよ(誰に言ってんの
改行なんて最初の一文のとこだけしかしなかったこともあったよ(だから誰ry
疑いだしたらキリがない。
「……」
澄んだ泉に自身の姿を映したパトリシアは予想していたがやはり固まった。
昔、ブラシの通らない強い癖の髪を母が苦笑しながら懸命に梳かしつけてくれたことを思い出した。
痛くないように慎重にやってくれたけど、とにかくパトリシアは髪を梳かしてもらうことが嫌いだった。そのうち髪に触られることも苦手になってしまった。
子供の頃のあだ名は鳥の巣。苛められたり喧嘩したり泣いて帰ってきたりもした。パトリシアの髪は常に短くて、よく男の子と間違えられた。髪を長くすると鬱陶しいことこの上ないからだ。
思い出を綺麗に彷彿とさせる、いや思い出もとい過去そのものの姿。金色のちりちり髪は耳の辺りで踊り、鮮やかな緑の瞳が大きく見開かれて自分を見つめている。屈みこんで間近に顔を寄せれば最近消えたと思ったそばかすが団子鼻を中心にまん丸な顔一面に……。
いや五、六歳に戻ったのだから、突然また出てきたわけじゃない。わけじゃない!
腕はぽっちゃりしているが棒のように細く、小さな手を振ってみれば風に巻かれた葉のよう。
動かなくなったパトリシアを見かねてリューディアが隣にくる。
「元に戻れるのかしら?」
パトリシアは一緒になって屈む彼女に目をやった。
疑いの種は何もリューディアに限ったことではない。
思考力は変わっていないと思いつつ、こうやってはっきり幼児化した姿を見ると確信できない。他にも変わってしまった、というより戻ってしまったものはないのか。
今のパトリシアはスクールに通う前か通い始めたくらいの子供だけど、頭は二十一歳の若者のはずだ。とするとこれは厳密にはパトリシアとは言えない、似て非なるものじゃないのか。昔の自分になったけれど、絶対に昔の自分と同じではない。
精神は?心は?魂は?どこまでが元の私で、どこからが昔の自分なんだろう?
肉体と精神の齟齬がこんなにも激しいものなのだとは考えもしなかった。
そもそも単に体が縮んだだけなのと、幼い頃に戻ったのとでは見てくれは同じでも意味合いが全く異なるのだった。
「……ごめんね。私は本当に何もわからないの……」
パトリシアの視線を受け止めたリューディアが申し訳なさそうに呟く。
何もわからず元に戻る当てもないまま、行き場のないパトリシアは自然リューディアの家にいた。
豊かな森が続くその一角にリューディアの小屋があり、彼女独りで暮らしているようだった。
森で採取した木の実や果実、そして小屋の隣で栽培した野菜などで振舞われた素朴な食事。目の前に並ぶスープやサラダ、ハムとチーズが挟まれたライ麦パンはよく見知ったもので食べられないということはなさそうだ。
しかし……。
恐る恐る口に運ぼうとするパトリシアを向かいから頬杖をついて穴が開くほど見つめてくる麗人。両手で両頬を包み、身を乗り出す姿は間違いなく可憐で愛らしい。優しさに満ちた瞳を輝かせる様は心がくすぐられる……きっと男の人が見たら堪らないんだろうな。
「ごめんね。もっと腕によりをかけてご馳走を作ってあげたかったんだけど……材料がなくて。今度町へ行って買ってこないと」
俯いたままスープと睨めっこを始めたパトリシアに何を思ったのか、リューディアの申し訳なさそうな声が下りてくる。
急いでぶんぶんと首を横に振るパトリシア。意を決してスープを口に運ぶ。
「おいち!」
素直な感想が漏れた。
薄味ながら野菜がしっかり煮込まれていてコクがある。体の芯が温まっていくようだ。
なんだかとてもほっとする味に笑顔で応えたのは良かったものの、漏れたのは言葉だけではなかった。
藁袋の上に外套を丸めて置いた椅子にパトリシアは座っていた。
もちろん足は宙ぶらりで、こんなに椅子を高くしてもらっているのに卓からひょっこり顔が突き出す程度にしかならない。慣れない距離から手を一生懸命動かそうとするも、ウィンナーソーセージのような指は機敏な曲げ伸ばしができず間からぽろぽろ零す。
さらに身を乗り出したリューディアが口の端から垂れたスープを拭き取るも、服にシミが付いてしまった。
あ~あ、汚しちゃった……。
焦れば焦るほど零すばかりだ。
パトリシアの服は元々着ていたTシャツとジーンズではなかった。
あれほど体に張り付いていたら窮屈なことこの上ない。体を洗うときは、さらには用を足すときはどうするのか。慌ててジーンズを下ろそうとしたが渾身の力を込めてもびくともしない。
真っ青になったパトリシアを見かねたリューディアが鋏を取り出す。食べ零しは仕方ないにしても、お漏らしだけは絶対に避けなければならない。
手遅れになる前に一刻も早く。
リューディアの指摘にも軽く感謝しながら彼女の前に立つ。変な服と言われていなければ意識することもなかったからだ。
リューディアは慎重に、絶対に肌を傷つけないように鋏で切り開いていく。切ることを少し躊躇したリューディアだが、これはパトリシアの沽券に関わる死活問題だ。元より脱ごうにも脱がせてもらおうにもにっちもさっちもいかぬ。パトリシアに選択の余地はなかった。
時間はかかったけれども鎧のようだった服から解放され一息つくパトリシアを尻目に、リューディアはなおも彼女の体を凝視している。
何かと思って見たらブラジャーとパンツだった。当然だが凹凸もなくつんつるてんになった体に懸命にしがみ付いたブラジャーはなんとなく哀愁を誘う。なんたってブラジャー越しに見下ろすと見事にすかすかで足が見えるのだから。
ブラジャーを知らぬリューディアに何たるかを教えてあげながら、ブラジャーとお別れするパトリシアは一抹の寂しさを覚えていた。付けたままでも害はない……だが付けていたところで意味はないのだ。
そんな感傷を胸に、了承してブラジャーを断ち切ってもらったパトリシアはまだ終わりではなかった。
「それはどうするの?」
事は済んだとばかり思っていたパトリシアはリューディアの指摘を受けても気にならない。だってパンツは穿いてるものだもの。パンツから解放されるのは風呂のときとトイレのときだけだもの。いや、まあ他にもあるけど私には縁がないっていうか……。
と、とにかくパンツは体の一部だもの!それこそマジで。
真っ青だった。本当に体の一部になっていた。薄い生地が肌に完全にフィットして空気すら通らない。引っ張っても擦っても無駄な足掻きでしかない。
これでは服を犠牲にした意味がない。
「……っ」
泣き出しそうなパトリシアの前でゆらりと立ち上がったリューディアは鋏を持ち直す。
「切りましょうね?」
鋏を片手に、小首を傾げて微笑むリューディアはなんだかとても恐ろしかった。なまじ整った容貌を持つだけに凄みが出る。
パトリシアは声にならない叫び声をあげた。
そんなこんなで床につかない足の間は風通しが良すぎて違和感を禁じえない。今彼女はその寸法に合わせた綿の薄布を肩口でまとめたような格好をしていた。ちょうど古代ギリシャ人のようである。着るものがなくなったために急遽リューディアが用意したものだった。
そしてその真新しい服には早くもシミがあちこちに付いている。
「うっかりしてたわ」
そう言ったリューディアは小さな布を持ってくるとパトリシアの膝にかけた。そして椅子を持ってきてそのままパトリシアの隣に座ると、スプーンを手に取りなにやら嬉しそうに微笑む。
「さあ、あ~んして?」
この世界にも子供や伴侶を甘やかすあの呼び声があるらしい。聞くだに心地良くまた怖気をふるうこともある、響きも意味も同じそれに少し感心する。なんて余計なことを考えている間にもすでに鼻先にスプーンが突きつけられ、満面の笑みを浮かべた美女がいる。
申し分のない甘くとろける声で促され、心までほぐす優しい眼差しを向けられる。戸惑い恥ずかしさにもじもじしながら、しかしパトリシアには何となくわかった。望み通りの結果になるまではリューディアはやめない。やめてくれない。
「あ、あ~……む?」
それでなくともこんな美人に至近距離から見つめられて恥ずかしいのだ。思わず目を瞑って口を開けるとそっと入れられた香ばしい風味と共に、微かな笑い声が降ってくる。
「ふふっ、おいしい?」
「う、うん……」
そして悟った。とても嬉しそうに目を細めたリューディアはこれでやめようとしないだろうと。
結局パトリシアは満腹になるまで自分の手を一切使うことはなかったのだった。
幼女に……。
幼女に、なりたひッ……!!(え




