第八話
朝も相原さんに会えるかもしれない。そう思うと登校する時間がより楽しみになった。しかしなかなか都合よくはいかない。放課後に偶然見つけることも全然できない。出会ってから数週間経った今でも、相原さんと話すことは晴れた日の昼休みにあのベンチへ行くことと同義だった。僕はいつの間にか、拒否されるのではないかという不安を忘れて、結構な頻度で相原さんとお昼を共に過ごしていた。
「隣、いいですか?」
「いいよ」
許可を得て、隣に座る。断られたことは無い。もしかしたらこんな言葉をかけなくてもいい関係に既になっているのかもしれないけれど、僕は相変わらず一言目に許可を求める。まるでこれが挨拶であるみたいだ、と思いながら。
「疲れたあ」
お弁当を食べ終えると、溜め息と一緒に相原さんはそう言った。
「何かあったんですか?」
「体育がね、あったんだよ。いつもは手を抜くんだけど、今日はなんとなく頑張ろうかなって気分になったから頑張ったら凄く疲れた」
慣れないことはするもんじゃないね、と言って彼女は苦笑いした。その直後に「眠い」と宣言して、その通りに欠伸をした。
「ここで寝たら気持ちよさそうですね」
「うん。ちょっと寝ようかな」
昼寝をするには丁度いい天気だ。見上げれば波の無いプールを思わせる青。ぼんやりと浮いているような心地よさを感じるくらいに日光は力強い。もうすぐ夏だ。
「膝枕などどうですか?」
「遠慮しておきます」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
相原さんは首を前に垂らして、目を瞑る。眠ってしまった。まだ起きていたとしても、話しかけるのは躊躇われた。眠っている姿をしばらく眺めて、空を見て、例のカップルを観察する。やがて注目する対象を失って、僕と相原さんの間にある空間が気になった。よく顔を合わせるようになっても縮まらない。人二人が座れる空間には何も置かれていない。でもそれは、きっとこの距離でいるからだ。近付こうとすれば鞄か何かで壁を作られてしまうのではないか。僕は選ばれた。友達としてここにいてもいい。そういう扱いを受けている。だけどこの距離の友達は代替可能なのだ。もっと親密になりたいと思う。恋人じゃなくてもいい。親友とかいうものになれたらとても嬉しい。まだ僕にとっても相原さんは代替可能な友人でしかないのかもしれない、と感じているから。
時刻を確認して、立ち上がる。音を立てないようにして相原さんの目の前に立つ。起きる様子は無い。僕は彼女の肩に触れた。
「そろそろ授業始まりますよ」
肩を揺すると、相原さんは顔を上げた。
「おはようございます」
「おはよう」
ぼんやりとしていて、再び寝てしまいそうな声。そうならないように会話する。
「十分前になったのでとりあえず起こしてみたんですけど、サボる予定とかありました?」
「ううん。ありがとう」
相原さんは「それにしてもあれだね」と言いながら立つ。そして「寝る前に、起こしてもいいですか、とか聞いてこなかったね」なんてことを言ってくる。寝ぼけているのだろうか、と思った。
「なんですか、それ」と返す。
「ほら、いつも、隣いいですか、とか聞いてくるじゃん」
確かに言っているけれど。
「別にそれ口癖とかじゃないですよ」
「そうなんだ」
一緒に校舎へ戻る。僕たちの間で相原さんの鞄が揺れていた。